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連載

赤鯨戦、ひとまず終了

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今日の作業用BGM

「まんたーーーーんドリンクっ!」
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 魔法や、自分が扱うスネーク・ソードによる中距離攻撃などが一斉に赤鯨の両側面に叩きこまれる。その結果、多数の泡が生み出されて短時間ながら視界を塞いでしまう。しかし、その泡が晴れる前に自分を含んだプレイヤー達は、赤鯨に一太刀入れる事に成功したことを知る。なぜならそれは──

『Gyuouououooーー!!』

 という明らかな人ではない悲鳴が耳に届いたからである。泡が晴れて赤鯨が見えるようになると、そこにはいくつかの土魔法で生み出された槍、闇魔法で生み出された無数のナイフ、そして自分の放った惑が赤鯨の装甲をぶち抜いて深々と突き刺さっていたのである。突き刺さっている個所はじんわりと赤くなっており、出血している事も伺える。その傷口から流れ出る赤鯨の血の色は、紫色であった。

「魔法が効いたぞ!! 奴の弱点は土と闇ってことか!」

 誰かがそう叫ぶ。その叫びと同時か僅かに遅いぐらいか……さらなる追撃として、赤鯨に土魔法と闇魔法の攻撃魔法が追撃とばかりに飛ぶ。しかし、爆発する系統の魔法や切り裂く系統の魔法では赤鯨の装甲の表面に阻まれて傷一つ付ける事が出来なかった。逆にナイフや槍型と言った相手を突く系統の魔法は、赤鯨の装甲をものともせずに突き刺さる。これを見ていたと思われるゴウさんからの指示が飛ぶ。

「土魔法や闇魔法の攻撃魔法を取得している人は、ランス系などの貫くことを重視している系統の魔法で攻撃してください! 爆発などの範囲攻撃魔法では全く効果が出ないようです!」

 この指示により使われる魔法の攻撃系統が固定され、赤鯨に降り注ぐ。しかし、赤鯨もたやすく倒れるつもりは当然ながらある訳も無く……水魔法と思われるベールを体にまとい、土魔法や闇魔法の勢いを削る。そしてその巨体からは予想が出来ない加速力をもってこちらの魔法射程から離脱していく。そうして魔法の射程から離脱した赤鯨は、こちらに向き直ると口を開けて水魔法の準備に入っていく。

「あれはやべえ! 全員射程上から退避しろ! 直撃を食らったらおそらく一発でお終いだぞ!」

 そんなだれかの声も聞こえてきたが、全員がそんな事は言われるまでも無いとばかりに必死で逃げの一手を取っていた。おそぐ速度が遅い人に対しては、同行している人魚さん達が必死でサポートし、赤鯨の放ってくると思われる水魔法の攻撃範囲外から抜け出ようとしている。

「じょーだんじゃねえ! あんなの食らったらミンチよりひでえことになっちまうぜ!?」

 必死で退避行動を取るプレイヤーからはそんな言葉も飛び出す。確かにあの攻撃魔法はシャレになってない、あんな水流の中に巻き込まれたら確かに一瞬にして滅茶苦茶にされてしまう。そうなれば、よっぽどの装甲と体力を持つ人でもない限り即死だ。攻撃範囲から抜け出したと思われたところで、必死に海底の捕まれそうなところに皆がしがみつく。そうしないと、吸い込まれてお終いだからな。

 そして放たれる赤鯨からの水魔法。だが、これは最初に放ってきた奴よりも吸い寄せられる力が格段に上がっている! 一瞬でも油断したらあの赤鯨が吐き出すように発動している渦に吸い寄せられて、すり潰されるだろう。そんなやられ方は御免こうむる。

「うわああああ!!」

 そんな事を思っていた時、しがみ続ける事が出来ずに引きはがされて吸い寄せられてしまったのだと思われるプレイヤーの悲鳴が自分の耳に届く。もしそうだとしたら不味い、何にも捕まる事が出来ない水中という状態では、何にも抵抗することが出来ずに吸い寄せられてやられてしまう事になる。

「ルエット!」「分かってる!」

 自分は海底の石にしがみついているので手が離せない。なので、ここは惑とルエットのコンビに救出を頼むしかない。鞘から零れ落ちる様に抜け出した惑の刀身は、まず海底に潜り込んだ。自分自身が引っ張られるのを防ぐだけではなく、救出する人を捕まえた時に固定できる様にするためだろう。

 そこから先は見る余裕がないのでどうなったかは分からないが、後ろの方から「何だこの黒いのは!? 闇魔法のロープなのか!? 何にせよ助かった! すまねえ!」という声が聞こえてきたので惑とルエットがうまく拾って救出してくれたんだろう。

 赤鯨による水魔法でうまれた渦が消え、吸い寄せられる現象も止まる。さあここからはこちらの反撃だと意気込んだ自分を含むプレイヤー一同であったが、その感情は空振りに終わる。なぜなら、水魔法の放出を終わらせた赤鯨が……逃げの一手を打ったからである。おそらく、プレイヤーがまだ知らないか、使えない水魔法も併用しているのだろう。その逃げる速度には追いつくことは不可能だと、細かい説明など一切抜きで理解するほどの逃げっぷりを赤鯨が見せたのだから。ある意味その逃げる速度と逃げっぷりは敵ながら見事だと言いたくなった。

