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7巻試し読み

7-3

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フェイクミラー・ビーストの前進を食い止めるべく、カザミネとロナによる防御中心の戦い方をノーラが臨時のヒーラーとして支えている。ここで自分が詠唱をミスったら笑い話にもならないな。
「我が祈りは妖精と共に 大いなる願いと共にある その偉大なる妖精の王に願う 王に願う」
自分が詠唱を始めると、火澄さんまでが自分を守るために前に出た。下がってくれと言いたいが、詠唱を中断できないので見送るしかない。
「我が魔力の一部を偉大なる妖精の王に捧げ 我が魂の力に一度限りの大いなる加護を与えたまえ」
今の自分にできるのは、この《プリズムノヴァ》を完成させること。そして《プリズムノヴァ》の効果が重い状態異常を引き起こしてくれる幸運を願うこと。
「その加護と魔力をもって 我が前の敵対者に対し 大いなる痛みと絶望を与える力と為せ」
頼むぞ、効いてくれよ……
「この詠唱を誓いと成し 勝利の栄光と名誉を妖精の王に捧げるために妖精王の助力を求むる 我が名はアース! 第八十七代目フェアリークィーンより術を授かりしものなり! その契約を以て一度限りの奇跡を我が前に顕現けんげんさせることを願う!」
詠唱成功まであと少しだ。ロナが攻撃を受けて吹っ飛ばされる光景が目に入ったが、カザミネのサポートで追撃はない。焦るな、自分。
「我が願いはここにしゅとして妖精の王への申請と為す 我が願いを叶えたまえ!」
だが、ロナが吹っ飛ばされたことで生まれた前衛の隙間に、フェイクミラー・ビーストは尻尾を鞭のように素早くねじ込んだ。
自分を狙い、回避が難しいほどに速い一撃が飛んでくる。その一撃が自分の左肩を捉えるのと、詠唱の完成は、ほぼ同時だった。
「今こそ真の力を以て敵を討て 《エルダー・プリズムノヴァ》!」
自分は軽く吹き飛ばされてしまったが、起き上がりざま、七色の光がフェイクミラー・ビーストに降り注いでいくのを確認した。詠唱は成功だ、そう思って左手に力を入れようとした時、異常に気がつく……左手の感覚がない。慌てて周りを見回すと、吹き飛ばされる前にいた場所に【双咆】が落ちていた。ということはまさか……自分のヒットポイントHPを見ると、四割以上減少している。やっぱり[ブレイクアーム]だ……
大きなダメージを腕に受けたことで起きた状態異常。これが回復するまで弓は一切使えない。今の自分にできる遠距離攻撃は初級の〈風魔法〉しかなくなってしまったが、威力はあてにできない。その上、《プリズムノヴァ》を放った反動でMPを多く消費し、残り三割まで減っている。武器のアーツにもMPは消耗するから、実質自分の遠距離攻撃は完全に封じられた形だ。とりあえず右手は無事なので、スネークソードを抜いて構える。ポーションを使おうにも、今は相手から目線を離す余裕がないので取り出せない。
奴はどうなったか? 外見上に極端な変化はない。この時点で[石化]を与えた可能性は排除されるが……
《プリズムノヴァ》の七色の光による攻撃が終了したタイミングを見計らって、カザミネが大太刀を使った突き攻撃を繰り出す。フェイクミラー・ビーストはそれを回避しようとしたが、回避がワンテンポ遅れ、初めてモロに攻撃を食らった。
どうやら[麻痺]がかかったか!
素早い相手にはこれ以上ないほどに有効な状態異常だろう、何とかなるかもしれない。
敵の状態をすぐに理解したロナが、もう一度決死のラッシュを仕掛けると、アッパーカットをはじめとした格闘攻撃が何度も相手を捉えていく。
「間違いなく動きが鈍ってる! このチャンスを逃さないで!」
ロナの声に答えるように、自分、ノーラ、カザミネ、火澄さんがそれぞれ攻撃を仕掛ける。いくつかクリーンヒットが生まれ、悲鳴のような鳴き声が幾度も響いた――だが、自分達が優位に戦いを進めることができたのは、残念ながらここまでだった。
「GYURORORORORORO!」
きっかけは、攻撃を受けていたフェイクミラー・ビーストが今までとは明らかに違う鳴き声を出したことだった。その声を聞いて警戒した全員が即座に飛びのく。が、そんな距離などお構いなしに、尻尾を使った攻撃がロナ、ノーラ、カザミネの三人を襲った。
「うあっ!?」
「がはっ!?」
「そんなっ……」
それはロナの左手首付近、カザミネの右手、ノーラの左足を次々に捉えた。ロナの左手にあった打撃用ガントレット、カザミネの大太刀が地面に落ちる。ノーラは左足がなくなったかのようにバランスを崩して倒れこんだ。
さっきまでとはまったく違う……そう、こいつは――こいつは今まで、ただ軽く遊んでいただけに過ぎないらしい。
こちらが少しはやるようだと判断して、奴がギアを一段上げた結果、三人が一瞬で戦闘続行も難しい状況に追い込まれてしまった。ロナはまだ右手が動くとはいえ、投げ技は両手を使うものだから使用不能。カザミネはよりによって利き腕を負傷したから、片手剣すら使えないだろう。実質的に[ブレイクアーム]から回復するまでまともな攻撃能力を失ってしまったことになる。
最悪なのはノーラだ。短剣使いにとって位置取りに使う足は手よりも大事。いわばよりが重要なのに、それを封じられた。当然ながら回避だって右足一本では望むべくもない。
「いけない! あれでは喰われるだけです!」
とっさに火澄さんと自分が、『ブルーカラー』メンバーの前に出る。
「GYURURURURURU……」
お遊びモードをやめて、ほんの少しだけ本当の実力を出し始めたフェイクミラー・ビーストがこちらを睨む。その目は「お前達はもう少し楽しませてくれるんだろうな?」と言っているような気がする。
「呑まれてはいけません。変わらず丁寧に対処するしかありません」
火澄さんがそう言って来るが、その直後にゾクッと背中を襲った悪寒に、自分は半ば無意識で右手の盾を顔の前に構えていた。
ゴワァン! とまるで釣鐘つりがねを叩いたような音と共に自分は吹き飛ばされ、地面を転がった。なんだ、何を食らった!?
