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第9章〜転生王子の休日(ピクニック編)

トーマの内緒

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 薄い水色の体毛を持つそのウサギは、長い耳をピンと上に立て、時々ピルピルと揺らしていた。
 体を立てた状態が得意らしく、トーマと握手したままの態勢をキープしている。

 あのウサギは確か……この地方に生息する染兎ソメウサギだっけ。またの名を染色兎センショクウサギとも言う。
 植物から染料を抽出する能力を持っているウサギだ。もともとは自分の体を染色し、カモフラージュしていたことにより発達した能力らしい。だが今やソメウサギの染料は、紙や布を染めるのにとても重宝されている。

 体毛以外は俺がよく知る兎と似ているな。染まりやすい毛だって本に書いてあったけど、どんな仕組みになってるのかな?
 俺がジッと観察していると、下からボソリと低い声が聞こえてきた。
 【現場おさえたり……】
 その言葉とトーンの低さに、ギクリとする。
 そうだ!普通に観察している場合じゃなかった。

 「あの……エリザベス。あれはトーマが召喚獣にしようとしてる獣じゃないと思うよ?」
 トーマがベイル先輩の部屋に日参していたなら、召喚獣契約目的ではないだろう。多分あのソメウサギは、ベイル先輩の召喚獣ではないだろうか。
 だが俺の声など聞こえないのか、ブツブツと何か呟いていた。
 その様子は考えごとで頭がいっぱいになり、反応が鈍くなっているトーマと似ている。
 何もこんなとこ主人と似なくたって……。

 「え、エリザベス、とりあえず今は部屋に戻って落ち着こうか。僕が間に立って、理由をトーマに聞いてみるから」
 俺が屈んでエリザベスを覗き込むと、プルプルと震えてトーマを見据えている。ショックなのか怒りなのか、はたまたその両方なのか。
 何て声をかけるか迷う俺の耳に、エリザベスの呟きが聞こえた。
 【よ……う……か】
 「ん?」
 羊羹ようかん?妖怪?……いやいや、んなわけない。
 「今何て?」
 顔を近づけて聞き返す。だが、聞くことに集中したそれがいけなかった。

 エリザベスは注意の逸れた俺の脇を、物凄いスピードで走り抜けていったのだ。
 し、しまったー!!
 彼女は壁を蹴った反動を使って高く飛び上がると、トーマの後ろ頭に蹴りを入れた。
 【よりによってウサギかーーっ!!】
 
 「うわっ!!」
 トーマはその勢いで前にすっ転ぶ。エリザベスは転んだトーマの背に乗ると、タン!タン!と足踏みをした。
 あぁ、蹴った上に踏んだっ!って、見ている場合ではない。
 「イタっ、イタっ、な、何?!」
 踏まれて困惑するトーマを、慌てて救出しに行く。

 「エリザベス落ち着いて!」
 トーマの上にいるエリザベスを、ガバリと後ろから抱き上げた。
 【もう少し踏む!】
 「ダメだってば!」
 エリザベスは腕の中で、鼻息荒くジタバタともがく。
 「え?エリザベス?フィル?何でここに?」
 驚きで痛みを忘れたのか、体を起こしたトーマは目を瞬かせている。

 「トーマ……大丈夫?」
 そう言って大きく息を吐く。
 もがくエリザベスを抑えるので、めちゃくちゃ疲れた。エリザベスも疲れからもがくのをやめたが、それでも怒りはおさまらないのかトーマを睨みつけている。
 「フィルどうして……、何でエリザベスと一緒にいるの?」
 事態が飲み込めず、俺とエリザベスを交互に見る。

 「あ、あの……と、とりあえず……俺の部屋を使って話をすれば?」
 辺りに視線をやって、ベイル先輩が提案した。見れば廊下にいた生徒が、何事かと様子をうかがっている。
 確かにここでは落ち着いて話出来ないな。
 するとトーマは立ち上がりながら、心配そうにベイル先輩を見上げた。
 「でも、ベイル先輩これから用事あるって言ってましたよね?」
 ベイル先輩は「あ」と小さく声を漏らした。忘れていたらしい。だが俺たちの視線を感じてか、そのことを誤魔化すように笑った。
 「あ、あはは、行くよ。もちろん!その間使ってていいってことさ。り、寮長に報告するだけだから、すぐ戻ってくるよ」

