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連載

表と裏の使い分け

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 そして翌日。獣人連合から龍の国に行って再び米を大量に仕入れて、そのままとんぼ返りで獣人連合の北街に戻ってきた。これはアクアがいるからこそできる芸当である。特に今回は全力で飛ばしてもらったので、往復にかかった飛行時間は十分を切っていたりする。そんな速度で空を飛んでもらった為に、さすがのアクアもへばったらしく今は出店の隅っこで小さい状態を取って休息中。

 そんなアクアの頑張りのお蔭でカレーライスを作る材料をそろえる事が出来た自分は、ひたすらお米をといで炊き上げる準備と野菜を切って煮込む準備に追われていた。ある程度下ごしらえが出来上がれば楽になるので、それまでの辛抱である。闘技大会と言うお祭りが開催されるために、出店の場所を確保できるかが微妙だったのだが……幸いにして中途半端に開いている場所があったので滑り込む事が出来た。

(野菜の下ごしらえ良し、ご飯の炊飯状況もよし。やっと一息つけるな)

 ふうーっと大きく息を吐き出すと、ようやく街が闘技大会による盛り上がりのために騒がしくなっている光景が目に入ってきた。大人たちは誰が勝つのかの予想をしていたり、これから出る人の見送りをしていたり。子供達は元気に走り回ったり、お祭りのために普段よりはるかに多い出店一つ一つに目を輝かせていたりしている。そう言う部分はリアルと大差ない……というより、リアルと大差ないレベルにまでワンモアの世界が進化しているという方が正しいのかも知れない。

(しかし、そんなお祭りに水を差す馬鹿はやっぱりいるってことか)

 実はすでに、義賊リーダーを始めとした配下の義賊たちからいくつかの報告を受け取っている。やっぱり多いのは、この人ごみに紛れて行うスリ行為だ。見つけ次第、スリに仕置きを行いつつすられた財布は配下の義賊が被害者の懐に気づかれぬうちに戻しているようだ。

 それから残念ながら、この祭りに乗じて無人の家に忍び込んで金品を盗むような不届き者も居たという事も既に報告が上がっている。さすがに数は少ないが、発見した連中はすでにこっちの世界から永久退場させたそうだ。

 さらに、子供を誘拐しようとしたとんでもない輩もいたらしい。こちらも当然バッサリ。日本だったらこんな極端な罰し方はしないが、あくまでこの世界ではそう言う処分をするという事だ。このある意味獣人連合は揺らいでいない! と宣言するために行われているこのお祭りを邪魔するのであれば容赦しないと言う意思表示でもあるのだろう。郷に入れば郷に従えの精神で、あれこれ口こちらがを出す領域でもないしな。

(それに、気になる報告も上がってきている故に……もたついている訳にもいかない。まだ火種が残っているとか勘弁してくれよ……)

 そしてさらに、あのツヴァイの魔剣を奪いに来た連中の生き残りらしいと思われる存在が動き回っている可能性があると義賊リーダーが伝えてきた。放置しておけないので見つけたら潰すつもりだったらしいが、取り逃がしているとの事。それも一度ではなく二度三度にわたって。攻撃を仕掛けられたこともあり、明らかにこちらに対して敵意を持っているとの報告も受けている。

「親分、申し訳ねえ。あの時あの場に居た連中よりもはるかに腕が立つ連中が生き残ってた様で……お気をつけて下せえ」

 との事。おそらくあの時には別の何かをやっていて、来れなかったのだろう。優秀だからこそ少数での仕事に回され、生き残っていたと考えられる。こいつらが本当にあの時の生き残りで、悪事を企んでいるとしたら……きっちりと決着をつけておかないと後々の面倒事になるだろう。

(その力を、もうちょっとまともな方向に使ってくれればこちらの負担が減るのだがなぁ)

 冒険者になるとか、要人を影から護るとか、北町隠蔽兵の一員に加わるとか。影働き出来る人間の需要はいくらでもあるのだから、わざわざ悪事を働かなければ職がないなんて言い訳は通じない。

(結局悪人ってのは、悪事をやりたいからやるんだよな。捕まった時は色々と言い訳を述べるものだが、とどのつまり悪事をやった方が金を簡単に得られると考えている)

 真面目に一月働いて月給を得るより、人様の家や懐に押し入ってそこから金銭を奪い取る方が早いという思考なのだろうな。本当にその方が良いのかろくに考えないで行動して後悔する──

(やめやめ。今やるべきことはこの闘技大会中、犯罪者を取り締まる事とカレーを提供することだ。野菜も程よく煮えたし、ここらでカレールーを投入しようか)

 これ以上考えても仕方がない事と思考の迷路から壁をぶち破って抜け出し、カレーを仕上げるべく作業に移る。カレールーを溶かしいれてゆっくりかき混ぜると、食欲を誘うカレーのあの香りがゆっくりと周囲に漂い始める。お米の炊き上がりももうすぐだし、仕上げのむらしが終わるとほぼ同時にカレーの販売を始める事が出来るだろう──と考えていた所に、ずずいっと出店前に立つ女性が一人。

