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第3章

烏頭白くして馬角を生ず

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「うんめえぇずらぁぁーーーー!」
「こんなうまかもん、おらはじめて食ったずら!!」
「ああ、うまいずらうまいずら」

ヴァノーネ地方アシュス村は人口二百人ほどの小さな村だった。田畑は荒れ大地は枯れ、家屋も隙間風が容赦なく吹き付けている。
痩せ細って力を失った男を担いだら恐ろしく軽かった。まるで皮と骨だけのような。こんな尋常じゃなく痩せているのに、それでもこの枯れた大地に住み続けるとは。
きっと先祖代々受け継いできた田畑や財産を守りたいんだ。簡単には引っ越しなど出来ないんだろう。

目的地であるアシュス村にたどり着いた俺達は、村人達のぎょろりとした目玉に迎えられた。いや、よそ者がきやがったと明らかに迷惑そうにされた。いくらランクA冒険者が同行しているとはいえ、今の村人達に余裕は全く無い。
俺達は警戒されながらも村の中央にある集会所らしきところに通された。

はいはい、そんなわけで取り出しましたこの大鍋。
学校の調理室にあるようなこの巨大な寸胴鍋、ジェロムに邪魔だから持って行けと押し付けられたものです。店に置いてても売れやしないから便利な鞄とやらに入れておけと。
俺の鞄は物置じゃないんだけど、もしかしてと考えて貰っておいてよかった。

そんなわけで手抜き適当クッキング。
鍋いっぱいに大量の綺麗な水を入れまして、加熱(ヒート)であっという間に沸騰、保温石を入れて一定の温度に保ち、魚の干物の粉末を投入。海葉亭で仲良くなった料理長に作ってもらった濃厚なスープの素を溶かし、続いてサーペントウルフの肉に各種調味料をまぶして細切れに。山菜きのこ薬草と併せてぶちこみ、最後にいつもの小麦粉練った塊も刻んで投入。ちょっと煮込めば噛まずに飲める。
体調を整える効果がある薬草も入れたから、空腹には優しく染み込むだろう。

手抜きもいいところだが、空腹の村人たちには大好評だったようだ。
大量の肉すいとんは瞬く間になくなり、次をどんどん作ってどんどん無くなり、村人全員の腹を満たしたのは太陽が沈みかけていた頃だった。

「ああ、ああ、こんなに美味い飯は久しぶりに食ったずら…。ありがとう、あんちゃん。ありがとう」

下腹だけをぽっこりと膨らませた男は涙を流して感謝した。その言葉がきっかけで、村人は全員這い蹲って俺を拝んでくる。それぞれに涙を流し、口元におべんと付けたまま。
鞄に入れていた食料の八割を食われたが、八割で村人全員の腹を満たすことが出来たようだ。俺ってどんだけ食料持ち歩いていたんだろ。

先ほど倒れた男、タロベエ…じゃなくてタロベだっけ。さっきよりも大分良くなった顔色で力なく笑った。いくら今腹いっぱいになったとしても、萎んだだろう胃袋の容量は少ないはず。直ぐに腹が減るはずだ。それに、腹が満たされても失った筋力が戻るわけじゃない。歩くのすら辛いのかもしれない。

「あんちゃんは神様ずら。おいらたちを救ってくれた神様ずら」
「そんな大げさな。飯を食わせてくれたヤツが神様なら、世の中神様だらけだ」
「はははっ、ちげぇねえずら。でもおいらたちはあんちゃんたちに感謝してぇずら。でも…」

恩を返せる状況ではないずら…。
タロベの言葉にその場にいた村人達が一斉にショゲる。
うん、この村人達も心根は良さそうだ。さっきは恐怖と余裕の無さで俺達を威嚇したのだろうが、それは無理も無いこと。湖の畔に見慣れないヤツが居たら警戒するのは当然だ。

「恩なんて返してくれなくてもいい。それより湖を見させてもらった。村の状態を見る限り、満足に水さえも飲めなかったんじゃないか?」
「ああそうずら。ある日いきなり神の水がばっちくなっちまったんずら」
「水を飲んでいた鳥が死んじゃったずら!毒の水ずらよ!」
「あたしのペロロも死んだずら!」

村人達は次々にずらずら言い始めた。一度箍が外れたら後は簡単なもので、警戒心が無くなり色々喋ってくれた。

ガレウス湖は通称神の水と言われ、村人達の大切な生活用水だった。それがある日突然呪われたドブ色になってしまい、魚や水鳥が湖面に浮かぶ地獄絵図に。今まで観たことも聞いたこともない現象に村人達は大慌て。湖に繋がる井戸の水も汚染されてしまい、畑に水を撒くことも出来ないまま。

体力のある若い衆が都心部に出稼ぎに行きいくばくかの仕送りをしてくれるが、それでも満たされることは無い。作物が育たなければ売ることも出来ない。売れなければ金銭も手に入れられない。

