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第2章

背後の悪寒、君の名は

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鬱蒼とした森を抜けた先は広大な平野。
獣道程度の歩道を進むと広大なキュリチ大河にぶつかる。対岸がうっすらとしか見えないその巨大な河は、遠浅で徒歩でも河の中を進めるらしい。とても綺麗な河だ。幾人かの冒険者らしき人たちや商人が馬車や馬、徒歩などで橋の上を行き来している。
古ぼけた橋は時代劇に出てくるような木造建築で、重量感ありそうな馬車が通ってもびくともしない。ああ、柱は石で補強されているのか。

「河の対岸はドワーフの国、あれがリュハイ山脈じゃ。見えるじゃろ?」
「穂高連峰みたいだな」
「何処じゃそれは」

眼前に広がる立派な山脈。標高がどれくらいなのかはわからないが、山頂は雪が積もっているようだ。この世界にも雪は降るらしい。良かった黒とかじゃない白い雪で。

ブロライトと並んでのんびりと橋を渡る。河の流れは穏やか。河上では漁をする人も居た。橋の周りにはちょっとした宿場町もあり、冒険者や旅人、商人相手に商売をしている。

ところでこのブロライト嬢。どうやら育ちの良さそうな何処ぞのお嬢様のような気がする。

先ず貨幣価値をよくわかっていない。
明らかにぼったくりであるだろう値段のついた果物を言い値で買おうとするし、冒険者の必需品である水袋を裂いて果物入れにしようとするし、容姿を褒められればホイホイ付いて行こうとするし。
これがエルフという種族の特徴なのか、個人のものなのか判断がつかない。

俺以上に世間知らずというか…ド天然通り越して温室育ちなんじゃ?と疑っているわけだ。
かといって対モンスターとなると人が変わったような動きを見せる。
ビーと同じくらい警戒心が高く、瞬発力があり、戦闘能力が恐ろしく高い。左右の腰にぶらさげたジャンビーヤ、短剣を両手に持ってくるくると風のように素早く動く様は、流石のエルフ。
魔法は使えないと言っていたが精霊術に長け、特に風精霊と仲が良いらしく身軽に動けるのは精霊の助けがあるからとか。思わず戦闘に見入ってしまうくらいだ。男としてはこういうアクションに興奮する。かっこいい。

ブロライトとビーがモンスターの相手をしてくれるから俺は素材採取に集中することができた。随分と力強い用心棒が仲間になったものだ。そのおかげでさっきは思いがけず月夜草の群生を見つることが出来た。これはドワーフの国で売りさばき、ブロライトにも報酬をわけることとする。

温室育ちのわりには戦闘能力が高い。一般常識はわかるようだが騙されやすく純粋すぎる面がある。かといって地理や歴史には詳しく、ナントカっていう神様を崇めている。

ブロライトの育ちは正直どうだっていいが、何だろう。
子供が二人に増えた気分は。

「タケル!ハンマーアリクイのうんこだ!」
「それはただの石」
「ならばこっちか?」
「ピュ?」
「それも石」
「これか!」
「それは猛毒のエダシキノコだ」
「ピュ!」
「毒か!恐ろしいな!」
「ピュイ〜」

テンションがいちいち高いエルフに対し俺は至って冷静。いや、雄大な自然を目の当たりにして内心では興奮している。エベレストとかヒマラヤもこんな感じなのかなと想像したりしているのだが、騒ぎはしゃぐほどのことは無い。

ブロライトの精神年齢的にはビーと合っているらしく、珍妙なコンビで仲良さそうだ。
俺の素材採取能力を手放しで褒めてくれるのは照れくさい。ブロライトは単純に俺の知識力が長けているのだと思い込んでいるが、まさか魔力を利用して採取しているとは思うまい。

「キュリチの冷たい水はリュハイから流れ出る清水なのじゃ」
「雪解け水みたいなもんか」
「左様。清浄な水でしか育たぬ魚も数多生息しておる」
「イワナとかヤマメとかハリヨみたいなもんか」
「名はわからぬが美味いと聞く」
「へえー」

新鮮な魚は暫く食べていない。どこかで刺身は売っている…とは思えないが、元日本人としては美味しい魚の刺身が食べたい。生魚を食べる習慣はあるだろうか。ついでに醤油は無いかな。流石に無いかな。

