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4巻試し読み

4-3

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ログイン後、宿屋の個室から出て、食堂にてのんびり緑茶のようなものを飲む。ああ、美味しい。
「あら、アースさん起きてきたかい。そう言えばアンタはそろそろ二が武に行けるんじゃないのかい?」
自分を見つけた女将さんがそう言ってきた。
「二が武か……行けるかどうか確かめる方法ってありますかね?」
この質問に対して女将さんはこう答えた。
「二つあるね。一つは直接関所に行くこと。審査を受けて、資格があれば通してもらえるけど、資格が足りてなければ無駄足だからねぇ、お勧めできないよ。もう一つは奉行所に行って、確認してもらうことだね、普通はこちらの方法をとるね」
奉行所、あるんかい……本当に時代劇気分だな。
「ちなみに、その資格の基準は?」
続けて女将さんに聞いてみる。
「詳しくは教えてもらえないようになっているからね。あたしがそれなりに宿屋をやってきて見てきた人達の傾向からすると、本人の強さ、依頼の成功度、街の人の評判、行動内容などを考慮して、結果が出ているようだけど」
評判か……
「そうなると街中で喧嘩を売った自分はかなり不利かな? ……そんな依頼をしてきたのは女将さんですが」
そこで女将さんはこう返してきた。
「大丈夫さ、あたしはその辺の抜かりはないよ! 昔のゴロウは確かにやんちゃが過ぎたけどさ、今のゴロウもイマイチ良くないからね。心の底じゃもう一度立ち上がりたいと思っているくせに、丸くなった仮面をつけてごまかそうとしていたんだから。だから少々乱暴ではあるけど、決闘を吹っかけて拳を交えることで、ゴロウを焚きつけておくれという依頼を出したのさ。あたし達龍人同士じゃ、上手くいかないってのは、もう何度か試して分かっているからねぇ」
蕎麦屋のご主人はゴロウって名前だったのか。宿屋の主人や女将というのはいろんな人に関わっているものだからな、その女将さんの意見なら信じてもいいだろう。決闘してくれと依頼されたときはビックリしたが。
「それなら良いんですけどね……」
女将さんに苦笑した顔を向ける。
「あんたと決闘したことで、ゴロウも少し変わったって話を聞いているさ。屋台を引く合間に戦闘訓練も始めたようだし……もう一度ゴロウが『龍の儀式』に挑む可能性が出てきた。ここだけの話だけど、『龍の儀式』を一発で突破するなんてことはまずないんだよ。一回目で完膚かんぷなきまでに叩きのめされても、再び立ち上がっていけるような心の持ち主じゃないと突破は無理だねえ。念を押しておくけど、この話をゴロウや若い龍人連中に言いふらさないでおくれよ。将来有望な子には、周囲が協力するなり発破をかけるなりするってのが暗黙の了解ってやなんでねえ」
なるほど、そういう側面もあるのか。郷に入っては郷に従え、ってね。しかし、ひと言だけ言わねば。
「自分も一応、『龍の儀式』を目指しているんですが」
ボソッと告げると、女将さんは手を額に当てながら天を仰いだ。
「ありゃりゃ、こりゃ失敗したね……外の人が『龍の儀式』を受けるなんてもうずっとなかったから油断していたね……まあ、それなら頑張れとしか言いようがないねえ。とにかく六が武に入れるようにならなけりゃ、『龍の儀式』を受けられないよ。具体的には、通行手形のランクを最上級の【松】にしないといけないねぇ」
今の自分の手形はまだ【梅】……最下級である。
「とにかく、龍の国で戦闘を重ねつつ、街の人に頼まれた仕事をこなしていればいいんですよね?」
女将さんは「大ざっぱに言えばそんなところだねぇ」と同意してくれる。