「カレーを一人前、注文してよろしいですか?」

 その一言で様子を伺っていた周囲の獣人さんが、列に並び出した。oh……いきなりクライマックスってやつでしょうか。今日は発売早々に売り切れになるかもしれない。

「構いませんが、仕上げるまでもう少々かかります。申し訳ないのですが、そのためもう少々お時間をいただきます。それでもよろしいでしょうか?」

 自分の言葉に、獣人の女性は「構いません」と言いながらゆっくりと頷く。声の質からして、目の前に居るのは変装してやってきたカリーネさんではないな、一般市民の方だろう。そんな色々と考え過ぎ? な自分に内心苦笑しつつ、カレーを仕上げた。味見をして、評価も確認した。いい味が出ている、評価も自分が作れる最高峰である八だからこれならばお客に商品として出せる。

「大変お待たせをいたしました。これよりカレーライスを販売いたします」

 他のカレーライスを出している人達はトッピングなどもいろいろと工夫しているらしいが、自分は純粋に基本のカレーライス一本に絞った。お米にもこれと言った味付けや仕込みをしていない、ごく普通のカレーライスである。お値段は一杯五〇〇グロー。他の露店よりもカレーがシンプルな分、お値段をお安く設定している。これならば他の人が出しているカレーとの住み分けもできると言う方針である。

 それからしばらく次から次へとカレーを求める獣人の皆さんを捌いて、ようやくひと段落ついた。食べ終えた獣人の皆さんは、デザートなどを求めて他の露店に向かっていった。お祭りという事で財布のひもが緩いらしく、次々と買いこんではお腹へとおさめていく。自分はそんな光景を眺めて良く食うな〜とぼんやり考えていた。リアルでやったら絶対に成長すること間違いなしだ、横に。

 その後もある程度ちょいちょいとカレーをお買い替えになる人の波が来たりしたが、これといった問題は出ずに済ませる事が出来た。カレーとお米の残りも少なくなり、今日はそろそろ引き上げ時かな? と考えていた所で一人のお客さんがやってきた。

「すみません! まだカレーは残っていますか!?」

 そんな言葉を投げかけながら、かぶりつくかのように近寄ってきたのは……カリーネさんだった。変装など一切なし。とはいえ、こんな場所で変にフードとかで顔を隠している方が怪しまれるか……今の自分も普段は常時身に付けている外套を脱いで、ドラゴンスケイルメイルの代わりに普段は使わないダミーの装備を身に付けているのだから。

「あ、ああ。はい、残りはわずかですが有りますよ」

 そんなカリーネさんの気迫に押されて、最初の言葉はつっかえるような感じになってしまった。そうしてカレーを渡したのだが……一杯目。かっ込むように貪るように口の中にカレーを収めて行った。そこには色気も何もない。二杯目、まだかなり早食いの域だが、最初の様ながっつき具合はかなり収まっていた。三杯目。ようやくある程度の落ち着きを取り戻したのか、ゆっくり味わって食べていた。

「はあ……御馳走様でした」

 三杯目をきれいに食べ終えた後、カリーネさんはうっとりとした表情を浮かべながら、皿を置いた。こちらは内心引いてる面もあるのだが、そんな事は表に出さない。世の中に出ればこれ以上の猛者はそれなりに居るので、この程度ならまだ自分の表情を崩すには至らない。

「お粗末さまでした。お題は一五〇〇グローとなります」

 このカリーネさんによる立て続けの三杯で本日のカレーは品切れとなった。ログアウトまでは野菜と香辛料の補充をする事になりそうだ。いそいそと鍋を始めとした調理器具を片付けていると、カリーネさんから声を掛けられた。「あの。少しよろしいでしょうか?」と。

「こちらは片付けながらになりますが、それでもよろしければ」

 こう返答したところ、今回店を出したのはどうしてなのかと聞かれることになった。ここは嘘八百で行こう。

「いやね、ちょっとこの街で知り合いになった人にもう一度お前が作ったカレーを食いたいと頼まれてしまいまして。それで、今回の闘技大会期間中に限ってこうして露店を出すことにしたんですよ」

 今回の一件は、馬鹿正直に事実を言う必要もないだろう。目の前に居る彼女カリーネに頼まれたからと言えば自分が義賊頭をやっている中身の正体であるとばれてしまう。もちろん街の警備関連に関しては嘘の報告など一切するつもりはない。あれはあれ、これはこれである。

「そうですか、私も貴方のカレーはおいしいと思っていたので……こうしてもう一度食べる事が出来てうれしいです」

 そういい残し、カリーネさんは人ごみに消えていった。闘技大会中はこんな感じの行動サイクルになりそうだな、後はこのお祭り中に大馬鹿な行為に走る奴が出ない事を祈ろうか。
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こんなことを書いておきながら、本日の作者のお昼はラーメンでした。
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