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第2章

目指せご馳走、その名は刺身

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トランゴ・クラブ ランクA

モンブラン・クラブの上位種。魔鉱石を糧とし魔素をその外装に蓄積させる。暗い場所を好み地下に巣食う。獰猛であり、外装はアダマンタイト並みの硬さがある。

備考:食用に適している。焼いてよし煮てよし生でよし。


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ご馳走、
じゃない!獰猛なモンスターはっけーーーん!!
敵意むき出しにこっちに向かってくる!たった一体だけど、ランクAの超大物!しかも食用ですよ!
生で食えるとかそれなんていうご褒美だよ!

「ピュイ!ピュイイィ!」
「イデッ、待て、痛いって、おち、おちちゅけビー!俺もヨダレがダダ漏れる!」
「ピュピュピュピュ、ピューイピュー」
「ああ、ああ、刺身で食えるぞ!刺身だ!」

ばんざーい、ばんざーい。

俺とビーが半泣きで万歳三唱中、ブロライトとクレイは呆気に取られていた。
そりゃそうだ。高い天井につきそうなほどの巨大な青い蟹が恐ろしげな殺気を放ち、物騒な鋏をしゃきんしゃきんしながらこっちに向かってきているのだから。

「タケル!!あれはトランゴ・クラブだ!」
「獰猛なAランクモンスターじゃぞ!早よう逃げろ!」

逃げるなんて冗談じゃない。俺には最高のメイン・ディッシュにしか見えない。
恐ろしい?なんてことない、
その見た目は立派なズワイガニ!!
両手の鋏はタラバ並み!
あそこはお肉がギッシリです!

「ビー!火炎術はご法度だぞ!坑道内が崩落しないようにあんまり暴れるな!お前の力を抑えきれないかもしれない!」
「ピューイッ!」
「一面結界(バリア)展開!速度上昇(クイック)展開、軽量化(リダクション)展開、両手両足に硬化(ハード)展開!」

ユグドラシルの枝を取り出し、杖にする。あまり大きな動きは出来ないから気をつけないといけない。限られた空間内で大立ち回りなんかしたことがないが、そんなこと迷っている暇は無い。

「対象物に防御力低下(ガードダウン)、行動停滞(ストップモーション)展開!………??あんまり効かないな。魔素の影響か?まあいいや。そおおおい!」
「ピイイーーーーーッ!」

ビーの超音波攻撃で蟹の三半規管を麻痺させ、行動を一瞬止める。その間に弱点である巨大な目を潰す。

「ギュアアアアアア!!」
「良いお返事!ビー、足元を凍らせろ!」
「ピュイッピー!」

モンブラン・クラブは狩り慣れている。それの上位種と言ったって性質は同じだろう。横にしか歩けないし関節の間は意外と脆い。そして寒さに弱く、強烈な打撃に弱い!足元の氷に戸惑う間に一気に距離を縮め、

「ぬおおおおおっ!」

ユグドラシルの杖を両手に構え、いっせーので振り下ろす!

「ギュア!ギュアアア!」
「あれ硬いな。くっそ、もいっちょー!」

ゴムタイヤを叩いているような感覚。硬いというより手ごたえが無い。外装が割れる気がしない。ユグドラシルの杖も相当な硬さがあるのだが、アダマンタイト並みって、そんなに硬いのかアダマンタイト。
それだったら雷撃で一気に攻撃すればいいが、今回はお刺身が所望なのです。

「調査(スキャン)」

関節に繋がる神経と、大脳位置を把握。どんな生き物でも脳みそを壊されたら動けないはずだ。
あれっ、脳みそあんなとこにあるの?やだそこお股じゃない。

「ビー、俺が関節を貫くからお前は鎌鼬(エア・カッター)で股間を狙え!」
「ピュッ?」
「そこに頭があるんだと。ちょっとヒュンとするが致し方ない。脳みそツブせ!」
「ピュイイイーー!」

ビーの風精霊が圧縮した空気を蟹の股間に打ち付ける。うおおおいヒュンとしたああ。

「ギュア!ギュアアア!!」

磯の香りがする体液を撒き散らし、蟹が悶え打つ。己の欲望(食欲)のために殺すのは些か心苦しいが、許せお前の肉が美味いからだ。

それに坑道内の平和を保つため!