「ああ、そうだ。当然だけど、仕事には悪事あくじに繋がるようなものもあるからね? 悪事にからむと評判が落ちる上に一気に目立つようになる……そんなの分かっているとは思うけど一応ね。特にお届け物を盗むなんて真似は絶対にするんじゃないよ、龍の国でまともな生活をしていきたいのなら、なおさらだ。『悪事千里あくじ せん りを走る』なんて言葉もある通り、悪党の名前はすぐに広がるからね。奉行所だって悪党の情報は積極的に広めるから、街中を歩けなくなるよ」
ゲームだから、システムに認められているからやっていい、なんて考えの人は相応の目にあうようになっているってことね。
「ちなみにお届け物っていうのは、今までにどういったものがありましたか? 参考までに聞いておきたいのですが」
「そうだねえ……一番多いのは武器かね、貴重な能力を秘めた武器を届けて欲しいという依頼は多いね。あとは薬、貴重な食料、そんなところかね……だからこそそれを盗んじまうのは大罪になるのさ」
金銭的な被害も信用の喪失も大きいってわけだ。それでも依頼が尽きないのは、それなりに理由があるんだろう。
「まあとにかく、気を付けておきなよ。積極的に悪事を振ってくるような宿屋もあるって噂だからね。情けない話だけど、そういう悪党は消えやしないってことだねぇ……」
女将さんがため息をつく。そんなところまで現実世界と変わらんのか。
「色々とありがとうございます」
「いいってことさ、外の人が『龍の儀式』を目指すからには、そういうことも知っておかないとね」
そう言って笑う女将さん。きっぷのいいあねさんって感じだな。
そんな女将さんに見送られて奉行所を目指す。まずは自分の手形を確認してもらわねば。

「ふむ、貴殿はアースというのか。ほう、イボイノシシを狩ったのだな」
奉行所の手形改めのような場所で、お役人様が手形に込められている情報を確認している。というか、手形にそんな機能があったとは驚きである。
「あの林を根城にしていたゴブリンやオーク達の討伐もしてくれたか、結構結構。精力的に動いておるようだな……ふむ、これだけ動いているのであれば二が武への通行を許可しよう」
どうやら、二が武へ入るための最低ラインは満たしていたようである。
「ありがとうございます」
頭を下げた自分に、お役人様は一つ質問をしたいと言ってきた。
「お主は何のために先を目指す?」
答えは一つ。
「『龍の儀式』を受けるためでございます」
急ぐ気はないので、寄り道もいっぱいした上で、最終的な目標を「龍の儀式」にするということだ。ゴロウを焚きつけた以上、焚きつけた本人がやらないわけにもいくまい。
「そうか、ならば励め。今のお主では……いや、分からんな。ともかく二が武にて更なる経験を積むとよい」
なんだか、含みがある言葉であったが……ともかくお礼を言って奉行所を出る。明日からは二が武に足を踏み入れてみますかね。

「それじゃ、女将さんお世話になりました」
いよいよ一が武を出るということで、部屋の鍵の返却も兼ねて、女将さんへ挨拶に伺った。
「そうかい、あたしも久々に面白い客を迎えられて楽しかったよ」
面白い? 首を傾げた自分を見て、女将さんは笑う。
「そうさね、あんたは本当に面白い客だったよ。こう言っちゃ失礼なのは百も承知だけどね、龍人と決闘してくれなんて依頼をぽんと受ける人なんて普通はいないよ? しかもそれを受けたのが種族的に一番不利な人族で、そしてその人族が勝っちまったんだからびっくりさね。そんなあんただからこそ、ゴロウにいい刺激を与えてくれたんだろうよ。あの依頼は十分に達成されたってことで、基本報酬の二万グローに加えて、追加報酬を出させてもらうよ」
依頼人が満足しているからまあいいか。面白い客という評価も、マイナス評価ではないだろうから問題はないかな。とにかくこれで一が武におけるやりのこしは一切なくなって、心置きなく二が武に向かえるというものだ。さて、そろそろ話を切り上げないとな。
「報酬もいただきましたのでそろそろ……こちらはできることを全力でやっただけですが……」
「ああ、『龍の儀式』に挑むとなればこの先でも苦労はするだろうけどさ、あたしは応援させてもらうよ。宿屋の女将としていろんな人を見てきたけど、やっぱり目標を持って先に進む人は応援したくなるもんさ。もしまたこの一が武を訪れることがあれば、あたしの宿を利用しておくれよ!」
