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もう一品は……

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 どうにか店主さんの涙が止まった所で、もう一品の方を出す。というか個人的にはこちらが本命だ。宿屋におかせてもらった瓶の中で時間をかけてピジャグの肉をじっくりと漬け込む。煮汁式の生姜焼きでもそれなりに柔らかくなるし、美味しくもなる。しかしこちらは自分の料理スキルでは絶対に出せないと思った製作評価九を叩き出した一品だ。さて、こちらもじっくりと試食していただきましょうか。

「もう一品はこちらになります。どうぞお試しください」


 ピジャグ肉の角煮

 その柔らかさはピジャグ肉と聞いても、魔族の十人中十人が初見では信じないだろう。歳を重ねた魔族であれば、尚更である。それほどに柔らかく、口の中でとろける一品。

 製作評価9

 一定時間魔法耐性中付与 一定時間耐寒能力付与 同時に食べる野菜系、穀物系の食べ物に付与されている効果をブーストする


 じっくりと漬け込んでおいたピジャグ肉を、食べる前に適度な大きさに切ってから最後の一押しとして大根と一緒に調整したスープで煮る。なので厳密には角煮ではないのだが、味と柔らかさが格にそっくりな仕上がりになったので角煮で押し通す事にした。作り方を見せなければ、プレイヤーが食べても「あ、これは角煮だ」と言ってくれるだろうから。そして特に自分の目を引いたのが、『同時に食べる野菜系、穀物系の食べ物に付与されている効果をブーストする』という能力。つまり、この一品だけではある意味完成しない。ここに他の料理を組み合わせる事で本当の能力を発揮する料理という事だ。この効果は初めて見た。

「先程の生姜焼き? と言う一品は素晴らしい味でしたが……こちらは如何でしょうか。と言っても、貴方のような方が不味い物をこのような場では出さないとは思いますが」

 その宿屋の主人のご主人がこぼした言葉の期待は裏切らない一品だと思いますよ。自分はまずは一口食べてから、というお願いを込めたジェスチャーを行った。そのジェスチャーに反応した宿屋の主人とピジャグ肉の店主さんは一回頷いて、恐る恐るという感じでゆっくりとピジャグ肉の角煮にフォークの先を通す。そうして口にもっていくわけだが、その途中でもプルプルと細かく角煮が振るえている事に驚居の表情を一瞬見せてから──口の中へと運んだ。

 そしてその直後、口に角煮を運んだ二人の動きが止まった。まるでそこだけ、完全に時が凍り付いたかのようにピクリとも動かない。あれ? 何か失敗したか? そう自分が不安になってきたころに、ガタンと椅子をひっくり返すような勢いでピジャグ肉の店主さんが立ち上がった。

「何だこれはっ!? こんな肉が存在するのかっ!!?」

 と、宿屋全体に響き渡るほどの絶叫に近い大声をあげた。近くにいた自分や、こそこそのぞき込んでいた従業員の皆さんが一斉に耳を塞ぐほどの声だった……というか、人ってここまで大声を上げる事が出来るのねと変な方向で感心してしまった。

「柔らかい、なんて言葉じゃ済まない! 肉が、肉が、肉がっ! 噛まずに舌で押しつぶしただけで! ほろほろと崩れ落ちたぞ! こんな柔らかさ、ピジャグはもちろんビーランフでも、魔物の肉でも体験したことは無い! なのに肉の味は口いっぱいに広がって……これは、魔法なのか? 我々魔族でも知識にない魔法なのか!?」

 そんな大きな声を上げながら、自分を睨むように見て来る店主さん。しかし、そんな店主さんに残念なお知らせがある。

「生憎ですが……ある程度経験を積んだ料理人が使える《料理促進》以外のアーツ、ならびに魔法は使っていません。更に言わせていただけるのであれば、この料理を完成させるために使った材料は、全てこの魔王領から一歩も出ずに手に入る物だけを使いました。ただ、長時間漬け込むと言う手間が必要なので、ここの宿屋のご主人にこの瓶を置かせて頂くと言う協力はお願いしましたが」

