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6巻試し読み

6-3

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「観察役の皆さん、時間が来ましたので交代です」
櫓の下からそんな声が聞こえてきた。
情報を手に入れる有効な方法の一つである観察役は、必ず一定時間で交代すると最初から決められていた。理由は簡単、「疲れるから」である。疲労の蓄積は集中力の欠如を招き、情報の精度を欠く原因となるのだ。
「了解、後をお願いします。じゃ、我々は櫓から降りましょうか」
「そうしましょうか。観察していて分かったけれど、やはりこの戦いはかなり厳しいわね」
「でも勝ち目もあるから、諦めないことが大事だね」
自分、エルフ、妖精の観察者が話しながら降りていく。下で待っていた妖精、ダークエルフ、鷹の頭を持つ獣人が次の番を受け持つようだ。
「それから、フェアリークィーンより、櫓から見た戦況の推移の報告が欲しいと要請が来ております。本陣まで同行願います」
そう妖精の兵士に告げられ、自分達三人は本陣に向かった。

    ◆ ◆ ◆

「なるほど……そうですか」
自分達の報告を聞いたフェアリークィーンは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつ、今後の戦略を練っていた。
「特に我が軍の騎兵の突撃は、敵槍兵の注意を一身に引き受けてくれた炎槍舞さんの活躍がなければ危険でした」
自分と一緒に観察役を務めた妖精が、かなり危なかった局面もあったことを補足する。
「とはいえ、攻めるときに攻めなければズルズルと前線が後退するのも事実だ。あそこで敵の弓兵の攻撃が加わっていれば、こちら側の空兵の皆さんはほとんど活躍できずに下がることになっていたのも間違いない」
これは自分の意見。確かに槍兵の対処が炎槍舞さん頼りになったのはまずいが、騎兵の突撃で相手の飛び道具をごっそり削れたのは大きい。
「この小休止が終わり次第、長弓を扱えるエルフ部隊を編成し直して、次は騎兵に必要以上の負担を強いないようにいたします」
これは観察役だったエルフの発言。次は彼女も戦場に出るようだな。
それからフェアリークィーンが次々と指示を下していく。まだまだ戦争は始まったばかり、気を抜けるところなんてありはしない。
そんなとき、誰かがぽろっとこんな意見をこぼした。
「ところで、何故相手のドラゴンは空を飛ばなかったのでしょう? ドラゴンの能力の一つである空中戦闘を一切仕かけてきませんでしたが……」
これは皆が不思議に思っていたことだ。ドラゴンは空を飛ぶことができるはず。にもかかわらず灰色ドラゴン達がそうする気配はなかった。
「その質問には私が答えよう」
そこに現れたのは、レッド・ドラゴンの王様だ。
「直接戦って確信したことがある。それを幾つかここで報告させてもらう」
その報告とは、以下のような内容だった。

一、灰色のドラゴンは普通のドラゴンより攻撃力・防御力共に高い
二、その代わり、ただ単に歩くだけでも莫大な魔力を消費している
三、そのために、魔力が切れると全てにおいて一気に弱体化する
四、空を飛ばないのは、ただでさえ大量に消費する魔力を更に消耗するのに耐えられないから

「大まかに言えばこの四つだ。全く、効率も何もあったものではない。あれはでかい魔力が詰まった袋のようなものだが、その中身があっという間に枯渇するぐらいの勢いで使わないと歩くことすらできないのだ。そもそもドラゴンは、筋力だけでは自らの巨体を支えきれないので、無意識に近いレベルで強化魔法を使っている。ゲヘナクロスが使役している灰色のドラゴンは、それが更に極端化されていると見た」
苦々しげなレッド・ドラゴンの王様に、フェアリークィーンが質問する。
「つまり、魔力が切れるまでは非常に強い。だが魔力が切れると一転して動くことすらままならなくなる、ということでよろしいのですね?」
レッド・ドラゴンの王様は頷いて答える。
「もちろん極限まで追い詰められれば飛ぶかもしれんが、それでも長時間滞空することは不可能だろう。また今日討ち取られた灰色ドラゴンは二匹共魔力切れ寸前だったと私は考えている。動きが明らかに鈍くなっていたし、鱗の強度も大幅に落ちていた。我々と共に戦っていた人族の武器が、灰色ドラゴンの動きが鈍くなった途端に鱗を破壊し、肉に突き刺さるようになっていたことを確認している」
間違いはないだろう、とレッド・ドラゴンの王様は報告を締めくくる。
ゲヘナクロスの誤算は、まさにこのレッド・ドラゴンの王様と、王様に率いられたグリーン・ドラゴンの軍団の参戦だろう。時間を稼がれて魔力切れを起こし、討ち取られるというシナリオはさすがに想定外だったはずだ。実際、灰色ドラゴンの攻撃を受けたプレイヤーやエルフの皆さんはよくて重傷、運が悪ければ直撃で即死しているのだ。そんな相手を前にして、壁になれ、時間を稼げと言われてやれる人がいるだろうか? もしいたとしてもごく少数だろう。とてもじゃないが、灰色ドラゴンの前進を止めることなどできはしないはずだった。
「その見立てに自分も同意させていただきます。先ほどまで戦いを観察しておりましたが、今のお話にあった通り、灰色ドラゴンの動きが鈍った途端、明らかに攻撃が通じ始めておりました。動きが鈍くなった理由が魔力枯渇によるものだったことまでは見抜けませんでしたが」
自分も改めて、この目で見た事実を元に意見を述べる。
「前線で戦ってくださった方と、観察していた者の意見が一致しましたね。今すぐ全軍に通達を! かのドラゴンは確かに脅威であるが弱点があることも判明した、絶望に沈む必要はないと、今すぐに大きく宣伝してください!」
フェアリークィーンは側近にそう告げて、自軍の士気を高めるよう動き始めた。側近の数名がその指示を実行するためにバタバタと本陣から出ていく。
「貴方様が率いている皆様に……まだ戦っていただけますでしょうか?」
フェアリークィーンはそう言ってレッド・ドラゴンの王様を見つめる。灰色ドラゴンの弱点は分かったが、その弱点を突くには魔力切れを起こすまで耐えられる存在が必須。ドラゴン族がいない本来の戦力では対抗不可能なのである。
「無論だ、あと数分で魔力も十分に戻る。負けるわけにはいかぬこの戦いだ、次も必ずや灰色ドラゴンを抑えてみせよう」
そう宣言して立ち去っていく王様。その背中は実に頼もしい。
「観察役の皆様もご苦労様でした。皆様の情報を元に更なる作戦を練ります」
フェアリークィーンの労いに、自分、エルフ、妖精の三人は頭を下げる。
「皆様はどうしますか?」
フェアリークィーンの質問に、エルフさんは自分の仲間と共に長弓を持って戦場に出ます、と宣言。妖精さんは重傷者の治療に向かうつもりのようだ。ならば自分は……
「女王陛下、私も前線に出ようと思っています。そこで大変失礼ながら一つお願いがあるのですが……私と行動を共にしていたあのピカーシャの背に乗って戦いにおもむくことを、許可していただけないでしょうか?」

