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第3章

鬼が出るか蛇が出るか

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屋敷の中央にある塔の一室に奥方の私室があった。
屋敷の中で一番眺めが良く、上等な部屋らしい。歴代の領主夫人が愛した由緒ある部屋だとかなんたら。とまあ、聞いてもいないのにまた執事が意気揚々と勝手に喋ってくれた。このお屋敷とお家自慢は執事の義務らしく、領主も苦く笑いながら聞いていた。

奥方の部屋は重厚な樹の扉で閉じられており、一日に数回しか開くことが無い。中に入ると薄暗い広い部屋にどんよりとした篭った空気。窓が全て閉じられていて、枕元に小さな灯りのランプが一つあるだけ。
またまた病人には最悪の環境。ほこりっぽいし空気はちょっと臭い。こりゃ換気していないな。

「ミュリテリア…」

領主が小さな声で囁くようにベッドに横になる奥方様の名前を呼ぶ。薄暗くて足元すら見えない部屋の中で奥方の肌が異常なほど白く映えていた。これ事情知らないで逢っていたらギャアア叫んでいただろう。おまけに細い。細すぎるほど細い。
失礼な言い方だが、よく生きているな、と。

「ん…?旦那、さま…?如何されました…?」

か細い小さなやわらかい声。奥方はこけた頬でそれでも微笑みを浮かべる。やっぱりティアリス嬢とそっくりだ。健康体ならばどれだけの美人だろう。

「先日話をしただろう?不思議な力で病を治癒させた者の話を」
「ごほごほっ…、ええ。それが…何か」
「その者を連れてきたのだ」

暗い。部屋だけじゃなくて雰囲気までも暗い。こんな暗い部屋で一日中寝ているなんて、原因はともあれますます具合が悪くなりそうだ。

「タケル、こちらへ」
「その前にこの部屋明るくなりません?」
「は?…ああ、いや、妻が陽の光を苦手としていてね」

太陽の光が苦手?お肌が焼けちゃうのがイヤだとかそういう理由じゃないよな。

「それじゃあ、少し見させてください」
「やはりお前は治癒医師としての知識が」
「ありませんって。家庭の医学程度の知識です」

それでもきっと、この町の誰よりも医学知識はあると自負している。
魔法と薬で治る世界だ。生体解剖などやらないだろうし、そういった人体構造知識も殆ど無いのだろう。頭が痛ければ災いや呪いのせい。風邪をこじらせれば何かの祟り。それが、当たり前の世界。
回復薬は万能薬に近いが、毒そのものには効果が無い。それ専用の効果のある薬を造らなくてはならない。
ほんとややこしいよな。手足がちぎれてもくっつく薬がある一方で、同じ薬で毒すら退治できないんだから。

「さーてと」



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エイマス・ミュリテリア・レディ・ルセウヴァッハ 32歳

ベルカイム領主ルセウヴァッハ伯爵夫人。コリディアス子爵長女。ルセウヴァッハ邸在住

併発白内障 歩行障害 貧血 腎臓障害 イヴェル中毒症
他合併症

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あちゃー。
病気だらけだ。もう家庭の医学どころじゃない。完全に俺の専門外。
白内障は知っている。確かお年寄りがなりやすい、加齢と共に現れる目の病気だ。併発白内障ってのは免疫力の低下とか、何かの合併症としてなる年齢関係ない病気。眼球が白く濁ったり、物が見え辛くなったり、光が眩しくて目を開けられないとか。亡くなった祖母がこの病気でずっと悩んでいたのを覚えている。

あとこの…一番気になる症状が。なんだこれ。イヴェル中毒症?聞いたことの無い病気だな。この世界特有の病気だろうか。さすがに未知の病気まではわからない。

「タケル、わかるのか?」
「う……ん。まあ大体は、わかる」

魔法で治るイメージを強く持てば治すことは可能だろう。俺の知っている病気だけが対象だけどな。腎臓は血液の老廃物をろ過する臓器。そこに障害があるってことは体内の血液が…なんか…良くない状態なんだよ。わからんが。一番の問題は、このナントカ中毒症。
中毒っていうことは、何かいけないものを摂取若しくは常用しているということだ。
それをこの場でうかつに口にするのは憚れる。薄暗い部屋には数人のメイド、執事も居るのだから。

さてどうしよう。
魔法で治癒するとなると臓器を健康にするイメージを強く持って、体内の免疫力と抗体を強化。もともとの体力が皆無なので、じっくりゆっくりと回復薬ポーションを服用していけば明日をも知れぬ命ではなくなるはずだ。その前に大事なことを確認しておく。

