トップ>小説>素材採取家の異世界旅行記
37 / 87
第3章

一難去ってまた

しおりを挟む



ガレウス湖の名物であった天馬の石像は忽然と消えてしまった。
その代わり、澱みきった毒の湖は一晩で美しい清らかな水へと蘇り、人々の生活に命の水が戻った。
アシュス村の住人は雨の降る空を見上げながら、声を揃えて言った。神様の御技だと。

そして、二人の冒険者のおかげだと。



「あんちゃん、いっちまうずら?」
「いっちゃやだずらぁ〜〜」
「タケルさん、アンタが良けりゃずっといとくれずら」
「クレイストンさん行かないでずら」
「ビーちゃあん…」

ガレウス湖が浄化されてから数日後。
俺は諸々の用事を済ませてアシュス村を後にしようとしていた。

魔素停滞の影響が解消されたヴァノーネには雨が戻った。古い言い伝えにあった恐ろしい悪魔というのは、どうやら神獣に悪影響を及ぼす魔素のことだったらしい。
魔素が大地に溜まることで環境にも影響を与えたんじゃなかろうか。ボルさん家のある白樹の森のように。
それで、その溜まっていた魔素を俺が吸い込んだから…環境が元に戻って?雨が降るように?
駄目だ詳しいことはわかんねー。

あの誘拐事件の後、先ずはイーヴェルの花を根っこから採取しベルカイムへ戻った。
転移門(ゲート)を利用したから安全簡単。突然壁からにゅるりと出てきた俺とクレイを見たメイドさんは卒倒してしまったが、奥方は驚いた後優しく微笑んでくれた。
奥方は数日でずいぶんと顔色が良くなっていた。悪いものを食べたり飲んだりしていないから、呼吸もラクになって夜も良く眠れるらしい。良かった免疫力を上げておいて。

直ぐに駆けつけた領主にイーヴェルの花を手渡し、手配していた信頼のおける薬師に解毒薬を調合してもらった。
信頼のおける薬師というのがムンス薬局のリベルアだった。彼女ならきっと完璧な解毒薬を作ってくれる。料金は高いだろうが。
その解毒薬は領主が責任を持って管理をしてくれるから安心だ。もしも王都などでイヴェル毒が蔓延してしまっても、解毒薬さえあれば助かるだろう。

「ああ…ティアリス、ティアリス!やっと貴方を抱きしめられる!」
「お母様!おかあさまあっ!!」

解毒薬を処方された奥方様からイヴェル毒の中毒症状は消えた。もともとの回復薬(ポーション)の性能がよほど良かったのか、酷かった合併症も回復に向かっている。無理をせずに養生をすれば、今年中には自力で歩けるだろうと、治癒医師の見解だ。
美しい親子の抱擁を間近で見たクレイが泣いていたのは秘密にしてやる。

ぐるぐる巻きにして捕縛したエンガチョを領主に差し出し、不正の証拠をエンガチョの家財道具ごと渡した。
重要そうな書類が置いてあった書棚と机を鞄から取り出した時のエンガチョの顔、アシュス村の皆に見せてやりたかった。唖然としてさ、もう駄目だって勘念した顔。

エンガチョの不正の証拠はシャイトン男爵に繋がった。それこそぐうの音も出せない見事な証拠。直筆で指示書出した上で男爵家の封蝋してんだから、馬鹿だよな。

男爵は不正に手に入れた召喚獣の取引の件でも罰せられるだろう。シャイトン男爵家は断絶。きっと王都での死刑は免れないはずだ。
出回ってしまったイヴェル毒も僅かにあるかもしれないが、それを探るのは専門家の仕事。解毒薬はあるのだ。きっとなんとかなるだろう。

フィジアン領にはシャイトン男爵家とは縁もゆかりも無い、不正を嫌う生真面目だが温情派な子爵が就任するらしい。ルセウヴァッハ領主の旧友で信頼のおける男だと言っていたから、フィジアン領はこれから豊かな地へと変わるはずだ。

「おう!タケル!こりゃすげぇ食いモンだな!」
「そうでしょうそうでしょう」
「なんだったか?ええと?そーゆ?」
「しょうゆ、です。しょう、ゆ」
「そうゆ?」
「しょーゆ」
「そうゆー」

ベルカイムの屋台村代表であるウェガさんにじゃがバタ醤油と醤油を自慢した。最初こそいぶかしんでいたが、クレイがもりもりと美味そうに食う姿を見て恐る恐る口にしたが最後。ウェガさんは飛び上がるほどに感動し、醤油を調味料と認めてくれた。発音が難しいようだが。

