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第3章

危急存亡の秋

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フィジアン領ヴァノーネ地方。
一面の田園風景ではあるが、土が渇いて作物が枯れ茶色が大地を覆っていた。乾いた風が砂を舞い上がらせ、一面茶色の景色。
直ぐ隣感覚の領だったが、まるで違う。少なくともルセウヴァッハ領で荒廃した土地なんて見たことが無かった。緑の平野が何処までも続く、美しい風景だった。

「もともと砂漠だったところに住んでいたとか」
「そのような話は聞いたことが無い。俺もまさかここまで大地が枯渇していると思うていなかった」

砂漠化が進んでいるというよりも、そもそも雨が降っていないのかもしれないな。フィジアン領の資料を読ませてもらったが、これといって特別なものは無く、ルセウヴァッハよりは栄えていないけど土地は肥沃。領主が馬鹿やらかさなければ豊かな土地に実る農作物で十分な税収は見込める。

馬を降りて畑に近づき、土を触る。ぱっさぱさ。少し土を掘ってみても乾いたまま。もう何日も水が無い状態だ。
トルミ村で世話になったとき、広大な畑にどうやって水を撒くのか聞いたことがある。便利な魔道具(マジックアイテム)があるわけではなく、井戸からホース状のものを引いて人力で圧を加え畑に撒くのだ。江戸時代の火消しが使っていた龍吐水(りゅうどすい)という装置に似ている。ホースはゴムみたいな素材だったが大蛇の皮と聞いて引いた。蛇でかすぎ。
水をまくのは毎朝夕。子供達も額に汗をかきながら、遊びながら水を撒いていた。俺もまき込まれずぶ濡れにされたのは良い思い出。

井戸が枯れたりしたら水は汲み上げられない。だから畑に水がまけないのだろう。
フィジアン領だけピンポイントに雨が降らないのだろうか。

「村の近くにはでっかい湖があるんだよな。もしかしてその湖も干上がったのかも」
「あれほど広大な湖が干上がるとは思えぬ」

それはわからないぞ。地球だって温暖化の影響で干上がった湖がたくさんある。
かといってフィジアン領に温暖化は関係ない。いつもは肥沃な大地。しかし今は枯れ果てている。突然の異変。何故だろうか。

「ピュイ」

何故だろうね。
ボルさん教えて。

これもボルさんの魔素の影響なのかしら。




***(´-ω-`)***




乾いた街道をしばらく進んだ。日が暮れ始めた頃にまだ頑張って緑を茂らせている雑木林に入る。開けた場所を見つけて野営の準備。あちこちに枯れ枝があるから薪を探す苦労は無かった。ブロライトと野営をしたときに作って貰った薪も追加し、四方に結界魔石を配置。
毎度お馴染みの肉すいとんを山盛り作り、ぺろりと平らげた。ビーはあの身体で俺以上に食っていた。

モンスターの襲来も何も無く、翌朝すっきりと目覚める。ヨダレまみれで生臭くなったビーを洗いまくり、俺とクレイに清潔(クリーン)をかけていざ出発。予定では今日のうちに目的の村に到着出来る筈だ。
二頭の一角馬に加減をして魔法をかけ、猛烈な駆け足ではなく適度に速い並足で進んでもらった。そうそう、このくらいの速さだったら景色も楽しめる。何処までも茶色の大地が続くが、頬を撫でる風は穏やか。この平野もきっと緑溢れる美しい地だったに違いない。

もしもボルさんの魔素停滞浄化が影響したとして、さて何をどうやって良い方向に持っていく?リュハイの鉱山では蟹っていうわかりやすい対象がいたが、今回は雨。流石に天候までどうにかしろと言われても困るし、実際に魔法で雨を降らせたとしても一時しのぎにしかならない。俺はこの地に長く留まるつもりはないのだから。

「タケル、わかるか?ガレウス湖だ」

地平線の彼方にうっすらと見えるきらめき。周りに障害物が何もないと、湖ってこんな見え方をするんだな。太陽の光に反射してとてもきれ

…なにあれ。

「……俺が来た時はもっと美しかったのだが」

近づくにつれ湖の全容が明らかになる。小高い丘に登って眼下を確認すると、例えようの無い色の湖が広がっていた。

「呪われた沼?」
「呪われては…おらんとは言えぬな。まるで何かの呪いのようだ」

ドブ色っていうか工業廃棄物まみれっていうか、なんかテラテラしている。海に重油が漏れた映像を思い出した。あれがもし何かの霊験あらたかな水だったとしても、全力で拒否するな。あんなの飲んだら即死だろう。
もしもあの湖の水が生活用水で農業用水だったとしたら、使うのを遠慮するはずだ。実際に使ってみて、使い物にならないと判断したから畑が枯れたのかもしれない。

「酷いな」
「うむ。なにゆえあのような色になってしまったのだ」

それはたぶんクレイが崇拝する古代竜の魔素浄化が影響しているのではないかと思われ。
しかし一概には言えない。なんでもかんでもボルさんの影響ってことは無いだろう。可能性もある、ってことで調べてみるか。
湖に近寄り、湖畔で馬を降りる。馬ですらあの水に触れたくなさそうにしていたから、きっと身体に害のあるものに違いない。

「タケル、触れてはならぬぞ。何があるかわからぬのだから」
「触らないように調べてみる」

さーてと。



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ガレウス湖

フィジアン領ヴァノーネ地方唯一の水源。豊富な量と透明度の高い水は人々の命の源となっている。聖なる神獣が生み出した奇跡の水でもあり、聖獣の恩恵により湖は枯れることが無い。

備考:パレオシン毒素成分有り。
追記:パレオシン毒・ガロノードバッファローの角から削り取られる猛毒。

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なんか人為的なものを見つけた。毒素成分があるって、これ絶対に誰かが故意に撒き散らしたってことだよな?