「なあ領主様、俺のことを信用するか?全面的に俺に任せてくれると言うのなら、奥方の今の症状をなんとかすることは出来る」
「まことか?!ミュリテリアのこの状態が、何とかなると?」
「少なくとも太陽の光が眩しくて見えないとか、お腹の…下腹部が痛くなるとか、全身の倦怠感、節々の痛み、動悸息切れ、歩けない、その他もろもろ気持ちが悪いのは治ると思う」
「妻を一目見ただけで…病状を全て言い当てたのか」

だって俺の調査(スキャン)先生が優秀なんですもの。

「で?どうする?領主様は俺を信用するのか?この、得体の知れない最低ランク冒険者を」

試すように意地悪く言ってやると、領主は不敵にニカッと笑った。そうして奥方の小さく細い手を優しく握り、奥方と互いに頷きあう。

「高名な治癒医師も治癒術士も匙を投げた。金をいくらかけても病状は良くなるどころか悪くなるいっぽうだ」
「旦那様からお話は…伺いました。わたくしは、旦那様のご指示に従います。お願い致します。全て治るとは思っておりません。ですが…せめて…せめてこの腕でティアリスを抱きしめたい…」
「ああミュリテリア…」

もうやめて。わかったから。俺ほんとこういうの弱いんですよ。

『ごほごほ、お前には迷惑をかけるねえ…』
『お父ちゃんそれは言わない約束よ』

とかああいうのほんと駄目。切なくて泣いちゃう。

政治とかそういう小難しいことはどうでもいいよな。俺も深く考えたり疑ったりするのは止めるよ。
だから母ちゃん元気になって、あの寂しさを懸命に隠そうとしているお嬢様に優しくしてやれ。

「頼む。ミュリテリアを救ってくれ…。望むものなら何でも取り寄せよう。何でもしよう」
「タケル、俺からも頼む」

領主とクレイ、共に揃って深く頭を下げられ、俺は決意した。

腹に決めたら後は早い。

部屋にクレイと領主だけを残して後は全員出て行ってもらう。執事は強く抗議したが、俺も出て行かないと治療は出来ないと反論し、最後は領主が説得してくれた。
クレイが残ったのはアレだ。後で説明がめんどくさいから。

「それじゃあ治療してみます。言っておくけど、俺は治癒術師じゃない。専門的な知識も殆ど無い。だが、治せる自信はある」
「我が盟友、クレイストンの友だ。お前の言葉を信じよう」
「俺の力のことは口外するなよ?特にギルド職員にバレたらまーたアレコレうるさいから」
「わかった。誓う。書面に血判をしても構わない」
「ええ、決して…誰にも言いませんわ。わたくしも誓います」

領主と奥方は真剣な顔をして頷く。二人は嘘をついたり騙したりする考えは一切無い、ただ俺のことを多少疑りながらも信じているだけのようだ。俺の本能っていうか勘がこの二人は大丈夫だと告げている。

まあ…追々ギルドにはバレるだろうからな。人の口に戸は立てられないものだ。記憶操作なんて出来ないし、出来たとしてもやりたくない。
面倒なことになったとしても、その時はその時だ。逃げよう。

「俺の傷を治癒した時の…あの術を使うのか?」

クレイが心配そうに耳打つが、俺はそれを否定。完全治癒はおいそれと使える魔法ではない。

「あの術はもともとの体力が無けりゃ使えないんだよ。無理やり身体を健康に持っていくんだからな。滅茶苦茶痛かっただろう?」
「そうだな」
「アレに奥方が耐えられると思うか?」
「……いいや」

今でさえ虫の息と言っても過言ではない。呼吸は短いし額に脂汗もかいている。この状態で細胞から急激に治していくとなると、激痛どころじゃない。身体自体が耐えられなくて死んでしまう。

「とりあえずは現状打破をしよう。これ以上悪くならないように」

先ずは目を治して、この薄暗い部屋をなんとかする。病は気からと言うように、どんよりとした部屋では気持ちもどんよりとしてくるものだ。徹底的に清潔(クリーン)かけさせてください。

奥方の目を瞑らせ、魔力を練る。眼球の水晶体が濁っているからものが見え辛くなるんだよな。だったらその水晶体を綺麗にするイメージを持って…いやもうまだるっこしいことを考えるのは止めよう。

ただ強く願うんだ。良く見えますように。光が眩しくならないように。治りますように。

「回復(ヒール)」

目蓋に手をあてて静かに魔力を込める。急激に込めると痛みを伴うから、ゆっくりとゆっくりと。掌からこぼれる淡い光に照らされると、奥方が眉根を寄せた。

「ああ…温かい。とても…温かいわ」

集中力がはんぱないなこれ。クレイを治した時は相手の痛みとか一切考えないで遠慮なくやらかしたからな。今思えばクレイに気の毒な事をした。謝らないけど。
一分ほど魔力をじっくり込めてから掌を外した。

「ゆっくり目を開けてください」



***(*´Д`*)***



「ピュィ〜ィィ♪」

ご機嫌なビーの歌声が響き渡る。
高い天井に仄かな灯り。甘い花の香にめいっぱいの泡。泡。泡!!

