トップ>小説>転生王子はダラけたい
35 / 134
第4章〜転生王子は国外へ

神子

しおりを挟む
 チャプリ……チャプリ……湖に水の音が響く。
 対岸と言うより、音の方向からして横側からだろうか?
 風によって出来た音かとも思えたが、コクヨウの様子から見るとそうではないようだ。
 人なのか獣なのか……。人だったらいいのだが、深い森だから獣の可能性もある。
 音の感じがホラー映画みたいで不気味なんだよなぁ。

 湯気で煙ってよくは見えないが、少しずつその音は近付いてきているようだった。
 その証拠に音のする方から波紋が広がってきて湖面を揺らしている。
 「人?」
 小声でコクヨウに聞くと、コクヨウは珍しく「うーむ」と首を傾げた。
 【人のような気もするし、そうでない感じもするし……。】
 そうでないものって何だ?幽霊か?いや幽霊って泳ぐのかな?

 俺はすぐさま対応出来るように、岸にむけて移動することにした。相手に悟られぬように、コクヨウを乗せたホタルとテンガたちを乗せた木桶を掴んでゆっくりと後ずさりする。
 俺の手元には今、水の鉱石がついた指輪しかない。他の鉱石は台座が金属の為、温泉で変色するからと岸に置いてきていた。水の指輪だけは台座も石だから身に着けたままだったのだ。
 こう言うこともあるなら、革のヒモに鉱石を珠に加工してつけたほうがいいかなぁ。
 全部装備すると成金みたいになるのは、前々からどうかと思っていたんだよ。いくら鉱石屋の息子設定だって趣味悪すぎだろう。

 もし何かが襲ってきたとして、動けるのはコクヨウとヒスイくらいか…。
 「ヒスイ。」
 小声で呼ぶと、ヒスイが現れる。
 【お呼びでしょうか?】
 「姿を消して近くにいて。何かあった時の為に。」
 【かしこまりました。】
 水面が腰くらいの高さになるまで後ずさりした頃、ようやく何かの影が見え始めた。浸水しながら近付くそれは、乳白色ではっきりとは分からないがやはり人のような形をしている。コクヨウを乗せたホタルを後ろ手に隠す。

 人影はようやく足がつく深さまで来たのか、ザパッと音を立てて水面に出てきた。
 その正体を見て俺は口をポカンと開けた。
 「え……。」
 人影は美しい少女だった。それは別段問題ない。驚いたのは、彼女が青みがかった銀髪をしていたことだ。俺より淡い色合いだが、今まで会ったことがなかったからビックリした。

 「なんだ……人じゃないか。」
 思わず安堵の声が漏れる。そんな俺を諌めるように、背後のコクヨウが低く呟く。
 【警戒を解くな。人でない気配もある……。】
 人に見えるが違うのか?
 年は俺より少し上だろうか。水色の着物のような合わせの服を着ている。湖面からは肩までしか見えないが、身の丈程くらいあると思われる髪が湯の中でたゆたうように揺れていた。
 彼女の青い瞳が俺を捉えて大きく見開いた。

 「貴方は……誰です?」
 いや、いきなり誰と聞かれても。君こそ誰だと思ったが、仕方なく自己紹介することにした。
 「フィル・テイラ。ステア王立学校の学生です。」
 警戒させないようにニコリとほほ笑んだ。
 すると、少女は大きな目を不思議そうに瞬かせる。
 「学生…?」
 「貴女のお名前をうかがっても?」
 俺が聞くと、少女は顔についた水滴を手で拭った。

 「私はラミア。クリティア聖教会の神子みこです。」
 それは少女の涼やかな声であるのに、威厳に満ちた響きがあった。
 クリティア聖教会はこの世界で一番広く布教されている宗教だ。本部はグラント大陸のフィラメント国にあり、そこには荘厳で巨大な建物があると聞く。
 武力こそ持たないが、信者の多さから一国いっこく分の力があるのではないかとも言われていた。

 「学生と言うことは、貴方は…神子ではないのですか?」
 チラリと俺の髪に視線がいく。
 俺みたいな髪色の子供は、神子になることが多かったんだっけか。
 クリティア聖教会にとってこの髪色は神聖な者の証し。この髪で産まれた子は希望があれば、本部に連れて行き神子として英才教育を受けさせる。そしてゆくゆくは司教や大司教にさせるのだと言う。
 つまりはこの髪の色であるだけで、キャリア組になれるってこと。
 だから貴族の家のように継承問題がない限りは、神子にする家がほとんどらしい。
 自分の家から聖教会の司教が出るだけでも大変な名誉な上、出自の家にも恩恵があると言うからな。それだけ聖教会の力は相当なのだろう。

 「俺は神子じゃないです。」
 彼女の言葉に首を振る。
 俺も聞いたところ、神子に出そうとすれば出せたらしい。何の役割もない三男坊だから。
 だがそれはアルフォンスによって阻止された。絶対可愛い弟を手離すものかとハンストをおこしたのだ。
 それ聞いたとき、初めてアルフォンスがブラコンで良かったと思ったね。
 いくらキャリア組とは言っても神子は嫌だよ。自分がやりたいと思うならそれでもいいが。赤ん坊の時じゃ俺の意思ないんだろう?ようやく得られた転生生活、修行で終えたくないもんなぁ。

