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第2章

拾ったのは、残念エルフ

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ヴェルヴァレータブロライト。

エルフはそう名乗った。
無骨な甲冑の下から出てきたのはスラリとした美しい手足であり、腰やらなんやらの身体つきを見る限り彼女は女性であると推測。話し方や見た目で性別を判断しないで良かった。誰ですか絶壁だなんて思ったのは。

ヴェルヴァレータブロライト氏、略してブロライトはエブイラ村から真っ直ぐドワーフの国を目指していたそうだ。目的は白い天馬を買うため。
だがしかし気持ちが急ぎすぎて旅支度を全く整えていなかった。未だあると思い込んでいた食料は全く無く、水も無く、雨露や薬草などで飢えをしのいでいたと。
薬草はしょせん薬草。胃もたれは治すが空腹は満たさない。モンスターや動物を倒そうにもなかなか遭遇しない。

と、いうわけで3日もひもじい思いをしていた上。

「せめて身体を拭くとかしてくれよ!ここまでクセェとエルフのイメージ丸つぶれだ!」
「腹が減りすぎていて体臭など気にしてられなかったんじゃ!仕方なかろうが!」
「俺の想像する素敵なエルフの匂いはペパーミントの香りがする春のそよ風だったんだ!それをビーが突っ込んだ堆肥の臭いさせやがって!」
「堆肥と比べるとは無礼じゃろう!」
「うるさい黙れ清潔(クリーン)展開!!」
「にぎゃああああ!」

問答無用の全力で清潔(クリーン)を展開してやった。輝きを失っていたくっちゃくちゃの金髪を元のハニーブロンドに。動物の糞の臭いがする肌は真珠色の美しい肌に。全身真っ黒けだった甲冑と衣服にも汚れ分解と臭い消滅をし、そりゃあもう徹底的に綺麗にしてやった。

「な・何をした!」
「何をしたじゃねぇよ。アンタが恐ろしくクセェから、綺麗にしてやっただけだろう」

容赦ない清潔(クリーン)は汚れきっていた汚エルフを理想のエルフにした。これこそエルフだよな。絶世の美女はイイ匂いがしてくれないと駄目なんだよ。

「これは魔術か?!なんともけったいじゃな…。貴殿は力のある魔法使いなのか?先ほどは素材採取家じゃと」

輝きを取り戻したブロライトは恐ろしく美しかった。でもさっきの超絶クッサイエルフを見ているから、今更一切ときめかないのが残念でならない。

「ちょっと魔法が使える綺麗好きの素材採取家ってことで」
「まったくわからん。しかし、貴殿の魔力がわたしをはるかに超えておるのはわかる」

それはブロライト個人ではなく、エルフ族よりも、という意味だろう。エルフ族は人間に比べて魔力が多いと聞くからな。

それはそうと、丁度開けた場所に来たことだし今夜はここで野宿をしよう。

「さて、俺はここで野宿をするが、どうする?」
「むっ?わたしも貴殿と共に過ごさせてもらっても構わないのか?」
「どうせ四半時もすればまた怪獣みたいな腹の虫鳴らすんだろ?それに、俺もドワーフの国を目指しているからな」
「そうなのか!」
「目的地が同じなら暫くアンタの腹の虫くらい黙らせてやるよ」
「まことか!!いやっ、それは嬉しいが、貴殿の食料が無くなるじゃろう?現に今、わたしがだいぶ消費してしまった…ようじゃが…?」

ブロライトは俺が鞄1つしか身につけていないことにようやく気づいた。食料を忘れてきた彼女すら、大きなリュックサックにフライパンがぶらさがった装備。

「安心してくれ。俺は便利な魔道具(マジックアイテム)を持っているんだ」

そう言いながら鞄から巨大な鉄鍋をぬるりと取り出す。中華鍋に酷似したそれは既に愛用品。
その光景にブロライトは若草色の瞳をぎゅんと見開き、形の良い口をぱっかりと開けた。だからそういうマヌケた顔をするなよ美女が。