「最高だーーー!」

この世界にも石鹸が存在する。
そりゃ繊細さも何もない、汚れを落とす目的で使われているのかさえわからない代物だが、匂いは良いし肌はつるつるになる。いつか使ってみたいと思っていた。しかし貴族街でしか出回らない高級品。身体を毎日洗う習慣が無いベルカイムで最高の嗜好品。それが、今使い放題。

奥方の目は治った。そりゃもう濁り1つ残さず、完璧に。
琥珀色の綺麗な瞳を開いた奥方は、眩しくない蝋燭の光に驚き、しばらくぶりに見た太陽の光に涙を流した。部屋だってとことん綺麗にしてやった。
感激した領主に是非とも屋敷に滞在してくれと頼まれ、それじゃあお風呂入らせてくーださい、と頼んだわけです。念願の貴族風呂。遠慮ってなんだろう。

「ピュウピュウ」
「気持ちいいなあ。やっぱり欲しいよな、石鹸。石鹸を扱っている業者を紹介してくれないかな」

つるんとした丸い石鹸の形は俺御用達であるアリクイのうんこに似ているが、花の良い香がしている。男の体臭がフローラルっていうのは考え物かもしれない。しかし、汗臭かったりするよりかはずっといいだろう。

「ピュイィ…」

初めて触れる石鹸に戸惑っていたビーも、今では全身もわもわになって遊んでいる。さっき食わせてもらった新鮮な果物が気に入ったらしく、ご機嫌だ。
ルセウヴァッハ邸の風呂は湯屋の風呂のように広々としていた。毎日入る習慣こそないが、気になったときは入るようにしているらしい。豊富な湯量と清潔な湯船に流石は貴族風呂だなあと感心する。

さて。
先ほどの話を今一度考えてみよう。

奥方の目を治した後、領主にこっそりとイヴェル中毒症について聞いてみた。日本では聞いたことの無い病名だったから、この世界、この国特有のものなのかと。
すると。


―――なんということだ…!あの毒薬が何故ミュリテリアに!


デデーンとまあ、見事なフラグ立てて下さいました。
嫌な予感はしたんだよ。だから執事やメイドさんたちを退室させたわけ。摂取してはいけない何かを常用していたおかげで、奥方はその中毒症になってしまった。そのせいで様々な病気を引き起こし、明日をも知れぬ命に。きっと誰かに少しずつ盛られたんだよ。
毒を摂取するに一番簡単なのは、食べ物や飲み物。それを用意出来る人は先ず警戒をしなくてはならない。例え信頼をしている相手でも。
まさかスパイ映画のような便利グッズがあるとも思えないからな。

「ププププ…」
「ビー、泡は苦いから飲み込むなよ」

おかしいと思っていたんだ。回復薬ポーションってかなりの万能薬だから、ちょっとした怪我や病気だったら治してしまう。初期の風邪や発熱なんかは回復薬ポーションでも治癒可能。具合が悪いとなった時点で服用されているはず。しかし、それが効かなかった。
ボスポ長屋のフェンドさんの肺水腫が治ったのは、彼の持病によって併発した病気だからだ。意図的に、無理やり病気にされたものに回復薬は効かない。この場合必要になるのは、解毒薬だ。

「プブッ?!ゴバッ!」
「だから言ったろバカタレ」

毒薬には専門の解毒薬が必要となる。
例えば毒まみれの身体をしたポイズンスパイダー。毒性のモンスターの解毒にはそのモンスターの毒が必要となる。何をどうやったら解毒薬を作れるのかはわからないが、対象物の毒が必ず必要なのだと。薬種問屋の熱弁をもっと真面目に聞いておくんだった。

奥方の身体をこれ以上弱らせないために、中位回復薬ハイポーションで現状維持させてもらおう。中位回復薬ハイポーションは指名依頼で贔屓にしてもらっている、ムンス薬局のリベルアさんから直接買えば安心だ。あそこは俺の採取した薬草だけで薬を造ってくれる。一見さんお断りの上に他の店より割高だが、この場合信用面が要となるだろう。俺が売ってくれと頼めば快く応じてくれるはずだ。領主なんだから金の心配はしなくてもいいし。

一番面倒くさそうなのがアレだな。



誰が、奥方を殺そうとしているのか。






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病気については詳しく触れません。
なんか大変なんだなー、程度に思ってください。


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