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第3章

我が物と思えば軽し笠の雪

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村を復興させようだとか。
より良い暮らしを提供しようだとか。

そういう高尚な考えでは決して無い。目の前でお腹を空かせた人が居たら手を差し伸ばす。救うことの出来る力がある。余裕がある。それならやりましょか、と。
しかし相手によるのだ。利己的な考えしか出来ないヤツを救う気は無い。俺の優しさは人を選びます。
誰かの為に苦労をしているヤツを出来る範囲で手伝えたらそれでいい。後は知らない。未来をどうするかは本人次第。


そんなわけで一晩明けたアシュス村。
新築同然の家で新品同然の服や家財道具で過ごした村人達は、未だ夢の中を彷徨っているような戸惑い顔で居た。まあそりゃそうだよな。突然自分達の枯れた村が新築になったらドン引くわ。
手放しで喜べないのは、それだけ村人が苦労をしてきたからだろう。苦労をしたものは疑心暗鬼にもなる。俺はまだまだ怪しい冒険者でしかない。

「ビー、雨はそのくらいでいいぞ。止められるか?」
「ピュイッ」

見える範囲の畑は久しぶりの雨に濡れ、乾燥していた空気に湿気が戻った。魔法で水鉄砲(ウォーターガン)は出せても流石に雨までは降らせることが出来ない。人々の喉が潤った後は畑にどうやって水を撒こうか考えていた最中、ビーが元気良く挙手。胸を張って雨雲を呼ぶと言うのだから何言ってんのこの子と疑った。

もともとアシュス村は雨があまり降らないらしい。それでも月に数日は振る程度で、ここ何ヶ月も一切降らないというのは異常だと言っていた。雨が降らなくても湖があるから畑に水はやれる。だが、やはり広大な畑には天の恵みである雨が必要。

「ピュイィ」
「そうだな、良くやった。よーしよしよしよし!さすがうちの子だ。ビー凄い」
「ピュイ!ピュイイィ!ピュィ〜ィ」
「うん、ぺっ、生臭っ、わかったわかった、ゴフッ!」

ビーは風精霊に頼んで遠くから雨雲を呼び寄せたのだ。やだうちの子天候まで操っちゃったよ、と雨に呆然と打たれた。村人達はドラゴンの恵みだとはっちゃけ、ビーを崇め奉る社を建立するのだと張り切っていた。その前に復興しなさい。

ビーの潜在能力が目に見えて強くなっている。古代竜の成長速度なんて誰に聞いてもわからないだろう。だから温かい目で成長を見守るしか出来ない。ある日突然ボルさん化するのだけは止めておくれと願いつつ、ビーの喜び爆発鳩尾突進を受け止めた。

「タケルさん、こんな良くしてもらっても…おらたちなんも返せねえずら」
「何度も言っているだろ。見返りが欲しかったら金の無さそうな村なんて助けないって」
「だども」
「アンタ達は俺を利用すればいいんだよ。俺は見返りとしてイーヴェル草の咲いているところに案内してもらう。それだけだ」

タロベとゴンゾは和解し、村長に直接頼んでくれたのだ。俺にイーヴェル草の咲いている場所を案内してあげろと。村長は難色をしめしたが、これでもかこれでもか、ええいこれでもかと容赦ない恵みを出しまくる俺に感謝以外の言葉が出ず、場所を案内すると言ってくれた。日が沈んでからその場所に向かうらしい。

まあ、案内してくれなくても探査(サーチ)先生が教えてくれる。だが、村人が大切に守ってきたものを勝手に探すのも気が引けたわけで。

「そいでもおらたちはアンタたちになんかを返したいずら。金はなぐども、なんかあるずらよ」
「うーーーーん…」

グルサス親方のように俺が必要とする何かを作れるとは思えない。ただでさえ辛い思いをしている村人達に、これ以上の辛さは味わって欲しくない。

「タケルあんちゃん抱っこして」
「あたしも!」
「おいらも!」

報酬を迷うなんて贅沢だなあと思いながらしゃがむと、村の子供達が我先と俺の背中に飛びつく。そうかそうか、ここでも俺はジャングルジムになるのか。

「これ!あんちゃんの迷惑になるずらよ!」
「あんちゃんに村をあんないしたげるずら!」
「おいらのひみつきちあんないするずらよ!」

いいでしょ?という期待に満ちた無垢な瞳に見つめられて御覧なさい。あっちいけ邪魔だと言えるヤツと俺は友達になれないぞ。子供が好きというわけではないが、邪険にする必要もない。優しい冒険者ですからアタシ。
諌めようとするタロベに大丈夫だと言い、小さな子供達をまとめて四人抱き上げる。トルミ村の子供よりずっとずっと軽い。
子供までひもじい思いをするなんて駄目だよなあ。未来を担うのは子供なんだから、子供は大切にしなければ。