こうして女将さんに見送られて、数日過ごした宿を後にした。別れ際に「二が武に、あたしのめいがやっている宿があるんだ。そこを利用してくれると嬉しいねえ、それが追加報酬にもなってるからね」と、一枚の地図を貰った。宿屋探しはかなりの手間なので、こういう繋がりは非常にありがたい。利用させてもらうとしよう。これがなぜ追加報酬となるのかも知りたいし。
それから、街を出る門に向かって歩を進めていたときだった。
「あなたは、二が武に行くのですか」
男の声に振り返ると、そこにはかつて自分が蹴り飛ばした龍人、ゴロウがいた。
「何のためにあなたは二が武を目指すのですか?」
間髪いれずに自分は返答する。
「当然、『龍の儀式』を受けるためだ。そちらを焚きつけておいて、自分が逃げるわけにはいかない」
ゴロウは絶句して固まった。
「龍人でも躊躇ちゅうちょするあの『龍の儀式』に、人族の身で挑むと仰るのですか!?」
それにあっさりと「もちろん」と言い返すと、ゴロウはまたも硬直する。
「ならば出て行く前に……」
決闘だ、なんて言い出しそうだったので、手を出してさえぎる。これから二が武に向かうのに、決闘で体力を削るのは少々きつい。
「時間がないので、今日はこれで勝負をつけようと思う」
そう言って自分が取り出したのは、以前作った【ドラゴン丼】。龍人がドラゴンを食べても共食いにはならんだろう。アイテムボックスに入れておいたから、ほかほかの出来立てのままである。現実でもこんな風に保管できる箱が出来ないものだろうか。
「料理人として、食べてほしい。それだけでいい」
そう言って、お箸と丼をゴロウに手渡す。頭の上のピカーシャが羨ましそうに念を送ってくるが、あえて無視する。
【ドラゴン丼】をひと口食って、三度みたび硬直したゴロウを確認し、出発した。
もしこの先、再び「龍の儀式」を目指すゴロウと再会したら、尻を叩いた人間として、協力しなければな。

「そこの者、そこで止まれ。その動物から降りて、こちらの指示に従え」
二・五メートルサイズのピカーシャに乗ってのんびりと進んでいき、どうやら関所に到着したようだ。
ここから先は徐々に山登りをするような道になっており、その一番上に龍城があるようだ。道は狭く、左右を高い山に挟まれており、各街を中心に盆地が広がっている。ピカーシャに乗って空を飛んでいけば関所を無視できそうだが、そんなことをすれば思いっきり犯罪者扱いされるだろう。この国にいる間は、よほどのことがない限り、ピカーシャによる長距離飛行は封印しよう。
「ふむ、一が武奉行所の認可があるか。問題なし、通ってよいぞ!」
関所の取調べはすぐに終わり、特にお金も取られず通過できた。何も知らずに関所に来た他のプレイヤーは、長々と取り調べられた挙句、通過させられぬと告げられている様子だ。街の人達とよく話さないからそういうことになるのに。
二が武に向かう途中でイノシシに数回襲われたが、全て返り討ちにし、お肉を確保。あとでじっくりと茹でて灰汁あくを取り、何かの料理に使う予定である。だがそれもまずは二が武での宿を確保してからだ。
ピカーシャの背中に揺られながら狭い道を抜け、眼前に広がる盆地を進み、二が武の街を目指す。〈遠視〉の範囲に数匹のオオカミを見つけたが、こちらに向かってくる様子はないし、こちらも手は出さない。狩人は無用な戦いをしないのだ。

二が武の前に着くと、ピカーシャにひよこ形態を取ってもらい、門をくぐる。何はともあれ、まずは拠点となる宿屋探しだ。
一が武の女将さんに貰った地図を確認しながら数分歩くと、立派な旅館が見えてきた。ちょ……ちょーーっと豪華すぎませんかね、女将さん? 豪遊するつもりはないのですが……
でもせっかくのお勧めを無下むげにするのも失礼に当たると思い、とりあえず中に入る。
「いらっしゃいませ、真に失礼でございますが、どなたかからの紹介がございますでしょうか?」
