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第3章

千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ

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イーヴェルの実 ランクS

美しい黄金色の花の果実。人の目に触れることの無い地を選んで咲く為、希少価値がとても高い。乾燥するとその効能が失せる。採取と同時に調合が必要。所在地不明。

備考:調合次第で無味無臭の強烈な猛毒、イヴェル毒になる。アルツェリオ王国では取引を禁止している。所持しているだけでも罰せられる。


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なるほど。
このイーヴェルの実っていうのを調合すると、イヴェル毒が出来るのか。ランクSのレア素材だから正攻法で見つけるのは先ず無理だろう。きっと闇ルートだな。悪い人が悪いことに使うための悪い市場があるに違いない。
哀しいことに、どんな世界でもそういう法に背く無法地帯の闇って一定の需要があるんだよ。いくら国が撲滅運動をかかげても、その国自体が悪を必要としていたりする。だから悪は絶対になくなることが無いのだ。

ルセウヴァッハ邸で滞在して2日目。
客室の巨大ベッドにアハハウフフとご機嫌になった俺は、翌日から早速行動を開始した。石鹸風呂とふわふわベッドの恩は返します。
表向きは奥方の病気を治すための薬草採取を依頼された素材採取家。その実は領主の家庭を脅かす悪の組織を探るため……
なんて俺が面倒なことすると思うか?俺はただ奥方の病気を治すだけだ。どうして病気になったのか探るのは、専門の人に任せればいい。

「クレイは見たことあるのか?イーヴェルの実」
「いや、無い。100年ほど昔には王室などで使われていたらしいが、今は扱えるものがおらず封印されていると聞く」
「王室で使うなよ。何に使うんだよ怖いな」

談話室に書庫から持ち出した本を積み、一つ一つに目を通す。歴代の領主が集めたという蔵書はとても豊富で、貴重なものが多かった。
イヴェル毒というものを知りたかった俺は片っ端から本を読み漁った。多国籍言語を理解できる能力、有難う。

実物があれば調査(スキャン)出来るんだが、今は極秘裏に動いたほうがいいはず。奥方をじっくりと殺そうとしているなら、目立った動きはしてはならない。屋敷内の食材全てを調べるわけにはいかず本に頼った。

「まさか奥方殿がイヴェル毒に侵されているとは…」
「もともと病弱だったならわかりにくいんだろうな。きっと毎日少しずつ服用されていたんだよ。ほんの少しなら絶対に気づかれないし、服用を続ければ身体に確実に蓄積される。今の奥方の身体はまさしく中毒症状が出ているわけだ」

異変に気づいた時に鑑定(アバルス)をしても遅い。あの術は病名まで教えてくれないし、具合が悪いとしかわからないだろう。
治癒術師が匙を投げるのも無理は無い、イヴェル毒は今は使われていない禁忌の毒。特定の解毒薬を処方しないと意味は無いのだから。

「タケル、この言語は理解できるか?今は失われた故国の言語なのだが」

古い文献を手にした領主が談話室に入ってきた。
ほこりっぽい表紙にあちこち破れた歴史のありそうな本を渡される。

「………これは!」
「読めるか?この、ここの部分にイヴェル、と書かれてあると思うのだが」

本を開いて示された部分には、確かに古い言い回しをしたカルフェ語のイヴェル。
だがしかし、この本は。

「どうしたタケル。読んでみてくれ」

クレイに促され、イヤイヤながらも音読をはじめた。

「ハァイ!アタシ、ポラポーラだゾッ★可愛い冒険者なんだゾッ★この本はアタシが世界を旅した記録ダゾッ★気づいたことを書いておくから冒険者を目指す子は参考にするといいんだゾッ★」
「………」
「………」
「ピュ」

これ日記です。ポラポーラさんの。
冒頭部分を張り切って音読したら部屋に沈黙が続いた。やめてこの空気。

「ふざけておるのか?」
「………ふざけてないゾ。これは日記だ」

真顔のクレイに冷たく睨まれ焦る。だから読むのは躊躇ったんだ。分厚い表紙に意味ありげな筆記体。パッと見ものすごい文献に思えるよな。
領主にまで冷たい目で見られてしまい、慌ててイヴェルと書いてある部分を読んだ。

