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第5章〜転生王子は学寮で

勝敗(改稿)

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 ピリピリとした空気が室内運動場を包む。
 1年生ばかりではない。先輩方も青ざめていた。
 「カルロス!」
 マクベアー先輩が名前を呼ぶと空間が歪んだ。しかもその歪みは初めて見るほど大きかった。
 「え…」
 現れた獣を見てポカンと口を開ける。
 ……熊だ。ツキノワグマに似た熊がいる。
 全身茶色の毛で、首元ではなく額に白で三日月の模様が入っている。体長は160センチぐらいだが、召喚獣の中では大きい方だろう。

 しょ、召喚獣呼んだぁ―っっ?!!
 この試合何でもありとは言っていたが、マクベアー先輩も召喚獣を呼んでしまうとは思わなかった。てっきり先輩は強いから俺達だけ特別に呼べるのかなーと。
 そのあたりを聞いてみたかったけれど 、マクベアー先輩の表情を見たらとても確認出来そうになかった。
 それだけ怒ってるということか。誤解だって言ってるのに。

 「三日月熊ミカヅキグマだっ!」
 そんな中、トーマが「おおおお」と感嘆の声を上げる。感動してる場合じゃないよトーマ。確かに俺だってこんな時じゃなかったら、抱きつきたいところだけどさ。
 「もっと距離とろう!」
 トーマを引きずりながら後ろへ下がる。
 あれ?そう言えばレイがいない。
 「その三日月熊すごい強いらしいぞー!」
 見渡すと、レイが遠くの物陰に隠れながら叫んでいるのが見えた。
 ちょっ!いつの間にそんな遠く行ったっ!

 「そうなんだよ。三日月熊は土の属性で、とても強い戦闘系召喚獣なんだよ!動きは遅いけど、こぶしの表面を砂で岩のようにして、それで物を殴ると、何でも穴が開くって言われてるんだ。すごいよねぇ」
 トーマは目をキラキラとさせながら解説をする。
 解説有難いが、怖い能力しか聞こえなかったんだけど。
 今その三日月熊に対峙してるの俺たちなんだよ?

 【何嬉しそうに解説してんのよ!アンタもあのへっぽこみたいに逃げなさいよ!馬鹿なのっ?】
 さすがのエリザベスも焦りながらトーマを怒鳴っている。
 確かにエリザベスの言う通りだ。トーマ自身も召喚獣のエリザベスも戦闘系じゃない。避難させた方がいいだろう。
 「トーマは早くここから避難して!」
 キラキラしていたトーマは、俺の言葉でようやく事態を把握したようだ。
 「あ!そ、そうだね。」
 頷いて走り出そうとしたトーマは、動かない俺に気付いて振り返る。
 「フィル逃げないのっ?」

 その声が聞こえたのか、レイが大きく手招きした。
 「バカ言ってんなっ!逃げ道なら俺が確保してやるから早く逃げろっ!」
 そんな遠くから言われてもな……。
 「いや、逃げたい気持ちは山々なんだけど、カイル放っておくわけにいかないから……」
 ぶっちゃけ足ブルってます。レイみたいに逃げたいけど……。
 トーマは心配そうに眉を寄せたが、俺が動きそうにないのを感じると俺の手をギュッと握った。
 「生きて帰ってきて」
 トーマ……変な死亡フラグ立てんの止めてよ。
 俺はトーマの背中を押して行けと合図をした。
 
 今のところ三日月熊の標的は俺になっているみたいだ。威嚇のためか三日月熊が咆哮する。その声にビリビリと空気が振動して、俺を含めた殆どの生徒が思わず身をすくめた。
 ひぃぃ、すっげー怖いっ。

 「フィル様っ!今そちらに……」
 カイルが俺の所へ来ようと動きかけたが、その前をマクベアー先輩の剣が遮った。
 「お前の相手は俺だ」
 睨むカイルの眼差しを受けて、楽しげに口角を上げた。

 「カルロス!悪い1年生に少しお仕置きをしてやれ」
 マクベアー先輩の言葉に三日月熊は返事をするようにグアと鳴く。
 【お仕置き、わかりました!】
 元気な返事だなっ!
 そのお仕置きはどの程度のレベルなんでしょうかっ!

 三日月熊はのそりのそりと回り込むように俺に近付いてくる。後ろにいる生徒を巻き込まないようにしようと思うと、どうしても逃げ場が限られる。退路を選びながら俺はジリジリと下がった。

 まずいなぁ。とりあえず近付いて来たらコハクで目くらましするしかないか……。
 胸ポケットのコハクを探る。
 「コハク、合図出したら光るんだよ」
 三日月熊から目を離さないで、ポケットに声をかける。

 しかし……………返事がなかった。
 チラッと覗き見ると、ポケットの中で気持ち良さそうにヒーヨヒーヨと寝息を立てている。
 寝てるっ?!嘘だろ、おい!何でこの状況で寝られるわけ?
 ポケットで待ってるんじゃなかったのか?!
 「コハク!起きてってば!」
 焦りながらポンポンとポケットを叩く。しかし相変わらず聞こえるのは寝息ばかり。

 すると、俺の焦りをどう捉えたのか、三日月熊は回り込むのをやめて、一直線に歩いてきた。
 
 どうする?また鉱石使うか?それともヒスイ呼び出すか?
 しかし鉱石はこんな事態になった原因でもある。また変な誤解されたら……。
 そうしている間にも三日月熊がどんどん近付いてくる。

 「フィル様っ!」
 俺の危機を感じてか、カイルが叫ぶ。その瞬間、マクベアー先輩から目をそらしてしまった。マクベアー先輩が態勢を低くして地面を蹴る。
 「カイル危ないっ!」
 マクベアー先輩の木刀のみねがカイルの懐に入り込む。
 カイルは後ろに飛びずさるが、反応が遅れたせいだろう衝撃を殺しきれなかったようだ。荒い息を吐きながら、顔をしかめ地面に足をつく。