「おう!こりゃ売れるぞ!じゃがバタそうゆーをベルカイムの名物にしてやろうぜ!」
「「「おおおおおう!!」」」

いや、しょうゆ、だってば。

これでアシュス村で作られる醤油の実の取引相手が出来た。ベルカイムは大きな町だから、ひとたび流行れば消費量は膨大になるだろう。
この世界にも醤油が当たり前になるといいな。俺が喜びます。



「醤油の実は毎年必ず作ってくれよ。ベルカイムでもじゃがバタ醤油は評判らしいから、これからきっとアルツェリオ王都でも流行るかもしれない」
「王様も食ってくれるずら?!」
「珍しいものを取り寄せては食うておるらしいからな。きっと所望するであろう」

アシュス村の燃えてしまった家々はまだ再興していない。
俺が直すと言ったら、村人達はそれを拒んだ。
今までたくさん助けてくれたのに、これ以上甘えてしまったらいけないと。馬神様に怒られると。

ベルカイムから養蜂家が来て指導してくれる段取りになっているし、フィジアン領が落ち着くまでルセウヴァッハ領主が面倒を見てくれる。
醤油リダズの実は畑を拡張して今の数倍作ってくれるそうだ。これでこの先ずっと醤油が楽しめる。
ちなみに倉庫に保管されていた捨てるだけの醤油の実は、その四割を俺が貰ったのは言うまでもない。ベルカイムに戻ったらゆっくりと蟹の刺身を食べよう。

醤油リダズの実は長期保管が可能。持ち運びに便利で嵩張らない。シウマイ弁当に入っていた小さな醤油差しを思い出した。あれよりかは容量があるけど。
捨てるだけの実を全て持っていけと言われたが、それを捨てるなんてとんでもない。ベルカイムの屋台村から続々と発注がくるはずだから、残りはちょっと高値で売ればいいと進言。
四割でも遠慮したんですよ。村人だって使うだろうし。

村人達は涙を流した。
今まで苦しんできた分、たくさん泣いた。

そして前を向いた。家は燃えてしまったが命は助かった。
湖の水は清められた。雨も降るようになった。井戸水も戻った。大地は潤った。
腐った領主も新しくなる。これからはきっと、たくさん笑えるようになる。


笑顔で送り出してくれた村人達に笑顔で告げた。



また、逢いましょうと。





***( ^ω^)ノ***




「で?」
「…俺に聞くでない」
「ピュイイ…」

帰るついでに依頼(クエスト)消化をするため、ゆっくり歩いてた。
クレイはBランクのモンスター部位採取を受注し、俺は地味依頼と指名依頼。特定のモンスターと運良く出くわす確立は低いが、ついでに食用肉も狩ってもらう。
多くを望まず、しかし少なかったら物足りない。マイペースに依頼(クエスト)受注をするチーム『蒼黒の団』。
数日振りののんびり行動にほっとしていた。

領主の奥方暗殺未遂事件からアシュス村のずらずら搾取焼き討ち事件と湖の砦大火災事件勃発して毒の湖が元に戻って聖獣降臨魔素停滞解消で醤油万歳。

という一言で済ませられない事件の数々を数日でこなしたのだから、少しくらいゆっくりさせてもらいたい。俺、けっこう頑張った。

アシュス村では醤油が手に入り、領主からは高級石鹸を大きな木箱ごと貰ってしまった。買うって言ったら領主様に恥をかかせるつもりかと脅されました執事サンに。怖いよ。
おかげで良い匂いのする石鹸も手に入り、俺としては万々歳。クレイもとうぶんはじゃがバタ醤油に舌鼓を打つだろう。
砦から押収した家財道具も持ち主不明ということで貰ってしまった。これはアシュス村の人たちに全てあげた。俺が持っていても邪魔になるだけだしな。

欲しかった一角馬だがとうぶん乗馬はやりたくないと遠慮をし、領主に返却した。クレイは惜しがっていたが、馬に乗るたび調子こいて魔王降臨されちゃ敵わない。遠出をする時の移動手段はまた何か考えればいい。
とまあ、そういうことを考えながら歩いていたわけだが。


目の前に神様ご降臨。


ベルカイムまであと半分、という道中で空から天馬が降りてきた。
こう、きらきらしゃららと。

『 ぶるるる… 』

ガレウス湖の守護神、ホーブ…バー…なんとかプニさん。
純白の表皮は太陽の光で眩く輝き、白銀の鬣は風にさらさらと舞い踊る。馬ヴィジュアル大会があったら間違いなく優勝出来るような美馬。
長い足をカツカツと鳴らし、ゆっくりと俺たちに近寄ってきた。

