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7巻試し読み

7-2

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行動再開後も、ゴブリンの集団や、オークをリーダーにしたゴブリンの集団などと数回戦ってまた休憩、という流れを繰り返した。途中、多少の手傷を負うメンバーは出たが、リンの回復魔法とお手製のポーションで都度回復しているので、脱落者はいない。
ここまでの戦闘の結果、彼らの会話内容から予想して、ライツ達のスキルLvはそれなりに上がったようだ。自分のスキルLvも〈剛蹴〉が1、〈スネークソード〉が4ほど上がっている。ちなみに、休憩中に女将さんからもらったお弁当をいただいたが、大変に美味だった。
「そういえば聞きたいことがあるんだ……君達は妖精を連れていないようだが、何か特別な理由でもあるのか? 妖精がいたほうが戦闘力は上がるのでは?」
そう、ライツ達は誰一人として契約妖精を連れ歩いていなかった。妖精がいれば戦闘が確実に楽になるというのに。今なら妖精国に行けば簡単に仲間になるし、龍の国まで来られるプレイヤーが妖精国に行けないはずもない。
「ああ、それはもちろん知っているのですが……今日来なかったメンバー以外は全員、スキルの構成上、〈妖精言語〉を取る余裕がないんですよ。言語がなくても簡単な指示ぐらいは問題ないって聞いていますけど、それでもほとんど待機させることになっちゃう可能性が高くて……なので、妖精を仲間にすることは控えているんです、そもそも自分達だけでも、まだまだ連携が固まっていないですし」
なるほど、確かに攻撃スキルやらそれに伴う補助スキルやらを色々と揃えるとなると、一〇枠しかないメインスキル枠を一つずつ、全員だと六つも潰すのは厳しいな。〈妖精言語〉なしで「攻撃して!」と指示を飛ばしても、魔法で攻撃するか直接殴りかかるか分からないから、逆に混乱を招く可能性も高い。ならばむしろ、PTで一人だけ〈妖精言語〉を取って、妖精に弱いモンスターなどの対処を任せる、と。その一人は今日お休みの弓使いだそうで、遠距離から攻撃ができる、つまり周りをよく見られる立場にあるから、タイミングを計って妖精に攻撃させられる。
「妖精はかわいいと思うのよ? でも正直、まだまだ自分の行動でいっぱいいっぱいで、妖精にまで気を回せるとはとても思えなくって」
レイカが自分の考えを教えてくれる。もっともな意見だ。自らの技量をちゃんと理解していることもよく分かる。
「なるほど、十分に理解できる戦略だな。振られてしまったから妖精がいない自分の状況とは大違いだ」
厳密に言えば振られたわけではないのだが、絶対に契約妖精を持てない以上、振られたという表現をしても……まあそんなに大外れではないだろう。
「振られた、と言うのは?」
「元々、妖精は最初のほうのゲームイベントでのキーキャラクターとして誕生したんだが……その時の抽選に漏れた数少ないプレイヤーの一人が、自分でね」
ガイの質問に答える。起こりうることは起こる、とはよく言ったものだ。思えばあの辺りから、自分の周りは色々とおかしいことになり始めたんだった。
「そういえば、そんなイベントがあったってフレンドが言ってたわ。つまり貴方は、その頃から『ワンモア』に参加できていたプレイヤーなのね」
ココルがそんなことを言う。このゲームに参加するのに必要なVR用ヘルメットもようやく品薄状態が改善され、新規プレイヤーが続々と増えているそうだ。そうした新規の中でも、もう龍の国に入れているこのPTは、参加できたのが比較的早いほうか、それともかなり長い時間ガッツリとプレイをしているかのどちらかだろう。
「僕達もそれなりにプレイ時間は長いかな……おっと、また大部屋だ。リーダー、どうする?」
話しながら歩いているうちに、またも大部屋の前に到着してしまった。ここまで大部屋を避けつつ歩いてきたが、もっと奥に進むのであれば、いつかは大部屋の中に入らなければならない。
「予定に変更はないよ、入らない。これ以上大部屋回避はできそうにないから、来た道をのんびり戻りつつ、ゴブリンを倒していこう――ちなみに、ご意見を参考にしたいのですが、貴方はこの大部屋をどう見ます?」
ライツの質問に、自分はこう答えた。
「今までいくつか大部屋を見てきたけど、この大部屋は一番お薦めできない。罠が多い上に低レベルながら麻痺罠がいくつかあるし……ひと言で言うと『嫌な感じしかしない』というやつかな」
誰かがゴクッと生唾を呑んだ。ぱっと見は、これと言って邪魔になるものがない、ガランとした大部屋。しかしその中には罠があると言われれば、一転して気味悪く見えてくるだろう。
「もし先に進むことを重視するPTだったとしても、ここは避けるべきだ。これだけ罠が張ってあるとなると……仕上げにデカブツがご登場、ってパターンが見え見えだ。そいつに追い回されて、罠を踏まされて動けなくなったら、死ぬまで袋叩き……自分なら勘弁願いたいね」
「それは誰だって嫌よ……」
自分の分析に、レイカがゲッソリとした表情で返事をしてくる。
「今日はとにかくこの砦に慣れることが最優先だから、進む理由はないし……引き返すということでいいよね、みんな?」
こう聞いたライツに全員が頷く。引き返す途中で出てくるゴブリンやオークを倒していけば、スネークソードのスキルLvももう少しは上がってくれるだろうと考え、自分も特に反対はしない。
実際、砦の外に出るまでに2Lvほど上昇してくれて、新しいアーツ《ポイズンスネーク》を習得できた。技の説明文には、スネークソードが地を這うように動き、相手の下半身に毒を打ち込む、とある。
実際にゴブリンに使ってみたところ、スネークソードがうねうねと蛇のように相手に迫り、先端がゴブリンの足や股間に突き刺さった。しかし、どう考えても股間はやりすぎだ。股間に突き刺さった光景を見たガイは、心なしか青ざめていたが、その気持ちはよく分かる、同じ男として切実に。肝心の毒の強さは大したことないようで、毒のダメージで倒すことはできそうにない。スキルLvが上がれば、毒の強さも上がるのかどうか……それはおいおい確かめていこう。

「お疲れ様」
「お疲れ〜」
変なトラブルもなく、無事に砦の外に出られた。自分としても、かなり有益な時間を過ごすことができたと言っていい。スネークソードの感触をよりはっきり掴むことに成功したのだから。
「では、自分はこれで失礼するよ。縁があった時はまたよろしく」
「はい、その時はまたお願いします」
最後にライツと握手をしてからPTを抜け、街を目指した。街に帰る途中で襲ってくるゴブリンは、もちろんここでもスネークソードの練習を兼ねて倒していく。
砦に入る前よりも明らかにスネークソードを上手く動かせるようになっているのを感じる。ダンジョン内という困難な環境で武器を振るい続けた分、プレイヤースキルも向上したのかもしれない。スネークソードを握る右手から伝わってくる感覚には、変な表現だが心地よさすらある。
やっと、このスネークソードのあるじとなれたのかな……


【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv47 〈剛蹴〉Lv17(←1UP) 〈百里眼〉Lv20 〈製作の指先〉Lv93
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv28 〈義賊頭〉Lv18
〈スネークソード〉Lv32(←6UP) 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv44 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv47
ExP32
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
   妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
   託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人




