トップ>小説>とあるおっさんのVRMMO活動記
166 / 357
連載

救いの手

しおりを挟む

 もたもたしている時間はない。こうして魂弓を構えている間にも、盗賊団の一味が武舞台の上から議長と思われる女性をナイフで脅しながら引き摺り下ろして連れ去ろうとしている。だからこそ変身と、この魂弓の力を合わせて長距離狙撃で盗賊団を一刻も早く射ぬかなくてはならない。それは解っているのだが、手の震えは収まるどころか余計激しくなっていく。

(──こんな精神状態では)

 正直に認めよう。自分は今ビビッているのだ。この弓から放たれる一矢は光となって間違いなく命中した存在をぶち抜いてくれることだろう。そして、その貫かれる対象には、今連れ去られようとしている議長さんも含まれる。

 自分が敵とみなした相手だけを都合よくぶち抜いてくれる……なんて能力はない。プレイヤー相手なら当たっても衝撃などがくるだけで、HPが減ることは無いために殺してしまう様な事にはならない。しかし、今回の対象はこちらの世界の人だ。その例外には含まれない。

(くそっ、治まれよ、治まってくれよ! こんな事じゃ、狙いが付けれないだろう! 守るべき対象を殺してしまう訳には行かないと言うのに)

 そう思いながら左手を睨みつけるが、震えは全くおさまらない。こんな状態では誤射もありうるが、そもそも命中しない可能性が高い。そして一発でも矢がどこかに突き刺さった時点で、盗賊団の連中も自分達が狙撃によって狙われていることをすぐに理解するだろう。

 そこからどんな手段に出るかは読み切れないが、最悪その場で議長さんが見せしめとして首を刎ねられる可能性がある。そのため、最初の矢は必ず議長さんの背後からナイフを首元に突き付けている奴に当てて最低でも戦闘不能に、欲を言えば即死させなければならない。

 それらの事をすべて理解しているのだが、弓を持つ左手の震えが止まらない。無理やりに狙いをつけているが、左手が細かくぶれる為に矢を放てない。それでも容赦なく時間は過ぎていく……こんな不安要素の塊の中、決断しなければならないのか? しかしこのまま連れ去られるのを見ているだけという訳には行かない。不安要素が多すぎるが、それでもやるしかないか……。

 南無三! と歯を食いしばりながら矢を放とうとしたその瞬間、そっと自分の左手に触れる手が浮かび上がってきた。驚いて矢を放つのを中断し、その手を食い括るように見つめると、その手は大きさなどから女性の手であるだろうと思われた。そしてその手は左手であり、手の先は肘までしかなく、その先は薄らと消えていくような感じになっているため、目を凝らして何とか見えると言った所だ。

(なんだこの手は!? 何物かの差し金か?)

 警戒する自分だが、その浮かび上がった左手は震える自分の左手にそっと寄り添い、幼子をあやす様に撫でて来る。不思議とそれが落ち着きを取り戻させてくれたためか、先程まであんなに震えていた左手の震えがピタリと止まってくれた。なんでもいい、これで狙える! 改めて狙いを定め直す。

 羽交い絞めにしている盗賊団の男の頭に狙いを定める……そして、長弓のアーツである《ヨイチ》を魂弓から借り受けて発動。浮かび上がった左手も、狙いをより正確につけるためのサポートを行ってくれる。

(──この一矢、那須与一の放つ矢のごとく、我が敵を狙いたがわず穿ちたまえ!)

 そう念じた直後、自分は矢を放った様だ。放ったという感覚が無く、いつの間にか右手を離していたと言う感じですらある。そして、そんな自分の魂弓から放たれた矢は光となって──


(このような場所に、このような狼藉者が来るとは……おのれ! ワシの相棒であるあ奴は観客席におるし……手が出せぬ)

 闘技大会優勝者であるシルバーは、相棒である斧をその手に掴みながらも動けないでいた。目の前に居る狼藉者はおそらく本気だという事を、感じ取っていたからである。感覚からして、目の前で女性の背後からナイフを突きつけている男と真っ向勝負をすれば、一分もかからずに吹き飛ばせる。

 だが、今のシルバーが出せる全力で襲い掛かっても、目の前の議長を務めている女性を無傷で救い出すことは難しい。目の前に盾として向けられてしまえば刃を振り下ろす訳には行かないし、下手すればその時点で首にナイフが……

(ここは見ている事しかできぬ……ここで動けば、あの女子おなごの命が危うい。なんとも卑怯な奴らじゃ!)

 そんな怒りに燃えながらもただ黙って連れ去られていく姿を見送るしかないと思っていたその時、一筋の光が走った。何事か!? とつい光が走った先に視界を向けると、そこには地面に突き立った矢に貫かれて消えていく一つの頭部。その消えていく頭部は、先程まであの女子に後ろからナイフを向けていた卑怯者の顔ではなかったかと思ったシルバーが視線を元に戻すと、そこには束縛から解放されて倒れこむ女性の姿と、その後ろで砕け散る男の体があった。

(今じゃ!)

