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第3章

蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる

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奥方の部屋全体に結界(バリア)を張らせて貰った。
悪意を持って近寄るものを識別し、絶対に侵入させない上にちょっと気絶してもらう。ついでに悪いもの自体寄せ付けないようにしてみたら、奥方が毎日飲む飲料水は全て結界(バリア)に阻まれてしまい、水が入った容器ごと蒸発してしまった。…ここまですんごい効果は望んでいなかったんだけど、人体には無害だからヨシとしておく。

その飲料水は出入りの業者から購入している特別なものだと聞き、そんな特別なもんじゃなくていいから下町で売っている普通の水を買いなさいと忠告。出入りの業者からは今までどおり水を買って、出来るだけ怪しまれないようにしてもらう。ここで急に買うのを止めたら次の手が怖いからな。

それにしても、即席で作った結界(バリア)機能がついた魔石。小指の爪の先ほどのミスリル魔鉱石を使ったに過ぎないのに、とんでもない威力を発揮してくれたようだ。ミスリル魔鉱石の潜在力が想像以上だったということだな。これから使い方を間違いないように注意しないと。

トルミ村を守るための石はビー玉サイズだったような…。
……。
………。

考えるのやめておく。

「これで奥方の身の安全は保障された。領主様とお嬢様、執事さんの仕事は増えてしまうかもしれないけど」
「何を申すのだタケル。ミュリテリアの身の安全を約束されただけでも喜ばしいことなのだ。そのうえ、食事や飲み水にまで効力を発揮するとは…」
「これ以上悪いものを摂取しないようにして、薬はムンス薬局のリベルアさんから直接買うように。1日1回飲めば、他の病気は今より悪くなることはないから」
「畏まりましたタケル様。不肖、このレイモンドが必ずやお言葉をお守り致しましょう。そもそもワタクシの先祖セルゼング家は代々誉れ高きルセウヴァッハ家に仕えておりまして身命を賭してお家のために尽くすことこそ最上の喜びでござ」
「宜しくお願いしますレイモンドさん!」

長くなる執事の話を遮断し、頭を下げた。

目指すはフィジアン領ヴァノーネ地方アシュス村。
片道五日、往復十日、滞在期間が長ければもっと日数がかかるが、面倒なことは嫌いな俺が行くのだ。無駄に時間をかけさせない。
奥方の部屋の隅に地点(ポイント)を確保させてもらった。領主が所持していたベルカイム領とその周辺地図を記憶(リード)したから転移門(ゲート)の設置はどこからでもばっちし。

「…タケル様、あの、わたくし」

領主の背に隠れて萌黄色のドレスを着たお嬢様が、顔を俯かせながら小さな声で言った。目は赤くなり、さきほどまで涙を流していたことが窺える。

「ごめんなさい。お母さまを助けてくださるお方に、わたくしなんて失礼な真似をしたのかしら」

怯えて謝る姿は年相応だ。14歳と言えば中学生。いくら発育が宜しくても、まだまだお子様なんだよ。例え18歳で大人の仲間入りをすると言っても、たった18年で精神が大人になるとは到底思えない。しかも閉鎖的で偏った教育がされているであろう貴族。
中身28歳の俺ですら、大人の男だと胸を張って言えるわけじゃないからな。

「はい、確かにお嬢様のお言葉は不愉快でした」
「これ、タケル」
「こういうことは誤魔化さないでハッキリ言うべきだ。お嬢様の今後にかかわってくるんだから」

いいんだよいいんだよ気にしないでで終わらせたらいけない。子供は子供のうちに大人になるための経験を積んでいかないとならないのだ。
膝を折って腰を曲げ、お嬢様の目を真っ直ぐ見つめる。

「お嬢様が思い違いをなさって、俺に失礼な真似をされました」
「はい…」
「失礼なことを言ったのだと、ご自分で気づかれましたよね」
「ええ。でもあれはタケル様がわたくしに言ってくだされたからです」
「はい。きっかけは俺かもしれません。ですが、お嬢様はお気づきになられた。誰かに無理やり強要されたわけではなく、悪いことをしたのだと御自分で気づかれた」

己の信じていた世界を否定されると、誰しも不愉快になるものだ。
そういう教育がされているのだから仕方ないの一言で済む場合もある。だがそれでは外の世界を知らぬまま、狭い世界の中だけで生きることになる。それはとても怖いことなのだ。自らの可能性を潰し、自らの世界を狭めるのだから。

「お嬢様、御自分で気づかれたということは、とても素晴らしいことなのですよ?」
「えっ?どうして?」
「これは正しいことだと言い張るよりも、もしかしたら間違っているかもしれないと気づくほうがずっとずっと価値があるのです」

考えを貫き通すことは大切だ。それはわかる。だがその考えが本当に正しいのか今一度自分に問いかけるのも大切。
営業時代、毎日自問自答していた。色々な経験をしてきた人たちに話を聞き、良いと思ったものは積極的に取り入れた。それでも自分に自信が持てないときは、経験豊富な先輩方にガンガン相談したものだ。思い込みで突き進んで後でやっべー、やらかしたー、なんてこと、たくさんあった。

取り返しの付かないことになる前に気づけただけで立派。大人になるにつれ自分の考えは頑なになっていくもの。柔軟に物事を受け入れられないと、変わり行く状況に付いていけなくなってしまう。取り残されたものは大抵白い目で見られるのだ。