 3

(装備よし、忘れ物なし。では出発)
昨日十分にスネークソードの修練ができたので、先を急ぐことにした。アップデートまでの時間を考えると、三が武かよつたけのどちらかを完全にスルーしなければ、「龍の儀式」直前の準備にとれる時間が少なくなってしまうかもしれない。これまで大半のことがスムーズに進まなかった経験上、少しでも余裕を持っておきたい。
借りていた部屋を出て、宿屋の受付へ。今日の当番は番頭さんのようだ。
「部屋の鍵をお返しします」
「はい、確かに」
「それでは、失礼します」
「――真に申し訳ありませんが、お客様、少々お待ちを」
鍵も無事に返し、三が武に向かっていざ出発、と意気込んだところで、番頭さんに呼び止められてしまった。
「何か問題がありましたか?」
「あーその、なんと言いますか……この宿から一つ、アース様へ依頼をさせていただきたいのです。前金で一万グロー、成功報酬でさらに二万グローをお出しします」
仕事の依頼か……だけど今は厳しいな。なるべく早く六が武まで行きたいから、前回のように寄り道満載の日程とはいかない。今回はお断りするしかないだろう。
「申し訳ありませんが、自分は六が武まで急がねばなりませんので、依頼は……」
「いえ、むしろその六が武……正確に申し上げれば、龍城まで同行してほしい方がいるのです。貴方と一緒に行くのであれば、我々この宿の従業員も安心できるというわけでして……はい」
これは護衛依頼ということになるのだろうか……?
我々プレイヤーとノンプレイヤーキャラNPCのヒューマンが属する人族は、能力面から見るとこの世界では最弱だ(そのかわりあらゆる技術を身につけられるので自由度が高い、という設定らしい)。だから龍人に対して人族の護衛を付けるというのはかなりおかしな話である。
「私は人族ですよ? 護衛なら、戦闘力の高い龍人の方に依頼をしたほうが間違いがないのではないでしょうか?」
この自分の疑問に答えたのは、番頭さんの声ではなかった。
「それは私が、貴方がいいと望んだからです」
声がした方向に目をやると、旅支度を整えた二が武の女将さんがいた。ああ……前回は雨龍さんでしたが、今回はこうなるのですか……
「一つだけ質問させてください。なぜ、龍城へ向かわれるのですか?」
女将さんに質問を投げかける。断れないパターンにハマっていると分かった以上、もう抵抗はしない。が、指名された理由ぐらいは知っておきたい。
「こちらをお読みになればご理解いただけるかと」
女将さんは自分に一通の手紙を手渡してきた。とりあえず読んでみると……

狎萋はうちの夫と娘が大変なご迷惑をおかけしました。
あれから二人を城に連れ帰った後で、貴女と連携してもっと重いお仕置きを行うべきであると思い至りました。先に私からもひと通りお仕置きはしましたが、より念入りにちょうきょ……いえいえ、お仕置きをして、夫は龍の国の王であり、娘は龍の国の王女であるという自覚を、骨のずいまでしっかり叩きこまねばなりません。
そのために、貴女も久々に龍城まで出向いてくださらないでしょうか。それから、「真龍の儀式」を経て我が同胞を龍に昇華させてくれたあの方も、龍城にお連れいただきたいのです。その件でまだお礼の一つもしていなかったなど、龍の国の王の妻としてあるまじき失態でした。貴女にお手間をかけさせてしまうことになりますが、どうかよろしくお願い致します

なぜだろう、どう読んでもこの手紙からは、お仕置きという名の拷問が行われたようにしか感じられないのは。手紙を持つ自分の両手がカタカタと小刻みに震えているのは、気のせいではないだろう。それに飽き足らず、さらに女将さんと連携してお仕置きって……ラスボスは龍王様ではなく奥方様だ、間違いなく。
何とか手紙を封筒に戻し、女将さんに返す。
「あらあら、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
女将さんはそう言ってクスクス笑っているが、その笑顔が美しいからこそ、今の自分にはより恐ろしく感じられた。会社の上司の怒り顔なんて目の前にある笑顔と比べたらかわいいものだ……リアルの自分の体は今頃おそらく、脂汗をびっしょりとかいているだろう。
「そういうわけですので、どうかよろしくお願い致します」
逆らったら消される……!? 実際はそんなことないだろうが、あの手紙を読んだ後では、目の前の女将さんからそれだけのスゴ味を感じられた。この威圧感はダンジョンボス以上だと言っても、過言ではないはずだ。
「は、はい、よろしくお願いします、女将さん」
だがこの自分の返答に、女将さんは不服なようだ。
「そういえば名前を教えていませんでしたね……私は火澄かすみと申します。旅の間は、是非名前で呼んでくださると嬉しいです」
そんなことを言いながら、女将さんは両手でそっと包み込むように自分の右手を握ってくる。行為自体は穏やかながらも、いちいち妙な色気が漂うのが困る。
「りょ、了解です。では龍城まで、改めてよろしくお願い致します、火澄さん」
そう返事をすると、女将さんは微笑んだ。こんな状況をカザミネや二が武に住んでいる龍人男性の皆さんに見つかったら大変だなー、などと自分はどこかズレたことを考えていた。あ、これが俗にいう現実逃避か。
「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ!」
番頭さんの威勢がいい声に見送られ、早速女将さんと二人で六が武、そして龍城へ……
と思っていたら。
「ああああああ! 貴女は!」
なんとたまたま龍の国に来ていたと思われるギルド『ブルーカラー』のカザミネ、ロナ、ノーラの三人に見つかってしまったのだ。直後、普段は物静かなカザミネが、かなりの大声を出しながらものすごい勢いで走り寄ってきた。
「あら? 貴方がたは……以前、我が宿にお泊まりいただきましたね」
商売柄、女将さんも三人を覚えていた様子だ。
「その節はありがとうございました。にしても、女将さんがなぜアース君と一緒に?」
ノーラの質問に、女将さんはなぜか自分に体を密着させて、とんでもない答えを返した。
「六が武までのんびりデートですよ♪ お泊まりありの……ね♪」
うわあ、どこぞの悪女みたいなことを……ロナは「いつの間にそんな仲に!?」と驚くし、ノーラはニヤニヤし始めるし、カザミネは真っ白になって固まってしまった。
「あのね、女将さん……ただの護衛依頼でしょうが……」
自分のひと言でカザミネは何とか再起動したようで、生きた表情が戻ってくる。なお、名前で呼ばなかったのには抗議の意味を込めている。
「なら、私も同行します! 護衛の人数は多いほうがよいでしょう!」
必死について来ようとするカザミネ。その一方でノーラはニヤニヤ顔を続行し、ロナはそんなノーラから何やら吹きこまれている。あー、とてつもなく嫌な予感。
「自分としてはカザミネの意見に賛成ですが」
変な噂を立てられるよりは一緒に来てもらったほうがいいだろうと判断し、女将さんにそう告げる。カザミネ、そう睨むんじゃない。
「そうね、大人数ならそれはそれで面白そうですし……一緒に行きましょうか」
そうして、当初はソロで行くはずであった「龍の儀式」までの道中に、同行者が四人も増えることになってしまった。楽しいから……まあ、いいか。