「野の草を齧る生活だったずら…」
「それは大変でしたね…」

今度はシクシクと泣き出してしまった。
お年寄りから力の無い女性、小さな子供まで痩せ細っていた。
ベルカイムのボスポ長屋の住人さえもう少しまともな生活を送っている。あの長屋の住人は領主の恩赦があるから、無理をしなければ食うことには困らない。フェンドさん達すら綺麗な水は飲めていたのだ。

何気なく口にしている水だが、全ての命はこの水にかかっている。この世界には浄水施設なんて存在しない。都心部に行けば便利な魔道具マジックアイテムがあるかもしれないが、小さな村に高価な魔道具マジックアイテムは置いていないだろう。
そこにある水を大切にするしかないのだ。
その水を汚すだなんて、本当にとんでもないこと。

「でも、おいらたちを助けてくれる人もいて…」
「タロベ!余計なことは言うんでないずら!!」

朽ちかけている扉から細い男が入ってきた。村人全員が細くて目玉ぎょろりとしているから区別が付きにくいが、先ほど湖の畔で見た男達の一人だ。

「したってゴンゾ、このあんちゃんはおいらたちを助けてくれたずら!」
「わっかんねーずらそんなん!おらたちを、なんかだまくらかそうとしてるずらよ!」

口元におべんと付けて何言ってるんだろゴンゾウさん。いやゴンゾさんか。名前に親しみを感じるな。
警戒するのはわかる。無償で飯を食わせるヤツは怪しさ満点だ。やってやったんだから何か寄越せと要求するのが一般的なのだろう。
しかし他の村人も負けじと応戦をはじめた。

「ようけたらふく食ってなぁにえばってんじゃゴンゾ!」
「そうずら!おめが一番食ってたずら!」
「おめだって怪しいもん食うんじゃねぇ言ってたずら!」
「あげないい匂いしとって食うなは鬼ずら!」

俺を歓迎する派と怪しむ派で真っ向から対立しているようだ。このまま村で諍いが続いたら困る。タロベが何か言いたそうにしているじゃないか。
それじゃあ懐柔策…じゃない、胃袋掴んで放さないぜ策第2弾といきます。

「クレイ、これ食ってみるか」
「なんだこれは」
「ピュイ!」
「ビーの好物でもある焼き菓子だ」

エウロパギルド受付主任であるグリット氏の愛妻、チェルシーさんの得意料理。チェルシーさんも可愛らしいキツネ獣人です。
ネブラリの花を無償で提供した俺に感動し、チェルシーさんは定期的に焼き菓子を作ってくれるようになった。クッキーやマドレーヌといった甘くて香ばしい焼き菓子は本当に美味しくて、俺は小麦粉とハチミツでお返しをした。そうしたら更にたくさん作ってくれましてね。
…俺が食べきるには1年くらいかかるんじゃないかって量を。

「んん??これは美味いな!」
「そうだろう。ハチミツの甘い香りがたまらないよな」
「ピューイー」

さくさくとした歯ごたえのクッキーを食べていると、いつのまにか村人達の怒鳴り声が消えていた。代わりにぎょろりとしたいくつもの目がこっちを見ている。怖い。
甘いものなんてしばらく口にしていないのだろう。甘い香りは凶器にも近いはずだ。鞄からぬるりと取り出した大量の焼き菓子入りの袋。中から美味しそうなマドレーヌを取り出し、村人に見せた。

「食べたい人〜」


「「「「「 はあぁいいっっ!!ずら! 」」」」」



その時、村が歓喜で震えた。




***( ・ω・)ノ***




美味しい焼き菓子を食べた村人達は我先にと情報を教えてくれた。
水の代わりに大量に保管していた柑橘飲料も気に入ってもらえたようだ。甘さ控えめでとても美味しい。
そのジュースも大樽に冷やして五個持っていると言ったら今度こそクレイが呆れた。お前はどれだけ用心しても気がすまないのだな、と。用心というよりこれは気に入ったから保管していただけなんだけど。
衝動的に大人買いすることってあるじゃない。俺の場合買いすぎかもしれないが、おかげで村人からの信頼は得られそうだ。

湖に異変があったのは数週間前。ある朝突然湖の色が変化し、水が飲めなくなった。村人が明日をも知れぬ生活でどうしようと悩んでいたところに商人らしき男がやってきた。
男は村人の悲痛な叫びを聞きいれ、それは可哀想だ援助してあげよう、ただし私のお願いも聞いてくれますかと提案。
男の望んだものは黄金に輝く美しい花。なんでもその花は王侯貴族に人気な花らしく、市場では高値で取引されているという。この湖の畔で苗があるはずだが、何処にあるのか知らないかと。

「黄金に輝く…イーヴェル草か!」
「名前は教えちゃくんねぇずら。でもおいらたちの村で語り継がれてきた花の特徴に似ていたから、何処にあるのかは知っていたずら」

その場所は極秘だった。しかし村長は村の明日を憂いて花を採取してしまったのだ。
男は確かに約束を守った。村人達が根の付いた花を一輪渡す代わりに銀貨一枚。たったの1,000レイブかよ安いな。そんなんで村人全員の腹が満たされるわけないのに。
しかも水をその商人から買っただって?