こうして、次の戦いにおける作戦が決定した。まず最初にピカーシャを三羽、一気に敵陣に突っ込ませる。そして前線に配置されているであろう灰色ドラゴンを飛び越えて後方に回り込み、ゲヘナクロスの人間を強襲する。ドラゴンが倒せないのであれば、倒せるところから倒していこうという攻めの作戦だ。
第二陣は、騎兵部隊とドラゴン族軍団が担当する。ピカーシャ達が後方に辿り着いたところで、騎兵の足を生かしてドラゴン族軍団を素早く前線まで運搬し、灰色ドラゴン達がピカーシャに意識を引き寄せられたところへ不意打ちを仕かけるのだ。これで大きなダメージは与えられなくても、灰色ドラゴンの魔力を防御に回させることができるだろう。つまり攻撃に使える魔力を削ることが目的だ。もちろん動きが鈍くなったら遠慮なく討ち取ることも視野に入れている。
第三陣は、エルフ&ダークエルフの長弓部隊。緒戦の結果、短弓や狩弓ではドラゴンには大して効果がないと判断されていた。だから今回は攻撃力重視の長弓使いを集め、ドラゴンに対する牽制や間合いに入ったゲヘナクロスの人間を討ち取る役割を持たせる。これまた騎兵の足を利用して長弓の有効範囲まで運搬する予定だ。
これらの第二、第三陣にプレイヤーや他の種族の部隊が参加する。ドラゴン族軍団のサポートや共に前線で闘う役、あるいは長弓部隊と一緒に射かけたり敵の回り込みを警戒したりといった役があるが、全体的に攻めを重視した編成になる。この戦争においては、守るべきところは守りつつ、ゲヘナクロスに十分な打撃を与えて後顧こうこの憂いを除くことができねば勝利とは言えない。
【観察役より報告! 敵はドラゴン五匹を先頭に、多数の兵種を用意してきた模様! パイク兵部隊を弓兵の護衛につけて、こちらに向かっています!】
先ほどの経験から学習したのか、騎兵迎撃に特化したパイクと呼ばれる非常に長い槍を持った部隊がいるようだ。
それでは、第二戦の開始といこうか。
【出撃兵全員に告げます! あやつらの使役しているドラゴンは確かに巨大かつ強大! しかしその巨体ゆえ、同時に戦場に出すのは五匹が限度のようです! また空を飛ぶ能力も退化している様子、決して倒せない相手ではありません! 脅えずに見事討ち取ってきなさい!】
フェアリークィーンの励ましに、出撃する兵達は「ウオオオオオオオ〜〜!!」と叫び声を上げて士気を高める。叫び系スキルのアーツ《ウォークライ》を所持している人がいたようで、自分も攻撃に関する能力が幾つか強化された。
【では、各自出陣しなさい!】
こうして、フェアリークィーンの声を合図に二回目の戦いが始まった。
「さあ、行くよピカーシャ」
「ぴゅい!」
現時点で自分はピカーシャの背中に「隠れて」いる。もっふもふの背中の羽毛に体全体が埋まっている状態だ。その理由は……
「完全に包んでもらっているから、振り落とされる心配はない。思いっきりやっちゃっていいぞ」
このように、ピカーシャから振り落とされないためにというのが理由の一つ。そして更に、もう一つ理由があった。
「ぴゅいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ぴいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「きゅるるるるるるるるるるるるるるる!!」
三羽のピカーシャは大きな鳴き声を戦場に響き渡らせ、猛然と突進を始めた……と思う。体ごと包まれているため、自分には外の様子が見えないのだ。ただドガドガドガドガドガ!! と派手な足音が聞こえてくるので、突進が始まったのだろうとイメージしただけだ。
そんなイメージを手助けしてくれるものがもう一つある。ゲヘナクロス軍から聞こえてくる声である。すぐそこから「応戦しろ」「ドラゴンを盾にしろ」「奴らを我らの神の生贄いけにえに」などなどの声が聞こえてきた。ピカーシャ三人兄妹(これはフェアリークィーンが教えてくれた)は、もう相当ゲヘナクロス軍との間合いを詰めているらしい。
「ぴゅい!」
そんな鳴き声と共に、ピカーシャ達の足音が一斉に消えた。つまり空を飛び始めたのだろう。続けて届いたのは轟音。灰色ドラゴンの魔力弾が炸裂した音だろうか? 轟音に続いて衝撃が……来ない。ピカーシャは無事に攻撃を回避したようだ。そしてその直後――
「ぎゃくっ!?」
ズシン!! と着地したと思われる三つの音とほぼ同時に、男のものらしき声にもならない声が聞こえた。グシャッという肉の潰れる音も。きっと現実世界リアルだったら絶対に見たくない光景が展開されたのだ。生々しいイメージが頭に湧いて、少々吐き気がする。
(が、そうもいかない。ワガママを言わせてもらったからには、ちゃんと結果を出さないとな)
そうしてピカーシャに頼んで、自分の体の半分だけを外に出してもらう。これが、もう一つの乗せてもらった理由に繋がる。
自分の目的は、敵の小隊長や中隊長を一人でも多く殺すことにあった。作戦を考えて兵隊を動かすのは本陣だが、実際に戦闘中の兵をまとめるのは小隊長や中隊長なのである。つまり隊長格という兵士運用の要を引っこ抜けば、どんなに兵士がいても連携が取れなくなる。そんなごうの衆ならば崩すのは容易たやすい。
緒戦のように騎兵が回り込んで蹴散けちらすという手は、そうそう毎回上手くいくものではない。あれはゲヘナクロス側が油断していたのが大きかった。実際、今回はパイク兵を用意しているので、もし騎兵部隊が調子に乗って同じ方法を取っていたら、あっという間に落馬させられて全滅していただろう。
周りの状況を確認すると、ゲヘナクロスの兵士だけでなくドラゴンも方向を変えようとのしのしと旋回している最中だった。その体躯の巨大さ故、動きが鈍い様子だ。高速で旋回すれば近くにいる兵を弾き飛ばしてしまうからな。とりあえず最初の作戦は上手くいったようだ。この後は打ち合わせ通りに味方が動くことを信じて、自分なりの戦いをしなければならない。
(とりあえず最初のターゲットはアイツだな)
ざっと見渡したところ、槍兵部隊の中に一人だけ周りより派手な兜を装備している奴がいた。多分あれが隊長だろう。愛用の弓【双咆】を構え、素早く矢を放つ。つるの引き具合は五割ほどで十分、または精一杯である。宙を走った矢は運よく兜を避け、ターゲットにした男の鼻に命中した。
「し、小隊長殿!?」
近くにいた兵の動揺する声が聞こえてきた。なるほど、あの兜は小隊長ランクってことだな。もう一度注意深く周りを見てみると、確かに同じような兜を装備している奴がちらほらいる。
(では遠慮なくやらせてもらうことにしますか。軍隊としてのくさびを引っこ抜くお仕事を……)
そうして自分は次のターゲットに狙いを定め、遠慮なく矢を放った。