 俺の中でプチンと何かが切れた音がした。
 「ヒスイ!」
 叫ぶと、俺の傍にヒスイが現れる。
 「お願い!三日月熊を捕獲して!」
 カイルの元に行きたいが、まずは三日月熊をどうにかしなくては。
 【畏まりました】
 地面から突如生えた蔦が、あらゆる方向から三日月熊に向かって伸びる。あっという間に、三日月熊の体に蔦が絡まり身動きが取れなくなった。

 その一部始終を見ていた生徒たちがどよめく。カイルと戦っていたマクベアー先輩も思わず固まった。
 「あれは……精霊?いや……そんなまさか……。」
 信じられないものでも見るように、俺とヒスイを見る。
 そりゃあ精霊現れたらビックリするだろうな。精霊自体が珍しいのに、その精霊を使役した人間が目の前にいるんだから。
 だが、俺の判断が遅れたせいでカイルが怪我をした。なら保身ばかりしてらんない。ドン引かれようと奥の手を出す!

 マクベアー先輩の動揺を見て、カイルはがら空きになっている胴に木刀を打ち込んだ。
 「うぐっ!」
 気を抜いていた腹への一撃に、マクベアー先輩が呻きながら膝をついた。
 ようやく……勝敗がついたぁ。
 カイルと顔を見合わせ、ホーッと長い息を吐く。

 そうした時だった。
 拘束されていたはずの三日月熊が吠えた。右の拳の表面を砂が覆い始め、それが岩のように固まる。そして蔦を引きちぎりながら地面に拳を叩き込んだ。
 「ええっ!?」
 地面が割れて、地面から出ていた蔦がさらに引きちぎられる。
 【ご主人さまが負けるはずない!】
 え、あれ?この三日月熊大きいけど意外と子供?ヒーローは負けないんだと駄々をこねる子みたいなこと言ってんだけど。

 「マクベアー先輩っ、勝敗つきましたよね?」
 止めて欲しくてマクベアー先輩を見ると、まだうずくまったままだった。先程の一撃が鳩尾に入ったのか、声がうまく出せないようだ。
 カイル……急所に入れちゃったのか……。

 マクベアー先輩が止まるよう手を掲げるが、動揺している三日月熊は勘違いをした。
 【そうだ!お仕置きって言われてた!】
 違う違う違うっ!思い出すなそんなことっ!
 俺を掴みかからんと左手を伸ばす。俺は慌てて避けるが、シャツが左手の爪に引っかかった。
 「うわっ!」
 ブンッと振り回される勢いで上に掲げられる。

 岩のような右の拳が動いた。
 マジか!殴る気かそれでっ!
 「フィル様っ!」
 【フィルっ!】
 カイルが駆け寄る。ヒスイの蔦も再度絡まっているが、その拘束が間に合うか怪しいものだ。鉱石を使おうにも首がシャツでしまって喋れない。

 もー!トーマが死亡フラグ立てるからぁっ!

 俺は目をギュッと閉じて、死なないように祈るしかなかった。
 するとモゾリと胸ポケットで動く気配があった。

 【最大ピッカリ!】
 緊迫した雰囲気に合わない、可愛らしい声が響く。
 瞼を閉じてもわかる。とても眩しい光が。
 「グアアアアッ!!」
 三日月熊が急に暴れ、爪に引っかかっていた俺が吹き飛ばされる。しかし何かにぶつかることはなかった。優しい空気のような柔らかいものが俺を包み込む。
 そっと目を開けると、空に浮かぶヒスイの腕の中に俺はいた。

 お姫様抱っこっ!!

 綺麗なお姉さんにお姫様抱っこされてるっ!
 自分の状況に動揺していると、ヒスイはにっこり微笑んだ。
 【ご無事ですか?】
 俺はコクコクと頷いた。
 ヒスイは目を押さえる三日月熊を、冷ややかに見下ろした。バリッと音を立てて現れた小さな雷が、真っ直ぐ三日月熊に落ちる。プスプスと煙を出して三日月熊が倒れた。

 「あの……ヒスイさん?」
 【何です?】
 「三日月熊は……?」
 にっこり微笑むヒスイにおそるおそる聞く。
 【気絶しただけです。初めからこうすればよかったですわ。フィルが人や獣を傷つける事をよく思ってないようですので今までやりませんでしたが、遠慮するとフィルの命の危険もありますものね】
 「ひ弱でご迷惑を……」
 俺はしょんぼりと頭を下げた。するとベストの胸ポケットから覗く黄色の綿毛と目があった。コハクだ。

 【ひ弱っ!】
 コハクからヨッ!と挨拶される。
 「ヨッ!じゃないよっ!何でさっきお昼寝しちゃってたの!」
 文句を言うように胸ポケットからコハクを出す。
 コハクは首げると、あっ!と嬉しそうに俺の手の中でぴょんぴょん飛び跳ねた。
 【ポッケ、ぽかぽか!】
 そうだろうね……。
 昼寝した理由を聞いて、答えてもらったのに何で解せないものがあるのか。

 【まぁ、先程コハクが光って目くらましをしてくれたおかげで、三日月熊がフィルを離してくれたのですし。あれがなければ雷で気絶もさせられませんでしたから。】
 そうか。やはりあれはコハクか。
 【コハク、えらい?】
 綿毛みたいなふわふわな胸をはって、フンスと鼻息を吐く。とても自慢げだ。
 「あー…えらいえらい。」
 苦笑して指でコハクを撫でてやった。

 

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