「何かわかったか?」
「クレイ、ガロノードバッファローって知っているか?」
「獰猛なモンスターだ。高地に住まうランクCのモンスターで、温暖なところでは生息しない。それがどうした?」
「そのモンスターの角に含まれる毒が、この湖に撒かれたらしいんだ」
「なんだと?!」

クレイ曰く、比較的穏やかな気候のフィジアン領で見かけないモンスターの毒。しかもパレシオン毒は加工が難しく、素人が気軽に扱えるものでは無いらしい。するとやはり闇の組織とか金のあるものの犯行。この地に住む民が自らの首を絞める真似は絶対にしないはずだ。
クレイは苦しげに眉を寄せ、忌々しげに大地を踏みしめた。

「なんたることだ!!民の命である水を故意に汚すとは!」

本当に酷い。誰がどんな目的で…いや、絶対に私利私欲で悪いこと考えまくったヤツがくだらない欲望の為にやらかしたんだろうけど、関係無いヤツらを巻き込むなよ。企むなら勝手に企んでいろ。水源が汚されたら水が飲めないどころか、大変だ風呂にも入れないじゃないか!!

「ピュイイィ…」
「うん?それは我慢してくれ。いくらビーでもこの水に触れたら大変なことになる」

広大な湖を眺め、ビーは明らかに気を落とす。思う存分水浴びがしたかったようだ。俺だってビーの喜ぶ姿が見たかった。
そういえば俺の異能(ギフト)に免疫ってあったよな。あれって毒にも有効なのだろうか。少しだけ試してみたい。
テラテラした色の水に触れようと手を伸ばすと。

「何をしてるずらぁ!」

ヅラ?!
突然背後から大声で怒鳴られた。
まるで悪戯がバレたときの心境で焦って振り向くと、みすぼらしい姿をした数人の男が農耕器具を持ちながら立っていた。誰しも頬がこけ、手足もやせ細っている。目だけがギョロリとしていて恐ろしい。ずらって何だ方言か。ドキッとした。ハゲてないけど。

「すみません、何故こんな色になってしまったのか調べていたんです」

いやいやどうもどうもと頭を下げ、愛想宜しく両手を挙げた。
クレイは警戒しながらも槍を手にせず頷くだけ。

「おめがなんか悪さしたんと違うんずら」
「いえいえ、俺と彼はたった今この湖に来たばかりなんです。ええ、はい」

男達は俺達を訝しみながらもじりじりと近づき、じろじろと見てくる。

「ずいぶんとデカいずら」
「巨人(タイタン)族ではありませんよ」
「何しにやってきたずら」
「ベルカイムからやって参りました。ご存知ですか?フィジアン領の隣にあるのですが」
「おら知ってるずら。あっこは綺麗な領ずら」
「その隣から何しにきたずら」

俺はなるべく本題を話さず、かといって誤魔化さず、彼らが納得できるように順序だてて説明をしてみた。懐柔策って言うなよ?平和的解決って言ってくれ。

「はじめまして、俺の名前はタケルって言います。彼の名前はクレイストン。俺達は冒険者です。ベルカイムで依頼(クエスト)を受注しまして、ちょっと珍しい素材を探しにきました」

珍しい素材っていうのが毒草だが、説明としては間違っていない。
男達はヒソヒソと何かを話し合うと、それぞれ頷いた。

「何か証明しろずら」
「ギルドリングでもいいですか?」

鞄から真鍮のギルドリングを取り出し、男達に差し出した。男達は戸惑いながらも受け取り、それをじっくりと検分する。ギルドリングは個人のデータを記憶するものであり、ギルド以外での複製は不可能。偽者か判断するにはギルドに行かなくてはならないが、複製したものは問答無用で罰せられる。それは冒険者でなくても知っていた。

「Fか!最低ランクずら」
「あはは。そうです」
「成り立ずらか、あんちゃん」
「そうですね。春先に登録したばかりです。でもあっちは違いますよ?」

そう言ってクレイを見ると、男達はクレイの右腕に注目する。
立派な上腕二頭筋に燦然と輝く黄金色のギルドリング。説明せずともわかる、それはまさしく冒険者として数々の苦難を乗り越えた一人前の証。

「Aずら!Aランクずら!!ぼっけぇー!」
「たんまげたー!おらAランク冒険者なんてはっじめて見たずら!」
「すんげえずら!」
「かっこいいずら!」

男達はずらずら喜ぶとクレイを尊敬の眼差しで見つめる。ぎょろりとした目玉をした男からの尊敬にクレイは苦く笑った。
しばらくはしゃいでいた男達だったが、一人の小柄な男がへなへなと力を失い倒れてしまった。

「タロベ!タロベ!なんしたタロベ!」
「腹が…腹が減って…もうちからが出ないずら…」
「腹ぁ減ってんのに無理して跳ねるずら…」

きゅ〜〜〜くるくるくる…



ブロライトに比べたら可愛らしい腹の虫が鳴った。








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特定の場所の方言ではないずら。



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