    ◆ ◆ ◆


ちびちびと殺していくのは下策。
上策は、常に痛めつけるに留め、全体が弱ったところで一網打尽にするのだよ。

――忘れ去られたある軍師の言葉


「そこ!」
「た、隊長ーー!?」
これでやっと四人目か。最初の一人は殺せたが、その後は一撃必殺とはいかない状況が続いている……が、それでも問題はない。今は「戦闘中」ではなく「戦争中」だ。傷を負った敵も悠長にポーションを飲んで回復をする時間はないし、その上――
「ぴゅいいいいいい!!!」
「ぴいいいいいいい!!!」
「きゅるるるるるるる!!!」
自分が乗っているピカーシャは氷を、他の二羽はそれぞれ火と雷を操ることができた。つまり戦場に氷が飛び交い、雷が落ち、炎が舞うという、一種の地獄のような光景が現在進行形で生まれていた。効果範囲を広げているためなのかそれほどの威力はないようだが、それでも軽度の[火傷][凍結][感電]の状態異常をゲヘナクロス軍に容赦なくばら撒いている。軽度とは言ったが、[火傷]は徐々にHPを削るし、[凍結]は動きを鈍らせ、[感電]は短時間の気絶を誘発するため、敵兵の連携をずたずたにできる。
回復技術を持つ敵の隊長格が治療に駆けつけ、そうした混乱を収めようとするが……
「はい発見、やらせないぞ」
「ぎっ!?」
魔法の発動のために発光して位置がもろバレのところに、弓系アーツ《アローツイスター》を遠慮なく撃ち込む。無双役はピカーシャ達にお願いして、その無双を阻止しようとする隊長格を自分が妨害していく。あ、また回復魔法を使おうとしているな、妨害妨害っと。
灰色ドラゴンはこちらを振り向いたはいいが、攻撃を仕かけられずに困惑していた。それはそうだ、その体格から繰り出される攻撃は大振りかつ広範囲。さて、そんな攻撃を今の自分とピカーシャ達に行ったらどうなる? そう、味方であるゲヘナクロスの兵を派手に巻き込んで甚大な被害を与えるだろう。つまり自分達はゲヘナクロスの兵を盾扱いしているのだ。兵士を犠牲にしてでも自分達を攻撃しろ、という指示がいつ届いても対応できるよう警戒は続けるけど。
このように、一見無双が続くと思われた自分達だが、実際に倒せたゲヘナクロス兵は残念ながら決して多くなかった。初めこそ勢いよく次々と倒せたものの、素早くパイク兵が態勢を整え直して槍の壁を作ってしまったのだ。こうなると、最初に不意打ちできた先がパイク兵の一団でなかったことが悔やまれる。ピカーシャ達が魔法を多用するのも、槍の壁のせいで体躯を生かした突進ができないからだ。
状況を変えたいところだが、今は空に飛び上がるわけにもいかない。一定高度をとった途端、味方を巻き込む恐れがなくなった灰色ドラゴン達の魔法弾が間違いなく飛んでくるだろう。その上、パイク兵達は物理攻撃にも魔法攻撃にも高い耐性を持つ鎧を着込んでいるようで、ピカーシャ達の魔法で状態異常に陥る様子もなく、自分の矢でも大してダメージを受けていない。
パイクによる槍の壁を崩すことができず、徐々にこちらが追い詰められつつあった。
「ぴい……」
時々ピカーシャが漏らす鳴き声に、疲れが混ざってきた。広範囲魔法の連発はさすがのピカーシャにも相当な負担のようで、魔法を放つ回数が減ってきている。
それに気が付かないゲヘナクロス軍ではない。「あと少し耐えろ、もう少しだ」「動きが止まったところで押し返すぞ」「魔法の威力が落ちてきている、回復を済ませろ、反撃のチャンスはもうすぐ来る」などという声が聞こえてくる。そしてその声に鼓舞され、敵兵は士気を回復している。このままでは非常にまずい。
(だったら、この【双咆】本来の力をお見せしようか。残酷な死を見せつけて、士気を下げさせるしかない)
「ピカーシャ、今からかなりの衝撃が来るから、しっかり耐えてくれ!」
「ぴゅい!」
一本の矢を取り出し、構える。弦を引く強さは八割。兜ごと頭を貫かせていただくことにする。
「舐めるな!」
ついつい口にしてしまった言葉と共に撃ち出された矢は、オオォォォォーーーン!!! と咆哮を上げる一匹の小さな龍に姿を変えて、周りを鼓舞していた小隊長の一人に容赦なく喰らい付いた。
「――……!?」
一瞬で頭をもぎ取られ、直後に地に伏すという、誰が見ても分かる一撃即死。この光景を見てしまった周りの敵兵達は途端に脅え始めた。これを現実世界リアルでやったら、間違いなくものすごい量の血があたり一面に降り注いだことだろう。
(やはり人に向かって撃つとこうなるか……だが今は遠慮しない。遠慮して自分が死にました、なんて結末は実にお間抜けすぎる)
脅える兵士を何とか落ち着かせようと小隊長達が声をかけるが、そうした者から次の的になる。
「……!?」
「……!!」
遠慮なく、八割の力で放たれる【双咆】の餌食となってもらった。この世界で生きている存在は、恐怖という感情を十分すぎるほど備えている。先ほどまで「もう少し耐えれば一気に反撃できる」と高められていた兵達の士気は、今まさに「あの弓に射られれば間違いなく死ぬ」という恐怖に上塗りされ、明らかに落ちてきた。
と、そのときである。
「「「グギャアアアアアアアアーーーーーァァァァァ!!!???」」」
複数の灰色ドラゴンが突然、揃って大声を上げた。とっさに後ろを振り返ると、ドラゴンの股の間の向こうにたくさん人の足が見える……そうか、第二陣が到着してくれたのか。
「ピカーシャ達、予定の半分も敵を削れなかったのは残念だが、ここは第二陣に任せて自分達は一旦引くぞ!! 死んでしまったら何の意味もない!」
「ぴゅい!」
「ぴいい!」
「きゅ!」
ピカーシャ達も一斉に同意し、一気に空へと飛び上がる。ドラゴン達は背後から襲ってきた第二陣のほうを振り返って、魔法弾を吐いたり尻尾で応戦したりするのに忙しく、こちらの撤退を阻止する余裕はない。
そうして、第一陣だった自分とピカーシャ三羽は無事本陣へと帰還できたのだった――が。