 と瓶を指さしながら返答を返すと、店主さんは崩れ落ちるかのように腰を下ろし……ひっくり返った。どうもさっき勢いよく立ち上がった時に椅子がずれてしまっていたようで、椅子があると無意識に思って崩れ落ちたはいいが、そこに椅子が無かった。その為、そんなお笑いのような現象を引き起こしてしまった様である。唐突なギャグの様な動きで、ちょっと笑いを抑えるのが苦しい。

「──それにしても漬け込み、ですか。素晴らしい。もちろんただ何の考えも無くピジャグ肉を漬け込んで放置すればいいと言う物ではないでしょうが、この肉を食べてしまった以上は挑戦してみたいと思わせる調理方法ですね。正直あんな瓶に入れて時間をかけるだけで何が変わるのか、と内心では疑っていましたが。こうして完成品を出されると、御見それしましたとしか返しようがないですね。素晴らしい技術です」

 そりゃ、まあ。色々調整入れてますからね。ただ放置しただけじゃ味もめちゃくちゃになるし、食べられる物なんかどうやっても出来上がりませんからね。そうじゃなきゃこれだけ時間を必要としない。今までも厄介な料理ってのはあったけど、今回のピジャグ肉漬け込み専用のタレを作るのが一番きつかった。リアルでやったら舌がおかしくなったと思うよ、まったく。もう二度とやらん、こんな手間がかかりすぎる料理。

「気に入って頂けたようで、何よりです」

 と、自分は頭を下げようとした。下げられなかった理由は、店主さんが自分の両肩をがっしりと掴んできたからだ。目が血走っとる……怖いよ、魔族の人って美形だから尚更怖いわ。

「頼む! これを! 店で出してくれ! ピジャグ肉を今まで下に見てきた若い奴らに……思い知らせてやってくれ!! 俺じゃ、今の俺じゃできねえ! 頼む! この通りだ!」

 言うが早いか、今度は土下座して来た。

「必死でこの味を俺なりに出せるように修行する! だから、それまでの間、力を貸してくれ!」

 あ、うん。はい。こりゃー相当ストレス溜まってるな。まあリアルでも居るんだよ、新しい物が出た途端にそっちばかり褒めたたえて古くなったものを悪し様に罵る連中ってのは。その古い物という土台が無きゃ、新しい物が出来てこないと言う事を全く分かってないんだよねぇ。それに、舌の感覚がイカれるんじゃないかって位に調味料を舐め続けた努力の結晶を、表に一切出さないってのも面白くないか。

「──良いでしょう。しかし、露店はどこに出せば? もう人気のあるところは全部抑えられている様ですし、他に出せる所も許可が下りるまでに時間が」

 そんな自分の言葉を、ニンマリ笑って止める店主。

「何言ってるんだ。出す場所ならあるだろう? 俺の店で出せばいい。どうせピジャグ肉そのものを買いに来る奴なんてもうほとんどいなくなってしまったからな。一時的に生姜焼きだったか? それと今食わせてもらったこいつを出す店に変更だ!」

 ああ、それならすぐ出せるし場所取りの必要も無いな。んじゃこの場を片づけて早速行動を──とはいかないようで。

「もう無理、生殺しすぎる」「金は出すから食わせろ、いや食わせてください!」「こんな肉の匂いを暴力的に漂わせるなんて……このまま立ち去るとか許されないぞ、逃がしはしない」

 と、獣一歩手前になってしまった従業員の皆さんにピジャグ肉をログアウトするまで振舞う事に。もちろんお金は貰ったが……漬け込み肉ががた減りになってしまい、漬け直しとなってしまったが……一応《料理促進》をかけた上で宿屋に置いておくことにはするが……完全な漬け込み肉に仕上がるかな。不安だ。
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