出発前から実に騒々しくなってしまったが、何はともあれ次の三が武を目指す。このメンバーなら通行手形で足止めを喰らう心配はないし、進行スピードの低下も発生しないだろう、変なトラブルがなければ、だが。
「で、カザミネの勢いに押されて一緒についてきちゃったけど、護衛ってどこまで行くの?」
「龍城まで行くよ。つまり龍の国の最奥まで、ってことだ」
ノーラの質問に今の予定を答えておく。カザミネは本当に必死で食いついてきたものなぁ……いやまあ、ひと目惚れした様子であるとは分かっていたが、ここまで気持ちが燃え上がっているとは思わなかった。そんな相手が他の男性とデートに行くなどと言い出したら、心穏やかでいられないのは無理もない。どうせ仮想空間の中であるとか、そんなつまらない考えは一瞬で吹っ飛ぶだろう。
「アップデートまでやることが少ないから、のんびり龍の国を観光しようかーってつもりだったんだけどね、ボク達としては。カザミネくん、今回は貸し、一つね」
ロナの台詞に押され気味のカザミネが、何とか言い返す。
「いや、私に無理に付き合う必要はないのでは?」
「だって、面白そうなことが目の前で発生したんだもの、これについて行かない理由はないでしょ♪」
一方で、ノーラは本当に面白いことになったというように黙って嬉しそうな笑みを浮かべている。いい暇つぶしを見つけたとばかりに食らいついてきたな。恋愛話が嫌いな女性はいない、なんて誰かが言っていたが、こう見るとそれも真理かもしれないな……
そんな賑やかな会話を交わしつつ、足を運んだ関所は、やはりというべきか実にあっさり通過できた。なんとなれば手形を見せる必要すらなかったのだ。なぜなら……
「話は伺っております、どうぞ」
と、火澄さんとその連れということで顔パスで通過できたからだ。お役人様が実に丁寧にお辞儀をしていたあたり、龍王様の奥方の知り合いというのは伊達だてではないらしい。この状況を見て、カザミネ達も火澄さんが只者ではないということに気がついた様子だ。というか、気がつかなかったらおかしい。
関所を通過した後、『ブルーカラー』の三人は火澄さんに「貴方は一体何者なのでしょうか」という内容の質問をした。対して火澄さんは「秘密ですよ♪ そのほうが色々想像できて楽しいでしょうから」と軽く流す。続いて自分にも火澄さんの正体について質問が飛んできたのだが、本人が言わない以上は自分も適当に流した。
「人の素性をあんまり詮索するのはよろしくない……って、何か来るぞ」
平原に出る少し前の坂道で、モンスターらしき反応が三つほどあることに気がついた。そこそこのスピードで近寄ってきていることから、走っていると予想がつく。
「この辺りだと、猪もどきかな?」
ノーラも素早く短剣を構える。戦闘となればさすがに言葉にも真剣味が入る。
「おそらくそうだろうな。近づき次第、さっさと始末しようか」
「同感ですね、下手に戦闘を長引かせるのは愚かです」
自分の意見にカザミネも同意する。戦闘時間は短いほどいい。長くなるほど判断ミスや攻撃ミスなどで無用の被害が広がる可能性が出てくるから――まあ、カザミネにノーラ、ロナがいる以上、この辺りのモンスター相手ならそう長引きはしないだろう。
「見えたよ、やっぱり猪もどき。ちゃっちゃと倒しちゃおう」
ロナの言葉を聞いて前に出るカザミネとノーラ。ならば自分の役割は牽制と妨害か……スネークソードの先端を伸ばし、三匹の猪のうち、一番前にいるやつの鼻めがけて突き刺す。
今のダメージが原因となったのか、猪は足をもつれさせて派手に転倒する。刺さり具合が浅かったためにダメージは低いが、突進の勢いをぐ目的は果たせたようだ。
「ありがと!」
ロナが倒れた猪への対処に向かってくれた。猪をしっかりと掴んで《ジャーマン・スープレックス》で投げ飛ばした後、マウントポジションでのしかかり、容赦なく殴りつける。そういう素手でのアーツもあるようだ……仲間にこんなことを思うのは大変失礼だが、笑顔で相手をぼっこぼこにしている今のロナさんはすごく怖い。
まあそっちはもうほっといても大丈夫だろうと考え、カザミネとノーラの様子をそれぞれ窺うが、どちらも猪を圧倒していた。あと一五秒もあれば二人とも討伐を終えるだろう。支援の必要はないな、余計な手を出さずに見ているほうがよさそうだ。
実際、数秒後には襲いかかってきた猪三匹は仲よく光となって散っていかれた。一五秒という予測はカザミネとノーラをあなどりすぎていたか……心の中で謝罪しておく。

「皆様お強いですね、護衛として十分な腕をお持ちだと思いますよ」
戦闘終了後、火澄さんは三人をそう評した。その評価を受けて、特にカザミネは嬉しそうにしている。
「実際、こちらの皆さんは自分よりも強いですからね……」
自分も火澄さんの評価を肯定する。この前の戦争ではツヴァイと一緒にドラゴンを相手にして戦い抜いた猛者もさ達だ。実力的にはプレイヤーの中でもトップクラスに入るだろう。彼らと対人戦闘PvPをするとして、アイテム使用禁止ルールだったら自分はまず勝てないと踏んでいる。
「ボクらもそれなりに頑張ってきたからね。ところでアース君、モンスターの反応はまだ残ってる?」
「いや、今のところ近くにそれらしい奴らはいないようだ」
ロナに訊かれる前から一応ずっと警戒していたが、次のモンスターが来る様子はない。
「そうですね、迅速に進んだほうがいいでしょう」
カザミネの意見に頷き、前進を再開する。今は護衛任務中なのだから、無駄に戦闘回数を増やすのは得策ではない。一刻も早く安全な街の中に入ってしまうほうがいいだろう。個人的に、どのゲームでも護衛任務は苦手なんだ……
関所と三が武の真ん中にある草原には、ぽつぽつと各種ゴブリンがうろついていたが、そこは自分のアーツ《危険察知》を生かして回避。火澄さんも弱くはないと思うが、宿屋の女将さんという戦闘経験が少なそうな仕事が本業である以上、無駄な戦闘は避けたほうがいい。
そうして、無事に三が武に到着できた。街に入る時の審査は、以前三が武の女将さんからもらった割符のおかげですんなり通過。
「ついたねー、雲獣のみんなを見るのは久々だぁ〜」
あちこちをのんびり歩く雲獣達を見て、ロナがそんなことをつぶやいた。ふわふわした雲獣は確かに可愛らしい存在だから、その気持ちはよく分かる。だが、即座に抱きつきに行くのはちょっとやりすぎではないだろうかね。
「まずは宿を取りましょう、雲獣達と触れ合うのはそれからでもいいでしょう」
と、火澄さん。
「そうね、ほらロナ、さっさといくよ」
「ううー……さっさと宿屋を見つけて戻ってこよう……」
雲獣モフモフ天国を味わっていたロナを、ノーラが引っ張っていく。宿屋を見つけるといっても、行き先は決まっている。自分が初めてこの街に来た時に泊めてもらったあの大きな宿屋だ。歩くこと数分で到着した。
「いらっしゃいませ……あら火澄さん、どうしてここへ? 何か大きな問題でも起こりましたか?」
出迎えてくれた三が武の宿屋の女将さんが、火澄さんを見た途端、不安そうに質問する。
「いえいえ、個人的な用事で出かけてきたのです。それはそうと、部屋を借りたいのですが、空きがありますかしら?」
火澄さんの問いかけに、三が武の女将さんは少々困った顔になった。
「二人部屋と三人部屋に分かれていただいてもよろしいでしょうか? あいにく五人部屋と一人部屋は満室なのです」
ふむ、無い袖は振れぬだろうし、それでよいのではないだろうか?
「では部屋の組み合わせは、私とアースさん、『ブルーカラー』の三人でよろしいでしょうか?」
との火澄さんのお言葉。もともと火澄さんの護衛依頼は自分が受けたのだし、向こうもギルドメンバーで固まるほうが気軽だろう。現実世界リアルならどうかと思うが、男女同室もまぁしょうがない。
「それが無難ね。だからカザミネ、そんな捨てられた子猫のような顔をしないの」
ノーラの了解も取り付け、部屋割りが確定した。今からログアウトまでは自由時間だ。早速ロナは雲獣の元へ駆け出していった。ノーラは武器の手入れに行くそうだ。ならば自分は、風呂に入って……カザミネが火澄さんと二人きりで話せるチャンスを作ってやるか。