「──早々に逃げますか。しかもあの速度で。これは、非常にまずい事になりましたね」

 赤鯨は逃げた……つまりは追い払えたのでひとまずの勝利に歓声を上げるプレイヤーと人魚さん達。しかし、その中で険しい顔をしていたゴウさんの近くにたまたまいた自分は、その小さなつぶやきを拾ってしまった。なのでつい、自分も相槌を打つかのように口を開いてしまった。

「こちらも情報を得たが、向こうもこちらを知った。今日の様な油断はもうしてくれない……か」

 この自分の言葉に、聞いている人が居るとは思っていなかったらしい少々驚いた表情でゴウさんが自分を見てきた。そして自分の姿を少しの間見つめた後に「ええ、そうです。そしてそれだけではありません」と自分に聞こえる程度のボリュームでつぶやいてから話を続ける。

「なにより、残りの二体にもこちらの情報を伝えるでしょうね。特に自慢の防御力を誇る肌を貫く技術を相手は持っている、と。確かに当初の予定は情報を得る事と追い払う事ですから目的は達成していますが……今更ながらに思います。あいつを逃がさずにここで倒しておきたかった、と。そしてこちらの手の内を残りの二体が知らない状況で対峙して、倒してしまいたかったと。こちらの世界に存在している人々やモンスターは決して侮れません。他のゲームであれば、レイドボスが戦法を変えるなんて事はまずないのですが……」

 ここでふう、と一呼吸置くゴウさん。自分は茶々を入れずに、ゴウさんの言葉を待つことにした。ゴウさんは眉間にしわを寄せつつ……

「ですが、先程戦った赤鯨は早々に逃げを打ちました。これはレイドボスとしては非常に珍しい。逃げる特性を持っているボスとしても、こんなに早く逃げると言う手段を取る事はまずありません。しかし、先程の赤鯨はそんな私の予想を打ち砕きました。そして逃げる事で、他の二体に情報を持ち帰ったんです。リアルのクジラやイルカ達は何らかの方法で会話ができるという事を本かなにかで見た事もあります。こちらの人数、不意打ちの戦法、効果を上げた魔法などの情報はまず間違いなく残りの赤鯨にも伝えられたでしょう」

 そうだな、だた逃げただけとは思えない。この世界と今まで付き合ってきた自分としても、ゴウさんの危惧している事は的外れとか考え過ぎだなどと一笑に付すことはできない。

「この世界に居る存在は、間違いなく日々学習しています。実は以前にも、レイドボスに逃げられてしまったので再チャレンジした時に……同じ戦法が通じにくかったという事があるのです。ですが、一度倒した後は再び通用するようになっていた……この事から、この世界で一定以上の力を持っているモンスターも、街の人々のように学習してこちらがとる戦法に対する対策を練ってくる所があるのは間違いないでしょう。私は、この世界を舐めるつもりはありません」

 ──その考えは正しい。一般的なMMOであれば、レイドボスと言えど装備と戦略、そして人材がいれば高確率で討伐できる。一瞬のミスですべてが台無しになる事も多々あるが、基本的にボスの行動はそう大きく変わることは無い。

 しかし、その考えはこのワンモアにおいては当てはまらない。以前旅をした事があるこの世界の仲間も、昨日より今日、そして今日より明日と強くなっていた。ならば、この世界にて生きているモンスターも、成長したり学習する奴がいると考えるべきだ。序盤の弱いモンスターは別としても、今回の討伐対象である赤鯨は間違いなく成長、学習する存在だろう。

「全面的に同意見です。あくまで一時退けただけであり、それと引き換えにこちらの手札をある程度知られてしまったと考えておく方が間違いがない。とはいえ、それを大声で宣言して勝利の気分を汚す必要も無いかと。とりあえず今日はこのまま引きあげて、到着していると思われる援軍と合流してから策を練り直す。という流れにすべきでしょうね」

 自分の意見にゴウさんは「ええ、私もそのつもりです。ここで変に声を荒げても士気を下げるだけになりかねませんし」と考えを述べた。まず、相手は固いが弱点もある事。厄介ではあるか勝機はこちらにも十分ある事が分かっただけでも良しとしよう。逆に、相手は逃げを打てばこちらの追撃を寄せ付けないほどの速度で撤収できる事、そして学習能力がある事などは嫌な情報と言える。

 とはいえ、そんな嫌な事もしっかり理解しておかなきゃ強大なモンスターには勝てない。とはいえ、今後援軍と話し合ってあの撤退を許さないようにしないといつまでたっても倒せずにここから離れられないなんて展開になってしまうかもな。

「では皆さん、撤収しましょう。人魚の里に戻ったら、おそらくもう到着したと思われる援軍の皆さんと顔合わせも行います」

 ゴウさんの言葉に勝利に酔っていた皆の顔も幾分冷め、人魚の里に帰還する運びとなった。里に到着し、赤鯨の撃退に成功したことが伝わると人魚の皆さんに笑顔があふれた。打撃を与え、相手に逃げを打たせた事で、相手も不死の化物ではない。倒せる存在なんだとの認識が広まり、絶望感が和らぎ、希望が生まれたのだろう。その希望となれるように、頑張らないといけないな。
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