「ぴゅ……」
「ぴ……」
「きゅう……」
本陣にたどり着いた途端、ピカーシャ三羽は皆一斉に崩れ落ちた。その理由は肉体的疲労に加えて、限界ぎりぎりまで魔法を使った故の精神疲労と判明。医師による検査の結果、数日は絶対安静が必要であるとされてしまい、この戦争からは三羽とも実質リタイアとなってしまったのだった。本陣に帰還するために最後の力を振り絞って空を飛んだようだ……
「こんなにぼろぼろになるまで戦っていただき、ありがとうございます……どうか後は任せてお休みください」
フェアリークィーンが直々に感謝を述べ、ピカーシャ達に休息を取らせる。一方の自分は、用意されていた椅子に座り込んで休息を取っていた。ピカーシャによる守りがあったとはいえ、大勢の敵の前に身をさらすのはなかなかに怖かった。そして次からはピカーシャもいない。
(今回は何とか……だがピカーシャの力を以てしても、大して敵を削れなかった。やはり数を質で上回るのは難しいか……)
それからしばらく時間が経過し、やがて夕方を迎えた頃に双方は兵を引いた。
今回は妖精軍、ゲヘナクロス軍共に戦死者を大量に出す戦いとなった。前線に出てきた五匹の灰色ドラゴンのうち三匹を討ち取れたことだけは、妖精軍側にとって明るいニュースだった。その際に活躍したのが、グラッドがリーダーを務めるパーティPTだったらしい。
そしてこの戦いを境に、プレイヤー軍団の活躍が目立つようになっていくことになる。


【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv42(←2UP) 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv13(←1UP) 〈製作の指先〉Lv89
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv22(←4UP) 〈義賊頭〉Lv13
〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv39
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
   妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人


 6

日が落ちて、完全に夜になった。普段なら自分はとっくにログアウトしている時間だが、明日は休日。たまには長時間ログインしているのもいいだろうと、まだ「ワンモア」世界の中にいる。ちなみに本陣の中には仮眠エリアが作られていて、希望すればすぐログアウトできるようになっている。
さて、夜になったら暗さを生かした本陣強襲作戦へ……という流れが普通なのだが、それはフェアリークィーンによって禁止された。その理由は、これからフェアリークィーンから直接語られることになっている。
「夜の闇に潜み、敵本陣を強襲する作戦を取らない理由を申し上げます。実はこの戦争の直前に、妖精族の中でも夜の闇にまぎれて密かに相手を叩く能力にけている者達が、ゲヘナクロスの陣に潜り込みました。しかし彼らは一人も生きて帰りませんでした。彼らが最後に送ってきた思念による報告は『ゲヘナクロスの陣には夜のみ稼動する罠があり、夜間に近寄るのは死と同義である……夜の闇を永く友としてきた我らの死がそれを証明している……決して夜のゲヘナクロスの陣には近寄るな』でありました。この罠の内容をまだ解析できていない今は、無闇に仕かけても損害が増すだけです」
そういう状況下で無理はしないと判断が下され、夜の間はフェアリークィーン本人が結界を張るので、回復や武具の手入れを行うようにと説明された。
そうなると本陣のあちこちが騒がしくなる。出張してきた鍛冶屋さん(プレイヤーもこちらの世界の人も両方いる)やポーション職人さん、料理人さんなどなど、生産職の方々がそれぞれ活躍し始めたのだ。
さて、そうなると自分も何かしら食べ物を提供する側に回らねばなるまいと考えて、早速生産を開始する。今回のお題はうどんでいこう。幸い龍の国で醤油とみりんのような物が手に入っているし、味付けは何とかなるだろう。そしてシーフ・バードの肉で出汁だしをとろうと思う。
ふるいを用意して、中力粉に近い質の小麦粉をパタパタとふるいにかける。それから塩を少々溶かした水を用意し、桶に入れた小麦粉にくぼみを作って徐々に流し込んで混ぜていき、十分になじんだら塊にまとめ上げる。
(さあ、こねますか)
足でゆっくり踏むと上手く体重がかかっていいコシが出るようになるが、そもそもこっちの世界の自分の腕力は現実世界リアルよりはるかに強い。腕でこねても十分事足りるのだ。
最初は穏やかにこねなくてはグルテンが結びつかないので、注意が必要だ。そうしてある程度こねたら、生地を小さくまとめてまたこねる。これを三回ほど繰り返したところでいいつやが出た。本来ならここから一時間ちょっと寝かす……のだが、ここで料理アーツの出番です。
素晴らしきかなファンタジー世界。料理系アーツ《料理促進》で寝かし時間を解決する。このアーツも当初は火を通す時間の短縮ぐらいしかできなかったが、スキルLvが上がるにつれて応用できることが増えていき、今ではこんな荒業が可能になった。
生地はこれでいいとして、今のうちにつゆを作る。水に酒、醤油もどきとみりんもどき、シーフ・バードの肉、ねぎの代用品であるリド、細く切ったにんじんなどを入れて熱する。しばらくすると灰汁あくが浮いてくるので確実に取り除く。こういう部分をおろそかにすると美味しくなくなるのが「ワンモア」世界の料理だ。開発者に料理にこだわる人がいるんだろうか?
リドを足したりして汁の味に調整を加える。いまいちびしっと決まらなかったのでほんの少しだけドラゴンの肉を入れると、ようやく味がまとまった。うん、突貫で作ったにしては上々だろう。
汁が出来たので後は一気にうどんの仕上げだ。最後のこね回しを済ませたら、棒を使って薄く延ばしていく。さすがにプロの職人のようにするするっとできるわけではないが、それでもそれなりには上手くいった。
そんな作業をやっているうちに、視線が幾つも集まってきたのは当然かもしれない……こんなの、どうしても目立つもんな。
とりあえず視線は一旦無視して、うどんを一気に仕上げる。何度も延ばし、できるだけ生地が四角になるように生地を畳んで、いよいよ麺の形にする。トントントントンと包丁で生地を切っていると――
「まさかここでうどん打つとか」
「夜食っぽいのを狙ったのか?」
「ファンタジーに持ち込むなよw」
そんな声が聞こえてきた。いいじゃあないか、作りたくなっちまったんだから……
生地を切り終わったら、素早く茹で上げる。茹で上がった分から丼に入れて汁を注ぎ、生のリドをざくざく切ってぱらぱらっと乗せ、ようやく完成。うどんを打つなんて久しぶりだが、何とか形にはなったな……さて肝心の味だが。