(さすがに二が武の宿屋の風呂と大きさを比べるのはこくだが、こうして入れるだけでもありがたいものだ)
自分は一人ぼけ〜っと、宿屋のお風呂に浸かっていた。
いつたけ以前だと、火澄さんのところのような特殊な宿屋、もしくはバカ高い宿屋以外に風呂設備は存在しない。それを考えれば、今こうやって三が武でのんびり風呂に入れるというだけで、十分な贅沢と言えるだろう。そもそも二が武の風呂が大きすぎるのであって、ここだって一般的な家のものに比べれば十分すぎるほどに大きい。
そろそろ一五分か……もう十分堪能したな。
仮想空間とはいえ精神状態が肉体の調子を引っ張ることは多々あり、具体的にいえば、今の自分はのぼせ気味になりつつある。本格的にのぼせたいわけでもないし、ずいぶんと気分もやわらいだので、風呂から上がって服を着た。リアルでこんなことをすれば肌についた水気で服がぐしょぐしょになりそうなものだが、そこはゲームのご都合設定ということで。変な部分で便利な世界である。
そうして自分と火澄さんが泊まる部屋の前までやってきたのだが、部屋の中には人の反応が二つあった。確認すると、カザミネと火澄さんのようだ――ふむ、まだログアウトを急ぐ時間じゃない。ならば、カザミネの勝負を邪魔しないでおこうか。今まさに必死になって告白をしようとしている可能性もあるから、同じ男としてはそれを妨害するのは忍びない。そのまま部屋をそっと離れた。とりあえず外に出て時間を潰してこよう。
軽装のまま、街の中をのんびりと歩く。行き先は、三が武に入ってきた時にロナが雲獣に抱きついていたあの場所だ。予想通り、ロナがそこにいた。小さい雲獣を数匹、膝の上に乗せて、やさしく撫でている。
「どうやら無用の心配だったかな」
「アース君、それどういう意味?」
ロナにジト目で見られるが、最初の抱きつきっぷりを見た感じ、また雲獣を追い回すやからが発生したか!? と大騒ぎになりそうで冷や冷やしていたのだ。そんな本音をロナに伝えると「たはは……そう言われてしまうと反論できないかも……」と苦笑いする。
そんなロナの隣に座って胡坐あぐらをかく。
「で、アース君は何でここに来たの?」
「あーうん、カザミネにチャンスをあげようと思ってな」
「やっぱり、カザミネ君はあの人に告ったの?」
「さあてな……その可能性も十分にあるから、邪魔しないよう避難してきたというところだ」
自分が胡坐をかいている足の上に、兎みたいな雲獣の子が一匹、乗っかってきた。そっと背中を撫でてあげると「ぷひゅ〜」と息を吐き出して目を細め、気持ちよさそうにする。そのままゆっくりと頭も撫で撫でしてあげた。
「でも、カザミネ君が好きになるのも無理ないかな……同じ女から見ても、あの女将さんは本当に美人だもん」
ロナがポツリと言う。
「この世界が仮想空間だってこと、ゲームだってことは十分分かってる。でも、こうやって世界の中に入って、本物に限りなく近い手で物を触って、本物に限りなく近い足でこの世界を歩いていると、ここはもう一つの世界なんだって信じてしまってもおかしくは感じない……今なら、なぜアバターの性別を現実と変えられないのかがよく分かるよ。もしそうしたら、そのうち頭の中で大混乱を引き起こしそうだもんね……」
生々しいから細かい例を挙げるのは避けるが、その危険性は開発者も重々理解していたのだろう。
「こうやって今ボクと触れ合ってくれているこの子達を、アース君は単なるデータだ、って……切り捨てないよね?」
「そうだなぁ、今の自分にはもう無理だな」
ロナの質問に即答する。あれだけ生きた人間特有の匂いを感じさせる住人がいるこの世界を、ただのゲームなんだと思うのは難しくなってきているというのが正直な心境だ。
「そうだよね……ボクはこの世界に来れて本当によかったって思ってる。現実じゃ、生きているんだか死んでいるんだか分からなくなることがあるんだ……でもこっちの世界の人は、精一杯生きているような気がする。こっちで喧嘩けんかすることもあるし、物騒なこともあるけど、そういう部分だってボク達のリアルよりずっとギスギスしてないよね?」
ロナの話に静かに相槌を打つ。
「幸いボクは学校でいじめられたりしなかったけど、隣のクラスでは結構ひどいことがあったって聞いてる。受験も無事に終わったけど、進学校ってこともあってそれまでみんなが苛立ってた。ただ知識を詰め込むだけの勉強は面白くなんてなかった。受験に必要だからしぶしぶやったってだけ。そんなの、ただ命令を受けて動く機械と大差ないような気がしててね……」
ううーむ、そうだったのか……現代では、大学に進学することがいい意味でも悪い意味でも当たり前のようになった。それを悪いことだと言うつもりはないけれど、そのためにこうして一人の女の子が辛い思いをしているのも事実だ。
「だからボクはなおさらこの世界が生きているって感じる。カザミネくんがあの宿屋の女将さんに熱を上げている姿だって、ボクには笑えないんだ」
なるほどね……
「自分もカザミネを笑うつもりはないさ……理由はまあ、言うまでもないかな? 今までフェアリークィーンとか龍ちゃんとかと、あれだけばたばたとやってきたからね、自分も」
今こうして改めて考えてみると、あの時フェアリークィーンが動き出した後から、こちらの世界の住人に魂が入ったような気がする。まるで彼女が目覚めることが、この世界が本当にあるべき姿で動き出す合図であったかのように。
「そうだったね、キミのほうがボクよりずっとこっちの世界の人と関わってるもんね」
気がつけば空は夕暮れ。その光の加減で、今のロナがどのような表情をしているのかが見づらい。
「そろそろ帰ろうか? これだけ経てば、さすがに終わっているだろう」
いつの間にかすやすや寝息を立てていた兎型の雲獣を起こし、地面にゆっくりと下ろして、自分は立ち上がる。
「そうだね、もうボクもログアウトしないといけない時間かな」
ロナも雲獣を地面に下ろして立ち上がる。
「カザミネはどうなったかな〜……」
「ボクは、振られた、に一票」
「自分は……そうだなぁ、まあ、優しく断られたと予想しておこうかな」
「それもありそうだね〜。まあ、さすがに恋人にはなれないでしょ、今はまだ」
カザミネが聞いたら、他人事だと思って! と怒り出しそうなことを話し合いつつ宿に戻る。思いがけずロナと話し込んでしまったが、たまにはこういう時間があってもいいだろう……