「聖なる神よ、湖の神よ、何用だ?」

クレイの身体を押し出して話をさせる。
今更天罰とか言わないよな?イーヴェルの花は悪用するために摘んだわけじゃないからな。それにあの花、今は殆ど毒の成分が無くなっているんだろ?良かったじゃないか。本来の力を取り戻して。

『 長らく 同じ地に 住み 続けた 』

脳内に直接語りかけるプニさん。
コレ気持ち悪いから止めて欲しいのに。

「なんと言うたのだ?」
「ずっと湖に住んでいました」
「ピュー」

お、おう。
って答えるしかないんですけど。

「それが如何したのだ」
「プニさん、それがどうした…どう、なされたのですか?」

言葉を選んで質問をすると、プニさんの身体がほんのりと光り始めた。

『 ひひーん! 』

嘶き1つ高らかに響かせると、プニさんは眩い光の玉と変化し、


そして。


「わたくしもお前についていこうと思うのです」

白銀髪の、むっちりとした、ぼんぼんとした、ものすごい美しい、絶世の美女がそこに!

馬が!
人に!
美女で!

「い、い、今、なんてった?!」
「ぶるる。ですから、わたくしもお前らについていくのです」
「どうしてよ!!」
「長らくあの地に留まり続けました。わたくしの恩恵はもうじゅうぶんなのです。ですから他の地に行こうかと」

美女、いや馬、いやプニさん、いや美女、
駄目だボルさんに逢った時くらい動揺している。
なんでもありのファンタジー世界だマデウスやっほい思っていたが、馬が美女に化けるとか、流石にとんでもなさすぎないか?!

「神獣よ、ホーヴヴァルプニル神よ、なにゆえこの…常識外れのふざけた男に着いて行こうと言われるのか」

クレイは驚きながらも冷静に問いかけてくれた。なんか失敬なこと言ってたけど。
白い美女は長く白い睫を瞬かせ、紫紺色の瞳でじっと俺を見つめてきた。やめてそんな見つめないで恥ずかしい。

「ふふ。お前に着いて行けば世界も楽しかろうと思いまして」
「いやいやいや、空を飛べるならチャチャッと世界巡ったほうがずっと早いですよ!」
「ピュイピュイ!」
「ヴォルディアスの仔も賛成しています」
「ピュッ?!」
「嘘つけビーは反対しているだろ!」
「わたくしも広い世界を旅してみたいと言っているのです!よいではないですか!」

美女が拗ねた。
拗ねた顔は意外と可愛いとか言わないからな。これは馬。これは、馬。

「お前は馬を望んでいたのでしょう。わたくしの背に乗ることを許します」
「えっ」
「わたくしは空も海も駆けることが出来るのです。素晴らしいでしょう」
「いや空を飛ぶのはちょっと」
「そこなるドラゴニュートも背に乗せることは容易いのですよ?ふふふひひん」
「いやでもさ」
「わたくしほど他に美しく優秀な馬はおりますでしょうか!おりません!おりませんとも!」

ひひーん!

と、美女は豊満な胸を張って嘶いた。
クレイは呆気に取られているし、ビーはなんだか拗ねているし、俺は空を飛びたくないし…。




テッテレー



神獣・ホーヴヴァルプニルが仲間になっ



やめい!!!
美女に変身する馬神様と旅をするなんて滅相もない!
こら青年クソガキ!可愛いパートナーをどんだけ増やせば気が済むんだ!!
しかも人外!!
絶対に、絶対に絶対に面倒くさいことになるに決まっている!
美女は嬉しい!確かに嬉しい!だけどアレ馬!!


確かに馬は欲しかった。俺が乗ってもびくともしない、丈夫な馬が。
だけど神様を仲間にするって、それどうよ。ビーも将来は神様になるかもしれないが、現役の神様と神様候補じゃ立場が違うというかなんというか。
馬は馬でも神様。内心美女に喜んでいる自分もいるんだが、すごい感じる残念臭。断ったら祟られるんじゃなかろうか。



そもそも神様って勝手なのばかりなんだな。







第3章 終







++++++++++++++++++++++


第3章終わりです。お疲れ様でした。

次回からちょっとだけ息抜きをお届けします。

それから、懲りずに第4章がはじまります。


『ホーヴヴァルプニル』は北欧神話に出てくる馬の名前です。
神様ではありませんが、神様が乗る神聖な馬です。
変な名前の馬を探したら出てきたので即決でした。


お読みいただきまして誠に有難うございます。

しおりを挟む