ああ、やっぱりそういう高級な旅館だったわ……とりあえず、出迎えた番頭さんらしき人には一が武の女将さんから、と答えておく。
「あの女将さんが? 失礼ながらお客様、あの方はかなりの冒険者嫌いでして、とても紹介をなさるとは思え……」
「何をやっていますか」
すると奥から、美しい漆黒の髪を膝下まで伸ばし、着物のような服を身に着けた女性が出てきた。
「失礼をいたしました。私は当宿の女将を務めております。何か、一が武の叔母様から預かっていらっしゃらないでしょうか?」
預かったというか、渡されたのは紙の地図一枚だが。とりあえず、これです、と伝えて渡す。
「――拝見します」
そう言うと、女将さんは地図を火鉢の上であぶりだした。こうすると、本物ならば何かがあるというのだろう。
そして一五秒ぐらい経っただろうか。どういう仕組みなのかは分からないが、地図は見事に消えており、一が武の女将さんからのメッセージが浮かび上がっていた。二が武の女将さんはそのメッセージを読んだ後、自分にも見せてくれた。
『カスミへ。この地図を持ち込んだ冒険者は、アタシにとって久々に気持ちのいい客だった。だからお前の宿をすすめた。誠心誠意おもてなしするように。冒険者さん、カスミのところは最高級の宿屋だが、料金は比較的お手ごろだ。ぜひ泊まって欲しくてこんなことをさせてもらった。またいつかアタシの宿にも泊まりに来てくれるのを待っているよ』
一が武の女将さんは、結局最後まで自分の世話を焼いてくれたのである。自分は手紙に向かって「お心づかいに感謝します」と呟いた。
「……とのことですので、貴方様を正式なお客様としておもてなしさせて頂きます。あの叔母様が認められた方なら何の問題もございません。どうぞごゆっくりお過ごしください」
女将さんはそう言って、深々と頭を下げた。感極まっている自分は「しばらくお世話になります」と返すのが精一杯だった。

「う、はぁ〜ああぁ〜〜……」
「ぴゅ〜〜……」
ログアウトする前に宿屋の施設を聞いてみると、なんと風呂が存在した。ぜひ入りたいですと女将さんにお願いすると、気前良く許可してくれた。
「あ〜〜〜……生き返る〜〜〜〜……」
「ぴゅいぴゅい〜〜〜〜〜……」
そういうわけで、ただいま湯船の中で天国を満喫中だ。リアルでもなかなかないほど広い風呂に浸かり、手ぬぐいを頭に載せてまったりタイム。ひよこピカーシャは桶の中にお湯を入れて、その中でくつろがせている。鳴き声から察するに、ピカーシャも満足しているようだ。
それにしても技術の進歩とは恐ろしいものだな。風呂に入るという感覚にも全く違和感がない。実際に入っているわけではないにしても……あ〜リラックスする……無粋なことを考える気力がなくなる……今はただ風呂を楽しもう。
ゆっくりと湯船に身を任せ、のんびりと外の景色を眺める。どれぐらい経った頃だろうか、ガラッと風呂場の扉が開く音がした。
「ほう、珍しいな、今日は先客がいるようだ」
そう言って一人の龍人がゆっくりと風呂場に入って来た。彼は体を洗って手ぬぐいを頭に載せ、ゆっくりと浴槽に近づいてくる。自分は横にずれて場所を空ける。ざぶっと僅かに音を立ててお湯に身を浸した龍人は「あ〜〜やはりこの宿の風呂は良いな〜〜……」と言っている。常連さんなのだろうか。
別に話すこともなかったので、そのまままたぼけーっと風呂を堪能していたのだが、しばらくすると向こうから声をかけてきた。
「ほう、ますます珍しい、この宿に人族がおるとは。お主は冒険者かな?」
「そうですね、分類としては一応そうなるでしょうか。つい最近ここの国に入ってよいと許可が下りたので、お邪魔させてもらっています」
龍人はうむうむと頷く。
「そうか、楽しんでゆくがよかろう。ときに、一つ聞いてもよいか?」
自分は「何でしょうか?」と問い返す。
「お主はこの国で何を目標としておるのかな?」
強さを求める傾向にある国だから、他の国の人の考えに興味を引かれるのだろうか?