長い長い橋をひたすら歩き続け、日が暮れる前に対岸に渡ることが出来た。橋を降りると宿場町が広がっており、たくさんの店が連なっている。随分と賑わっているようだ。

「らっしゃいらっしゃーい!美味しい美味しいエペルの実だよ!一籠50レイブ!」
「東方からやってきた絹織物はどうだい!見ておくれこの美しい光沢を!」
「お泊りはこちら!湯殿がありますよ!」
「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ゴルラナの油はこちらだよ!」

どの店もドワーフ族が呼子をしている。この地がドワーフ族の領地だからだろうか、ドワーフ族の比率が高い。ちょっと汗臭いのと見た目にもっさいのは致し方ない。ずんぐりむっくりとした腹の出たヒゲもじゃのおっさんだらけ。しかし子供のドワーフも居る。子供は可愛いな。あんなに可愛いのに成長したらアレか。なんか切なくなる。

「ドワーフ族の女性はヒゲもじゃだと聞いたんだが」
「ははっ、そんなわけなかろう。ほれ、あそこに」

見ればスラリとした出るとこ出た綺麗な小柄の女性。褐色の肌に茶色の髪。目鼻立ちがはっきりしており、どちらかというとアジア系美人。あのずんぐりおっさんの嫁さんらしく、仲良さそうに赤ん坊の子守をしている。なんだろう、平和で幸せそうな光景なのに胸のうちがもやもやするのは。

「男としての敗北感的な…理想の嫁…」
「何をぶちくさ言っておるのじゃ。それより飯屋は何処じゃ?ドワーフ名物の肉巻きジュペを馳走しよう!」
「なにそれ」
「肉巻きジュペじゃ!」

だからなにそれ。

賑やかな露店通りを抜けると宿屋が通りを占める。一先ず今晩の寝床を確保し、それから飯屋。
俺としては湯屋がある宿屋を希望させてもらうぞ。ブロライト曰く湯屋つきの宿屋は割高だから、冒険者は先ず利用しないらしい。風呂と飯に関しては財布の紐がゆるゆるな俺としては、値段を気にせず湯屋つきの宿屋に泊まることとした。
ブロライトは別の安宿に行くと言ったが、そのまま奴隷商人にでも付いていきそうで不安。どうせなら同じ宿でいい。

「湯に浸かるなどと贅沢な」
「差額分は払ってやるんだからいいだろう」
「そういう問題ではない。貴殿に返す恩が増えるいっぽうではないか」

いや、採取中にモンスター撃退してくれるだけで十分なんだけど。
義理堅いところや遠慮しいなところは種族としてなのか個人の性格なのかわからないが、人格としては好ましい。遠慮ナシな図々しいヤツよりよっぽどいい。

「それじゃあ、イルドラ石を採取する手伝いをしてくれ」
「ぬ?」
「リュハイの鉱山はモンスターが居るんだろう?俺には頼もしい相棒が居るんだが、ドワーフの国に行くこと自体はじめてだ。だからアンタは俺とビーの…そう、用心棒として臨時で雇う、ということで」
「わ、わたしが貴殿の用心棒!」
「嫌なら別にかまわ」
「用心棒というのはアレじゃな!悪漢から主を護衛する凄腕の剣士!」

あっかん……いやいや、俺別に悪者に狙われていないけど?!

「いやちょっと落ち着けブロライト、ただモンスターが襲ってきたら対処してくれるだけで」
「任せろ!わたしに出来うることであるならば、全力を尽くそう!この命に賭けても!」
「命賭けんな重いわ」
「良い響きじゃ!用心棒!!」

やばい妙なスイッチ入った。
興奮するブロライトを放置して宿屋に入る。宿場町の中では一番綺麗で広いという宿だったが、ベルカイムの常宿に比べると小さい。種族別の部屋は無かったので一般的な部屋を二つ。これで一晩2,000レイブという若干ぼったくり感が否めないが、不便な立地にあるということを考慮すれば割高なのも否めない。富士山にあるペットボトルの水が割高なのと同じ理由だろう。

臨時の用心棒を雇ってしまったわけだが、女性との二人旅ドキッ、とかそういうものは一切無い。残念だが一切無い。ほんと全く無い。

そもそもブロライトから女性的なものは何も感じられない。今のところ「たぶん女」というあやふやな感覚で相手をしている。だから絶壁だからとかそういう失礼なことは言っちゃダメ。

基本的に人に優しく親切にするのは俺のモットー。失礼なヤツにはそれなりの対応をさせてもらうけどな。ブロライトは迷惑というほどじゃない。何よりビーが懐いているというのも有難いことなのだ。

スキップしながら宿を出たブロライトに連れられ、飯屋が連なる場所に移動。
あちこちの屋台からいい匂いがたちこめ、思わず歩みが遅くなってしまう。祭りの屋台のような雰囲気に心なしか気分が高まる。帰りがけに道中のおやつを幾つか買って行くとする。