【うどん】
幾つもの材料が使われた汁が太めのうどんをしっかり受け止める。結構お腹にたまる。
製作評価:7


ふむ、製作評価はなかなか。ではお待ちかねの試食へ。ズルズルッ、と遠慮なく大きな音を立てて食う。あえて音を出して食うのが美味しく食べる方法だと、自分では思っている。もちろんスパゲティとかは音を出さないようにするよ?
(これぐらいの味が出せているのなら売っても問題ないかな。ドラゴンの肉とシーフ・バードの肉が喧嘩しないと分かったのもいい発見だった)
完食して手を合わせる。空になった丼は、中身がなくなったので消えていく。
さあ、後はひたすらうどんを茹でて汁を注ぎ、売るだけだ。
「えー、色々な人がこちらを見ておりますが……うどんを作りましたので、今から販売しまあああ!?」
汁の香りにやられていたと思われる皆さんが押し寄せ、てんやわんや。プレイヤーだけでなく、エルフや魔族の方達もお買い上げになった。あっちこっちでうどんをすする音が聞こえる。しかし、エルフがうどんをすする光景ってなかなか……
「こっちでうどんを食えるとは」
「この汁結構美味しいね」
「小麦粉からこんなものを作るのか」
「すいませーん、もう一杯ください!」
「戦場で温かい汁物を食えるとは実にありがたい」
とまあ、それなりに好評だったようなのでほっとした。あっという間に売り切れて「もうないんですかー?」と言われてしまったのはご愛嬌あいきょうだろう。
その後調理器具を片付け、仮眠室に直行してログアウト。現実世界リアルに戻ると夜の一二時近くだった。いい加減、今日は寝ることにしよう……


【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv42 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv13 〈製作の指先〉Lv90(←1UP)
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv22 〈義賊頭〉Lv13
〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv42(←3UP)
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
   妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人





 7

普段より夜更かしをしたためか、今朝は少々寝坊気味の時間に起床して、遅めの朝御飯をとった。食べ終わったら洗濯と掃除を済ませる。晴れてよかった。
家事を済ませてお昼を食べて、洗濯物が一部乾いていたので取り込み、残りは夕方に取り込むことにして……それまでは「ワンモア」をやろうか。ヘルメットをかぶり、いざ。

