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連載

《風結蹴》習得に向けてのあれこれ

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 だが、その《風結蹴》を覚える前に一つ、聞いておかねばならないだろう。それは……

「師匠、見せてもらった事でどういう技かはある程度分かりました。しかし、一つ問題がありませんか? 戦う相手は案山子ではありません、動く相手なのですが」

 そう、あれだけの魔法陣を原理はとりあえず横に置いておくとしても、相手を魔法陣の中心に据えておかないと失敗することになるだろう。しかし、実戦では相手が数秒の間同じ場所に止まり続けるという事はまずない。モンスター相手となればなおさらだ。そこをどうするんだろ? 一昔のゲームとか、どこぞのシミュレーションゲームのように技の最中は相手がその場から動かないなんてルールは適用されんし。が、師匠は逆にきょとんとした表情で質問を返してきた。

「え? なんで相手が動くと思ってるの?」

 ──はい? なんか、とてつもない食い違いが発生している可能性があるな。これは下手に質問を続けるより、一回説明を受けた方がよさそうだな。その方が結果的に早いという事になりそうだ。

「では師匠、技の詳しい説明をお願いします。見ただけではわからない点がいくつもありますので」

 この自分の言葉に、師匠はこほんと軽く咳払いを行った後に説明を行いだした。さて、その内容は……

「見てもらったから大まかには分かったと思うけど、さっきの魔法陣を描きながら飛びまわって相手を蹴り続けて大きなダメージを与えるのが奥義の一つ、《風結蹴》よ。この技を使えるようになるには、一定以上の蹴りにおける経験と風の力を借りる……魔法が使える事が必須条件ね。そして蹴りを風の力を合わせる事も必須。だから最初に《風華蹴》を覚えてもらったという訳。ちなみに私の師匠から教わったとこも同じ流れだったわ」

 そこは問題ない。行っている事も納得できる。

「で、《風結蹴》なんだけど……これはいくつもの風の力を使いこなさないといけないの。蹴って離れた後に再び急接近できる力。蹴った相手の部分を封じて動けなくなるようにする力。そして魔方陣を描く事で風の力を最大限に発揮させて、炸裂させる力。他の属性ならば比較的容易にこなせることを風の力だけで行わなければならない。その難しさは容易に予想できると思う」

 ふむ、急接近は風だが、封じて動けなくすると言うのであれば土や氷。炸裂ならば、やはり炎の方がしっくりくる。

「これは余計な話かもしれないけど、私の師匠は最初接近は風、封じるのは氷、炸裂は火で行っていたわ。でも、属性が入り混じる結果……動きと手間の割に威力がいまいちになってしまったらしいの。そして改良を重ねて、火だけ、氷だけ、風の力だけで行えるようにしていった。そしてその風の力だけで行うのが、さっき見せた《風結蹴》って訳ね」

 なるほど、技の母体になった者は他にあって……そこからさらに改良を行って今の形に変化していったという訳か。だが、まだ相手を封じる風というのが分からないな。押さえつけるイメージなんだろうか?

「あと、先に言っておくけど。相手を封じると言うのは……実はよくわからないの。これは私の師匠の言葉をそのまま言うんだけど、『風で相手の紐を搦め取ると、相手はなぜか動けなくなっていくんだぜ? 間隔的な話で紐っていう言い方をするしかねえんだが、とにかくそういった物を風で邪魔する物を打ち込むことによって相手は意識はあるのに動けねえって状況になるんだわ』と言っていたの。何のことだか私はよくわからないんだけど……」

 ──これは、おそらく神経の事だろう。下半身が動かなくなった、腕が足が動かなくなったなんて事が起こる原因の一つが神経の切断だ。椎間板ヘルニアなんてのはとくに有名だろう。あれもおおざっぱにいえば、神経が圧迫されることにより発生する病気だ。つまり、風の力で神経を圧迫することで相手の動きを抑えるのが《風結蹴》の拘束方法なんだろう。師匠の師匠は、それにおぼろげながら気がつき、武術に転用したんだろう。扱いを間違えばただの暗殺拳になっているぞ。

「まさか神経による攻撃で相手を封じる事を実現するとは、とんでもないな。確かに神経をやられれば、動けなくなってしまうだろう……神経を必要としないごく一部を除いて、だが」

