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第9章〜転生王子の休日(ピクニック編)

ピクニック

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 底が見えるほどの美しく澄んだ湖面には、白い雲と周りを囲う木々が映り込んでいた。心地よい風が湖面を撫で、そこに住む魚の影をも揺らす。
 絵画のような風景には、俺たち以外誰もいない。大きく吸い込んだ空気も何だか美味しい気がした。

 「あー誰もいなくて、気持ちいや!」
 嬉しくなって大きな声でそう叫ぶと、アリスはクスクスと笑った。
 「本当、私たちだけなんて贅沢ね」
 「今日は天気が良くて良かったよなぁ。暖かいし」
 レイは大きく伸びをして「あー!」と大きく声を出す。
 四季のあるステア王国は今、日本で言うところの秋。肌寒い日も多いが、今日は絶好の行楽日和だ。

 ステア王都郊外を抜け、北に歩いて1時間もかからない距離に森がある。さらにその森をすぐ入った位置に、ひっそりとこの小さな湖畔があった。
 この場所を教えてくれたユーリによると、あまり人も来ないのでのんびりするのにはもってこいなのだそうだ。

 なんでも南側に大きな湖畔があるので、大概の人はそちらに行くらしい。
 南側は他国へと続く大きな街道があるからなぁ。その街道近くに店や宿屋もあるし、ちょっとした観光地になっているんだろう。
 調理の授業で一緒の班になっているターブも、そちらの湖に今日遊びに行ってるはずだ。
 まぁ、お姉さんの荷物持ちや小間使いとしてみたいだけど……。それでもお姉さん大好きなターブが、幸せそうなら良いか。

 俺としては召喚獣を遊ばせたりのんびりするのが目当てだから、人の少ないこちらの方が良い。
 それになぁ……。
 人の多い所で俺の召喚獣を召喚したら、“召喚学のパニック再び!”になってしまう。
 あのパニックはもうこりごりだ……。
 囲まれた時のことを思い出して脱力しそうになったが、湖を見渡して気を取り直した。

 いや、人っ子一人いないここなら安心だ。今日こそリフレッシュしなければ。
 昨日は……トーマとエリザベスに、すっかり振り回されちゃったからなぁ。
 そのお騒がせカップルをチラリと見ると、エリザベスは例のフリルワンピースを着て、トーマにお姫様抱っこされていた。学校出発してからずっとである。

 ……何なの?新婚旅行なの?

 俺は召喚獣が大所帯なので、到着してから召喚すれば良いかなと思ってたんだけど……。よほどワンピースを着た、可愛いエリザベスを自慢したかったのだろう。エリザベスの方もせっかくのワンピースを汚したくなくて、地面に降りることを拒否している。
 エリザベス2kgくらいありそうだからな。体力のないトーマにしては、相当頑張っている。
 ……ピクニックに来て地面におろせないって地味に辛いな。
 
 エリザベスのワンピースは、女子にとても人気のようで。アリスやライラも可愛い可愛いと褒めていた。学内を歩いている時も女子にキャアキャア言われてたしな……。
 せっかくコクヨウたちの毛並みを整えたのになぁ。これでは召喚しても全然目立たない気がする……。

 俺はトーマたちを見ながら「むぅ」と小さく唸る。
 やはり……例のもの・・・・を使って正解だったのかもしれない。素材を活かすのであれば、使わない方がいいのではと随分悩んだが……。いや、素材がいいからこそ使うべきなんだ。
 俺がそんなことを考えていると、カイルが顔を覗き込んできた。
 「フィル様、難しい顔をしてどうなさいました?お疲れでしたら敷布を敷きましたからどうぞ」
 にっこりと座るよう勧められて俺は首を振った。
 
 「え!あ、いや。大丈夫。あ、あそこにある建物何かなーと思ってさ!」
 誤魔化すために見回すと、視線の先に小さな塔のようなものがあった。湖から歩いて15分程だろうか。塔の一番上には四方に窓があって、何人か人影も見える。
 「あぁ、あれはステア王国の見張り台だよ」
 「見張り台?」
 その言葉に俺はレイを振り返る。レイは「ロイ」と召喚獣の砂猿スナザルを召喚し、現れた小猿をヒョイと自分の肩に乗せた。
 「そう。この森の先は深くて広い渓谷だからな。何かあった時は、あの塔の上から辺りを見回した方が良く見えるんだ」
 「なるほど。じゃあ、軍の人が常駐してるんだ?」
 あの人影はその人達か。
 「いるって言っても、あの程度の規模の塔なら、5〜6人程度しかいないんじゃないか?」
 え、北の守りってその程度?

 「それでは守りとしての役割はないのか?」
 俺と同じことを思ったらしいカイルが、荷物を広げながらレイを見る。
 「さっき見張り台って言ったろ。守りは深い渓谷が担ってるんだ。だから何かあった場合は、いち早く王都に知らせるのが、あの塔の軍人の役目なんだよ」
 「しかし、それで守りは大丈夫なのか?」
 驚いたように言うカイルに、レイは何も知らないんだなぁとでも言うように笑った。
 「ステア王国の渓谷の深さと広さは、グラント大陸一だぜ。軍隊だろうが何だろうが攻めて来られない。それにこの森から郊外まで草原で隠れるところないだろう?見張りで対応できるのさ」
 その説明に俺は感心したように息を吐いた。
 「へぇ、レイは相変わらず物知りだなぁ」
 「そうだろう、そうだろう」
 自慢げに胸を反らすので、肩に乗せたロイが、慌ててバランスをとる。
 