翌日ログインすると、都合のいいことに夜明け直後だった。途中で夜になる心配がないのだから、三が武を出発するには最高のタイミングだ。
ちなみに火澄さんはもう起きていた。女将さんという職業柄、朝が早いのだろう。
「おはようございます。今日は四が武まで?」
「ええ……というより、五が武まで一気に行くつもりです」
正直、次の四が武にはいい思い出がない。さっさと通過してしまいたい街なのだ。途中休憩を挟んで一気に五が武まで行ってしまおうという計画を立てている。
「やはり以前の宿のことを恨んでいらっしゃいますか?」
「恨みはそこまで残っていませんが……四が武のよい宿屋を知りませんし、今は夜明け直後。我々の足ならば、一気に五が武まで辿り着けると踏んでの考えでもあります。そのほうが火澄さんも龍王様の奥方を待たせないで済みますし、いかがでしょうか?」
この提案に火澄さんは乗ってきた。四が武からは出てくるモンスターの強さが上がるが、ダンジョンなどに突っ込まないようにしていれば、よほど不幸でない限りモンスターの大群に出くわすこともないはずだ。厄介な各種ハイ・ゴブリンも街道付近にはまず出没しない。例外的にふらついているのがいた場合は、自分の《危険察知》を生かして回避すればいい。
食堂で食事をとっていると、『ブルーカラー』の三人も部屋から出てきた。ロナは普段通りなのだが、カザミネは笑ってるんだか苦しんでるんだかの百面相。その様子を見ているノーラは少々引いていた。原因はやはり昨日の一件か……
(火澄さん、昨日カザミネに何か言いましたか?)
気が進まないのだが、どうにもカザミネを見ると落ち着かないので、聞いてみることにした。
(特別なことは何も。彼が私を好いているということだけは分かりましたが、あまり面識がない方を受け入れるわけにもいかないので、軽く頭を撫でてあげたぐらいです)
なるほど、悲しい顔は失敗した落ち込みを思い出し、嬉しそうな顔は手の感触を思い出しているのだろう。
今朝の食事は実に静かだった。話すことがないというのと、カザミネに何かがあったということが簡単に予想できる状況が、無言の空間を生み出していた。が、それでも今日の予定を言わなければならない。全員が食べ終わった頃を見計らって、自分は口を開いた。
「今日は、五が武到着を目指す予定だ。四が武に到着したら小休憩を挟むが、宿屋には泊まらない。全員通行手形を持っているし、アップデートも迫っているから先を急ぐ。何か問題か質問があるならば、今のうちに言ってくれ」
ノーラが手を挙げた。
「モンスターはどうするの? 極力回避して、襲ってきたヤツだけ返り討ち、でいいのかな?」
ノーラからの質問に頷いて答える。
「その考えでOK。基本的にこちらからは仕掛けないように。襲われた時や、回避すると遠回りになりすぎるという時だけ戦うことにする。できるだけ《危険察知》で回避ルートを探るが、それでも戦闘がないわけではないと考えておいてほしい。他に質問はあるかな?」
次に百面相をやめたカザミネが手を挙げた。
「四が武での休憩時間はどれぐらいの予定ですか?」
「二五分を予定しているが。足りないか?」
「――いえ、十分でしょう」
カザミネは納得した表情で手を下ろす。
「ロナは何かないかな?」
「ボクからは別に。あんまり無茶をする様子もなさそうだしね」
質問がないならそれでいい。
「では、食事も済んだところで、出発しようか」
その後、鍵を番頭さんに返却し、五人で宿屋を後にした。今日は頑張って歩かなくてはいけない。ピカーシャがいればあっという間の道のりなのだが、今はそういうわけにはいかない。
三が武を出る時、雲獣が数匹集まって見送ってくれた。ロナが「また来るからね〜」と撫で撫でしていたことも付け加えておこう。
三が武を出発し、関所に到着するまでは一度もモンスターと出くわさずに済んだ。関所も火澄さんのお顔を見せてすんなり通過。おそらく龍王様の奥方の通達が回っているのだろうけど、この火澄さん自身が地位か何かを隠している可能性もあるな……だが自分としては、その内容について詮索するつもりはない。「好奇心猫を殺す」なんてのは言うまでもないし、知ったところで冒険の役には立ちそうにない。変にでかいコネを持つのはフェアリークィーンの一件で十分に懲りている。今は護衛任務中なのだから、関所ぐらい火澄さんの顔パスに便乗しても問題ないはずだ。
関所を発った後、四が武に入るまでに猪が一度、ゴブリンが二度襲ってきたが、自分の出番はまったくと言っていいほどなかった。カザミネが大太刀で斬り伏せ、ノーラが短剣と〈氷魔法〉(〈水魔法〉の上位スキルである)を駆使してなぎ払い、ロナが打撃と投げ技でぼこぼこにしてしまうからだ。そろそろ弓を解禁してもいいかも……スネークソードを振るう前にモンスターを圧倒してしまう三人がいる以上、飛び道具がないと本当に自分は何もやらずに終わってしまう。
「四が武も久々だわ。やっぱり四が武からは街がひと回りほど大きくなるわね」
このノーラの発言にあるように、自分達はあっさりと四が武に到着した。オーバーキル気味の火力があるメンバーが三人もいる以上、ユニークモンスターにでも出くわさない限り、足止めを食らうことはないからな。さすがは現在トップに近いギルドのメンバー達だ。
「あそこの茶店で休憩しようよ、甘いものを食べたいし」
ロナの意見に火澄さんが賛成した。
「そうですね、お団子や甘酒を飲みながら休憩するのもよいでしょう」
誰もそれに反対意見はなかったので、ロナが見つけた茶店に入る。
少し単独行動を取りたいから、三人に火澄さんを五分だけ見ていてもらおうかなと少しだけ迷ったが……いかんいかん、護衛任務中に護衛対象者から離れてどうするんだと頭を振る。
単体行動をしたい理由は、〈義賊頭〉のアーツで小人を召喚し、過去の木材買占め事件に関わる情報を得たかったからだ。だが今焦って動いてもいい情報が得られるとは限らない、これは帰りに探ることにしよう。
自分がそんなことを考えている間、ノーラ、ロナ、火澄さんの三人は色々な方向に話を展開していた。女三人集まれば「かしま」しい、とか何とかよく言うが、確かによくぞここまで次から次へと話題が出てくるものだと、ある意味感心する。一方、妙に静かなカザミネの様子を窺うと、その視線は一直線。火澄さんをロックオンしているかのように見つめ続けている。こりゃ重症だ……昨日の告白(?)でより悪化したかもしれない。まあこういう状態の人間につける薬はどこにもないし、このまま放置しておくしかないか……
のんびり甘酒や団子を堪能していたら、二五分などあっという間に経過した。代金を払って(それぞれ食べた分は本人が出した)再出発。茶店の看板娘が「ありがとうございました!」と元気な声で送り出してくれたその時、自分にウィスパーチャットが入った。
【はい、もしもし?】
【こんなに近くにいるのにごめん、ノーラだけど】
【どしたの?】
【カザミネなんだけど……もしかしなくても本気で火澄さんに惚れてる?】
【自分はそう見ているけれどな……】
【万が一、あまりにも迷惑をかけちゃいそうな場合は、私がなんとしてでも止めるから】
【それはありがたいが……なんでまたわざわざ?】
【恋に溺れた人は何をやるか分からないからさ】
【もっともな意見だな。一応当たって砕けたようだし、暴走はないと願いたいが】
【あ、告白はしたんだ……まあ、こっちも気をつけておくわ】
【了解、じゃあ切るよ】
【そうね、また後で】
カザミネがそんな暴走をするヤツだとは思えないが、どうだろうか。