「アイテムボックスか!」
「そうそう」

空間術で鞄に虚無を作っている状態らしいから、魔道具(マジックアイテム)では無いのだけど。
間近で観たのははじめてだと、ブロライトは前のめりになって目を輝かせる。コイツ、絶対に悪人じゃないな。

鉄鍋に続いて最大容量2リットルはある水袋、新鮮な肉の塊、数種類の香辛料と調味料、小麦粉を練って固めたものを取り出す。
次々と出てくる食材にいちいち感嘆の声を上げるブロライトに指示し、鍋を置く場所を作らせる。働かざるもの、食ってはならぬ。

薪を集めてくると意気揚々と森に入ったブロライトが数分で巨大な大木を片手に抱えて持ってきた姿には、俺が驚かされてしまった。腕とかすげえ華奢なのに、あんな重たそうなものを軽々と持てるとは。おまけにその巨木を空中にぺっと放り投げたと思ったら両手にした短剣であっという間に細切れ。
なんということでしょう、巧みの技で大量の薪が出来上がりました。

俺が野営をするときは薪に火を灯すことは無い。炎が出る魔石と温度調節が出来る魔石で事足りるからだ。後は四方に結界の魔石を置けばそれで十分。
だがブロライトはそれでは駄目だと言った。

「焚き火のあとを残すことが重要なのじゃ。この場所は安心して野営を行えると他の者に知らせることが出来るじゃろう」
「なるほど」
「誰しも貴殿のように便利な魔石を幾つも所有してはおらん。なんじゃ、このおんど…調節とかいう石は。便利でけしからんではないか」

巨大な鉄鍋に水を入れ、加熱(ヒート)で沸騰。温度調節の魔石を投入すると一定の温度を保ったまま鍋はグツグツと煮える。それが非常識なほど便利らしい。しきりに何処で売っているのか聞かれたが、いちいち覚えていられるかと言い訳をする。

煮えたところで魚の干物を粉末にしたダシとスープの素を入れ、均等に切った肉に塩コショウと香辛料をまぶしたものを入れる。歯ごたえの楽しめる山菜と数種類のキノコを入れ、しばらく煮詰めてから練った小麦粉をちぎって投入。なんちゃって肉すいとんの完成だ。
醤油があればもう少し濃厚な味になるのだが、無いものを惜しんでも仕方が無い。

あたりに香ばしい食欲をそそる匂いがたちこめると、ブロライトの腹の怪獣が盛大にわめき出した。素直で宜しい。

「ピュイ」
「お前、いつまでも隠れていないで出てこいよ」

背中側のローブの下に隠れていたビーがやっと腹に回り、匂いに誘われて顔を出した。

「ぬっ?…それはドラゴンじゃな」
「ビーっていうんだ」
「ほほう」

人見知りを発揮したビーは、翼で顔を隠したまま尻尾をふりふり。コイツ、照れてやがるな。

「黒き肢体はなんとも艶やかじゃの。幼き身でありながら雄々しき竜の貫禄すらある」
「ピュゥゥィィ…」
「我らエルフ族はドラゴンを尊き神の御使いと崇めておる。貴殿が如何にしてこのドラゴンを傍に置いておるのかはわからぬが、そう怯えずとも良い。そなたとは強く硬い絆があるのじゃろうな」
「ピュイッ!」
「うむうむ、見れば見るほど良き竜…ぎゅるるるるるる〜〜〜〜…で…あるな…」

ほんと、黙っていれば絶世の美女のはずなんだがな。

大鍋にこれでもかと作ったなんちゃって肉すいとんは、綺麗さっぱりものの数十分で片付いてしまった。
俺もそれなりに食って腹を満たしたが、それ以上に夢中になって頬張っていたのが汚エルフ改め残念エルフ。ほっぺたこんもりさせて喋ろうとした時は思わず叫んだ『飲み込んでから喋れ』と。喋り言葉は戦国武将の奥方様なのに、色々と残念でならない。

「このような美味い飯を野営で食べられるとは!」
「そうか。それは良かった」
「素晴らしい腕前じゃな。貴殿は料理人でもあるのか」
「違うって。素材を採取する人です」
「冒険者じゃと」
「そう。と言っても、まだ雛ッ子だけどな」
「むっ?そうなのか?貴殿の纏う気配は高ランクのそれと変わりないと思うたが」
「ちょっとだけ魔力が多いのかもしれない」
「なるほどな。よくわからん」