「とどめだ!」

蟹の関節全てに氷結針(アイス・ニードル)を放つ。無数の鋭い針状のそれは神経を貫いた。

「ギュアアアアア!!!」

坑道内を揺さぶるほどの大絶叫。
蟹は巨体を暴れさせ、鋏を振り回し、壁に身体を打ち付けてやっとのことで絶命した。
巨体が暴れまくったわりに壁や天井は無傷。結界(バリア)や盾(シールド)を施さなければ確実に崩落していただろう。それだけ蟹がデカかったのだ。

「蟹よ、安らかに眠れ…」
「ピュイ…」
「お前は美味しくいただきます!」
「ピュイイイ!!」

合唱した後両手に硬化(ハード)を展開させ、早速いそいそと解体作業を

「タケル…」

しようと思ったらクレイがこっち睨んでいる。

ブロライトは目をキラキラさせて巨大蟹を珍しそうに眺め、その外装の硬さに触れて驚いている。ザンボ氏も驚き、喜び、まだ恐ろしげに震えていた。

「これは俺がその…食べたかったので…」
「これを食うのか?!…いや、いい。それは構わぬ。お前の嗜好はどうでもいい。だがな、タケル。俺は何だ?」

おっきな恐竜?

「俺はお前の用心棒だろうが!お前の身を守るのが俺の務め!それなのに何だ!!」

キョトン顔で首を傾げたのが不味かったようだ。クレイの逆鱗に何か触れちゃった。
何で急に怒るんだよ。

「いや、これは俺のほうが戦い慣れているから」
「慣れておるのか?!ランクAの強敵だぞ!」
「モンブラン・クラブって下位種がおりまして」
「……スタヴロウでお前が振り回していた鋏か」
「それ言わないで黒歴史」

そこから懇々とクレイの説教が始まってしまった。
要約するに、俺が無謀だと。何の為の用心棒だ、と。
そりゃ久々のご馳走…蟹に目がくらんでちょっとテンション上がったけども、一応周囲の安全は守っていた。特にザンボ氏の位置を常に把握して、絶対に巻き込まないように注意していた。

「お前の強さはわかる。ランクFなどとふざけた基準はどうでもいい。お前の魔力は常軌を逸しているし、規格外なのもわかる。だがな、戦士たるものああいう時こそ冷静さを保ち、仲間の力を借り連携を」
「俺べつに戦士じゃ」
「単独で突っ込むのは無謀だと言っておるだろうが!!」
「顔怖いからやめて!!!」

つまりクレイやブロライトの手を借りれば良かったんだ。
俺一人でも確実に仕留めることが出来た。それは結果に過ぎないが、複数で行動するにはもっと仲間を信頼するべきだと。今まで単独で蟹狩をしていたから絶対の自信はあったんだけど、それを知らないクレイやブロライトは多少なりとも心配したのだろう。
複数で動くということは、仲間を頼るということなんだ。
蟹に目が眩んだ俺が悪い。それはわかるんだが、こんなに怒鳴ることないじゃないか。



「ピュッイ〜♪ピュィ〜」

蟹の解体を後にし、鞄にしまう。ちょっとはみ出た肉をつまみ食った。やっばい…なにこれ超美味しい…。醤油欲しい。蟹酢欲しい。わさび欲しい。でもこのままでも美味しい。
ザンボ氏が苦虫噛み潰したような顔をしていたが、この味を知らないからだ。知らなくていい。美味いとわかるのは俺とビーだけでいい。

