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次男さんの成長と要らないトラブル

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 それからさらに数日後。

「──ぎりぎりではあるが、合格点をあげられるな」「よっしゃあ!」

 とうとう次男さんが、評価七に相当するとろビグの味を出してきた。この味をさらに昇華させれば、評価八、そしていつかは九にも届くだろう。そうなれば、もう自分がここに居る理由は無くなる。だが、それは正しい事だ。この世界に骨をうずめるつもりがない以上、その店を支えるのはその店の人でなければならない。所詮、自分はこの店においては臨時のアルバイトのような物でしかない。当然バイトははいつかは辞めていくのだから、その後はその場にいる人で頑張ってもらわないといけない。

「だが、本当にギリギリだ。これをお店に出しても良いが、味はまだ格下だからな? その辺の区別もして、多少低価格で食べられるとろビグとして展開しよう。何、ここまでできればあとは地道に努力すればこちらの字に追いつくのもそう遠い話ではない。むろん、今まで通り試行錯誤も重ねなよ? そう言った努力や修行を疎かにすれば、即座にたれも腕も一瞬で台無しになってしまうからな」

 ──味が評価七レベルなのは、おそらく漬け込むタレがまだ若いからだろう。タレがもう少しビジャグの油などを吸い、どっしりと構えられるような物になってくれば味は確実に良くなっていくだろう。だが、もちろんその事は言わない、後は時間をかけさえすれば味が勝手に良くなると知ってしまったら、その時点で油断が生じて修行を疎かにしかねない。そして疎かになった心構えで行動していたら、とんでもない失敗をやらかしかねない。ビジャグ肉に関する悪いイメージは徐々に薄れてはきたものの、今はまだ自分が黒衣の料理人として腕を振るっているからここまでの味が出ていると魔族の皆さんには考えられている一面もある。だからこそ、自分が居なくなっても味が継承されている事を証明できないと、何時までたっても進歩が無いままになってしまう可能性が高い。

「分かってる、やっとここまで来たんだ。それを自分の怠惰で台無しにするほど愚かな選択は取るつもりはねえ。せっかくビジャグ肉の本当の味が広まり始めたんだ。その芽を自分で摘み取ってしまうなんて結末だけは死んでも嫌だからな」

 その考えが変わらなければ問題は無いか……次男さんの言葉じゃなくても、ピジャグ肉の立場が良くなってきたのはやって来るお客さんの雑談からも感じる。ビーランフの肉の味がいまいち好きになれないと言う人は結構潜在的にいたようで、今では他の街からわざわざここまでやって来て食べに来ている人もいるようだ。宿屋の主人も、思わぬお客さんの増加にホクホク顔だった。ただ、出前というか予約を入れたがる人も結構出てきているのが困る。気持ちは分からなくも無いのだが、今回の次男さんが作り始めるとろビグの量を考慮しても、現時点では不可能だ。絶対的な数が足りない。

「しかし、ここまで風向きが変わるとはな……期待はしていたし、初めて食べた時の衝撃から行けるとも思っていた。しかし、それを考慮してもこんな短期間でビジャグ肉を求めるお客が増えるとは、こちらの予想をはるかに上回っていた。領主様もお気に入りになったとおっしゃられてる」

 自分はこの部分は良く解らない。こういった感想は、その場に長くいた人でないと言えない事だから仕方がないが。まあなんにせよ、ちょっとした事が切っ掛けでもう用無しだとか役に立たないと思われていた物が脚光を浴びると言うのは、リアルでも時たまある事である。日本は特にそれが多いような気がするが……新しい物は素晴らしいが、そのもとになった物が素晴らしくないと言う訳ではない。そして使い様によっては、古い物の方が意外な有用性を示す事も多いのが世の中だ。

「とにかく、ビジャグ肉はごみでも何でもない。調理に少々手間こそかかるが、その手間をかけた分だけ素晴らしい味を持っている素材であると徐々に知れ渡り始めているから、時間をかければビジャグ肉を扱う所も増えるかもしれない。少なくとも、今ビジャグ肉を取り扱っている所は店をたたもうなんて考えはとっくに吹き飛んでいるだろうけど」

 自分の言葉に、店主さんや次男さんは頷く。まあ、数件しか残ってないビジャグ肉の取扱店が徐々に回転を上げてきている状態だ。こちらに卸すのはもちろんの事、中には新しい調理方法がさらに見つかるかもしれないと言って、肉そのものを買っていく魔族の料理人の方も居る様なのだ。需要は確実に伸び、どのお店も赤字経営から脱したと店主さんに直接お礼を言いに来ていたからな。まあなんにせよ、ピジャグ肉の復権と、店主さんのお店の立て直しという問題は両方ともクリアしたと言って良い。後は、ここを旅立つ前にしっかりと仕込みを行って、自分がいなくなった後も問題なくやっていけるようにするだけだ。