次の関所を目指す間、モンスターの反応はそれなりに多かったが、そこは《危険察知》を生かして最大限回避。回避できないやつらだけ相手にしていって、自分も弓を解禁し、ゴブリン達を撃ち抜いていく。
普段いないような敵が襲いかかってくるといった護衛任務のテンプレイベントもなく、関所をなんなく通過し、五が武にはあっさり到着した。太陽はまだ空高く、日暮れまで余裕がある。そのためか泊まる宿もすぐに見つかり、腰を落ち着けることができた。
今日はよく歩いた。そのおかげで、この先は少しゆっくりと進んでも十分にアップデートに間に合うだけの時間をたくわえられた。
しかも風呂に入れる宿屋を押さえられたので、今は風呂を堪能できている。ちなみに自分一人ではなく、他のプレイヤーや龍人の皆さんと一緒である。
「ほうほう、なるほど……」
「へえ、そんなことが……」
大勢の人がいれば雑談に花が咲くのは自然な流れであり。互いにたわいのない会話を交わす。近況とか街の様子とか、下世話な噂とか、武器や防具の話とか……まあ色々と。でかい風呂を独り占めしてくつろぐのもよいが、こうして大勢の人と話に花を咲かせながら浸かるっていうのも悪くない。そういうのも旅先での楽しみの一つなのだ。
「そろそろお先に失礼しますよ」
「おう」
ひと言周りに断って風呂から上がる。盛り上がってちょっと長湯しすぎてしまったので、また軽くのぼせ気味だ。もちろん正確に言えば違うが、気分的な問題である。こういう時は外の空気に当たるのが一番。
宿屋の番頭さんにちょっと外を散歩してきますと告げて、街中に出る。そよ風が熱くなった体には気持ちいい。以前五が武に来た時はひたすら仕事探しをしていたので、ろくすっぽ五が武の風景を見ていなかったらしい。五が武の風景がやたら新鮮なものとして感じられる。一番しっくり来る表現は時代劇のセット……かな? 特に江戸時代の大阪のイメージを強く感じる。
なにせ大きな蔵がたくさんあるし、商売の街だけあって龍人が色々な仕事をしている姿を見るだけでも面白い。あんまり凝視していると「暇なら金を出すから手伝え」と言われそうなので、ほんの少し見るだけに留めているが。
そうやって街を歩いていると、フレンドの反応が一つ、前のほうにあった……これはノーラか。
「あ、アース……」
「ん? あんまり元気がないようだが、どうした?」
ノーラは川べりの草が生えている場所で体育座りをしていた。いつも活発な彼女らしくない。
「ちょっと話でもしない?」
「ログアウトする時間までならかまわないが……」
自分もノーラの近くに腰を下ろす。
「このゲーム……ううん、あえて世界と呼ぶけど、この世界が始まってそれなりの時間が過ぎたわよね?」
「そうだなぁ、それなりの時間は経過したな……」
このVRMMO世界が始まってしばらくの間は、未知のものへの不安の声も多数聞かれたが、今はそれも鳴りを潜めている。目立った問題もなく、よくフィクションにあるようなデスゲームやログアウト不能といった怪現象も起きず、新しいゲームの形としてゲーマーだけでなく世間にも認知されてきている。コントローラーからの解放だとか、新しい世界の幕開けだとか、そういう歯が浮きそうな「ワンモア」の紹介文を、自分も多数ネット上で見ている。
「だから、カザミネみたいにこちらの世界の人に恋する子も出てくるのかなぁって……この世界の住人って、言動がもう人間と見分けがつかないもの。中に一人一人スタッフが入って動かしていると言われても納得しちゃうほどにね」
確かに、非常によく出来ているという言葉ぐらいでは足りないレベルだからな。感情表現も会話能力も人間と変わらないと言い切れるだろう。自分も今まで多くの場所に行って色々関わってきたが、妖精達も龍人達もデータの塊だとは思えないほどによくしゃべり、笑い、怒り、生活している。泥棒ガリッズやゲヘナクロス教国といった、リアルでもいるような悪党も存在していて、完全にきれいな世界じゃないからこそ、もう一つの世界というテーマにも重みがある。
「カザミネに限った話ではなく、たとえどんな相手に恋愛感情を持ったとしても、それを他人が一方的に不毛だと切り捨てるのは間違っている、というのが自分の意見だ」
「絶対に叶わない恋愛だと分かりきっていたとしても?」
「そもそも恋愛なんてそうそう叶うものじゃあないだろう? 苦しいことも悲しいことも多いさ。だがそういう苦しみも知ることは大事だ。さすがに暴走したらどこかで止めなきゃならないが、できる限り本人の意思で折り合いをつけさせるべきだ。恋を合理的な考えで納得するなんて、誰にも永久にできやしないんだから」
どういう結末を迎えるにしろ、その恋愛が終わった後に再び前へと進むことができなくなってしまうのは、一番よくない。
「確かに恋愛が簡単なものじゃないってのは、私も身をもって知ってるけど……絶対に叶わない恋愛ってのはちょっと悲しいって思っちゃうのよね」
「その考えももちろん間違ってはいないさ。ただ自分は見守るだけにしているという話であってね。火澄さんが最終的にどうするかは分からないが、あの人は龍人にモテると聞いたし、それこそ告白なんか山のように受けたことがあるだろう。きっと経験を生かして上手くやってくれると思う。なら、外野が余計なことを言わないほうがいいんじゃないかな」
ノーラは「うーん……」とつぶやいて、じっと川の流れを見つめている。色々思うところがあるのだろう。三八歳の自分でも人生を語るにはまだまだ若造だが、少しぐらい助けになればとは思う。
こういう時にいつも思うのは「先生」の二文字だ。自分のいう「先生」とは学校で勉強を教える人を指す言葉ではない。そっちは「教師」である。
では先生とは何か。「先生」という語は「先に」と「生まれる」の二つの漢字が合体して出来ている。これはすなわち、先に生まれたなら後に生まれた者を導きなさい、という意味を含むのだと自分は考える。だから「先生」とは資格のことなどではなく、後輩が困った時、悩んだ時にほんの少しでも手助けをして、前に進めるようにする人間を指すのだ、と。
もちろんこんな自分に何か大層なことができるはずもないとは思うが、こういう考えもあると伝えることで思考の幅を広げるきっかけを与えるのも、先に生まれた者の役割の一つではないだろうか?
「絶対に正しい、絶対に間違っている、と言える物事なんてそんなにないのがこの世の中なのだから、カザミネのことはもう少し見守るに留めておいたらどうだろう? そしてカザミネが自分から悩みを打ち明けて、その時は相談に乗ってあげればいいさ」
「そうね……恋愛の経験はしておくほうがいいと私も思うし。周りに迷惑を振りまくまでは、アースが言うように見守るほうが、確かにいいかもしれないわ……」
「少なくとも火澄さんは、人の心を深くえぐるゲスな言葉を言ったりはしないはずだ」
「そこは同意できるわね……だからこそあいつも惚れたのかしら? きっかけはひと目惚れだとしても、その後の関係次第では一瞬で冷めてしまうものだしね」
それにしても、こんなに落ち着いてきちんと話ができる空間が現代社会にどれぐらいあるだろうか? 軽口を叩き合うだけではなく、真剣な相談や悩みを打ち明けられる空間が。
皮肉だが、「ワンモア」に接続している人なら、こちらの世界のほうが多いと言うかもしれない。
掲示板で「相談NPC」なんてあだ名が付いていたこっちの世界の住人の一人が、いつの間にか「相談先生」という風にランクアップしていたこともある。
「戦いができる」「生産ができる」「生活ができる」に加えて、「相談ができる」なんて売り文句がこのゲームにはつきそうなくらいらしい。
「自分はそろそろ宿に戻ってログアウトするよ」
二人で話しているうちに、風呂でのぼせたような気分は完全に抜けていた。すっかり遅くなったし、明日に備えてログアウトするべき時間だろう。
「そう、今日はありがとね。そしてごめんね、色々なことを持ち込んじゃって」
「気にしなくていいよ、人と付き合うならこういうのは付き物だし」
ノーラと別れて宿に戻り、ログアウトする。いつの世も、心の問題だけはままならないものだな……