 「じゃあ……すみません。お言葉に甘えて」
 エリザベスを抱え直して、頭を下げる。
 「気にしないで。じ、じゃあ、行ってくるから。あとは頼んだよ」
 【ええ、いってらっしゃい】
 ソメウサギはコックリと頷くと、立ち上がって前足を振る。
 ベイル先輩はそれに手を挙げて応え、足早に去っていった。
 やっぱりベイル先輩の召喚獣みたいだな。エリザベスは未だ疑っているみたいだけど。
 
 ソメウサギはぴょんぴょんと跳ねて移動する。それから扉を大きく開けて部屋の中に入るよう促した。
  【では、どうぞこちらへ】
 「あ、おじゃましま……す」
 部屋に入って周りを見渡し、ポカンと口を開ける。
 な、何だこれ……。
 部屋の間取りは俺と変わらない。置いてある勉強机やベッドも同じだ。
 だが、ハンドメイドと思わしき品物が、盛りだくさん置かれている。
 細かい刺繍を施されたベッドカバー、可愛い柄のクッションや、キルトのような敷布、レース編みのテーブルクロスまで。

 【すごいですわよね?私もさっきこの部屋見たとき、驚きましたわ】
 ヒスイの囁きに、俺は感嘆の息を吐いて頷く。
 「うん……すごい」
 色は寒色系でまとめられているので統一感はある。だが男子の部屋かと言われると、首を捻る。
 机の上に裁縫箱らしき物やたくさんの布があるってことは……まさかベイル先輩が作ったとか?まさか……な。

 俺が考えこんでいると、トーマが蹴飛ばされた時に飛んだ袋を拾い上げながら言った。
 「驚くよね?ベイル先輩の実家が注文で服を作ったりしてて、先輩もこういうの得意なんだって」
 「え、じゃあ、やっぱりこれベイル先輩が作ったの?」
 「有名だから習ったり、何か作ってもらったりする生徒も多いんだ」
 「へぇ」
 俺は感心したように、改めて見回す。
 あの体格からこんな繊細なものが出来るなんて信じられないな。売り物みたいに素晴らしい出来だ。

 【どうぞこちらにお座りになって】
 ソメウサギは敷布の上にある、大きめなクッションをポンポンと叩く。
 「ありがとう」
 俺がお礼を言うと、エリザベスは再度ジタバタし始める。
 【アンタ!トーマとどういう関係っ?!】
 いきなり威嚇されてソメウサギはキョトンと首を傾げた。
 【私ですか?トーマさんとは仲良くさせてもらってます】
 【仲良くぅぅーー?!】
 ショックが大きすぎたのか、俺の腕の中でくったりと頭を落とした。

 「エリザベスっ?!どうしたのっ?」
 会話のわからないトーマは、突然エリザベスがくったりして驚愕する。
 「精神的なものだから大丈夫だよ」
 俺はエリザベスをトーマに渡し、クッションに腰を下ろした。トーマもエリザベスを抱えながら、もう1つのクッションに腰を下ろす。
 「フィル、どういうこと?」
 「その子とトーマが仲良いから、エリザベス衝撃受けたみたい」
 「え、そりゃ仲良くさせてもらってるけど、それで何で驚くの?」
 トーマはエリザベスを撫でながら、さっぱりわからないと眉を寄せた。

 「トーマがそのソメウサギを召喚獣にしようとしてると、エリザベスは思ってるんだよ」
 「えぇっっ?!召喚獣だって?」
 声をひっくり返してトーマは驚き、一瞬キョトンとしたソメウサギは体を震わせて笑い出した。
 【エリザベスさん、勘違いですわ。私の主人はスコット・ベイルですもの。私、スコットさんの召喚獣でリィルと申します】
 リィルの丁寧なお辞儀に、エリザベスが急にシャキンと起き上がる。
 【本当?】
 【本当です】
 問われて、リィルはコックリと頷く。
 