「あらかた取り終えたが…この先にまだ反応があるみたいだ」

イルドライトを見える範囲だけ全て取り終えると、ザンボ氏はほくほく顔で振り向いた。この鉱脈発見は相当嬉しいらしい。まだ壁の奥に反応があるから、イルドライトはあと数十倍採掘が出来るはず。
蟹が来た方向の更に先にも反応があった。

「まだあるのか?何の層なのかわかるか?」
「うーんと…」

反応は間違いなくイルドラ石だった。
しかもイルドライトよりも巨大な層になっており、この奥を掘り進めば何百万トンもの採掘が見込めるだろう。

あの蟹がこの坑道に出たのはこう推測する。ボルさんのせいだ。

いや、そうじゃなくて。

ボルさんの停滞魔素浄化の影響でリュハイ鉱山に何らかの影響が出、地震となって現れた。崩壊した坑道の一部にトランゴ・クラブが眠っており、目覚めてしまったと。イルドライトの魔素を糧にして巨大化。坑夫が気づいた時には手におえないほどの獰猛なモンスターになってしまったのだ。

今まで大型のモンスターが出なかったのは、溜まっていた魔素がモンスターを眠らせる役目を帯びていたのかもしれない。いや、真実はわからない。そう考えたほうがラクってなだけ。
俺はモンスターの生態に詳しくないし、魔素についてはさっぱりだ。ただし、これからもこの坑道内には大型のモンスターが出没することとなるだろう。魔素溜りが無くなったせいでモンスターも眠ることが無くなったからな。

でもCランクの冒険者だったら苦戦することもなく倒せるだろうし、注意すべきはポイズンスパイダーくらい。それについては解毒の薬を持っていけば良い。護衛をつけながら採掘作業を続けることも可能だ。




「そんなわけで、玄武道内の探査は終わりました。後は広大なイルドラ石の層を採掘するだけです」

坑道から出た俺たち一行はそのまま王宮に向かった。
転移門(ゲート)を使ってあっという間に入り口に戻ったクレイは何も言わず、ただ『便利じゃないか』と呟いていた。ドヤ顔するのは控えておく。

夕暮れ前の王宮には王様が待機しており、玉座にちょこりと座って鼻膨らませて俺の報告を黙って聞いてくれた。
執政官はじめ名だたる役職のドワーフが一堂に会す様は少し緊張したが、怖くない。ただ思ったこととやってきたことを話せば良いのだから。

「全て俺の憶測に過ぎませんが、ともかく一番の強敵だろうモンスターは皆で力を合わせて倒しましたので安心してください」

念のため坑道の奥を探査(サーチ)したが、トランゴ・クラブほどの強い反応は見当たらなかった。ランクDほどのモンスターは今まで通り湧いて出てくるだろう。掘り進んでくる新たなモンスターが出てくるだろうから用心するに越したことは無い。
ドワーフ王国は魔道具(マジックアイテム)の普及が進んでいるから、モンスター避けの何かを開発するかもしれないな。それもきっと商売にしてしまいそうだ。

「ほほう…ほう…ふむふむ…ザンボ、これは全てまことなの?」
「はい王様!このザンボ、瞬きもせず全てこの目に焼き付けました!」
「ほほう!ほうほうほう!して、もっと詳しく!」
「こちらの可憐なブロライト嬢、まさしく風精霊の化身の如く静かに素早く確実に敵を仕留める様は見惚れるほどでございます!」
「ほほうほうほう!ほっほーう!」
「クレイストン様はその屈強なお身体でわたしの小さな身体をお守りくださいました!わたしなぞ、ただ縮こまり震えるだけだったものを!」
「ほうほうほほう!さすがだの!さすがギルだの!」
「何よりも王様!あのまがまがしき凶悪な悪魔を倒したのは!なんと!こちらの!タケル殿なのです!!」