 これまで戦闘を繰り返してきたシルバーに、迷う時間などなかった。手を出せない理由であった男が狙撃による矢によって倒され、一瞬の空白と言って良い時間が出来た。ならばあと三人ほど残っている狼藉者を切り捨てる為に動くべきであると判断したのだ。

 斧を構えてシルバーは狼藉者である男達三人に向けて突貫。状況を呑み込むのに必要とした時間がシルバーよりも掛かった盗賊団の三人は、横薙ぎに振るわれたシルバーの斧によって一人が偽装のために纏っていた鎧ごと真っ二つに。残り二人は勢いがやや落ちたためか吹き飛ばされる形になった。だが、その一発は残り二人を一気に死の淵まで追いやったのもまた事実である。

 その後に、シルバーの妖精であるヴァルキリーが観客席より出て来て、虫の息となっている二人の狼藉者を光の縄で捕縛した。もちろん警備兵達も出て来て、最小限の治癒を施した後に奥に連行していった。色々な方法で、話を聞き出すのだろうと思われる。一部始終を見ていた観客は、一振りで鎧を着込んだ三人を軽々と薙ぎ払ったシルバーの剛腕にどよめきを上げていた。出来そうだ、と実際にやってみせたの差は大きい。

(先程の矢は……角度からするとあの辺りからかのう?)

 シルバーは、矢が突き刺さった角度から予想を立てて狙撃を行ったと思われる場所を眺めてみるが、〈遠視〉スキルも無い為に射手の姿をシルバーが見つける事は出来ない。

(なんにせよ、あの矢による狙撃で助かった訳じゃの。あのまま連れ去られてしまうようなことになれば、ワシとしても心苦しい結末になってしまったかもしれんからの)

 狼藉者が連行されるのを見届けた後、シルバーは倒れている女性に近寄り、静かに声をかける。

「もし、もし。大丈夫ですかの?」

 シルバーの声に、「わ、私は……」と小さな声を上げ、ゆっくりと手で自分の状態を確認するかのように何度か触った後にゆっくりと立ち上がってきた女性。そして周囲を見渡した後にシルバーに向かって微笑みつつ、口を開いた。

「この状況は……どうやら、貴方様のお蔭で私は生を拾った様ですね。誠にありがとうございます」

 シルバーに対し頭を下げ、再び上げた女性の顔は薄らと朱に染まっていた。そしてシルバーにゆっくりと近づくと、そっと差し出されていた右手を取った。

「こう申し上げるのもなんですが、命を救ってくださった貴方様にささやかながらお礼をしたいと思いますので、ぜひ当家にいらしてくださいませ」

 と誘いの声を掛けながらシルバーの右手を抱きしめ始める。さすがにこの急展開にはシルバーもうろたえた。

「い、いや、それには及びませぬ。困っている者を助けるのは当然の事ゆえ、気にせずともよろしいのですぞ」

 と、やんわりと断りの言葉を伝えるのだが、女性は全く引かない。

「奥ゆかしいのですね、そのお心、実に好ましく思います。ですが、お気になさらないでください。さ、参りましょう」

 この後もなんとかして断ろうとするシルバーであったが……結局はお持ち帰りされてしまう事になったのである。


(なんだか妙な事になったが、とにかく仕事は完了だな。議長を護る事が出来た。シルバーのおじいちゃんの大あばれはいい意味で計算外だったが……まあ結果よければなんとやら、だ)

 変身を解除して成り行きを見守っていたが、女性議長がシルバーのおじいちゃんを引きずるように奥に消えていったのが気になる。ま、とにかく自分の仕事はなんとか達成だ。後はこの場所から撤収して、部下達の様子を聞いてみないとな。それにしてもあの左手は何だったのだろうか? あの手は、自分が矢を放った後にその姿を消している。

 そして呪いと言った感じではなく、むしろ祝福? のような温かみをあの手から感じた。しかし、あの手はフェアリークィーンの手ではない、はずだ。クィーンの手なら、何度見てきたからさすがにわかる。

(なんにせよ、弓とあの手のおかげで助かった。感謝する)

 あの謎の手と、魂弓に感謝をささげてからその場を後にする。さて、部下が苦戦していたら援軍に向かわないといけないな。
************************************************
この謎の手については、物語の終盤で……かな?

それから報告があります。活動報告にも書きましたが、6巻制作の為に物語の一部を消去して、ダイジェストに差し替える予定です。範囲はガリッズの捕り物話までです。正確な範囲は活動報告をご覧ください。
しおりを挟む