「いらっしゃいませー!お二人様ですか?こちらの席にどうぞー!」

ドワーフの女性が元気良く出迎えてくれた店は、宿場でも評判らしい大きな飯屋だった。アウトレットモールのフードコートに例えればいいだろうか。いろんな種族がそれぞれに夕飯を楽しんでいる。騒がしすぎて互いの声が聞こえないほどだ。エウロパにある酒場もそこそこ賑わっているが、規模が違う。おまけにいい匂い。

「凄いな」
「やかましかろう。じゃが、シルヴィン宿場で一番美味い飯を出すのがこの店なのじゃ」
「ブロライトはこの店に何度か来ているのか?」
「評判だという噂 ぎゅるるるるるるる〜〜〜〜 …なのじゃ!」

うん。
飯を食べよう。

ブロライトが評判だと聞いていたドワーフの肉巻きジュペというのがこの店のお勧めらしい。
その名の通り、ジュペという謎の野菜のような果物のような赤い何かを巻いた肉料理。肉はこの世界で一般的に流通している牛肉に似た味のもの。したたる肉汁に黒胡椒と塩が相成って、ニンニクに似た匂いを嗅いだだけでこの料理は美味いことが決定。

「美味い!」
「美味い!」
「ピュイ!!」

肉に巻かれた赤い何かはアスパラのような味がした。中に旨みが閉じ込められていて、噛んだ瞬間に口の中に広がる肉汁と香辛料のマリアージュ…
等とグルメレポーターのような感想をいちいち言っていられない。美味いものは美味い。それだけだ。ビーもこの料理には喜び、いつもより多く食べているようだ。
春巻きの倍の大きさがある肉巻きジュペを一人十個は軽く食べ、土産用に追加で三十個頼んだ。他にも冷製スープやサラダ、シチューも食べた。ドワーフ族は料理が得意なのだろうか。

それにしてもこの世界の食事情には改めて感謝したい。食事所は主に冒険者や旅の商人を相手にしているからか、大盛りで味の濃い、スタミナありそうなガッツリ系の食事がメインだ。ベルカイムの貴族街にはなんちゃらかんちゃらのフルコースとかあるそうだが、俺はそんなお上品な料理は好きじゃない。

「友が言うていた通りじゃ。なんとも美味い」
「そうだな。ブロライトの友達に俺も感謝しよう。友達はエルフ族なのか?」
「リザードマンじゃ。屈強な戦士でな、腕の立つ素晴らしき御仁なのじゃ」
「へえ、俺にもリザードマンの知り合いがいるぞ。元…リザードマン?というかなんというか」

クレイストンはドラゴニュートだからリザードマンとは言わない。しかしドラゴニュートってレア種族らしいから、分かる人にしか分からない。元リザードマンだと言えばいいのだろうか。それともなんちゃってリザードマン?

「タケルの友は素材採取を生業としておるのか?」
「いや、戦士のはず。長くてデカい槍を武器にしているから竜騎士…になるのか?」
「ほほう!わたしの友も竜騎士じゃぞ!ストルファス帝国で聖竜騎士(サン・ドラゴンナイト)の称号を頂いた栄誉の竜王じゃ!」

ん?

なんか今聞いたことのある単語が出てきたような。

「モーリオン峠で悪漢に襲われそうになったわたしを助けてくれた恩人じゃ」
「えいよ…?えいよの竜王…?なんかどっかで以前聞いたような…」
「あの時はベルカイムを目指すと言うておったから、もしかしたら貴殿と逢うているかもしれんな!」



「逢うているどころではないぞ、ブロライト」


ん?

またどこかで聞いたことのある低い声。
特徴的な声色の、これ誰だっけ。

「おっ、お主!まさかこのような場所で再び巡り逢えるとは!」
「はっはっは、健やかにしておったか?これこのように口の周りを汚しおって」
「むぐぐぐっ、これはしたり!」
「それよりも…俺に何も言わず黙って街を出るとはな」

黙ってというかいちいち報告する必要もないじゃなかろうかとだね。宿屋と湯屋と屋台街には遠出して半月は帰らないと言っているんですよだからべつにほら黙って出てきたわけじゃないもん。

「俺の内なる力が不安定であるから様子を見ると言うたのはお前だろう」

あーやめて。その圧力やめて。うなじがぴりぴりする。

「我が友ブロライトと席を共にするわけも聞かせてもらおうか。タケル」



イヤァー





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