「水はいっこの樽で500レイブするずら。そこの樽よりちっさな樽だ」

花一輪で水樽が二つ。その水樽も村人全員には行き届かない量。田畑に水なんて回せるわけが無い。

「その商人の男っていうのが元凶だな」

怪しさ以外無い。善意でやるってんなら水樽十個と交換するはずだ。そもそも幻の毒草を求めてくる時点でおかしいと思わなかったのだろうか。

「毒草?!おら、そんなん知らなかったずらよ!」
「ああそうだ。こーったら綺麗な花見たことねって、あたしらまさか毒の草なんておもわんかったずら」
「でもエンガシュさんは優しかったずら…」

ひもじい思いをしていたところに差し伸ばされた手だ。村人は神様だと思ったのだろう。だがそれが商人を付け上がらせるいい口実になってしまったのだ。

「いいか?考えてもみろ。もしもその、エンガチョ?さんが」
「エンガシュさんずら」
「…エンガシュ、さんがだな?湖を汚した張本人だったとしたらどうする」

村人達は一斉に顔色を変えた。
いやいや気づくの遅いって。どんだけ人がいいの。

「そんなまさか…ずら」
「考えられなくはないだろう?湖の水を汚し、アシュス村を危機に陥らせる。知らん顔で助け舟を出し、毒草を要求。しかもな、水の値段が法外だ。ベルカイムで五百レイブもあれば浄化された綺麗な水が大きな樽で三つは買えるんだぞ?飲み放題のところだってあるんだ」

それこそ中央広場の噴水や近くの運河から無料で水を汲むことが出来る。家まで直接水を売るものでさえ、五百レイブも要求しない。
フィジアン領には他にも水源がたくさんある。困っているのはヴァノーネだけ。おまけに領主だか領主代理だかが何の対策もしないとは。

これだけ広範囲で大地が枯れているっていうのは、領主としても慌てるはずだろう。農作物からの税収がゼロになるんだから。
だが村人達は税は免除してもらった、それもエンガチョさんのおかげなのだと言った。

一介の商人にそんな権限あってたまるかよ。

「もう一度言う。アンタらは騙されたんだよ、そのエンガチョに」
「そんな…エンガシュさんが…」
「エンガチョさんが元凶だ」

信じていたのだろう。
助けてくれた恩人だからと、言うままに毒草を探していたのだろう。毒に侵された湖に近づくという危険を押しても、なお探そうとしていたんだ。僅かな金銭のために。
村人達は絶望した。

「ふえええ…」
「うえっ…うええぇ…」
「おらたち…これからどうすればいいずら…」
「おかあちゃん…おかあちゃん…」
「ひもじい思いをさせてごめんずら…」


俺の良心がズキュン…。



翌朝。

俺は村全体に容赦のない清潔クリーン修繕リペアを叩き込んでやった。自重なんて知ったことか。荒れ果てた村を新築同然にしてやる。匂う村人も全員綺麗にした。
クレイはチート一角馬に乗って綺麗な水を探しに行った。ベルカイム領に戻ってそこらの河から大量の水を持ってきてもらう。
水を入れる樽に空間術を施し、競技用プールくらいの容量を作った。見た目も重さもそのまま。急ごしらえで1回だけの使い捨て樽だが十分だろう。この樽を河に入れれば水が勝手に入ってくる寸法だ。水はどんな状態だろうと清潔クリーンをかければ飲料水に変わる。

俺はビーを連れてチート一角馬に乗りアシュスから離れた北東の森へ。その森は北側に行くと獰猛なモンスターの住処があるらしい。縄張り荒らしてごめんねごめんね言いながら巨大なドルドベアを数頭狩った。ついでに襲ってきたサーペントウルフの群れもお肉になっていただく。
葉が食べられる大木を一本薙ぎ倒し、得意の野草薬草きのこ採取をし、全部鞄に入れて村に戻った。


恩を売るとかそういうことじゃない。

俺ほんと駄目なんだよ。苦しんで苦しんで涙を流す人を放ってはおけないんだよ。
この世界に来て知ったんだ。余力や余裕があるものは、助けを求める声を聞くことが出来るのだと。金銭の問題じゃない。心の問題。
地球では日々の生活で目一杯だった。余裕なんて無かった。だから誰かの助けを求める声も聞けなかった。いや、聞こうとしなかった。

だからこれも俺の自己満足。言い訳なんて言わない。ただやりたいからやるだけ。やれる力があるからやるだけ。朽ちた村を新築に出来るなんて凄いじゃないか。

対価も見返りもいらない。もしもこれで誰かに恨まれたとしても、ざまあみろと喜んでやる。



待っていろエンガチョ!


お前の企みを潰してやるからな!!








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エンガシュさんです。





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