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連載

出て行った理由

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 今日もワンモアの世界にログインする。早く道具屋のおっちゃんが捜している娘さんを見つけなければ。そう思ってベッドから出て装備を整えていたのだが……ここで義賊リーダーが天井裏から降りてきた。

「──何か分かったか?」

 自分の言葉に、義賊リーダーはへい、と一言おいてから報告を始めた。

「長ったらしい前置きは一切省略いたしやすが、道具屋の旦那が捜しているお嬢さんは発見しやした。幸いにてご無事で。ですが……そのお嬢さんはまだ帰りたくないと。これにはお嬢さんを保護していたご老人もほとほと手を焼いておられるご様子で、へえ」

 そうか、無事というのはいい知らせだ。しかし帰りたくない、か。自分も親との仲は大学在学中ごろから良くないし、それこそ数え切れぬほど喧嘩もしたが……十歳ごろの子が帰りたくないと言う理由は何だ? まだまだ親に甘えたい一面が残る時期ではないか? 速めの反抗期としても……これは直接会う必要があるか。

「そうか、良く探し出した。探索の腕は相変わらず冴えているな、頼りになる。そのお嬢さんを無理やり引っ張っていくことは可能だろうが、それではしこりが残るか。そのしこりが大きくなって、血生臭い結末を生み出す可能性も否定できん……案内を頼もう、そのお嬢さんと直接話をしてみなければなるまい」

 たとえどんなに時代が変わっても人と言う物は早々変わるものではない。僅かな仲たがい、人間関係のヒビから殺し合いに発展する可能性もあるという事は歴史が証明している。そこに血のつながり、親子関係と言う物はあまり関係がない。どんなことでも行き過ぎてしまった結果、悲しい結末を迎える可能性があるのだから。

(今ならまだ何とかなる時期だ。あのおっちゃんが娘さんをないがしろにしたとは思えんが……逆に、だからこそ危ないかもしれない)

 誰もが子供時代に親に対して理不尽を感じた事はあるはずだ。それは自分自身が親になって『ああ、そう言う事だったのか』と理解できる面もあるだろう。しかし、ここで一つ大半の人が忘れている事がある。自分の子供が、その自分が子供をしつけるために行っている行動に対して理不尽さを感じているという可能性を。しつけは確かに大事だ、しつけのなっていない子供は他者を容易に傷つけて、それが悪しきことだと理解できぬのだから。だが……

(自分は人の親になっていない。だからこそまだ忘れずにいる部分がある。もしかしたら、おっちゃんと娘さんのわだかまりを解消する最初の一歩を踏み出させることができるかも知れない)

 部下の義賊リーダーの案内で街を移動する間に、考えをそう纏めた。これ以上は直接話を聞かねばわからない。そしていろんな場所を走ることしばし、街の東の端っこにある家に到着した。

「ここでさあ。この家に住んでいるご老人が、お嬢さんを保護していらっしゃんでさあ」

 家の大きさは、北街にある一般的な家よりやや小さめか。コンコンとノックをすると、ドアの向こう側から『何方ですかな?』との声が聞こえてきた。そこに義賊リーダーが『あっしで』と変を撃を返したところ、カチャリと鍵が外される音がする。入っていいという事か。

「さ、親分参りましょう。ここのご老人、ちょいと訳ありなんで……危害は加えられる可能性はまずありやせんが、気はあまり抜かねえで下せえ」

 そんな義賊リーダーの念押しを聞いた後に、ドアを開けて中に入る。さて、訳ありのご老人とはどんな人なのやら。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞおかけください」

「また父さんの関係者なんでしょ? お爺ちゃん、相手しなくていいわよ」

 柔らかいソファーに座る事を勧めるご老人と、探していた道具屋のおっちゃんの娘さん。ご老人はにこにこと笑顔だが、娘さんの方はやや敵意をこちらに向けている。

「そうはいってもお嬢さん、いい加減帰った方が良いとこの爺は考えますぞ。街中に出ないからお分かりではないでしょうが、今探し人として街のあちこちにお嬢さんの似顔絵が張られております。さすがにこれ以上親御さんに心配をかけるべきではありますまい。こうして穏やかにお迎えが来ているうちに帰られる方がよろしい」

 こちらに茶を軽くふるまった後にそうご老人は娘さんの説得にかかるが、娘さんは『嫌! あんな家には帰らない!』の一点張りだ。こんな小さい子がここまで嫌がるとは、何があったのかを聞き出さなければ始まらんか。ふうと軽く息を吐いてから、自分はゆっくりと娘さんに問いかけ始めた。

「なあ、もしよければ自分にも教えて貰えないかな? なんでそんなにお父さんの所に帰りたくないのか。それを教えて貰えなきゃ、こっちも行動のしようがないんだよ。お願い」

 目線を同じ高さに合わせつつ、そう問いかける。この目線の高さを合わせるというのが重要で、上から見下ろさせることで無意識に威圧の様な物を感じるという問題を解消している。そういった行動も幸いしたのか、『そっか、そうだよね。それなら教えてあげる』と娘さんは喋り始めた。