「ビーちゃんもおいでずら」
「あたし抱っこしたいずら」
「ピュイ」

ビーは抱っこされるよりも肩に乗ったり頭にしがみ付いたりするのが好きだ。爪を立てないように気をつけさせて移動ジャングルジム開始。
村に子供はニ十人ほど。大人たちは飢えを我慢して子供に優先的に食べさせていたが、体力の無い子供がたくさん死んでしまったのだという。俺がもっと早く来ていれば、なんてことは言わない。そんな考え方は傲慢だ。

終わったことを悔いても仕方ない。哀しいだけじゃ生活していられない。
遺されたものは今を生き抜かなくてはならないのだ。

「はーい飛行機〜〜」
「キャアアアアッ!すごいずらああぁぁっ!」
「はーいブランコ〜〜」
「うひゃああああっ!おもろいずら!すごいずら!」
「高いたか〜い」
「ギャアアアア!!」

調子に乗って子供を屋根より高く放り上げたら泣かれた。トルミの子供は壊れるんじゃないかってくらいの爆笑だったが、流石にこれはやりすぎたようだ。
号泣する子供を抱きとめて頭を撫でてやる。お詫びにと取り出したクッキーに群がる子供らを宥めながら村外れまでハーメルン。集落から離れた場所に大きな小屋を見つけた。少し朽ちてはいるが、今にも崩れそうなほどではない。

「ん?ここは修繕(リペア)し忘れているな。ゴンザ、ここは納屋か?」
「そうずら。前の秋にとったリダズの実が入れてあるずら」
「リダズの、実?」
「おいらたちの村で作っている実ずら。だども美味くなくて、売れないずら」

売れない実を作り続ける理由は、その実がなる前の花の蜜が必要らしい。甘い蜜の香りに誘われた蜂が来ることで、他の農作物の受粉も手伝ってくれるのだ。

「甘い花の実ってことは、甘いんじゃないのか?」
「んーん。なんていうか、旅の商人なんかはいらないって言ってたずら。おいらたちもちょっと苦手ずら」

花の蜜は必要だが、実は邪魔と。
子供らのガキ大将的存在のゴンザに案内され、納屋を覗く。昼間でも薄暗い納屋にはライチのような黒い実が天井高く積み上げられていた。
見た目はライチにそっくりなのに、甘くないと。これだけあるのだから何かに利用できればいいのに。


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リダズの実 ランクD

リダズ草に実る実。花は白く甘い蜜を出すが、実は黒く独特の辛味がある。塩辛いという表現も用いられることがある。
ガレウス湖の限られた場所でしか生息できない。

備考:食用である。調味料に最適。

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うーん?
何の変哲も無い実がランクDだぞ?これは一番需要のある薬草よりもランクが上だ。限られた場所でしか生息できず、独特の辛味…。調味料…。塩辛い?

「ゴンザ、ひとつ貰ってもいいか?」
「秋になったら全部すてるだけずら。いくらでも持っていけばいいずら」

ゴンザに確認を取ってから1つ手に取る。見た目はまさしくライチ。鼻に近づけても何の匂いもしない。食用と言うなら食べてみたくなるのが人間心理。見た目は蟹ほどグロテスクでもないから、売ろうと思えば売れると思うんだが。

ヘタらしきところが尖っているので、そこを片手で折る。
すると。

「…ん?」
「ピュ?」

独特の香が広がった。懐かしささえ感じる、その匂い。
そんなまさか。ライチみたいな実だぞ?あの匂いがしたからといって、あの味が再現されるわけがない。
恐る恐る舌を伸ばし、実から溢れた黒茶色の液体を舌先につける。

「んん??」
「あんちゃん、辛いから無理すんなずら」
「いや待て、これはまさか…」

実を振ると出てくる液体を再度口に含む。
やはりあの味だ!俺がずっとずっと求めていた、あの懐かしの味だ!まさか異世界に来てまでこの味が味わえるとは思っていなかった!

匂いとこの味、まさしく熟成の!!





