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連載

一か所目

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 投げられた漆黒の球体は、楕円形の闇に近づくと突如風船のように大きく膨れ上がった。その膨れ上がった球体から更なる変化が起こり……最終的には人の右手に形を変えた。右手首までかな、再現されたのは。その漆黒の右手は楕円形の闇より大きくなり、楕円形の闇を握りつぶすかのようにつかみ取る。

「な、何ですかアレ!? アレは一体何なのですか!?」

 ヴァンパイアロードさんが、そんな声を張り上げる。しかし、こちらとしても返答に困る。投げつけろとは言われていたが、その投げた後にどんなことが起きるのかは一切教えて貰っていなかったから答えようがない。無言なのはあっけにとられているからであり、ヴァンパイアロードさんを無視している訳ではない。

 そんな自分達を無視して(まあ、当たり前ではあるが)、漆黒の右手は仕上げに入った様だ。一回握るごとに少しずつ細くなっていく楕円形型の闇を、完全に握りつぶすべく力を込めたようだ。その右手の前に楕円形の闇は遂に力尽きたようだ。パリン、と小さな音を立てて砕け散った。これで終わりか……と思っていたがそうではないらしい。砕け散った闇を、漆黒の右手がひょいひょいと一か所に集めている。

「──一体、ここから何が起こると言うのだ」

 魔王様は、そんな右手の様子を興味深そうに見ている。まあ、楕円形の闇が木っ端微塵に砕け散った後は何の脅威も感じなくなったからこそ生まれた余裕だろうが。そんな自分達の前で右手が集め終わった闇をいじくりまわし始めた。何というか、粘土遊び? と言えばいいのだろうか。こねこねと闇をこね回して遊んでいるようにも見える。でも何の意味も無くやっている訳ではないはずだとここに居る自分を含めた三人は考えて居るようで、誰も邪魔をせずにその様子をじっと見守っている。

 十分に闇をこね回した右手は、その闇を薄く伸ばし始めた。長方形の形に整え、色々と模様を彫り込んでいるようだ。右手はどうやら、ドアを作っているらしい。ある程度形が整ってくると、デカい貴族の家についているような立派な外見をしたドアを作っていると分かるようになってきていた。ツヤ出しなどにも凝っているようで、黒一色と言った感じの闇から銀色の輝きが混じり始める。そうして完成したドアを右手は地面に立てて、最終チェックを行っているようだ。あちこちを指さし確認しながら「問題なし!」と言っているような気がする。

 数十か所のチェックを終えたらしい右手は、今度は見る見るうちにその姿を小さくしていく。そして右手から一つの小さな鍵に姿を変えながら自分の元に戻って来る。その鍵を自分が掴むと、ピクリとも動かなくなった。つい、魔王様とヴァンパイアロードさんの顔を交互に見てしまったが、お二人とも目で『その鍵を掛けに行きなさい』と言っている。まあ、ここに来た時に感じていたあの恐ろしい何かの気配は完全に消えたし、問題は無いだろうと考えてドアに近づく。

 近づくと、ドアの取っ手の上に小さな鍵穴があることが確認できた。ここにこの右手が変化した鍵を入れて回せばいいのだろう。変な捻りは無いと思うので、素直に鍵を鍵穴に入れて九十度ほど回す。カチッという音と主に鍵が消滅する。これで完了という事なんだろうか?

「──驚いた。先代の魔王様の御存命の時代から生き続け、あの魔力の暴走による戦いも経験したこの身ですが……ここまで穏やかになった魔力の循環を感じた事はありません」

 後ろからそんな声が聞こえてきたので振り返ると、ヴァンパイアロードさんが上を見上げていた。

「逆に、これが本来の姿なのかもしれませんね。何故これだけ穏やかな魔力があそこまで荒れ狂うのか、その理由は謎のままですが……ひとまず、この場の危機は完全に去ったと言って良いのでしょうね」

 ここの門番役をやっているヴァンパイアロードさんがそう言うのであれば、まあ間違いはないのだろう。とにかく、これでここは良しという事がはっきりすればいい。あと二か所あるんだから、極端に時間を取られるのは避けたいのが本音だ。

「ロードよ、この安定はどれぐらい続くと見る? 直感で構わぬ。この場に長く身を置いたそなたの意見として聞いておきたい」

 魔王様がヴァンパイアロードさんにそんな質問を投げかけた。さて、ヴァンパイアロードさんは何と答えるのか。妙な沈黙がこの場を一瞬支配した後に、ヴァンパイアロードさんからの返答が行われる。