 たとえばスライムとかね。あいつらに蹴りかかると言う時点で間違っているが、とにかくあんな軟体生物? には神経なんておそらくない。そう言った神経を持たないモンスターには、《風結蹴》が通用しないはずだ。逆に土とかでがんじがらめにしてしまえば通用するだろうが、それはもう別の技なので考えない。

「アース君は師匠の言葉の意味が分かったの!? 師匠に何度聞いても良くわからなかったし、師匠も『ただ、この《風結蹴》には効かねえ奴もちらほらいた。そこんとこは俺にもよくわからん』と言ってたのよ」

 との事なので、神経の事を大雑把に説明した。我々はこの頭から体を動かすいくつもの紐みたいな物があって、その紐が手や足にこう動きなさいと指示を送っているので動けるのだと。そしてその紐がぷつりと切れた途端、頭からの指示が途切れてしまうのでどんな健康な手足を持っていても動けなくなってしまうのだ、と。そしてルイ師匠の師匠はそのことに何らかのきっかけがあって気がついた。そしてそれを風の魔力で阻害することができる事を発見し、《風結蹴》を編み出すきっかけになったのではないかと。

「そういう事だったの。それなら、なぜ《風結蹴》を入れると荒れ狂った動物や魔物であってもとたんに動けなくなっていくのかという事の説明が出来るわね。それにしても、怖い話ね。こうやって動かしている手や足が、そんなか細い紐みたいな物に支えられているなんて……そして師匠はそんなものに気がつくなんて」

 気持ちは分かる。面白半分で自分も神経に関することを調べた直後はそう思った物だ。だからこそ、《風結蹴》を生み出したルイ師匠の師匠が悪人でなくて良かったと本当に思っている。悪用しようと思えば、きりがない方向だからな。リアルで考えれば、ちょっと突かれただけでいきなり体が崩れ落ちたらどうなると思う? パニックで済めばいい方だろう。意識ははっきりしているのに、体がピクリとも動かない。これはとんでもない恐怖だぞ……想像しておいてなんだが、絶対そんな状況は味わいたくない!

「自分も本格的な知識を手に入れている訳ではないけれど、大きく間違ってはいないと思う。だから、この技はポンポンと気軽に広めてはいけない技の一つだろうね」

 話を聞いて納得したとばかりにルイ師匠が頷いた。理由が分かれば怖さも分かって貰える。

「でもアース君には覚えてもらうからね。君だったら悪用はしないでしょ? さ、まずはやってみよう。風の力を借りて、移動の補佐と妨害と魔法陣構築後の炸裂をできる様になろうね」

 先程までの神妙な表情をぽいっと投げしてたルイ師匠は、非常にいい笑顔をしておられました。その笑顔に自分は恐怖を覚えました。あれを、本当にやると? あんなアクロバティックどころでは済まない技を、オートによるアシストなしで……ああ、分かってる。やらないで諦めると言う選択肢は、笑顔のルイ師匠の前では存在しない物なのだ、と。

 そしてその後の訓練場には、「ちっがーう!」とか「そこはそうじゃないの!」とか、「角度が甘いわ! その角度じゃささらないし魔法陣も構築されないわ!」など……師匠からの叱咤が飛び交った。

「まあ、今日はここまでにしましょ。何としても《風結蹴》は習得してもらうからね。習得をもって今回の修行は完成となるのだから」

 そんな一言でこの日の修行は終わりとなった。自分はもうぐったりとしていた……風の力を利用して一定範囲内を何度も的に向かって飛び掛かるのは非常に疲れた。何のシステムアシストも無いので、とにかく何回もやってゆっくりと体に覚えこませるしかない。《武術身体能力Lv九十九》のパッシブアシストがあってこれなんだから、なかったら投げ出していただろう事は想像に難くないぞ。

「あ、ありがとう、ございました」

 それでも何とか立ち上がって、ルイ師匠にこの日の礼をする。いくら疲れているからって、こういった礼を欠かしてはいけない。そしてこの礼をもってルイさんは師匠モードを終えるのである。

「ま、ゆっくりやっていきましょう。私も覚えるのにはかなり時間がかかったからね。なかなか習得できないからって見捨てるような真似だけはしないから」

 そうなのか。ま、コツコツやるのは結構得意だから、ここで投げ出さずに明日も頑張ってみよう。
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歳食っちまった。
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