***\(⌒∇⌒)/***






「そーゆう?」
「醤油、って言います」

村を囲う柵を作る手伝いをしていたクレイを見つけ、興奮しながら説明した。
リダズの実、別名醤油の実。
そう、あの山盛りあったライチのような硬い黒い実。あの実の汁は濃厚で芳醇な濃口醤油の味だった。まさかと疑うのと感動するのと喜ぶのとでタケルあんちゃんはちょっとはしゃいで踊っちゃったよ。
子供達はわけがわからず、だが俺が喜ぶ姿が滑稽だったらしく、一緒になってヘンテコな踊りを踊った。

「俺の故郷にもこれと、この実の汁と同じ味の調味料があってな?国を代表するくらい有名な調味料だったんだ」
「……この、妙な匂いと味がする実がか?」

確かにこれ単体では辛いとも塩辛いとも言えるだろう。だがな、醤油大国に住んでいた身としては、この味は忘れたくても忘れられない。どうしてこの世界には醤油が無いのだろうと嘆いたものだ。
醤油はどんな料理にも合う万能調味料だと思っている。ほんの少し加えるだけで、味がぐんと引き立つのだ。

「疑っているだろう!今、その疑惑を俺が払拭してやるよ!」

ハイ!
ここに取り出しましたるはベルカイムで買いました大量のイモ!正式名は忘れたが、味も見た目も似ていた為じゃがいもと呼んでいる。じゃがバタ好きとしてはいつでも食べられるように木箱で購入しておいた。グリットの奥方に教えてもらった美味しいパン屋で購入したちょっとお高いバターを取り出し、用意は出来た。

蒸し器はないが鍋はある。大きな鍋で湯を沸かし、その鍋に小ぶりの鍋を淹れて蓋をすれば簡易蒸し器の出来上がりだ。
イモを皮のまま十字に切り目を入れ、蒸す。蒸しただけのイモも美味しいが、それ以上に美味くさせてやる。クレイは完全に俺のことを疑っていた。蟹好きだからって俺は味オンチじゃないぞ。そうか蟹もあったんだ!!あれはビーとコッソリ食べることにしよう。

蒸したホクホクのじゃがいもにバターのかけらを乗せ、最後にリダズの汁をかける。
村人達はホクホクのじゃがバターの時点で美味そうに見ていたが、黒茶の汁をかけた時点で悲鳴を上げた。なんで、せっかく、ああ、なんて声を上げている。

だがしかし。

「…なんかいい匂いがするずら」
「なんだろうこれ…バターと…ずら…」
「おとうちゃん、お腹減ったずらぁ」
「お前さっき食ったずらよ…しかしこの匂いは…」

独特のあの食欲をそそる匂いにつられ、クレイもふんふんと鼻を鳴らしていた。あちこちに散らばっていた村人達が一人、また一人とふらふら吸い寄せられる。
俺の三大欲求は食う寝る風呂。何事も食わなくてははじまらない。ただ食べるだけではなく、糧に感謝をし、そして味に拘る!与えられるものだけに満足することは出来ない。俺自身でアレンジするのだ。

「いただきます。アツッ、でも、ふう、うっまぁい!」

ほくほくとしたイモにまろやかなバターが溶け、醤油と混じり合い見事な調和を取りまるでイモのカーニバルやあ、とかいう御託は言わない。うまい。本当にこれはうまい。
俺はよほど美味そうにイモを食っていたのだろう。クレイは無言でじゃがバタ醤油を手にし、恐る恐る口に入れる。

「んうっ?!これは…はふっ、あついが、うん、うん……美味い」
「だろ?バターと醤油が特に美味いだろ?」
「はじめて食う味だが、なんとも…美味い。これは美味いぞタケル!」

クレイのその叫びに村人達が一斉に動いた。
女性達は見よう見真似でイモにバターと醤油を垂らす。男達は何故か俺に『いただきます』と合掌し、勢い良く口に入れた。

「熱いずらっ!でもっ、これはっ、うまいずらーーー!」
「うまいずら!はじめて食う味ずら!」
「これは本当にリダズの実ずら?」

醤油はそのまま食べたらいけないのだ。ただの塩辛い液体になってしまう。
こうやって、メインの食材を邪魔することなくひそやかに、だがここにいるぞとメインを支える大切な調味料。
熟練の職人が手間隙かけて作るものだが、それはまあ置いておくとして。
思いがけない出会い、これを大切にしないとならない。もしかしたらアシュス村の未来が変わるかもしれない大発見なのだ。


まさかの醤油の発見に俺は喜んだ。




そして、あることを企むのだった。




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