「千年。ええ、千年は保証していいと思われます。今までの暴走した魔力を力ずくで排除し、出し切らせて落ち着かせると言う方法とは全く違う今回の鎮静化は、非常に魔力が喜んでいると言う表現をしても良いほどに穏やかで美しく循環しています。そしてこの循環の影響で、魔王領に滞在する全ての人に新しい魔法の発現や魔法能力の向上が図られる可能性すらあります。後はあのドアを意図的に壊そうなどと企む阿呆がやってこない限り、千年はこの穏やかな状況が続くでしょうね。私としても、非常に好ましい状況です」

 千年ときましたか。ま、平穏が長く続くならそれに越したことは無いよね。それに千年もあれば、多分次の漆黒の球体を持ち運べる人物も生まれて来る可能性は十分ある。そうなれば、この魔王領の問題も改善されるかもしれないな。自分がその結果を見届ける事は絶対にないが。

「千年もか! やはりダークエルフの守護者殿の力は別格だな……惜しむらくは、魔王領との距離がありすぎる事だな。守護者殿はあの地を離れる訳には行かぬし、我もそうそう気軽に魔王領から外にできる訳にもいかぬ事だけが惜しいな」

 魔王様もうれしそうだ。無理もない、こんな頭の痛くなる問題が大きな被害を出さずに治まったのだから。あと二か所あるとはいえ、自分の手持ちにある球体も二つあるし、ここと同じように投げつけて魔力の暴走を抑えて、調整してもらえばいい。しかし、それを口には出さない。言うまでも無くフラグが立つし、称号にも人災の相がある。この人災の相が要らぬ仕事をする可能性が高いからな。こんな状況で『強いモンスターを呼んであげましたよ! 良い仕事でしょ?』なんてされたら困る! そんなフラグ成立は、イケメン主人公の冒険譚でやってくれと言いたい。

「ロードよ、詳しい話を聞きたいだろうが、今は後回しにさせてもらうぞ。残り二か所、調整がうまいお前の所でもあれほどまでに荒れ狂っていた魔力だ。他を抑えてから今回の一件についての詳しい話をする。それで良いな?」

「はい、承知しております。そして次に向かうべきはヒュドラ爺様の方ですね。黒稲荷様の方はまだ時間的な余裕がわずかながらありそうです」

 ヒュドラ爺様と黒稲荷様、か。その二人が魔力の暴走を抑えている存在という事か。ヒュドラって、あの首が複数ある竜の一種だったと記憶している。そして黒稲荷様は……お稲荷様が闇関連の力を身に着けた存在って所かね? ま、どうせすぐ見る事になるからあまり考えなくても良いな。

「そうか、爺ももうかなりの高齢だからな……急がねばならんな。ロードの様に後継者が育っていれば良かったのだが」

「仕方がありません、あの場を収められる能力が不幸にも生まれるのが遅かったのですから……後五十年は頑張って頂かねばなりません。ですが、この場を穏やかに抑えてくれる力を運んできてくれたそこの人族……そう言えば名前を伺っていませんでした。今更ではありますが、お名前を伺ってもよろしいですか?」

 そういや名乗っていなかったな。名乗りを上げるよりも先にやるべきことがあったから仕方がないが。なので、「アースと申します、ヴァンパイアロード様」と名乗っておく。

「アースさんですか、覚えておきます。とにかく、アースさんのお蔭で爺様の負担がかなり軽減される可能性が出てきました。これはかなりありがたい話です、爺様が過労似て倒れる可能性を回避できるのですから」

 うわあ、こんなファンタジー世界で『過労』の二文字は聞きたくなかった! どんな世界でも老体に鞭打って仕事をする人ってのは居るんだねえ……あ、人じゃなくて竜だから一匹?

「うむ、申し訳ないとは思うが爺様にはもうしばらく頑張ってもらうほかない。まったく、変な所でシャイなお蔭で結婚も子孫も遅れに遅れまくったのだから爺様にも労働を強いる責任の一端はあるのだがな。まったく、女性のヒュドラにあれほど好かれながらも本人がチキンで結婚できず、最終的には押し倒されてゴールインとか情けないにもほどがある。私も先代からそんな爺様の話を聞いたときは、内心で『ええー……』と思った物だ」

 なんか、世界のあちこちからドグシュッ! なんて効果音が聞こえた気がする。うん、近いうちにVRの機械を点検に出そう。この一連の仕事クエストが終わったらそうしよう。

「では、そろそろアース殿も落ち着いた頃合いだろうから我らは行くぞ。すべての暴走が収まった時にもう一度来るからな」

「はっ、良き知らせをお待ちしております」

 さて、二か所目か。此処みたいにすんなりと行って欲しいな。ログイン時間が長引いてる事だし……
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書いている自分が一番ダメージを受けてしまってます。
流石は魔王様……ぐふっ。
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