「そうですねえ……とりあえずは今より強くなること、最終的には『龍の儀式』を目指す予定です」
そう返答したところ……
「がっはっはっはっは! そうかそうか! 最近は龍族でも『龍の儀式』を受ける者が少なくなってきておるが、人族が挑んだとなれば皆も黙っておるまい! お主にはぜひ挑戦してもらいたい!」
ふーん、この世界でも、若者が大人しくなってるのかねえ。
「失礼ながら、貴方様は『龍の儀式』を受けたことがおありで?」
この質問には、意外な答えが返ってきた。
「当然だ、と言うより通過しておるわ。何せ通過しなければ、龍王にはなれんからなぁ、がっはっはっは!」
え? と思い、軽く手を振って湯気を払うと……そこにいたのは確かに、龍の国実装初日に歓迎の言葉を述べていた龍王様その人だった。龍王様は自分と目が合った途端、いたずら成功とばかりにニヤリと笑う。
「――と、とんだ失礼を……」
「構わん構わん。公式の場では困るが、今は風呂に入っている一人の男だ、気にするな。それよりも、よくこの宿に泊まれたな! わしとしてはそちらの方が驚きだぞ!」
恐縮しつつ、ここに泊まれるようになったいきさつを説明した。
「そうかそうか、あの一が武の女将に気に入られたか! それなら納得できる! あの女将は冒険者嫌いだが、それでも気に入ったとなれば色々と世話を焼く人だからな!」
愉快そうに笑う龍王様。あの女将さんは龍人の中では有名な人だったらしい。
「彼女が冒険者嫌いだとは、ここの番頭さんも言っていましたが……宿での受け入れは、商売だから割り切っているんでしょうか」
そこはどうしても気になる。
「まあそれはそうだろうな。ごのみなぞしていたら商売が成り立たん。が、あそこの女将に嫌われると、損ばかりすることになる」
ふむ? 何かあるのだろうか。
「あれは確かに一介の宿屋の女将に過ぎんし、権力があるわけではない。が、世話を焼いてもらって恩義を感じている龍族はかなり多いからな。その中には、実はわしも入っておる。もちろん公私はしっかりと分けるから、そんな奴がいても妨害などせぬが……協力もせん。あそこの女将に無用な迷惑をかけた無法者は、いざというときに皆からそっぽを向かれて困ることになるというわけだ」
なるほど。人脈というのは強力だからな。
「あそこの女将は、世話になった礼だと言って金を持っていっても、笑うだけで一切受け取らん。だから自然と、そういう形でお返しをすることになるのじゃ」
そんな裏話があったのか。
「じゃあもしかして、あの一が武の女将さんからこの宿への推薦を受けた自分は……?」
ついボソッと、疑問が口から出てしまった。
「この国で活動する冒険者としては、最高の後ろ盾を得たようなものだな、よかったではないか! 噂が広まるのは速いぞ? あの女将の期待を裏切ってくれるなよ?」
バシバシ自分の背中を叩きながらニヤニヤ笑う龍王様。地味に背中が痛い。
それにしても、まさか風呂場で一国の王と話をすることになるとは……もしかして、ここの女将の仕業なのかね?
「期待されても、それに応えられるかどうか……」
何とか返事をしたが、どうしても困惑の気持ちが混ざってしまう。
「なあに、『龍の儀式』に一回でも挑戦してくれればよい。腑抜ふぬけつつある今の龍人達にかつを入れるいい機会だ。我々より脆弱ぜいじゃくだと見下してきた人族の方が、よほど度胸があるではないか! ということになるからな、がっはっはっは!」
龍王様は上機嫌だ。こりゃいろんな意味で「龍の儀式」から逃げられなくなったな。ま、逃げるつもりはないが、な……

気を抜くとついゆっくりし過ぎてしまう。宿屋生活にはまり込まぬよう、街の外へ出る。街ではとりあえず食材店の位置だけは確認を済ませてある。調味料はどうしても消耗が激しくなってしまうので、品切れにならないように常に補充しておかなくてはならないからな。
探索を開始したら、とりあえず地形、生息モンスターの二つを調べる。「そんなのWiki見ればいいじゃない」とか言った人、それじゃ冒険にならないんだよ?