俺が正義だと、俺が正しいのだと言い張るつもりは毛頭無い。俺の考えだって間違っている時もある。それは違うのだと指摘され、どこが違うのだと声を荒げるよりも、どうして違うのか考えるべきだ。
そうやって柔軟に受け入れていったほうが生き易かったりするんだよ。いちいちカッカしないで済むし。

「タケル様…」
「お嬢様、これからは何故そう思うのか、どうしてそうなるのか、先ずはじっくりと考えてみてください。誰かに何かを言われても、どうしてなのか考えましょう。何故俺がお嬢様にこう言ったのかも考えてください」
「ええ、ええ、考えます。わたくし、自分で、ちゃんと考えます」
「はい。もしかして俺がベルカイムを出てとか言われたら、直ぐに返事をしないでお父上様にお尋ねしてください。お父上様は必ずご一緒に考えてくださいます」
「わかりました。わたくし、何よりも先ずお父様にお伺い致します」
「はい。そうしてくださいね。これを報告・連絡・相談と申しまして、略しましてホウレンソウ。何事も勝手に突っ走らず回りに相談し、報告することが大切なのです」
「ホウレンソウ…なるほどな、タケルの考えは素晴らしい」

お嬢様の涙が引っ込み、領主は俺の話に素直に頷いてくれた。いやこれ、会社員でなくても大切なことだからな。ホウレンソウまじ大事。
助けを求めることは、決して恥ではないのだから。

ヨシ、これでいいだろう。予防策は万全にしておかないと。
忘れていないぞベルナード。お前も奥方暗殺未遂事件の関係者だろうよ。無知なお嬢様にアレコレ吹聴していいように使おうと考えていたとしても無駄だからな!

領主には前もって言ってある。俺もクレイも簡単に死なないし困ったことになっても金銭を要求したり特別な何かを要求したりしない。もしも何か必要だと誰かに言われたら、その誰かを疑ってくれと。最悪、奥方様の部屋に入れるかで判断してくれれば良い。

微笑むお嬢様の頭をぽんぽんと撫で、立ち上がる。
女性は自己中で高慢より、強く優しくあってほしい。言われるままに突っ走る前に考えることが出来れば、お嬢様は素晴らしい貴婦人へと成長されるはずだ。
たぶん。

「また何か企んでおるのか?」

クレイが俺を睨みながらヒソリと言う。
失敬だな。ほんと失敬だな。俺だって熱弁するときくらいあるさ。

「お嬢さんの暴走で俺の計画が狂ったら困るんだよ。奥方の部屋に入れる三人のうち、一番懐柔しやすいだろう?だから、予防策」
「なるほどな」
「領主が防波堤になればお嬢さんも早々勝手な真似は出来ないからな」
「お前、そこまで考えていたのか?」

当たり前だろう。
あとあと面倒なことになる前に、やれるだけの手間をかけるのが俺。手間を惜しんではならない。一度突っ込んだ首は戻すほうが面倒なのだ。
これだけ気をつけても想定外のことは起こるかもしれないが、奥方さえ無事なら先ずは安心出来る。後は領主の采配を信じるのみ。

領主一同に頭を下げられ、俺達は屋敷を後にした。


巨大な一角馬に乗って大門を抜けるのは悪目立ちするため、厩番は貴族用の裏口を案内してくれた。
二頭の美しい巨大な一角馬には乗馬用の鞍が装着されており、今にも走り出しそうなほどやる気に満ち溢れている。鼻息ブフーすんごい。
重たい馬車を引っ張るよりも、身軽に駆けたかったのかもしれないな。

「ピュイ」
「どうだ?タケル。乗りこなせそうか?」
「どうだろうな。何事もやってみないとわからないが」

ポルンさんの馬車に乗ったとき、数時間だけ御者の真似事をさせてもらった。あの時の一角馬はとても穏やかな性格で、頼んだことを忠実に聞いてくれる賢い馬だった。

クレイは乗馬に慣れているようだが、俺は前世でもこんなでかい馬に乗ったことは一度も無い。牧場でポニーに乗ったことはあるが、自分で操作していない。しかしでかいな、馬。

「ええと、お前がクルトでお前がトマスだったな。俺はタケル。こっちはクレイ」

馬相手だったが荒ぶる気持ちを落ち着かせるために語りかける。二頭の馬はそれぞれに優しい目を瞬かせ、俺をじっと見つめてきた。

「これから少し遠出をしてもらう。なるべく距離を稼ぎたいから無理をさせるかもしれない」
「ブルルル」
「ブルル」

今返事した?
まさかな。

「だがしかし、疲労させないように魔法をかけるから風のように走れると思う」
「ブルルッ」
「ブルルル」

え?
いやまさか返事なんてするわけないって。

「俺とクレイにも軽量(リダクション)をかける。それこそ身一つで走る感覚になると思うから、あんまり調子に乗らないようにしてくれ」
「ブルルルッ」
「ブルルッ」
「いいな?くれぐれも、コケたりするなよ?」
「ブルッ!」
「ブルッ!」




あれー?






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能書き垂れましたが、考え方は千差万別。
時と場所と状況にもよりますので深く考えないでくださいまし。

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