「あれはすっごい晴れた日。アタシ、そのときおっきな湖のでっかい馬みたいな岩の上で休んでいたの。そしたらね、すっごい驚いちゃうんだよ!キレーな金色に光る花を見つけたの!すっごいでしょ?それがね、なんと『イヴェル』草っていうすっごいレアな花だったんだよ!ちょーウケるっしょー!マジしんじらんないありえなーもむっ」
「もういいやめろ」

クレイのでかい手で口を押さえられた。止めるならもっと早く止めてください。
なんだこの頭の悪い文章は。これで冒険者なのか?ていうか幾つだポラポーラ。文章を書けるほどの知識がありながら、何でこんな残念な日記残すかな。

「ベルミナント、今の話に出てきたおっきな…湖の、でっかい…馬みたいな岩、というのには覚えがある」
「なんと!」
「ヴァノーネ地方にある小さな村の近くにそのような湖と岩がある。村の名前は確か…アシュス」
「…ヴァノーネか。ルセウヴァッハ領の外だな」

領主は立ち上がって棚に近づき、飾られてある地図を手にした。インテリアかと思っていたその古めかしい地図はアルツェリオ王国内の地図だったらしい。
グラン・リオ大陸で一番大きな国がベルカイムのあるアルツェリオ王国。多種族を広く受け入れたアルツェリオは人間の王が統治する。大陸内にはドワーフの国やリザードマンの国、エルフの郷など数多の種族の国もあるが、今のところ平和にやっている。

領主が机に広げた地図。大陸の南側にベルカイムがあり、ルセウヴァッハ領だろう箇所は赤色の線で示されていた。ヴァノーネという地方はベルカイムより北東、フィジアンという領にあった。

「フィジアン領。…厄介だな」
「そう言うな、クレイストン。あそこは代替わりしてから暫く落ち着いていると聞く」
「だが先代の暴挙は今でも民の記憶に深く焼きついているであろう」

よくある領内での騒動らしい。
フィジアン領を納めるシャイトン男爵家は領地を任されてから三十年ほど。シャイトン男爵家そのものが商人からの成り上がりであり、爵位すら金で買ったと専らの噂。商会の経営は出来ても領地まで上手く治めることは出来なかった。上のものに良い顔をしたいが為に税を上げ、領民を長らく苦しめた。
先代が病に倒れてから後継者たる子息が領地経営をはじめたが、これまた才能無くてぼっこぼこ。お金が無いなら税を上げちゃえばいいじゃない、と更に領民を苦しめることに。

これにええい待ったをかけたのがルセウヴァッハ伯爵家。現領主の父親であるドナシェル・ルセウヴァッハ前領主が隣の領の余りにも酷い荒廃ぶりに嘆き、王様にチクったのだと。それで王様カンカン。本来肥沃な土地であるフィジアン領になんてことしやがったと憤慨し、シャイトン男爵家に二十年の謹慎処分を言い渡した。
そして十七年が経過した現在。

「え。それじゃあフィジアン領は今誰が治めているわけ?」
「シャイトン男爵家の遠縁だと聞いているが…。領民を苦しめることさえしなければ、あの地は農耕に適しているのだ。きっとルセウヴァッハよりも税収が見込めたものを」

それじゃあルセウヴァッハ家はフィジアン領民の恩人じゃないか。でもって、たぶんシャイトン男爵家の天敵。ルセウヴァッハ先代領主が国王にチクらなければシャイトン男爵家は私腹を肥やし続け、謹慎することもなかったわけだ。


うん。


うん。


すげえ怪しい…。


今回のルセウヴァッハ領主の奥方暗殺未遂事件を単純に考えてみると、きっと怨恨だと思うんだ。奥方本人が恨みを買っているとは思えない。やせ細った腕でそれでも愛娘を抱きしめたいと願った優しい母親だ。目が見えるようになって涙して、俺をカミサマの如く拝んだ姿は決して演技ではない。
そんな奥方が死んで哀しむのは娘と領主。そう、領主が苦しむ姿を見たいと望んでいるものの犯行じゃないかと思うんですよフナコシさん。

実際のところそんな単純な話じゃないと思う。もっと国が関わるような、想像もつかないような陰謀が隠れているかもしれない。安易に考えて発言するのは止めておく。
俺にミステリードラマやサスペンス映画の知識があって良かった。想像することが出来る。想像することが出来れば、対策することは容易い。

「イーヴェルの実でも花でも、実物がないと解毒薬が作れないからな。怪しげな日記が手がかりだけど、今のところこれしか情報はない。現地に行ってみるか」
「ヴァノーネならば行ったことがある。湖も、その馬のような巨大な岩も案内できるだろう」