「何、今の……さっきまでは本当にただ遊んでいただけなの……?」
急いで立ち上がった自分の後ろから、ノーラの声が聞こえてきた。どうやら何とか上半身を起こして状況を見ることはできているようだ。
「今の攻撃が見えていたのか? 教えてほしい、自分は一体何をガードしたんだ?」
自分の質問に、ノーラは青ざめながら答えてくれた。
「尻尾の攻撃よ……しかも尻尾の先がコブみたいに大きくなってた……あれはもう尻尾じゃなくてハンマーよ!」
もし悪寒に従って防御をしていなかったら……いや、自分は盾があったからまだいい、だが!
「火澄さん、下がるんだ! 盾越しでもあれだけの威力がある一撃を、貴女が受けたらまずい!」
ここで無情にも、フェイクミラー・ビーストはそのコブのように大きく硬くなった尻尾の先端を火澄さんに向けて振るう。
しかし火澄さんはこの攻撃に対して、薙刀をひと振りして方向を逸らし、さらに舞い戻った尻尾を薙刀で狙い打った。ガツッと鈍い音が響く。
「やはり斬り落とせませんね……仕方がありませんか」
焦った様子などまったく見せず、火澄さんはそんなことをつぶやく。慌てて自分は火澄さんの隣まで行く。
「申し訳ない、護衛役としているのにこのざまで……」
「いえ、このような獣が襲ってくるとは想定外でした。今は生き残ることだけを考えましょう」
「そうですね、何とかしてこの場を乗り越えましょう」
自分達の短い会話が終わるのを待っていたかのように、フェイクミラー・ビーストはこぶ尻尾による攻撃を再開した。しかも、今度は幻影付きで。
自分が右、火澄さんが左に飛んでそれを回避。地面に叩きつけられたこぶ尻尾が砂埃すなぼこりを巻き上げる。動きが止まったところにスネークソードで攻撃を仕掛けたが、残念ながら手ごたえがない……幻影に攻撃を仕掛けてしまったようだ。
その一方、またガツッと火澄さんが薙刀を当てた音が聞こえた。火澄さんは本体を見切っている可能性がある……どうすれば分かるんだ?
「アース君、何とか粘って! ボク達の状態異常はもうしばらく解除されそうにない!」
ロナの声が聞こえてくる。絶体絶命、その一歩手前か……火澄さんがいなければまさしく絶体絶命だった。
スネークソードを鞘に収めて右手を空ける。奴がこぶ尻尾での攻撃を中心に仕掛けてくるのは、まだ[麻痺]が抜けていないからと予想した。火澄さんが向こうの攻撃に対応できるというのであれば、こちらは本体を狙うことにする。
「火澄さん、あと一回だけ、尻尾の攻撃を払ってもらえますか!?」
「いいですよ、何かを仕掛けるのならばお早く」
火澄さんに確認を取った直後、再びこぶ尻尾が自分と火澄さんに向けて振われた。それと同時に自分は《ウィンドブースター》による高速移動でフェイクミラー・ビーストに肉薄。後ろでガツッと響いた音を置き去りにして、《大跳躍》で右斜め前に飛び上がる。そして《フライ》で滞空時間を増やしながら、次々と【強化オイル】を取り出しては投げつけていった。
「これならどうだ!」
二発、二発、さらに二発、最後に三発! 合計九個の【強化オイル】を全力で叩きつけてやった。
爆音、爆風、火柱。魔法とは違う炎の嵐が荒れ狂う。その威力に自分は吹き飛ばされてしまい、街道の横にある高い石壁に強く体をぶつけた。かなり痛いな……
「GAAAAA!?」
さすがにこれは効いたようで、獣の悲鳴が聞こえてくる。それでも、火が収まった後、フェイクミラー・ビーストはその姿を堂々とこちらに見せつけた。毛皮の複数箇所が焼け焦げて黒くなっているが。
奴は自分を睨みつけた後、にやりと笑うような表情を浮かべ、こちらに向かって飛び上がった。慌てて盾を構えたが、それは攻撃のためではなかった。自分の後ろにある石壁の上に飛び乗った後、この場から離れていったのが《危険察知》で分かった。まるで、遊びはこれで終わりだ、お前さん達は殺す価値もない、と言わんばかりに。
――無理もない。五人中、まともに最後まで立っていたのは火澄さんだけ。ロナとカザミネはHPこそ回復したがまだ戦闘能力は大幅にダウンしたまま、ノーラに至っては左足の負傷で歩くのすら困難な状態。自分もあちこちほこりまみれで、外套もぼろぼろになっていた。外套の下に隠して着込んである【ドラゴンスケイルライトアーマー一式】にも僅かながらダメージが入っているし、何より左手が使えないので最大の武器である弓が使用不可能だ。何とか生き残っただけ、という表現で間違いないだろう。
突然、ドガッ! と音がしたので振り向くと、こちらに背中を向けたカザミネが左手で石の壁を殴っていた。悔しくてたまらないのだろう。いいようにもてあそばれてしまったのだから、我慢ならないのも無理はない。
そんな重苦しいムードのまま、自分がノーラを背負って六が武までの移動を開始した。五が武を出た時のような明るさなど、今は見る影もなかった。
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