なんかやばい予感する。

「なんとー!なんと!」
「あの若者が?!」
「ギルディアス様ではないのか?」

謁見の間が騒がしくなった。大臣らも衛兵らも揃って驚き、俺に大注目。

「タケル殿!是非とも!あの!悪魔を!お見せくださいませー!」

ミュージカル俳優みたいになっちゃったザンボ氏に言われるまま、解体前のトランゴ・クラブを鞄から取り出した。その巨体は容赦なく綺麗な床にヒビを入れ、地面を凹ませた。

「うおおおおお!!」
「なんて凶悪な姿なのだ!」
「恐ろしい!ありえぬ!」
「やだ怖い!ママ!」

このためか。
王様の前で見せるために解体を止めさせたのか。いや、あの坑道内で解体するには少し場所が悪かったが、まさか見せるためだとは。

「うううううむ、ほうほう、うむうむうむ…。これほど大きな化け物だとは思わなんだ…。そなたらはこのように恐ろしい生き物に立ち向かったと」
「いやそれは」
「タケルが」
「一人で」
「ピュイ」

1mほどのちまこい王様がトランゴ・クラブの前に立つとその比較が明らかだ。絶命した姿ですらクレイよりも大きい。立ち上がって鋏を振り回す姿が恐ろしいものだと想像するに容易い。
…恐ろしいとか微塵も感じなかったよ。ただ久しぶりに蟹が食えるとしか思ってなかったからなあ。あの巨体の中にはどれだけの蟹肉が、なんて考えてました。
この世界の住人にとって蟹は恐ろしい悪魔になるのだろうが、俺にとってはただのでっかい蟹。しかも美味い。

「そういうわけで、この悪魔は報酬としてもらってもいいですか?」
「うむっ?!いや、これは…新たなる立像の…もにょもにょ…」
「素材採取家としては一番の報酬になるんです」

もちろん肉は全ていただく。珍しそうな外装も欲しい。アダマンタイト並みに硬いのだから、最強採取用鋏の材料になるかもしれない。ミスリル魔鉱石と魔素水とイルドライトと蟹があれば、どんだけ滅茶苦茶な鋏が出来てしまうんだろう。

そんな妄想に耽る中、ドワーフ国では国を挙げてのお祭りが催されることとなった。しかも翌日から。

坑道内の邪悪な悪魔を退治せし三人の勇者を称え、ここに爵位を贈呈する、とかちまこい王様が言い出しちゃったからさあ大変。俺は貴族になんかなりたくないし、ヴォズラオに永住する気もない。広い世界なんだからもっとあちこち放浪するつもりだし、珍しい素材も採取してみたい。
気持ちは有難いがぶっちゃけ迷惑、とやんわり断った。

そうしたら大臣達がそんなの納得いきません、勇者にはそれ相応の報酬が必要なんです、ていうかプレゼントさせてよ、ねえお願い、と言われた。

勇者だ英雄だと盛り上がる中頑なに拒否するのも悪いと思い、ブロライトには美しい白い天馬をあげてくれと頼んだ。クレイには古びた槍を一新してもらう。俺はヴォズラオに広くて寛げる綺麗な湯屋を作ってくれと頼んだ。
流石の職人大国。その願いは数日中に叶えられた。

ブロライトの眼鏡に叶う美しい白い天馬が用意され、クレイの槍は鋭さと輝きを取り戻した。湯屋は流石に突貫工事じゃ作れなかったが、露天風呂が用意された。

俺はその広々とした露天風呂を満喫した。クレイも喜んでいた。ブロライトも入ってこようとしてお前ふざけんなアッチで入ってお願い頼むと女湯に誘導。なんなのあの子。もっと恥じらいを持ちなさい。



ヴォズラオ滞在5日。



ほんの数日のことだが、俺たちは新たなる英雄としてグラン・リオ・ドワーフ族の歴史に残ることとなった。
永久名誉国民としてこれからずっとヴォズラオへの入国はフリーパスとなるらしい。ドワーフ一族にもその名を伝令し、失礼の無いよう取り計らうと。



俺たちがヴォズラオを去った数ヶ月後、中央広場に新たなる巨大立像が燦然と設置されることになろうとは。



まだ見ぬ未来のこと。









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