 「やっぱりベイル先輩の召喚獣なのかぁ」
 俺はホッとして深い息を吐いた。
 良かったぁ、勘違いで。これで本当にトーマの浮気騒動だったら、エリザベスのショックは計り知れない。
 「あ、それリィルに話聞いたの?」
 【あら、私の話しているのわかりますのね】
 トーマとリィルに同時に聞かれ俺は頷いた。

 「でも……」
 トーマは息をひとつ吐いた。
 「エリザベス、何でそんな勘違いしたの?」
 撫でながら聞くが、エリザベスはプイッとそっぽを向く。
 【そもそもトーマが怪しいから悪いんじゃない】
 勘違いしたことの恥ずかしさか。それを誤魔化すかのように、トーマの足をゲシゲシと蹴る。
 「イタタ……フィル、エリザベスなんて言ってるの?」
 
 情けない顔をするトーマに、俺は肩をすくめた。
 「トーマの行動が怪しいから勘違いしちゃったんだって。エリザベス自分が嫌になっちゃったんじゃないかって心配してたから」
 するとトーマは情けない顔から、一気にデレデレと嬉しそうな顔に変わった。
 「そんなわけないじゃないかぁ。君は僕にとって1番の召喚獣だよ。だってこんなに可愛いんだから」
 エリザベスをわしゃわしゃと撫でて、愛おしそうに抱きしめる。

 …………甘すぎて砂吐きそうだ。


 「それにしても、トーマここで何やってたの?裁縫習ってたの?」
 俺が聞くと、トーマはハッと顔を上げ残念そうな顔をした。
 「え、あ、そうかぁ。ばれちゃったよね。あーあ、明日驚かそうと思ってたのに」
 「明日って……ピクニックで?」
 トーマは傍の袋を取って、ガサゴソ探ると小さな服を取り出した。
 「じゃーん!明日召喚獣とピクニックでしょ?皆に可愛いエリザベスを見せてあげたいと思って、ベイル先輩に習ってこれ作ったんだー!」

 それは……薄いピンクの生地でできた小さなワンピース。裾や袖にフリルがついていて、腰には濃いめのピンク色のリボンが付いていた。乙女チックではあるがとても可愛らしい。
 「初めなかなか上手く出来なくて、何日もかかっちゃった」
 へへへと笑うトーマに、俺は脱力する。
 こ、これの為かぁ……。確かに何日もかけたそのワンピースは、とてもよく出来ているけれど……。

 【この色可愛らしいでしょう?私が花から染料作りましたのよ。トーマさんのこだわりが凄くって】
 リィルは小さなしっぽを動かして、口元に足をあてて笑う。
 「こだわりが凄かったってリィルが言ってるけど」
 俺が通訳すると、トーマは照れたように笑ってエリザベスを抱きしめる。
 「だってエリザベスに似合う色じゃなきゃ。ね!エリザベスー」

 だが、トーマは次の瞬間エリザベスの耳によって両頬をペシペシと叩かれた。
 【何が、エリザベスーよ!トーマのくせに不安にさせてんじゃないわよ!】
 「イタタタ……。えぇぇ、これ気に入らない?明日着て欲しくて頑張ったんだけど」
 悲しそうな声を出すトーマに、エリザベスは叩くのをやめてムググと睨む。
 【仕方ないから……着てあげなくもないわよ!】
 
 エリザベスのツンデレが発動した。
 【何か……勘違いで随分振り回されましたわねぇ】
 ヒスイの言葉が、より疲れを自覚させる。
 「ねぇ、フィル。エリザベス何て言ってるの?」
 困ったように聞かれたが、俺は遠い目をして呟いた。
 「あとは2人でやって……」
 「そんなぁ〜」
 トーマが情けない声を出した時、ドアが開いてベイル先輩がヒョコリと顔を出した。
 「あれ?まだもめてる?」

 俺は疲れたように微笑んだ。
 「……大丈夫です」


 
 
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