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第3章

惻隠の心は仁の端なり

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二百年以上の歴史があるルセウヴァッハ領主ルセウヴァッハ伯爵家。
初代ナンタラさんがベルカイムの土地を切り開き、二代目ナンタラさんが発展させ、三代目ナンタラさんがどーにかこーにか立派にし。と、お家自慢?を聞かされているうちに眠りそうになった。
お貴族様の由緒正しい歴史とかどうでもいいんだよ。アリクイのうんこ10個集めるまでの壮絶な俺の戦いを聞きたいか?興味の無い話は苦行にしかならない。

立派な応接室に通された俺とクレイは、執事のアルフレッドではなくレイモンド氏(62歳)からルセウヴァッハ家の歴史をご教授いただいた。いや、ヤツが勝手に喋っていた。領主が改めて部屋を訪れるまで意気揚々と話していたのだから、この家に勤めているのが余程誇りなのだろう。仕事に誇りが持てるのは良いことだ。

何代目かの領主であらせられるベルミナント伯爵はなんと29歳。若ぇよ領主様!15歳で子持ちだよ領主様!見た目も若いよ領主様!あの歳で広大な領地を治めているのだから、きっと有能なのだろう。
壁に飾られている立派な絵画には美しい金の髪の優しげな女性の肖像。ティアリス嬢と面影がそっくりだ。

「旦那様の奥方様、ミュリテリア様でございます」

俺が絵画をぼんやりと見上げていると、レイモンド氏が胸を張って教えてくれた。いや別に聞いていないんだけどね。
名門の家系であり由緒正しいお血筋の尊きお方であらせられられとかなんとか。ほんとどうでもいい。人の血筋なんて究極興味ない。
地球でも家柄やらお血筋を大切にしていた連中がいるけど、人間であることに変わりがない。マデウスには多種多様の種族が居るから一概には言えないが、王族や貴族が尊くて庶民が以下略という考え方はどうにも気にならない。

お貴族様がお庭で優雅にお茶会を開いている間、庶民は汗水たらして働き税を納めているのだ。貴族たちはその血税で高価な茶器を購入している。それが当たり前な世界。

うーん、俺はやっぱり貴族制度というものが苦手だ。国が平穏であるなら俺がどうこう考えることもないし、俺は俺でこれからものんびりとした冒険者であり続けるだけ。不満だから反旗を翻すといったことは面倒だからやらない。流れる川に沿って流れていくだけ。あんまり関わり合いにならないように上手に立ち回るとするかな。

「ピュイーィ」
「ん?まだ食うのか?お前、最近腹の減りが俺以上に早いな」
「ピュイ!」
「いやいや待て待て。ここで蟹は出せないって」

飽きることなく続ける執事の演説に辟易していると、ビーが俺の鞄に纏わりつく。これは腹が減ったから何か食わせろというビーの合図。おまけに蟹を催促しやがる。確かにトランゴ・クラブは美味いからな。わかるぞその気持ち。薄暗い坑道の中で生息していたくせに肉は磯の香。独特のあの食欲をそそる匂いを嗅いだだけで山盛りいっぱい食ってしまう。刺身も煮ても焼いても何しても美味いのだから。
だがな、アレは食後のデザート用だ。主食にしたらあっという間に在庫切れだ。

「ピューピュイー」
「痛い痛い爪たてんな。夕飯は海葉亭で満腹御膳頼んでやるから」
「お前の作るスープでも構わぬぞ」
「アンタ本当に好きだな肉すいとん」

クレイはさておきビーの活発化した新陳代謝は少し気になる。
ビーと一緒に旅をしてそろそろ二か月。生まれた日に空を飛び、一日で火を噴き、二日で精霊と会話をはじめ、三日で精霊術を使いこなした。
古代竜(エンシェントドラゴン)の潜在能力なんて想像もつかない。たぶんきっと俺の魔力なんかよりずっと強くとんでもないことになるのは想像できる。あーでもこの可愛らしい姿がもっさく恐ろしくなるのはいただけない。ほんといただけない。出来ることならこの愛らしいままでいて欲しい。クレイみたいになったら泣く。