流石クレイ。ナビがいるのといないのとでは大違いだからな。

「まさか妻の病を治す過程でフィジアンにまで行くことになるとは…」

領主は苦しげに眉根を寄せた。
俺としては想定内。病気を治してほしいと言われた時点でなんらかの薬草採取が必要になると考えていた。ナントカっていう湖がどれだけ遠いかはわからないが、隣の領っていうのならドワーフ王国ほどじゃないだろう。

「私の馬車を使うといい。片道5日ほどでフィジアン領につけるだろう」

遠いよ隣の領!!しかも馬車でってことは、歩くより早いんだろ?それで5日!ルセウヴァッハ領ってどんだけ広いんだよ!

往復で十日。
イヴェルの花やら実を捜すのに何日かかるかわからない。その間奥方様を放置するのはとても心配だ。なんとかして時間短縮をしたい。だがビーに飛んでもらうのはご遠慮願う。
ウカレスキップ無双をしてもいいが、クレイを置いていくことになる。せめて5日くらいでなんとか往復出来ないものか…。

あ。

「領主様、俺達を屋敷まで連れてきてくれた馬車、あるよな。あの馬車を引っ張っていた一角馬、アイツに乗ることは出来るか?」
「うん?…まあ、乗れなくは無いが乗馬用の馬ではないぞ」
「タケル、何か思いついたのか?」

一角馬は乗馬用でなくても良い。俺とクレイが乗ってもびくともしなければいいんだ。
あの巨大な馬車を引っ張っても苦しげな顔1つ見せなかった巨大な馬なんだから、俺達が乗るくらいなんてことないだろう。馬車を引くよりも乗馬で走ったほうが身軽でいい。速度上昇(クイック)と軽量(リダクション)をかければ馬だってホイホイと走れるはずだ。
おまけに、領主屋敷に地点(ポイント)を確保しておけば帰りはらくちんだ。あっちの領にも地点(ポイント)を置けば忘れ物があっても空間術で行き来することが出来る。

どれだけレアな花だろうと俺の探査(サーチ)先生は絶対に逃さない。採取と同時に調合が必要な厄介な実だって根こそぎ鞄に詰めればいつでも新鮮なままだ。
薬の調合は信頼の置ける薬師に任せる。領主の紹介だと怪しいからここはギルドを利用すればいい。珍しい薬を調合してもらいたいと頼めば、きっとグリットなんかは鼻を膨らませて紹介してくれるはず。
それだけの信頼を得ているのだと思いたい。

「ふふ…ふひっ、ふひひ…」
「気持ちの悪い笑い方をするな!」

俺の計画は万全だ。
奥方の暗殺を謀る一味に狙われたとしても、ランクA冒険者を容易く殺せるわけがない。そこはクレイを盾にします。ビーの察知能力は長けているし、怪しげなヤツらを一切近寄らせないからな。

奥方の警護は……ミスリル魔鉱石の欠片を使って結界でも作ろう。小指の爪の先ほどの大きさもあれば部屋のひとつを完全に守るくらい簡単だ。信頼のおける人間だけが入れるようにして、食べるものにも警戒してもらおう。身体に害を成すものが近づくと警報(アラート)が鳴ればいい。

「大丈夫だ。俺に任せてほしい」
「お前に任せれば万事上手くいくであろうことは想像するに容易い。だが、妙に不安になるのは何故だ…」

失敬だな。
壮大なる俺の計画に狂いが出ちゃったら、そこは臨機応変に対応すればいい。予定は未定。柔軟に考えていこう。

「タケル…、知り合ったばかりのお前に苦労をかけるな」
「それは言わない約束よ」
「そ、そうか??」

しまった。つい。

「俺は何をすればいい?お前にどのような恩を返せばいいのだ」

報酬を請求するべきだが、奥方の病気を治す目的は完全に俺の自己満足だからな。領主に恩を売ってやろうという考えは一切無い。貴族社会ってめんどくさそうだもの。
あのお嬢様には優しい母親が必要。安易に洗脳されないように教育してもらわねば、将来が不安だ。

金はある。食うものにも困らない。秘密も守ってもらえる。仕事もあるとすれば。

大切なものはただ1つ。


「石鹸を買わせてほしい!」



クレイのうんざり顔まで三秒。




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