さて、もうお馴染みとなった〈遠視〉と《危険察知》のコンボで警戒を怠らずに進む。ピカーシャには乗っていない。速すぎて小さな物を見逃すことがあるからだ。
地形としては、草原に岩山がポツポツある程度で、視界は比較的開けている。一応《危険察知》で岩山の裏側にモンスターが隠れていないか都度確認している。
こういうのは悪い意味での慣れを引き起こすことが怖い。いないだろうという思い込みを捨て、いるかもしれないと疑うぐらいでちょうどいいのだ。車の運転と同じでね。が、今のところそれらしい反応はなく、平和そのものだ。
オオカミの親子は何回か見かけたが、あちらから襲い掛かってくる気配はないので、こちらからも仕掛けていない。
それにしても一が武で見かけていたゴブリンやオークすらも全然いないとはな……これは街で仕事を探さないと、三が武に行けないのかもしれない。
そう考えつつ北へ北へゆっくり歩いていくと、一部がぽっかりと口を開けている大きな岩山が見えてきた。もしかして、と思いながらその岩山に近寄り、中を覗き込んだ。どうやら地下に通じているらしい。これは自然型ダンジョンかもしれない。中に入りたいところだが……
「ピカーシャ、暗いところでもものは見えるか?」
そう、ピカーシャのことがあるのだ。外なら風や星の輝きで方向を知ることができるかもしれないが、洞窟の中だとそれは叶わない。自分には暗視能力があるので、明かりとなるものを一切持ってきていないし。
「ぴゅぴゅ……」
力なく首を左右に振るひよこピカーシャ、やはり鳥目なのか。
「どうする? 先に帰っていてもいいぞ?」
そう言うと、ピカーシャはごそごそ自分の外套の中にもぐりこむ。そう来たか……首回りには余裕があるので、もぐりこまれても邪魔にはならんか。
「じゃあ、そこにいてくれ。無理に援護とかしなくていいからな」
「ぴゅ」
ピカーシャにひと声かけた後、《盗賊の歩方》を発動し、ゆっくりと静かに足を踏み入れた。
そして数歩歩いた途端、《危険察知》にかなりの数のモンスター反応が現れた。《盗賊の歩方》で洞窟に入ったためかこちらに気が付いている様子はないものの、数が数だけに冷や汗が流れた。
(なるほど、フィールドにほぼいない分、ダンジョンに多数生息しているというパターンか。街を挟んで反対の南側にも同じようなダンジョンがあるのかもしれないな)
とりあえず落ち着こうと小さく深呼吸をして、反応を確かめる。その数、合計三十六。一斉に襲い掛かってきたら、PTの一つくらいは簡単に押しつぶせるぞ。しかも、モンスター同士でPTを組んでいるのか、大半がまとまって行動している。個別行動している奴はハブられているのか、それともPTを組む必要がないくらい強いのか。
(ちょっかいを出すのは無謀だな。せめてモンスターの姿だけでも先に確認……人型モンスターならば手持ちの武器も確認したい)
そう決めて、こそこそっとダンジョン内で行動を開始した……のだが。
(面倒くさい……明らかに地形は自然物だというのに、要所要所に人工物の扉があって、探索の邪魔をする)
更に言えば、その扉にはご丁寧に罠までついているようだ。しかも扉の先にはモンスターと思われる反応もある。これでは罠を解除しても、扉を開けるという行為自体でこちらの存在がばれてしまう。ここのモンスターはなかなか頭がいいようだな……
この仕組みだと、どうしたって扉の先にいるモンスターと戦う羽目になる。それを力押しできるだけの力がなければ進めない。
その後もさんざん歩き回ったが、扉とその奥にいるモンスターの気配に妨害され、ろくに進むことができなかった。
(悔しいが今回は撤収だ。このダンジョンの構成上、一人ではどうしようもない)
モンスターの姿も実力も分からない今、扉を開けて戦うのは蛮勇以外の何物でもないだろうと判断し、やむなくダンジョンから脱出する。
大半のモンスターは扉の先にいるので、帰ること自体は簡単だった。罠の解除も試さず、回避することに専念する。
「ピカーシャ、出てきていいぞ」
ダンジョンから外に出ると、外套の中からピカーシャを出す。ダンジョンの暗闇の中ではピカーシャも無力化してしまうと判明したので、ここでは戦力として数えられそうにない。光源としてカンテラなどを持つとしても、今度は自分の片手が塞がるし、〈光魔術〉の《ライト》ほどの明るさは望めない。
結局どう考えても、自分一人ではこのダンジョンはどうにもならなそうだった。
(二が武に来ている人達とPTが組めればいいのだが……)
さて、このダンジョンの攻略はどうしたものだろうか。
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