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トップ>ビジネス>アルファポリスビジネス編集部 道を極める 第17回  矢部澄翔さん「「続ける才能」で実現した書家の道 川越から世界に発信する“感動の力” 」

「続ける才能」で実現した書家の道
川越から世界に発信する“感動の力”

2017.04.04 公式 道を極める 第17回  矢部澄翔さん

「書で感動を伝える」――。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、中東など、世界各国で「書」を通じた日本文化を発信し続けている、書家の矢部澄翔さん。幼少のころから「書」の魅力に触れた澄翔さんが、「書家」として独り立ちを決意したのは30歳。それまでは「書への想い」を内に秘めながら、アパレル・広告代理店など、さまざまな仕事の「寄り道」をしてきました。その途上にあった夢を実現するための「続ける力」とは…。「すべてが学びの場だった」と語る澄翔さんの、書家として生きていくまでの軌跡を伺ってきました。

(インタビュー・文/沖中幸太郎

「書」の楽しさを伝えたい
JAZZと墨の香りが漂う書道教室から世界への発信

矢部澄翔(やべ・ちょうしょう)

 

書家

 

1976年、埼玉県川越市生まれ。文化学園大学服装学科卒業後、書道師範資格を取得し、2004年に眞墨書道教室を開塾。書家としてTVや雑誌等の題字やロゴ等、書のデザインや制作も多数手がけている。数々の賞を受賞するほか、日本の書の素晴らしさを海外で伝えるプロジェクト『世界書紀行』など、小江戸・川越のアトリエを拠点に、ヨーロッパ、アメリカ、中東、アジアほか世界各国で個展や書のライブパフォーマンス、ワークショップを開催。「書」を通じて日本の魅力を発信、その魅力を国内外に向けて伝えている。【公式サイト】。

――川越から世界に向けて、「書」の魅力を発信されています。

矢部澄翔氏(以下、澄翔氏):その拠点でもあるのが、ここ眞墨(ますみ)書道教室です。小さいころからの夢だった書道教室を2004年に、私の地元である川越の自宅倉庫の片隅で開塾して早13年。当初は子ども2人だけだった生徒さんも、現在では下は5歳から上は60歳代まで。川越市内はもちろん遠方からも、書道が好きな、さまざまな世代の100人以上の方々が、それぞれの目標に向かって頑張っています。

通常、書道教室というと私語厳禁、静かな空間の中で緊張感を持って「書」に取り組むようなイメージを持たれることが多いのですが、ここではまず「書」を楽しんで欲しい、その魅力を感じて欲しいという想いから、リラックスして「書」に向き合える空間づくりを心がけています。ジャズやクラシック、海外公演先でインスピレーションを得た現地の音楽などを流し、途中にはティータイムも設けて、それぞれが自由な形で「書」に向き合える教室にしたいと考えています。

その中で、お稽古では「字の上達」はもちろんのこと、古典に触れることで「観る目」を養い、想像力や感性も日々磨いています。

――まずは「書」の楽しさを、感じられる場所に。

澄翔氏:幼いころに感じた「書」への憧れを内に秘めつつも、そのまま大人になってOLとして働いていた私が、30歳を過ぎて書家として生きる決意をしたのは、書くことに対する楽しさをずっと心に感じていたからです。私が心を動かされた「書」の魅力、人の心を動かす感動の力を、もっと多くの方々にも感じてほしい。そうした想いで、教室運営のほか、書家としての作品制作と展覧会、企業のロゴや題字デザイン、国内外の舞台での書道ライブ・パフォーマンス、ワークショップ、講演活動など、おかげさまで、日本や世界各地で書道文化の普及・発信の一翼を担わせてもらっています。

最初は、「10年続けることができれば、天職だと考えることにしよう」と思っていたくらい、手探りの状態から始まった「書家」としての道でした。お手本のない創作の世界に足を踏み入れたことで、高い壁に阻まれることは何度もありましたし、展覧会を迎えるたびに自らの作品の稚拙(ちせつ)さに恥ずかしい思いをし、時に悔し涙を流したこともありました。それでもずっと書道を続けることができたのは、「書」に触れることの喜びがほかの何にも増してあり、私を表現できる唯一の手段だったからなんです。

社会に出たてのころは、自分に何ができるのかわからず、ずいぶんとさまざまな寄り道をしてきましたが、今となっては、そうしたすべての経験が、書家・矢部澄翔の活動として活かされていると感じています。

「いつかは書道の先生に」
憧れから生まれた将来の夢

澄翔氏:私がはじめて「書」の魅力に出会ったのは、6歳のころ。近所の書道教室に通うことになったのがきっかけで、まわりの友だちが習いごとをしているから自分も、くらいの動機だったんです。最初に書いたのは「夕やけ」という字だったと思いますが、とにかく褒め上手な師匠のおかげで、どんどんいろいろな字に挑戦しました。「書く」ことが楽しくて仕方がなかったですね。この時に覚えた、「書くって楽しい」という気持ちが今の私の原点。澄翔という雅号(がごう)は、この時の師匠から一字いただいたものなんです。

「いつかは師匠のように、書の魅力を伝える教室を開きたい」。そうした憧れを抱く一方で、それを表立って表明する勇気はなく、親や友人に将来の夢として語るようなことはありませんでした。その後中学、高校へと進み、まわりの生徒が部活や学業を理由に次々と書道教室をやめていくなか、私は書道への想いをそっと内に秘め、やめることなく続けていました。

当時、マーチングバンドに憧れて、地元の強豪校である星野高校に進んでいた私は、毎日制服かパジャマしか着ていないほど活動にのめり込んでいたのですが、それでも書道への想いは消えることはありませんでした。部活動のために1ヶ月に1時間しか書道に割けない時期もありましたが、なぜか書くことを「やめる」という発想は浮かばず、とにかく少しでも時間を見つけては書き続けていましたね。

――気になったものはやめずに、一所懸命やりきる。

澄翔氏:諦めが悪いのかもしれません(笑)。部活動も高校3年生の夏前に引退するのが普通ですが、大学入試直前まで全国大会に出場したり、武道館を目指して頑張っていましたね。結局その夢は破れましたが(笑)。

将来の仕事につながる進路、大学を選ぶ時は「書道で生きていく」なんて私にはできないだろうと、別の道を模索することにしたんです。書道以外に自分に何が向いているか分からなかったのですが、当時からものづくりが大好きだったため、文化学園大学の服装学科に進みました。

学生時代は、ファッションショーを企画運営するサークルに入って、私自身もモデルを務めながら、舞台演出のいろはを学びました。「観客の視線の移動を意識する」「発信者のメッセージが伝わる効果的なポージング」など、こうした活動で得た経験が、期せずして今の書道パフォーマンスに繋がっています。そこでは、洋服の課題制作などで忙しい毎日の中、仲間と一緒にやり遂げる達成感を知ることもできました。これは今の教室の展覧会「墨翔展」という取り組みにもつながっています。

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プロフィール

アルファポリスビジネス編集部
アルファポリスビジネス編集部

アルファポリスビジネス編集部は厳選した人物にインタビュー取材を行うもので、日本や世界に大きく影響を与える「道」を追求する人物をクローズアップし、その人物の現在だけでなく、過去も未来の展望もインタビュー形式で解き明かしていく主旨である。編集部独自の人選で行うインタビュー企画は、多くの人が知っている人物から、あまり知られることはなくとも1つの「道」で活躍する人物だけをピックアップし、その人物の本当の素晴らしさや面白さを紐解いていく。

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