 まったくすぐ調子に乗るんだからと苦笑していると、荷物を降ろしたライラがこちらにやって来た。どこか期待しているような瞳をしている。
 「ねぇ、フィル君。湖に到着したんだし。フィル君の召喚獣出してもいいんじゃない?」
 あーそうだな。そろそろ出してあげないと。
 俺は微笑んで頷いた。
 「ホタル、テンガ」
 呼ぶと空間が歪んで2匹が現れた。

 「えっとこれが毛玉猫のホタルと、袋鼠フクロネズミの……」
 【フィルさまー!湖着いたっすか?】
 紹介しているのにテンガはそう叫ぶと、目の前の湖を見つけて走っていく。
 【やったー!湖っすー!】
 【湖ですー!】
 ホタルも転がって湖に行ってしまった。
 「ちょっとテンガ!ホタル!あー……もう。ちゃんと紹介してないのに……」
 俺が呆れたように言うと、ライラとアリスはクスクスと笑う。
 「相変わらずなのね」
 「テンガちゃんは前に会ったよね。ホタルちゃんは能力2種持ちって、アリスに聞いたけど」
 「そう。あったかいし涼しくもなるし、すごく助かってるよ」

 俺は気を取り直して、次の2匹を呼ぶ。
 「コハク、ザクロ」
 空間が歪んで2匹が姿を現した。だが、ザクロは甲羅を見せて決めポーズをしている。未だお奉行様が抜けていないようだ。コハクは何故かザクロの真似をしている。
 「あー……氷亀コオリガメのザクロと、光鶏コウケイのコハクです」
 【お初にお目にかかりやす!オイラ氷亀のザクロと申します!】
 「わぁ!甲羅綺麗ね!」
 ライラがパチパチと手を叩いた。
 【太陽が全てを照らすように、ザクロの甲羅は全てを照らす!】
 褒められて気分良くなったのか、甲羅をピカピカと反射させる。ちょうどその反射につかまったレイが、眩しそうに目を細めた。
 「うわっ!眩しっ!フィルこれ何なんだ?」
 「ごめん……今ザクロの中で正義の味方が流行してるみたいで。悪気はないんだけど」
 「は?亀の正義の味方って甲羅光らすのか?」
 さっぱりわからんと眉をひそめる。
 うん……だよね。意味わかんないよね。俺もわかんない。

 「コハクもお久しぶり。小さくて可愛いままね」
 アリスはしゃがみ込んで、そっと指で撫でる。コハクは気持ち良さそうにピヨと鳴いた。
 「ふわふわ、ちっちゃ可愛いぃぃ」
 その愛らしさに、アリスとライラが顔を綻ばせる。それを見てホッとした。
 良かった。毛並み整えたかいがあった。

 コハクはしばしそうしていたが、ハッとして俺に駆け寄って来た。
 「ん?どうしたのポケット入る?」
 俺は屈んで手を差し出した。いつもならそのまま手に乗るのだが、コハクは手前で止まるとチラリと湖に目をやる。そこには大はしゃぎのテンガとホタルがいた。
 【みずうみっ!あそぶーっ!】
 俺の手を羽根でペシペシ叩いて、せがむように言うので思わず苦笑した。
 「いいけど、湖に落ちないように気をつけてね」
 【りょーかいっ!】
 ピッと敬礼して、走って行った。
 
 「さて、じゃああとは……ヒスイ、コクヨウ」
 俺の言葉で空間が歪む。そしてひらりとヒスイが現れた。
 【自然の多い所は、心が安らぎますわね】
 ヒスイは俺に向かって嬉しそうに微笑むと、ライラ達に顔を向け会釈をした。

 精霊を間近に見るのが初めてなライラは、口を大きく開け目を丸くしている。
 「精霊ってすごい綺麗ぇ」
 見るとレイやトーマも、ヒスイを見上げうっとりとしていた。俺は首を傾げる。
 「あれ、レイ達1回会ったことあるよね?何でその反応なの?」
 すぐ消えたので話は交わさなかったが、歓迎会の時にヒスイを見ているはずだった。
 すると顔を赤らめながらレイが言う。
 「あん時はビックリしててそれどころじゃなかったし。やっぱりこの美しさにはなかなか慣れねーよ」
 「そもそも精霊に会えることってめったにないんだよ?」
 言われて、それもそうかと頷く。

 「だけど今日は嬉しい!召喚獣いっぱいで、もう興奮するね!こんなに召喚獣たくさんいて、フィルいーなぁ。すごいなぁ」
 感動に打ち震えながらトーマは言う。キラキラと召喚獣達を見る瞳は、まさに幸せそのものだ。
 だけどあんまり他の召喚獣褒めない方がいいぞー。エリザベスが蹴らんばかりの眼差しで、トーマを睨んでいる。

 「あれ?そう言えばコクヨウって……今呼んだはずよね?」
 アリスが首を傾げ、辺りを見回した。
 「狼の子供だっけ?」
 ライラやトーマ達もキョロキョロと探し始めた。俺も見回して、ヒスイの影に隠れる黒い二本のしっぽを見つける。
 カイルもコクヨウを見つけたようで、姿を確認して愕然とした。
 「そ、そそ、その姿は……」


 そこには出されたしっぽ以外、茶色い犬の着ぐるみに覆われたコクヨウがいた。

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