 それにしても…、俺の髪色であっても神子には希望者だけがなるはず。学生だと言っているのに何故神子ではないのかと確認したのだろう。
 不思議に思っていると、その疑問は彼女の次の言葉によって解明された。
 「ここは神子の中でも限られた者しか入れない神聖な癒しの湖。何故学生がここにいるのです?」

 その言葉に俺は驚愕する。
 「え?ここダレスの町の温泉でしょう?噂聞いてきたんですけど。」
 「おんせん?」
 温泉と言う単語に首を傾げられて、俺は慌てて説明する。
 「あー…町の人が来る癒しの場所ってことで。」
 少女は納得したように頷いた。
 「昔はそうでしたが、町の者もあまり来ないため。今は神子の力を回復する場所として、クリティア聖教会の施設を置いています。」
 「えっっ!知らなかった。」
 何と…俺、不法侵入者か。
 ゼンじいの情報は古かったのかもしれない。

 「勝手に入ってごめんなさい。」
 俺が素直に頭を下げると、ラミアは少し驚いた顔をしてそれから苦笑した。
 「そもそもここは結界がはってあるのよ。勝手に一般人は入れないはずだけれど……。」
 先程まで神子としての凜とした話口調が、柔らかいものに変わる。
 結界?そんなものあったのか?
 首を傾げてると、後ろからコクヨウのケロリとした声が聞こえた。
 【あ、確かにあったな。結界。破ってきたが。】
 ちょっ!何してんのっ!早く言ってよ!そう言ったことはホウレンソウ報告・連絡・相談でしょう!
 内心焦る俺をラミアにジッと見られて、冷や汗が吹き出しそうになる。
 「おかしいなぁ。結界破けてたのかなぁ。あははは。」
 もう、笑って誤魔化すしかない。
 「もしそうであれば早急に治さなければ。」
 ラミアがそう言った時だった、彼女が来た方向から女性の声がした。

 「ラミア様いらっしゃいますかー?祈りのお時間です。」
 少女はその声にため息を吐いた。それから俺に向かって微笑む。
 「もう少し話したかったけれど、教会の者が探しに来たみたいだわ。」
 それから来た方向に行きかけて止まり、俺を振り返った。
 「騒がなければここにいてもいいわよ。でも今日だけ。今日は私が使用するから人払いしているだけだから。今度また来て見つかったら大変よ。」
 確かに見つかったら大事になりそうだ。でも見逃してくれるのか。
 「ありがとう。」
 俺がほほ笑んでお礼を言うと、彼女は口を押えてくすくすと笑った。
 「変わった子ね。また会いたいわ。後ろにいるお友達も。」
 俺がギクリとすると、彼女は意味ありげなほほ笑みを残し、チャプリと湖面に潜った。

 イルカをゆったりさせたような動きで、時々息継ぎをしながら来た方向に戻って行く。
 先ほどのパシャンパシャンは息継ぎの音か。まるで人魚のようだ。
 「手や足で水をかいてないのに何で泳げるんだ?」
 見送りながら首を傾げていると、ヒスイが姿を現した。
 【水の妖精を身に宿して力を引き出しているんですわ。】
 「そんなことできるの?」
 【妖精を宿すなど、できる者はほとんどおりません。ですが時折そんな人の子もいるのです。】
 神子だから不思議な力があるのかなぁ。

 【フィル様お話終わったですか?】
 【もう遊んでもいーっすか?】
 今まで大人しくしていたが、もう我慢できないようだ。ホタルとテンガが聞いてきた。
 「騒がないで遊んでね。」 
 【イヤッフーっす!】
 テンガは木桶から湖にチャポンと入り、木桶を浮き輪代わりに泳いで行った。
 騒ぐなと言っているのに……。
 【どけどけぇい!ザクロ様のお通りでぃ!】
 木桶のザクロが首を振り回しながら叫んでいる。
 だから騒ぐなと……。第一周りには誰もいないし。

 俺が脱力していると、ホタルが見上げてきた。
 【僕も行ってもいいです?】
 「いいよ。」
 ただホタルを送り出しながら、コクヨウをむんずと掴んだ。
 【何をする。】
 不満げなコクヨウを、半眼で見る。
 「結界破ったなんて聞いてないよ、コクヨウ。大事なことはホウレンソウ。わかるよね?」
 【報告・連絡・相談。】
 いやいやながらに呟くコクヨウに、俺はこっくりと頷く。
 「行ってよし!」
 ポーンと湖に投げると、空中で回転して器用にホタルの上に着地した。

 俺はぷかりと仰向けに浮かぶ。
 「残念だなぁ。今日は見逃してもらったけど、もう来れないなんて。ここ聖教会の独り占めかー。」
 ヒスイは空中に浮かびながら、そんな俺を微笑みながら見下ろす。
 【ここらの妖精の話では、まだ癒しの湯はあるそうですから。今度はそこに行けばいいですわ。】
 「そうか!まだあるよね。」
 顔をパッと明るくした。
 
 また皆で温泉来よう。心に決めて、俺はチャプンとお湯に潜った。
 


※感想・お気に入り登録ありがとうございます。
 コハク好きになっていただきありがとうございます。学校生活で登場させようと思っています。
しおりを挟む