ログインすると、「ワンモア」世界は夜明け前だった。昨日自分が出したうどんを食べた人達からは、またうどんを作ってほしいとの手紙が残されていた。
昨晩自分がログアウトしてから数回、ゲヘナクロスとの衝突があったらしい。ゲヘナクロスは、ついにドラゴンだけでなくグリフォンどワイバーンの空戦部隊を出してきたようだ。それから、ドラゴンの足止めを続けてきたドラゴン族の皆さんはさすがに疲労が溜まってきて、数時間眠り続けている様子である。
今まで壁となってきたドラゴン族の代わりに奮闘しているのが、プレイヤー軍団だ。灰色ドラゴンの攻撃を真正面から受け止めることまではできないが、からやら連携やらでドラゴンに的を絞らせず、上手く妨害をやってのけるプレイヤーが出てきたという。
特に活躍しているPTのリーダーは、例によってグラッド、シルバー、ツヴァイ、アヤメ、それとランダだそうだ。現在はこれら五組のPTが主軸となってドラゴンの前進を阻止、他のプレイヤーや「ワンモア」世界の人達が脇から支援する流れのようである。ちなみにランダという女性プレイヤーが「炎槍舞」さんらしい。これらの情報は、本陣のあちこちで交わされている人々の会話を拾って分析した。
(さすがに近くで戦い続ければ、ドラゴン相手でも戦闘の感覚を掴めるか。それに自分達プレイヤーは、死亡しても復活できるという強みがある。デスペナルティの内容もそこまで厳しくないし、ドラゴンと戦えば恐らくものすごい勢いでスキルLvが上がるだろうから、色々な意味で体を張る理由があるな)
イベントのときは一晩ぐらい徹夜するプレイヤーもいるだろうし、こちらの世界の人達だって決して脆弱ぜいじゃくな存在ではない。相手がドラゴンという想定外の存在だからこそ苦戦しているわけである。
今まで自分が見た範囲では、単純な一対一なら間違いなくゲヘナクロス軍の人間よりも、龍人、エルフ&ダークエルフ、獣人、魔族のほうが圧倒的に強い。ゲヘナクロスは数の利があってドラゴンやグリフォンなどがいるからこそ、拮抗できているに過ぎない。その頼みのつな達は確実に数を減らしているから、ゲヘナクロスは確実に弱っているだろう。
現在のドラゴン討伐数は八匹だと、本陣の掲示板に書かれていた。大変ではあるが倒すことができると分かっている以上、妖精軍側の士気は下がらない。むしろプレイヤー軍団の「死を恐れぬ奮闘」に勇気付けられ、妖精軍全体の士気は上がる一方である。それに対して、ドラゴンを用いても圧倒できず、兵力を確実に削られていくゲヘナクロスの士気は下がりつつあると予想される。
「よう、アース、生きてたか!」
「おお、ゼタンじゃないか、お前さんも無事だったか!」
相変わらずのいい笑顔でゼタンが近寄ってくる。
「自分はしばらく休息を取っていたんだが、戦況はどんな感じになっている?」
「ドラゴンとの戦いに苦戦してきたが、魔族が強力なサポートを可能にする準備を整えたとかでな、それ以降はこっちの死者がぐっと減った。その影響で、ゲヘナクロスの人間兵との戦いにも少しずつ余裕が生まれてきている状態だ。そこに獣人族が持ち前の敏捷さを生かして大暴れだ。エルフ達も弓で助けてくれているし、勝敗の天秤は徐々にこちら側へ傾きつつあるな」
魔族とて出し惜しみしていたわけではないのだろう。強力なものであればあるほど準備に時間がかかるのはどこも同じか。
最初の戦闘ではドラゴンに一撃で殺されていたプレイヤーも多かったから、ドラゴンの動きに対応できるようになったプレイヤースキルの上昇も大きな要因だな。
「そうか。油断はできないが、勝利への道筋がはっきりと見えてきた感じだな」
「ゲヘナクロスの連中にこの国をいいようにされてはたまらん……絶対にぶっ潰しておかなくてはならん存在だ。徹底的に叩いてお帰り願おうってところだな」
ゼタンと話しつつ行き交う人達の表情を見ると、全体的に明るい表情が多い。この様子ならこれからも十分戦える。
「そういえばミーナ嬢はどうした?」
「ああ……魔族のサポートが始まる少し前に、瀕死の仲間を救出しようと無理をしてな……生きて戻ってはきたが、今は安静にしておくよう医者に言われたよ……」
「近くにいてやらなくていいのか?」
「『死ぬわけじゃないのですから、付き添いなんていりません。それよりも戦場に行って、妖精国の脅威を押し返してきてください』と言われてしまったよ……だから今はこうしてこっちにいるってわけだ」
あのおしとやかな外見からは想像できん言葉だが……そう言われたら、おとこは戦いに出るしかないよな。
「なら勝利の報告ができるように頑張がんばらないとダメだな」
「そういうことだ」
にやりと笑うゼタン。闘志がみなぎっているな……もう覚悟は決まっているようだ。
「自分も微力ながら協力するよ」
「何なら、また背中に乗るか? 久々にあの戦い方をするのも悪くないだろう?」
確かにそうだな、ここはお言葉に甘えておこう。
「じゃあ、次の戦いでは背中を借りることにするよ」
「おう、遠慮するな。ゲヘナクロスの兵士達をなぎ払ってやろう」
いつしか太陽は高く昇りつつあった。次の戦いのときは近い。