俺の中の素敵なエルフのイメージを悉く崩壊してくれたブロライト嬢は、いちいちオーバーリアクションで受け答えてくれる。これはこれで楽しいぞ。なんせ外見は美女なのだから、男としてはこれでつまらんとか言ったら色々と駄目な気がする。

会話が出来ないビー相手でも寂しいとか微塵も感じなかったが、騒がしいエルフのおかげで夜は随分と賑やかになった。ブロライトの経験談もなかなか興味深い。

「わたしは攻撃魔法は苦手なのじゃ。回復魔法も不得手でな」
「それじゃ、前衛攻撃一本?さっきの大木細切れは見事だった」
「切り刻む事は得意じゃ!」
「武器は短剣?」
「ああ。我が祖国で秘宝とされる業物じゃ。銘を隼丸(はやぶさまる)と言う」
「2本あるな」
「2本で1つの銘じゃ」

俺をまったく警戒せず短剣を差し出した。
黒い刀身が輝くそれ。黒刃の剣はベルカイムでも売られているが、ここまで力強い気配を感じるものは無かった。握りやすい赤い柄には滑り止めの革。宝石などの飾りは一切ついていないのに、刻まれた模様は芸術品のように美しい。

さて、コソコソと…。


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シルフジャンビーヤ ランクA

ハイエルフ族の秘宝。古代エルフの人工遺物(アーティファクト)であり、風精霊の術を取り込む性質。扱うものの素早さを向上させ、潜在魔力によって切れ味が変わる。

備考:ハイエルフ族でも選ばれた血筋にしか扱えない。危険を察知する。

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おおうランクAの武器か!何ゆえ銘が和風なのかはさておき、このハイエルフっていうのが気になる。ハイエルフって…エルフの上位種?この世界でのハイエルフの扱いがわからないから何とも言えないが、ともかくこの剣はレアらしい。

「いい剣だな」

使い心地やらはともかく、見た目は綺麗だ。

「………ふむ」

手渡された剣をブロライトに返すと、ブロライトは眉根を寄せて真剣な顔になった。

「どうした?」
「すまん、貴殿を試させてもらった」
「試す?」
「隼丸には不思議な力があってな。わたしに悪意があるものは触れることが出来ないのじゃ」

あー、選ばれたものしか扱えないとかなんとか。剣が持ち主を選ぶっていう。魔道具(マジックアイテム)の役目もあるのだろう。

「つまりがブロライトをどうにかしちゃいたいとか考えていると剣は持てないってことか」
「何をどうしちゃいたいのじゃ」

例えばのお話です。
キョトン顔やめて。

「初対面でたらふく飯を食わせるようなヤツは怪しさ満点だからな。試したくなる気持ちはわかる」
「すまん」
「いいって。おかげで貴重な剣を見ることが出来た。ありがとう」

ちょっと集中して調査(スキャン)してみた結果、素材はなんとオリハルコンと何らかの魔鉱石が使われていた。漆黒のオリハルコンは貴重な鉱石だ。ミスリル魔鉱石のレアさに比べれば劣るが、アダマンタイト・ミスリル・オリハルコンと世界三大鉱石として名高い。貴重ゆえにお値段もそれはそれはお高い。何千万レイブもするのだろう。いや、値段なんてつけるのも失礼なくらいだ。

いくら剣が人を選ぶとはいえ、これほど貴重なものだ。俺を試すためだとしても、僅かでも相手を信頼しなければ見せることもしなかったはず。
その気持ちが嬉しい。
ブロライトは微笑みながら剣をしまい、焚き火の火を調節しながら聞いてきた。

「貴殿は何をしにヴォズラオを目指す」
「ヴォズラオ…ドワーフ王国の都市の名前だっけ。俺は依頼されたんだ。ベルカイムの鍛冶職人に」
「ほう?」
「リュハイ鉱山にあるイルドラ石を持ってきて欲しいんだと」