「お世話になりました」
「よろしければまたいらしてください」
翌日。宿屋の主人と別れの挨拶を交わした後、いよいよ最終目的地となる六が武を目指す。護衛を兼ねたこの旅も、もう少しでおしまいだ……その後には、龍城と「龍の儀式」が待っているが。
「六が武をこんなに早く訪れることになるとは思っていなかったわ」
ノーラの意見には同意だ。本当にな……「龍の儀式」再挑戦だって、次の国の探索が終わってから挑む予定を立てていたのだが、こんなに早く舞い戻ることになろうとは。もし今回も失敗したら後がなくなるから、次は当分修行を積まないとな。
「ところでアース君、六が武に着いたら私達はどうすればいいの?」
「そこで解散だな。護衛依頼の成功報酬として自分がもらう予定だった二万グローを四等分して、一人頭五〇〇〇グローずつ渡すよ」
ロナの質問に答えたところで、カザミネが口を挟んできた。
「ちょっと待ってください。私は無理やりついてきただけですし、報酬をいただくわけにはいきませんよ」
なるほどね、そう考えるか……だが。
「いや、受け取ってもらう。カザミネもそうだが、ノーラにロナもそれだけの仕事をやってくれている。むしろ報酬を渡さないほうが悪いよ。今回の同行についてしっかり対価は払う。知り合いだったらなおさら、けじめはきっちりしておきたい」
親しき仲にも礼儀ありという言葉もある。金銭がらみのいざこざで友人が離れていくことだって珍しくないのだから、常に正当なやりとりを全うすべきなのだ。
「カザミネ、アースがこう言うんだから貰っておきましょうよ。お金を受け取るのが申し訳ないと思うのなら、最後となるこの地域で今まで以上に奮闘すればいいの」
ノーラのこのひと声でカザミネも納得したようだ。
「六が武に到着してしまえば龍城は目と鼻の先になるから、このエリアが最終的な護衛エリアになる。よろしく頼むよ」
だが、締めたつもりのこの自分の発言が、どうやら後々の出来事のフラグを立ててしまったらしい……

自分達五人は最小限のモンスター討伐をこなしつつ、六が武に続く山道へと辿り着いた。関所は火澄さんの顔パスでさっと通過。ここまでは今までと同じだったのだが……関所を通過してしばらく歩いたところで、「そいつ」は来た。
それに最初に気がついたのは自分だった。
「――全員停止! 戦闘態勢をとってくれ!」
声を荒らげた自分に、ノーラが問う。
「何かが近寄ってきてるのね? 猪かしら?」
「残念ながら違う! 反応が一つになったり三つになったりしながら、猪よりもはるかに速くこちらに接近中だ! 誰か何か心当たりはないか!? こんな反応は初めてだ」
ノーラとカザミネの二人は戦闘態勢に入りつつ、分からないと首を横に振る。
「もしかして……」
「もしや……」
一方、考えるような表情を見せたのはロナと火澄さんだ。
「可能性でもいい、奴が来る前に少しでも情報が欲しい」
自分のひと言に、ロナと火澄さんが予想を口にした。
「Wikiに載っていたモンスター情報から予想して、『フェイクミラー・ビースト』かも」
これはロナ。
「私の予想は『幻影の獣』かと」
こちらは火澄さん。
「呼び方が違うだけで同じヤツを指しているのかもしれないな……特徴は?」
自分の問いかけに、ロナが急いで答える。
「基本的に単独で行動しているフィールドボスだよ、実体は一匹なんだけど、名前にあるように自分の幻影フェイクを複数纏わりつかせているから、見切るだけでも大変だってWikiには書いてあったよ」
続けて火澄さんが話し始めた。
「おそらくロナちゃんと私の考える魔物は同じですね……幻惑も厄介ですが、強靭な牙、頑丈な体、よくしなる鞭のような尻尾を持ちます。首に噛みつかれれば、龍人でもほぼ助かりません。頑丈な体を生かした飛びかかりも脅威ですし、間合いを離していても尻尾を利用した攻撃が飛んできます。さらに幻惑は魔法などではなく、その獣の毛皮が何らかの現象を起こすために見えるものだと言われています……とても残念なことに、『幻影の獣』から獲れた皮を加工しても、幻惑効果を生み出すことはできないのですが」
よりによって幻惑効果持ちのモンスターか……だからレーダー効果のある《危険察知》でも、反応が一つになったり三つになったりとおかしい反応になっているんだな。これから分かることは、《危険察知》ですらそのモンスターの実体を完全に捉えることはできないということだ。
「ちなみにそいつは今どの辺にいるの!?」
ノーラに問われ、自分は右手側の山を指差す。
「あっちのほうからやってきている。残念だが、偶然こっちに向かってきているだけという期待は捨ててほしい。方向を修正しつつこっちを目指しているようだから……」
「うわあ〜、それは……覚悟を決めるしかないのね……」
ノーラは心底嫌だと感じさせる声を出しつつ、そちらを睨み始める。
「もうそろそろだ……なんでこのタイミングでやってくるんだって悪態の一つもつきたくなる展開だな。火澄さん、少し下がっていてください」
なんとしても彼女だけは死なせるわけにいかない。自分達プレイヤーは死亡してもデスペナルティを受けるだけで復活できるが、火澄さんはそうではない。彼女の死亡はリアルでの死と同じく、この世界からの永久退場を意味する。だから下がってもらいたかったのだが――
「いえ、それには及びません。悪い子にはお仕置きが必要です」
火澄さんはそんなことを言い出すと、着物のすそを縛り、荷物の中からいくつかの棒と刃物を取り出して組み立て始め……完成した薙刀なぎなたを手にして立ち上がった。
「龍王様のしつけをする前のいい準備運動です、私も戦います」
あのう、火澄様。躾になぜ薙刀が必要なのですか? フィールドボスなのにいい準備運動程度なのですか? 護衛ってなんでしたっけ?
無意識にそんな現実逃避を始めてしまった自分の前に、タシタシッと僅かな足音と共に現れたフェイクミラー・ビーストが自信満々に立ちふさがった……