「よいしょっと」
戦場を前にして、ゼタンの背中に乗せてもらう。
「ゼタン、まさかお前が他人を背中に乗せるとはな」
「うるせえぞリューザ。コイツは特別だ」
ゼタンは周りの知り合いから色々言われて、少々恥ずかしがっている気がする。ちなみに周りにいるのは、ユニコーンと狼のタイプの妖精達だ。
「なあゼタン、今更なんだが、背中に乗せてもらってよかったのか……?」
こうしていじられるゼタンを見ると、自分としても少々申し訳なくなってくる。
「ん? ああ、気にするな。遠慮のしすぎは美徳じゃねえし、お前さんなら乗せるのにも文句はない」
こう言われてしまえば降りるわけにもいかない。ならば話を切り替えようか。
「で、どう攻めるんだ?」
「ああ、例の緑髪の戦士達が十分に回復して、再び戦えるようになったからな。彼らには再びドラゴンを抑える役を担当してもらうと決まったから、俺達妖精族はゲヘナクロスの兵士を一人でも多く減らすことと、獣人騎兵団が突っ込む突破口を作るのが仕事だ」
ならば自分はゼタンの背中の上からガンガン射殺していけばいいわけか……シンプルでいい。
そうしているうちに、本陣のフェアリークィーンより戦闘開始を告げる声が発せられ、進軍が始まった。
うおおおおおおおお!! と声を上げつつ接近する両軍。ゲヘナクロス側は相変わらずドラゴンを前面に押し出し、その頭上をグリフォンに護らせているようだ。言うまでもなく、グリフォンには射手が乗っている。
妖精国側はドラゴン族軍団を先頭にしてプレイヤーがその脇を固め、その上空にはフォレストグリフォンと妖精のグリフォンが飛んでいる。最初に始まったのは空中戦だった。制空権をとれるかは地上への援護の可否に直結するため、両軍共必死である。
だがここで、妖精軍全体が一瞬光に包まれた。
「きたぁ!」
「よっしゃ!」
「ガンガン押すぜー!」
あちこちから声が上がる。そう、魔族の強力な支援魔法が妖精軍全体にかかったのだ。自分も確認してみると、手足に今までなかった力を感じていた。これはでかいぞ……と喜ぶと同時に、魔族を敵に回したくないな、という感想も出てきてしまったが。
「よし、アース、俺達も攻め込むぞ! 準備はいいな?」
「いつでも行けるぞ、ゼタンのタイミングで構わん」
そう返答した途端、ゼタンは思いっきり走り出した。急すぎて自分は一瞬バランスを崩しかけたが、何とか持ち直す。ゼタンはその勢いのまま、ゲヘナクロスの兵士達に向かって突っ込んでいく。そんなゼタンと共に、狼やユニコーンの妖精の一群が突撃を開始した。
「突撃兵が来たぞ、パイク兵は迎撃用意を!」
ゲヘナクロス側も素早く構えをとり、反撃の用意をする。
だが――
「よし、飛べ!」
ゼタンのひと声で、妖精達の体が宙を舞う。なんとゼタンを先頭に突撃した妖精の皆さんは、パイク兵の頭上を一斉に飛び越えてしまったのだ。あっけに取られるパイク兵の一人と一瞬目が合ったような気がする。そして当然、ジャンプをした後には着地があるわけで……
「ぐふおっ!?」
運がないゲヘナクロス兵は、頭上から降ってきた妖精の下敷きにされていく。
「まずパイク兵を背後から食い破れ! 獣人連合の騎馬軍団が暴れられるように、突撃できるだけの隙間をこじ開けろ!! 前からゲヘナクロスのアホ連中が来たら、そっちもぶち破れ!」
ゼタンの指示が飛び、狼はパイク兵の後ろ首に牙を、ユニコーンは背中に角を突き立てる。なるほど、だから跳躍が得意なメンバーを集めたわけか……翼を持つグリフォンは制空権争いのためにこちらには回せないし、人を乗せた騎馬がパイクを飛び越えることも不可能だ。