数量は指定されなかったが、剣を一振り作るにはこぶし大の塊が5つは必要らしい。
俺には便利な鞄があるから見つけられただけ持って帰るつもりだが。

「わたしは姉に贈る白き天馬を探しておるのじゃ」
「エブイラ村でそんなこと言ってたな。どうして天馬に拘る」
「リュティカラ…わたしの姉が白き翼を持つ馬を所望しおってな。それならば見つけてやろうと思うたのじゃ」
「ふうん。俺もペガサスには興味あるな。お姉さんの気持ち、わかるよ」
「ぺがさす?」
「ああ、白い天馬のことを俺の故郷じゃペガサスって言うんだ」

某有名漫画の必殺技が連想されるが、ドラゴンに次いで憧れる生き物だ。

「ほほう、ぺがさす。良いな、その呼び名。わたしもこれからはぺがさすと呼ぼう」
「俺も一角馬を探しているから、ついでに見つけたい」
「一角馬ならばわたしは目利きが出来る!一飯の恩だ、貴殿の馬はわたしが見立ててやるぞ」
「一飯で済むのかよ」
「…ハッ!」

ドワーフの王国までのんびり歩いてここから3日はかかる。
旅は道連れだ。残念エルフの飯くらい面倒見てやる。ビーも懐いているようだし、さっきの焚き火のような俺の知らないことも教えてもらえるかもしれない。それに中身はちょっとアレだが外見は絶世の美女なのだ。美しい若草色の瞳に見つめられるとちょっとドキドキしちゃう。

「エルフは恩を仇で返さない種族じゃ。わたしは貴殿に何を返せば良い。今は手持ちが心もとないが…」
「金はいらん」
「む。ならば何を欲する」
「俺はこの国に来てまだ間もない。知らないこともたくさんある。さっきの焚き火のこととかな。だからそういう基本的な、当たり前のことを教えて貰いたい」
「……それだけか?」
「それだけって、けっこう面倒くさいことだと思うんだが」
「もっとこう、エルフの秘術を教えろとか秘宝をよこせとか」

秘術って何だ?秘密の術?だったら無理やり聞き出すことじゃない。エルフ族にも門外不出とか禁忌とされていることはあるだろう。知ったところで何をすればいいかわからないし。秘宝は…見るだけなら興味あるかな。

「秘術も秘宝もモノによるが、今のところ必要ない」
「なんと?!ブロジェの弓に興味が無いと申すのか!」
「なにそれ」
「ブロジェの弓を知らんのか!」
「知らん」

知らんから欲しいと思わない。弓なんて扱えないからあっても邪魔になる。
懐は潤っている、三食食うのに困らない、便利な鞄に魔法がアレコレ使えて、可愛いパートナーが居て5体健康。これ以上何を望めばいいんだ?地位も名声もいらんわめんどくさい。

「むううう、貴殿は変わっておるのう。エルフの秘宝は冒険者ならば命を賭けてでも手に入れようと思うものを」
「そういう誰もが知っている常識っていうのを知らないだけだ」
「なるほどな。知らないから欲しない、と」
「そうそう」

ブロライトはやっと納得出来たのか、珍獣でも見るような目で俺を眺め、一人頷く。

「うむ。どのような縁(えにし)にしろ、貴殿とここで巡り逢えたのはわたしにとって吉兆なのじゃろう。リベルアリナに感謝」

よくわからんが、ブロライトは意志の強そうな瞳で俺を見つめると右手を差し出した。

「しばしの旅路、世話になる!」

前歯に食べ物カスを付けたまま。



女性と二人(と、一匹)で野営なんてちょっとドキドキしちゃう…
なんて僅かでも思っていた俺をびんたしたい。

ブロライト嬢、身一つで枯れ草の上に横になったと思ったら即行熟睡しやがった。俺がせっかく清潔な敷布を用意してやったのにも拘らず、だ。
少しくらい俺に、俺という男に警戒とかしないのか?するだろう普通!しかも豪快にイビキをかきやがる。寝ぼけながらケツまでかくときたもんだ。なんて男らしい。

いや、コイツは麗しのエルフのはずだ。



なんだろう、おっさんの影が見え隠れするのは。




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