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連載

VS赤鯨その5

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「休憩終了、全員で移動を開始!」

 十分後、誰かがそう叫ぶと同時に全員が立ち上がり全力で移動を開始。時間の猶予がない状況下での休憩だったので精神的に休めているかは微妙かも知れないが、少なくともMPの回復と言う意味では十分。数値上では完全回復した左側担当部隊は中央部隊との合流を目指す。そしてその合流を目指す最中、自分の所にウィスパーチャットが入ってきた。相手はヒーローズの一員であるブラック。

【アース君、聞こえているかい!? ちょっと戦いながらなんで声の調整が出来ないのは勘弁してほしいが。赤鯨なんだが、ちょっとシャレにならないぐらいに厄介な奴に突然変化したんだ! 赤鯨の大きさが一回りぶくっと風船のように膨らんだ上に赤いオーラを身に纏い始めただけではなく、体中から無数の針をどわっっと! あーと、針を出しただけではなく、無数の刃を突如生やして近接戦闘を行っていた人達を次々と切り捨ててしまったんだ!】

 どういうことだ? 赤鯨の連中は、どいつもこいつもそんな特殊能力を所持していたのか? しかし、それだと疑問が残る。こちらが戦って倒した赤鯨は、刃は出したが針を発生させるようなことは無かった。なのに、中央部隊と戦っている奴はそんな行動を取っているらしい。

【そのためいったん距離を明けたんだが、そうしたら目から触手のような物を出してこちらを捕まえようとしてきた! 残念なことに捕まって、食われてしまった人も数名出てきている状態だ! この情報を、そちらの人達に伝えてくれ! 頼んだ!】

 そうして一方的にウィスパーが切断された。切羽詰まっている状況だと予想できるので、おかしい事ではないが……とりあえず、ブラックから貰った情報を部隊の皆に伝えておく。

「どーゆー事だ?」「ヤバイってのは良く解ったが」「とにかく急ぐしかねえ! もたついてたら向こうが全滅しちまうぞ!」

 などのやり取りが移動しながら行われる。しかし、誰かがボソッとこう漏らした。

「こういうパターンってさ、倒したボスの力を生き残っている奴が吸収して使えるようになったってパターンじゃね? さっき消えた援軍のクィーンのような顔してた子も言ってたじゃん、『魔力が他の赤鯨の方に飛んでいった』って。そして刃を出して針を出して、鞭のような触手まで急に使いだしたって言うならそれしか考えられないじゃ?」

 静まり返った。いやね、本当に効果音て物で『シーン……』って物をVRの世界でとは言え体験することになるとは思わなかったよ。

「ととと、とにかく急ぐぞおまえらー!」「お、おう!」

 そこからは、今まで以上の速度で目的地目指して急行。その二分後には何とか到着したのだが……まず、中央担当部隊は半壊していた。特に人魚さん達の人数ががた減り。一時撤退しただけなら良いが、その可能性はおそらくあまりないだろう。戦って戦って、そして散っていった。そんな気がする。そもそも、逃げるだけの余裕なんかあったかどうか。だが現状では、双方ともに攻撃が止まっているようだが?

「援軍か!? 助かった、今の俺達だけじゃどうしようもなかったんだ! 重傷者を後ろに下げたい、手伝ってくれ!」

 こちらに気がついた中央部隊のプレイヤーから声がかかり、前衛担当者が前に出て盾役に、後衛担当者が重症を負っているプレイヤーや人魚さん達をある程度戦場から遠ざける。重傷プレイヤーは、回復魔法を受ければ即復帰……と思っていたのだが、どうにも様子がおかしい。治癒魔法系統を得意とするプレイヤーが魔法をかけても、回復している様子がないぞ?

「ダメだ、そいつらもいったん後ろに下げてくれ! 呪いみたいな物を赤鯨に掛けられたらしくて、ポーションでも魔法でも治癒できない! 時間経過で呪いのような物が解除されるまで後ろに居てもらうしかないんだ!」

 回復その物を阻害する状態異常まで使ってくるとか、鬼畜すぎるだろ!? とりあえず足などをやられて満足に移動できずにいたプレイヤーも後ろに運ぶ。そうしてボロボロではあったが何とか生存していたプレイヤーや人魚さん達を後方に運び終え、やっと赤鯨と自分を始めとした後衛組が対峙するが……もう目の前に居る奴は鯨とは呼べない姿をしていた。ぷっくりと膨らんだその体は鯨と言うより怒っている時のトラフグに近い。それに加えて全身から針を出している姿はハリセンボンを彷彿とさせる。そこに体のあちこちから刃を出しているのだ。もう鯨の原型など完全に消え去っている。