「そうして当家の輝かしい歴史は旦那様の代で更なる栄光の……。おや、話が長くなりましたね。旦那様がいらっしゃいました」

執事・オン・ステージがやっと終わった。
と、同時に扉が開いて領主が姿を現した。

「すまない、待たせた」
「旦那様」
「大丈夫だ、今のところは落ち着いている」

二、三言葉を交わして執事が部屋を出て行った。領主は颯爽と歩き優雅に向かいの椅子に腰を下ろす。いちいち絵になる。

「先ほどは我が娘が大変失礼をした。改めて謝罪をさせて貰いたい」
「いえいえ、ほんと気にしないでください」
「ピュ」

ローブの下に隠れていたビーも返事をした。
メイドさん達が再び茶を淹れる。次に出て来た茶菓子はクッキーのような焼き菓子。メイドさん達がそそそと支度をして一礼し、そそそと壁際に移動して待機した。やっぱりいいなメイドさん。見ているだけで癒しなんだよ。

「貴殿らを召喚したのは他でもない。…頼みたいことがあるのだ」

ビーをちょうだいとかって話ではないと思う。お嬢様の話によると領主はドラゴンの譲渡は無いと言っていた。ゴブリン討伐の報酬っていうのも建前。だとすると?

「ベルミナント、まさか…」
「ああ。我が妻、ミュリテリアのことだ」

神妙な面持ちで領主は語りだした。
美しく優しい奥方様はもともと身体が丈夫なほうではなかった。領主に嫁いだ時から治癒術師の世話になり、それでも日々を静かに生きてきた。18歳でティアリス嬢を産み、家族三人で仲良く暮らしてきた。誰もが羨む美男美女家族。
このまま順風満帆にいくかと思ったが、奥方様の具合が悪くなってしまった。原因は不明。半年ほど前に倒れ、そのまま寝たきりに。

よし。

…今度の原因はボルさんの魔素浄化が原因じゃなさそうだ。
もともと具合が悪かったけど、出産には耐えた。無理は出来ないが日常生活を送ることは可能。定期的に治癒術師のお世話にはなっていたけど寝たきりになるほどの重篤なものではなかった、と。それが急変。どうしたのだろう。

「わかるか?タケル」
「俺に医療の知識は無いって。治癒術師の診断は?なんて言ってた、言って、いらしたのでするか?」

気軽に聞いてしまい、相手は領主だったと気づく。領主は俺の妙な言葉遣いにクスリと微笑んだ。

「畏まらずとも良い。俺はお前に頼みごとをしようとしているのだ。上も下も無いだろう」

うん、この領主は話せる人のようだ。
もしも頼み事ではなく命令だったとしたら俺は素直に従っていたかわからない。ホラ俺ってばちょっと捻くれた性格をしているから、慇懃無礼に強制されたら絶対に拒否していた。ベルカイムに居られなくなるのは残念だが、他の町に移動したところで困ることは殆どない。同じ国が駄目なら別の国に行けばいい話だし。

「わかった。正直堅苦しい話し方は苦手なんだ」
「そのわりにお前には高等教育を受けたような教養を感じたぞ。お前の見事な作法はどこで身に着けた?」

そんなんいいじゃん別に。

「ピュピュ」
「ん?ああ、お前も食うか?」

ローブの下から警戒しながらビーが出て来た。領主に軽い威嚇をしながらも俺が手にした焼き菓子にかぶりつく。領主は初めて目にしたビーの姿に目を丸くしていた。

「これが…ドラゴンか」
「そうです。今ちょうど腹が減っているみたいで」

ローブに半身を隠したままで菓子を租借する姿はなんとも愛らしい。爬虫類の見た目で食べる姿はハムスターやウサギそのもの。食い意地は張っているがな。

「エリザ、ポーリャ、ドラゴンに何か食べられるものを持ってきなさい。ドラゴンは何を食べるんだ?」
「え、そんな、いいですよ領主様」
「遠慮などするな」
「果物とか好きです」

遠慮するなと言われたら遠慮はしない。夕飯前にガッツリ食わすわけにはいかないから、軽いものを頼んだ。メイドさんたちはビーの姿に微笑みながらそそそと部屋を出て行った。
応接室に残ったのが領主と俺とクレイ。3人だけになると領主はとたんに顔色を変え、静かな声で真剣に言った。