 話を聞くと、どうやらこの娘さんは長女らしい。数年ほど前に妹が生まれた。妹は可愛いし、自分のできる範囲で可愛がっていた。そこは特に問題なかったようだ。ではなんで? とさらに突っ込んで聞いてみると、ここから両親に対しての不満が噴出し始めた。その内容とは──


『私をもっと見てよ! 確かに私はお姉ちゃんだけど、何でもかんでもお姉ちゃんだからって言葉で片付けないでよ!!』


 という言葉に集約されるだろう。いや、この一言は言葉ではなく慟哭、心からの叫びと言ってもいいだろう。お腹がすいたといえば『お姉ちゃんなんだからもう少し我慢しなさい』、勉強を頑張っても『お姉ちゃんなんだからもっと頑張りなさい』、という感じで何でもかんでも『お姉ちゃんなんだから〜』という言葉であれこれ言われるようになったそうだ。

「妹はまだちっちゃいから、お父さんたちがいっぱい面倒を見なきゃならないってのは分かるよ。でも、でも! だからって私にばっかりお姉ちゃんなんだからって言葉で一方的な我慢を要求しないでよ!」

 これはまずいなぁ。あのおっちゃんは期待を込めてお姉ちゃんになったんだからもっと成長してほしいとか考えてそう言っていたのかも知れないが、そんなのは親の勝手な言い分だ。実際にここまでこの娘さんが心を痛めている以上、失敗しているとしか言いようがない。そりゃ年を取ればある程度の我慢が出来るようになっていかねばならないが、それをお姉ちゃんなんだからの一言で済ませてしまうのは悪手だろう。が、一念入りに確認だけはしておくか。

「そっか。あの、一つだけ確認させてね。君はそれなりにおっきくなって来て、ある程度周りの事も見れるようになっていると思うんだ。だから、赤ちゃんやちっちゃい子のようにわがままばっかりはもう言えない、ある程度は我慢する事を覚える必要もあるって事は分かってきてるよね?」

 この自分の問いかけに、娘さんは『うん……』と素直に頷いた。やっぱりこの子は、そう言う部分は理解している。親に対してわがままを言いまくりたい訳ではないんだ。そうすると……

「そうなると、もしかすると君のご両親は君の名前を長い間呼んでいないんじゃないかな? 何でもかんでもお姉ちゃんなんだからで片付けているとなるとそんな気がするんだけど」

 この自分の言葉に、娘さんはびくりと反応した。──最悪だろう、子供の名前を呼ばないってのは。なるほどな、名前を呼ばれる事も無く、お姉ちゃんなんだからと言い続けられれば自分はもう親にろくに見て貰えていないと感じても無理はない。名前ってのはその人を現す大事なものだ。それを蔑ろにされたら大人だって傷つくぞ。この時点で、ただこの娘さんをおっちゃんの所にまで送り届ければ良いという問題ではなくなった。

「そうすると、君はこれからどうしたい? ここにずーっと居続ける事は無理だって事も、十分に分かっているよね? ここにずーっと居続けたら、君をこうして家に上げてご飯を食べさせてくれていたこのお爺ちゃんが誘拐犯だって事にされちゃう危険性もあるって事ももうわかっているんでしょ?」

 この自分の言葉にこくりと小さく頷いた後、娘さんは口を開く。

「分かってる、もういい加減家に帰らなきゃいけないんだって分かってる。でも、ただ私が怒られてお終いなのはいや。怒られるのは仕方がないよ、私は悪い事をしたんだから。だけど、私だけが怒られるのは嫌、父さんや母さんだって怒られて欲しい。私の名前、マリアの事を呼んでないって、私の事をろくに見ていないじゃないか! って誰かから怒られなきゃ嫌!」

 そう叫んだあと、娘さん……マリアちゃんは一気に泣き始めた。ここで自分は視線をマリアちゃんからマリアちゃんを保護していたご老人に向ける。ご老人は目で『どうかお願いできませんか? このままずるずるとここに居続けるのはよろしくありません』みたいなことを訴えてきている。やはりここは一肌脱ぐしかないか。考えを纏めて、マリアちゃんに自分は再び声をかけ始めた。

「ならマリアちゃん、一つだけお願いしていいかな? 自分が、君のお父さんを一発だけ殴っても良いかい? もちろん殴らずに済むのならそれが良いんだけど、マリアちゃんの言葉にお父さんやお母さんが耳を傾けようとしなかった時は……マリアちゃんの痛みを少しでもわかってもらわないといけないでしょ?」

 力任せではだめだ。マリアちゃんにも、戻るだけの理由が必要だ。幼子だからと理由をつけて大人の都合だけで振り回せば、必ずその結果は我が身に帰る。そんな結末を、あのおっちゃんにもこのマリアちゃんにも味わってほしくない。そんな事は知らなくていい事だ。血の味なんか……

「──分かった。帰らなきゃならないのは分かってるし、あのお父さんに私の言葉が届くなら……帰る」

 数分後に泣き止んだマリアちゃんは、小さな声で。しかし精一杯の声で自分にそう伝えて来たのである。
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