「ぱ、パイク兵を援護しろ、早くあいつらを殺すん……」
「はいはい、黙っててくれ」
馬に乗って指示を下す小隊長を見つけたので、衝撃力に優れた【重撲じゅうぼくの矢】をご立派な兜にぶつけてやると、落馬させることにあっさり成功。それから少し後に光の粒子となって消えていった。落ちた角度が悪くて、首の骨でも折れたのかな?
とはいえ、そんなことで兵が止まるわけもなく、すぐに乱戦が始まった。狼やユニコーンの三割がパイク兵を襲い、残りが前から来た兵士と戦っている。パイク兵はこういう機動力がある相手にくっ付かれるともろい。鎧の防御力は十分にあるのだろうが、魔力を纏うユニコーンの角のひと突きや、隙間を狙って牙を突き立ててくる狼の前に、一人、また一人と砕け散る。
だが妖精側も、無数の矢、槍、剣で射られて突かれて斬られれば、耐え切れるはずがない。狼とユニコーン達は、仲間に後を託して段々と散っていった。これは戦争だ。相当な戦力差か技術差があるのでなければ、一方だけが死者を出さずに済むなんてことはまずありえない。自分も必死にゼタンの上から妖精達を援護するが、とても護りきれなかった。
「ゼタン、このままじゃ……」
「――それでもやるしかない! もう少しのはずだ!」
数が違いすぎるために、妖精側はじりじりと追い詰められていく。ゼタンも既に無数の切り傷、刺し傷を晒している。ポーションを次々とぶっかけてはいるが、焼け石に水だ。
(万を生かすために……百を捨てる。こういうことか……)
現場に立てば、王の心構えとは苦渋に満ちていると分かる。敵軍に穴を空けて大打撃を与えるために、こういう捨石に近い攻撃をさせる兵士がどうしても必要になる。そしてそれを他国から来た義勇兵にやらせるわけにはいかない。
きっとゼタン達だけじゃなく、戦場のありとあらゆる場所でこんな危険な戦いに挑んでいる妖精達がいるのだろう。そして参加した者はまず帰ってこれないと承知の上で、進軍を命じなければならない王。それを理解した上で、戦いに出た妖精の兵士達。
(やっぱり……王とはいばらの道だな)
この戦争に勝ったとしても、妖精国からは戦闘が可能な妖精の大半がいなくなっているだろう。しかし戦わねば奴隷になるだけ。妖精国にとっては何も得るものがない、自らの自治を護るためだけの戦争――
ならば、せめてゼタンだけでも。
「ゼタン、あと少しは持つか?」
「こんな場所で死ぬつもりは、初めからないぜ!!」
ならば、と手持ちでは最後となった【レア・ポーション】をゼタンの体にぶっかける。
「ここから、自分は敵の中に突っ込んで時間を稼ぐ……死ぬなよ、ゼタン」
「な、オイ!?」
ゼタンの背中の上で《大跳躍》を使い、思いっきりジャンプする。自分の着地点を見極めたゲヘナクロスの兵士達が槍を突き立てようとしてくるが……そのときには自分は既に、【双咆】の弦を「九割の力」で引き終えていた。
「――どっちかしか生かせない、そんな狂った戦場じごくなら……友人ダチを生かすためにお前らが散ってくれ」
【双咆】より放たれた一本の矢は、轟音と共に着地点に待ち構えていた複数の兵士を地面に貼り付ける。そしてその反動で自分は再び宙を舞った。
さあ、【双咆】よ……今からしばらくの間、好きなだけ力を振るう機会を与えよう。だから、だから奴らをなぎ払ってくれ。ゼタンを生かすために。
そんな自分の稚拙な願いを聞き届けてくれたのか――一瞬だけ【双咆】が光を帯びた気がした。
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