護衛モノには最後に邪魔をする奴が来るってのはお約束だが、フィールドボスの登場はさすがに盛りすぎじゃないだろうか。
もうしばらく歩けば街に入れるぐらいなのに、足止めされるどころか全滅のピンチが訪れるとは。フェイクミラー・ビーストもこちらの様子を窺っていて、にらみ合いが続く。
「ロナ、ちなみに討伐達成報告はありましたか!?」
「ううん、ボスに逃げられたという情報しか……」
カザミネの質問にロナが元気のない答えを返した時、もういいか? とばかりにフェイクミラー・ビーストが僅かに体を沈めていった。そこから来る攻撃は……
「みんな、おしゃべりは終わりだ。どうやら飛びかかってくるぞ!」
自分は慌てて敵の行動予測を声に出して伝える。厄介な能力を持っているらしいが、体の動きを見れば多少は攻撃方法を予想できる。事実、フェイクミラー・ビーストは三匹に分身した状態で飛びかかってきた。事前につがえていた矢を中央の一体に放つが、命中しても僅かに表面がぶれただけで、矢はそのまま通り抜けていく。
(こいつは幻影か!)
正解は左右のどちらかということになるが、右はカザミネに、左はロナに向かっていた。カザミネは大太刀でのカウンターを狙ったが――これも空を切る。つまり……
「あっぶないなあ! ボクが本命かい?」
ロナは間一髪でカウンター技の《浮き雲投げ》を成立させ、幸い無傷で切り抜けた。地面に背中から落下して動きが止まったフェイクミラー・ビーストに、今度はノーラが迫る。
「お返しよ!」
短剣を敵の顔に突き立てようとしたノーラだったが、フェイクミラー・ビーストはゴロリと体を横に回転させてその一撃を回避した……どころか、素早く立ち上がって反撃に転じる。
「ノーラさん、こやつを甘く見てはいけませんよ!」
ノーラの首を狙ったフェイクミラー・ビーストは、薙刀の攻撃をカウンター気味に受けたことで、一旦距離を取る。今の攻防は危なかった。火澄さんが割り込まなければノーラは即死していただろう。
「すぐに立ち上がらなかったのは、あの獣なりの誘いです。敵の素早さは十分分かりましたね?」
火澄さんの言葉に冷や汗を流しながら頷く自分達。フェイクミラー・ビーストも、得意戦法の一つで仕留めることに失敗したためか、グウルルルルルル……と不満そうな声を出している。
だが休ませてやる義理などないので、再び矢を番えて奴が立っている場所めがけてアーツを放つ。フェイクミラー・ビーストは素早く飛びのいて矢を回避した後、反撃を繰り出すべく再び分身したが、上空から大量に降り注ぐ風の矢に分身もろとも貫かれた。
そう、自分が放ったのは範囲攻撃の《スコールアロー》である。他のゲームでは、分身には影がなかったりしたが、フェイクミラー・ビーストに対してはまだそういった弱点を見切れていない。だったら範囲攻撃で全部まとめて攻撃すれば、ダメージは少なくともとにかく命中はするだろうと踏んだのだ。
「見えたわ、《アイシクルバレット》!」
ノーラが〈氷魔法〉を発動させ、いくつものひょうが分身という盾の消失したフェイクミラー・ビーストに襲いかかる。〈火魔法〉と比べると見た目はやや地味な〈氷魔法〉だが、逆にその分視界をふさぐことがなく、爆発による衝撃などもないので、他の人の行動を邪魔しないという大きな利点がある。
「お願い、やっちゃって!」
ここでノーラの契約妖精であるトビウオが追撃をかけるようだ。自分はその後の連携のために矢を番えて待機する。
「《穿うがち》!」
「《ツインファングアロー》!」
妖精がいくつもの水弾を生み出してフェイクミラー・ビーストにぶつけ終わったところで、カザミネが素早い突き攻撃を仕掛ける大太刀のアーツを放つ。自分は弓のアーツで、攻撃を終えたカザミネが後退する時間を稼いだ。カザミネもここは欲張ってはいけないと判断して、素早い攻撃と硬直が短いアーツを選んでいたようだ。
「やっと当たったけど、あんまり効いてないっぽいね……」
ロナの言う通り、フェイクミラー・ビーストにはこれといったダメージが入ったようには見えない。あくまでちょっぴり怯んだだけであり、何事もなかったかのようにぴんぴんしている。表情だけは明らかに不愉快そうになったが。
「時間はかかりますが、地道に攻撃を重ねるしかありません。集中を切らしたら即座に首に噛みつかれると思ってください!」
火澄さんから忠告が飛ぶ。さすがはフィールドボス、タフさも一級品だ。
「レイジがいないのが厳しいわ。私の短剣技だと、真っ向勝負を仕掛けるアーツはごく一部なのよね」
基本的に短剣は背後から斬りかかる《バックスタブ》のように不意打ち狙いのアーツがメインで、正面から挑む武器じゃない。刃渡りも短いから、突くことがメインの攻撃方法となる。
「ノーラさん、嘆いても仕方ありませんよ! 今ある手札でどうにかするしかないんですから!」
ノーラの言葉を聞いたカザミネがそうえる。
これは実に正論だ。ない物ねだりしてはきりがない。とはいえ、メインヒーラーもメインタンカーもいない今のメンバー構成でボスを相手にするのは無理がありすぎる。ある程度ダメージを与えてボスを撤退させる方向に持っていくしかないだろう。
「とにかく仕掛けるしかない! あの素早さを見てしまった以上、背中をさらして逃げるという選択肢がないのは明白だ!」
再び矢を放ちながら自分も叫ぶ。しかし再び幻影をまとったフェイクミラー・ビーストを捉えることはできず、矢は次々と空を切る。幻影での惑わしに加えて本体の回避能力もかなり高い……本当にこいつは面倒くさいな! これでは奥の手の《七つの落星》も《サクリファイス・ボウ》も当てられない。
「えいっ!」
ロナが勇猛果敢に距離を詰めてパンチやキックを繰り出すが、一向にクリーンヒットしない。フェイクミラー・ビーストもそんなロナを逆に捕まえようと、爪で引っかいたり噛み付いたりしている。
こうしてロナが決死の格闘戦を仕掛けて相手の気を引いているうちに、ノーラが背後に回って短剣のアーツで強烈な不意打ちを入れようとしたが――
「うぐっ……回り込んでいるのを見破られたっ……?」
カウンターで振われた、鞭のような尻尾の直撃を受けて、ノーラは軽く吹き飛ばされてしまう。慌てて自分が駆け寄って【アンコモンヒーリングポーション】を振りかけて応急処置し、その後にノーラが自分の〈水魔法〉で完全回復させた。その間にフェイクミラー・ビーストもロナとの接近戦を打ち切り、飛びのいて距離を空ける。
「あれだけ攻撃したのに、数回のカス当たりしかしなかったなんて……」
「アースありがと、あいつの攻撃は効いたわ……急所に当たったら即死ね」
「これは厳しいですね。むやみに大太刀を振ればカウンターされるだけだと、今のノーラさんの動きで学びました……」
『ブルーカラー』のメンバー達の言う通り、こいつは強い。ロナのラッシュをほぼ見切り、背後からの攻撃にも見事に対応、そして向こうの攻撃を一発でも食らうと大ダメージを受ける。ノーラはカウンターを腹に受けただけまだ運がよかった。もし顔や首に受けていたなら、今頃は死に戻りリタイアする羽目に陥っていただろう。
「この個体は、私の知る中でも特に強いようですね」
火澄さんでもそんな評価を下すか。このままでは遅かれ早かれ犠牲者が出るのは避けられない。だが、かといってこれといった打開策があるわけもなく……いや。
(久々にこいつを使ってみるか……数が少ない以上、上手く当てねばならないが)
いつでも取り出せるようにしてある【強化オイル】の瓶を撫でる。こいつの火力なら手傷を負わすことも可能かもしれない。そしてもう一つ可能性がありそうな手は、フェアリークィーンから教わった魔法《プリズムノヴァ》。ソロでは扱いにくい部分が多かったが、今ならその限りではない。
「自分が賭けられるチップは、二つある。みんなも知ってる例のオイルと、もう一つ、妖精言語を使った魔法だ。賭けに出るか、それともこのまま戦うか……どうしたものかね」
自分がボソッとつぶやくと、ノーラが食いついた。
「あのオイルならアイツにだって効くかもしれない! あと、魔法を詠唱する時間ぐらいは何とか稼ぐわ」
これにロナとカザミネも同調する。
「追い込まれる前にやってみようよ!」
「何でも試すべきです、このままでは分が悪すぎます!」
そんなに期待されても困るな……だが確かに、今は何でもやってみるべきだ。
「了解、まずは魔法でいくぞ! 何とか時間を稼いでくれ!」
再び《スコールアロー》で敵を足止めしてから、唱えること自体久々となる魔法の詠唱に移る。以前ダンジョンボスのスケルトンナイトと一人で戦いながら詠唱した状況よりはずっとましだ。落ち着いて確実に決める……失敗は許されない。
「それでは詠唱を始める、すまないが頼む!」
「任せなさい!」
「分かっています!」
「ボク達が通さないよ!」
なるべく急がなければならないが、まずは一回深呼吸――よし、やるか!
「――数多あまたの妖精達よ 我が声を聞き届けたまえ 我の願いを聞き届けたまえ……」


【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv48(←1UP) 〈剛蹴〉Lv17 〈百里眼〉Lv20 〈製作の指先〉Lv93
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv49 〈武術身体能力強化〉Lv28 〈義賊頭〉Lv18
〈スネークソード〉Lv32 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv44 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv47
ExP32
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
   妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
   託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
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