「クレイストン、以前にミュリテリアの容態について憂いていたことがあっただろう?」
「ああ」
「俺も独自に調べてみたのだが、やはり何もわからなかったのだ。領主という立場が俺を自由にしてはくれず、今まで歯がゆい思いをしていた」

それについては妙だなと思うよ。専門知識は無いけど、急に寝たきりってやっぱり変だ。脳の血管系だったりするのかな。それとも精神的なもの?
俺もうぬぬと考えていると、領主が青い瞳を俺に向けてくる。

「そこでお前の噂を聞いたのだ」
「え?俺?」
「ボスポ長屋の一角がある日突然修繕され、その部屋に住まう病弱な主が健康になったと」

うんそれ俺の仕業かな。
フェンドさん一家は今頃トルミ村に移住している。ベルカイムを出る前にわざわざ教えに来てくれたのだ。おやじさんはすっかりと健康体を取り戻し、まだまだ痩せてはいるが養生すればまた働けるようになるとのことだった。

「フェンドは奇跡の所業を成し遂げたのは偉大なる魔法使いのおかげだと言っていたが、隣に住まうものは背が高く髪の黒い、ドラゴンを連れていた者だと」

俺しかいない。

「頼む、タケル。教えてもらいたい。重篤であったフェンドの胸の病を如何様にして治したのだ?お前の偉大なる力で我が妻ミュリテリアを救ってはくれないか?」

椅子から立ち上がった領主は必死の形相で俺の手を取る。
一介の冒険者に領主が懇願するなんて余程のことだ。こんなの俺に一言命令してしまえばいいのだから。だけどそれをしないで頭を下げるということは、それだけ奥さんを大切にしているということだろう。命じれば応じるのが冒険者なのかもしれないが、中には反発するものもいる。というか、意に反す命令をされると反発したくなるものが主だ。
領主はそれを知ってか知らずか、俺に頭を下げた。この最低ランクの冒険者に。愛だな。愛。

フェンドさん一家のことは早々にバレるだろうと思っていた。あれだけオンボロだった部屋を造り立ての様にしてしまたわけだから、周りの住人からは相当な反感だったと思う。だけどフェンドさん達はそういった不満を一切言わなかった。ただただ俺にありがとうと言うだけだった。

ここで領主の願いを聞き入れることは容易い。クレイストンを進化させてしまうほどの俺の魔力だ。人間の不治の病を治す事なんてきっと簡単なのだろう。
しかし戸惑いもある。そうやって病気の人をホイホイ治してしまったら、この世界の、この町の医療技術はどんどん廃れていく。そんなこと気にする必要も無いのだろうけど、俺は延々とこの町に留まるつもりはないのだ。

「……ティアリスがドラゴンを強請ったのは妻のためだったのだ。今は休暇中で屋敷に戻っているが、あと数日もすれば王都の寄宿学校に行ってしまう。その間ミュリテリアが独りになってしまうと嘆いてな。病床でも気落ちをしないよう、愛らしい動物が側にいたらと考えたのだろう…。愚かな娘ではあるが、根はとても優しいのだ」

あ。
やめて。
そんな話聞いちゃったら、俺の良心がまーたズクズクしてくる。

病気の母親を寂しい思いにさせないよう、ドラゴンを強請ったのか。だからあんなに必死になって。
頼み方…というかものすごく無礼ではあったが、怯えを隠すための精一杯の虚勢だったとしたら納得も出来る。

「ぐすっ…優しい娘ではないか…」

クレイ泣いてんの?!いや、泣いていないか。でも目玉が潤んでる。その目で俺のことガン見しないでくれないかな。領主の頼みを聞いてやれって言うんだろ?治すことは出来るんだってたぶん。

治せるだろうけど、今後のことを考えるべきだ。
もっと慎重に下調べを十分して、それからじゃないと怖いんだよ。相手は貴族様で領主様。貧乏長屋の主を診るのとでは大違いなんだからな。その背景には、もっと政治的なものとかそういうしがらみがあってだね。
慎重に慎重を重ねて、面倒なことには巻き込まれないように、もっと吟味して疑って


「…奥方様はどちらでせう」



俺のばかー。






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