「なにあれ? 何をどうすればあんな奇想天外な外見になるんだ?」

 自分の口からそんな言葉が出てしまったのも許してほしい所だ。本当に目の前に居るアレは、本当に赤鯨だったのかとツッコミたい。

「そんなのこっちが知りてえよ! とにかく、最初は赤鯨だったんだが、戦っている途中から突然変異みたいなことを起こしやがってあんな姿になっちまった! おまけに変異するほどに強くなって、刃に切られて針に串刺しにされて、さらに触手に運ばれて食われる奴が続出した! 後あの全身の針は伸びるぞ、むやみやたらと近寄るな!」

 近接戦闘者が詰んでないかそれ? 近寄れば針でぐっさり、それによる死を免れても動きは止まっちゃうだろうから刃でバッサリとぶった切られる未来しか見えないぞ。そして距離を取ればあの触手でからめとってきて胃袋にご案内……こう考えると後衛もかなり不味いな。移動力を底上げする技術って後衛はあんまりとる余裕が無いからな、鞭の様な触手に狙われたら逃げ切るのが難しいぞ。そして、いくら何でも急にボスのレベル上がりすぎじゃないですかねえ!? ねえ!

 なんて、思考がおかしい方向に流れていたが、目の前の赤鯨? フグ? ハリセンボン? ああもう、今後あいつは魔魚と呼ぶ。それでいいや。魔魚の声でそのおかしい方向に流れかけていた思考を元に戻す。最後の一匹になったとはいえ、こんな奴を放置しておいたらこの世界の海が滅茶苦茶にされてしまう。それだけは阻止しないとまずい。それにしても、さっきからあまり動かないなあいつ。なんでだろ?

「まさかあいつ……待ってるのか?」

 と、そんな声が聞こえてきた。その声にまた誰かが「待ってるって何を?」との質問をぶつけている。そうだな、何を待っているんだろ?

「あと一分ぐらいで、もう一つの分隊がここに到着するはずだ。さっきウィスパーで連絡を取り合ってたからまず間違いない。アイツは、こちら側の合流を待ってるんじゃねえの? あれだけの猛攻が、さっき援軍に来た連中が来る寸前から急にピタッと攻撃を止めて、防御と反撃だけに専念し始めたからな……」

 この言葉を聞いた周囲からは「訳が分からんぞ?」とか「何で待つんだ? わざわざ待つより各個撃破した方が良くね? 俺ならそうするぞ」などの意見が出る。そして肝心の魔魚は、こんな会話をこちらがしていると言うのに、ただ佇んでいるだけ。その様子からは、戦意と言う物が伺えない。

「ばらばらにして逃げられるぐらいだったら、ひとまとめにして確実に潰した方が早いとか考えたんじゃ……?」「もしくは、勝てると見込んでいるからこその余裕であり、休息なのかもしれん。いくら奴だって、さすがに休息を一切挟まずに戦い続けるなんて事は出来んだろ。今までだって、戦いが長引けばこっちだけじゃなく、モンスターがへとへとになっている事もあったし」

 ──こちらとしては、戦力を結集してからの総攻撃に賭けるべきと言う状況。そして向こうは向こうでその時間を使って回復できる、か。お互い手を出すのは上手くない状態と言って良いのか?

「遠距離攻撃はどうなんだ? 魔法で今のうちにある程度削っておくとか?」

 との意見も出たが、今まで戦っていた中央部隊がそれを即座に却下。

「だめだ、合流を待った方が良い。確かに今のうちにやつの体力を削りたい気持ちは分かる。だが、奴は魔法に対する耐性も突然変異によって獲得しちまってるようなんだ」

 説明によると、魔法にて攻撃を何度も行っていると徐々に耐性が上がって受け付けなくなる。時間を置くと徐々に耐性は下がり、また魔法が通じるようになる。その為、変にここで魔法によるちょっかいを掛けられると、全員集合して大きくダメージを与える為に魔法の集中砲火を仕掛けた時に、ダメージを大幅に削られてしまう可能性が高いのだと言う。

「という訳でな、ここは我慢しないとならん。援軍としてやってきたヒーローズが素早くこの事を見極めてくれなかったら、魔法の無駄撃ちでこちらの勝利の目を完全に潰すところだった。前衛があんなハリセンボン状態になっちまったボスに対して有効な一撃を入れる事が非常に難しくなってしまった以上、魔法でどうにかするしかない。撃つタイミングを合わせて一気に放つ。これしかないんだ」

 次から次へと面倒な力を身に着けてくれちゃって。厳しい戦いになりそうだな。そういえば、そのヒーローズはどこだ? 先程から姿が見えないが……やられてしまったのか?
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とあるおっさん7巻は、9月27日前後に発売予定らしいです。
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