「嬉しい悲鳴、というやつだな。まあ仕事は増えたが、それでもどの店もピジャグ肉を諦めて店をたたまなければならない恐怖からは解放されたから生き生きとしている。ああやって汗を流して労働に勤しむ方が、よっぽど健全だ。貴方が来てくれなければどうなっていたか」

 そして「ありがとう」と言ってくる店主。今だから言えるが、あの時の店主さんは暗かったからなぁ。周りに鬼火が浮かんでいてもおかしくなかった位。それがまあ、ここまで明るくなって。ホッとできる一瞬だな。

「さてと、そろそろお店を開けましょうか。今日も行列が出来上がってますし……次男さんのとろビグは説明というか名前を考える必要があるので、今日は出さない方向で」

 自分の声に頷く店主さんと次男さん。店主さんが店を開けると、待ってましたとばかりに大勢の人があっという間にお店の席をすべて埋める。本当に、ここに始めてきた時の姿とは全く違うこの光景。やっぱりお店にはこういった活気がないとね。

「すみませーん、注文お願いしますー」「こっちも頼む、朝飯を少なくしてまでこの時間に備えてきたんだ!」

 っと、早速注文の雨あられだ。今日も頑張って美味しいご飯を提供しますか。そう思っていたのに……大体料理を始めて二時間後ぐらいか。外が妙に騒がしくなってきた。

「何だよお前、並べよ!」「ちょっと、なんで押すのよ! 危ないじゃない!!」

 そんな外からの声の後、お店の中に入って来たのは似たような黒い軽鎧を身に纏い、覆面を付けた四人組。この時点で客じゃないなという予想はつくが……

「──この店は、ピジャグの肉の中に麻薬を入れて多くの罪なき人の財を不当に奪った。その罪を裁くべく、我々がやって来た。今までに稼いだ金を全て、我らに差し出してもらおうか。悪党であるお前達に拒否権は無い」

 いきなり何なんだ? 脈絡も何もなく、そんな事を口走るこいつらは。そもそも麻薬なんぞ入れてない。不味い物を美味い物だなんて錯覚させる物なんぞ、どこで手に入れるのかもわからんし。そして知っていたとしても、そんな物を料理に入れたらただのクズだろうに。

「言いがかりは止めて貰おうか。料理人の苦労と汗で生まれた料理にケチをつけるなら他でやってくれ。それに値段だって作る為に必要な経費を考えて、これぐらい頂かないと赤字になってしまうと言うわりとぎりぎりの値段を設定している。不当に金を釣り上げてるなどというのはいいがかりにもほどがあるぞ!」

 店主さんはすぐさま四人組に向かって反論するが──今度はそいつらは懐から光り輝く物を取り出した。言うまでも無く、ナイフである。

「先程も言ったはずだ。拒否権は無い、と。金を出すか、今すぐ死ぬか。どちらでも好きな方を選べ。こちらはどちらでもいい」

 この時点でもう強盗だな。厨房で静かに円花の攻撃態勢を整えておく。

「金を出せって、その金はどうするんだよ? まさか今まで料理を食べた人に」

 返すつもりか、と次男さんは続けたかったのだろうが、それを先程からこちらに要求を突き付けて来てる奴がナイフを突きつけながら遮る。

「ふん、金はこちらの活動資金にするさ。我々の様な悪を正す義賊団の活動資金になるのであれば、金を奪われた者達にとっても納得するだろう」

 この言葉に反論したのは、店主さんでも次男さんでもなくお客さんだった。

「ふざけたこと言ってんじゃねえ! 誰がおまえらにそんな事を頼んだ!」「義賊団ですって? ふざけないでよ、あんた達はただの悪党じゃない!」「そもそも麻薬なんか入ってるわけないわよ! そんな事が見抜けないような領主様じゃない!」「そうだそうだ、お呼びじゃねえ! 帰れ帰れ! 邪魔なんだよ!」

 ふむ、お客さんの言葉の一部から察するに、知らない内に領主様の手の内にある人が食べに来て、麻薬を始めとした危険な物を使っていないかの抜き打ちチェックをしてたんだな。全然気が付かなかったが、別にいい。いつだれが食べても問題ないと胸を張れなきゃ話にならない。特定の人が来た時だけの特別体制なんて、お客さんには簡単に見抜かれる。

 さて、その一方でこのお客さん達の反論にイラついたのか、四人の悪党はナイフを振り上げた。おいおい、仮にも義賊を名乗るなら、民衆に武器を向けるべきではないだろうが!

「麻薬に溺れたゴミどもめ、ならば貴様らも──」

 と、近くにいる人にナイフを振りかざそうとする前に、四人の賊に向って円花を放ちながら割って入った。

「そこまでだ、お前達は義を名乗る資格は無い」

 凶行に走りそうな連中の言葉に割り込んで資格は無いと言い切り、四人の得物でもあるナイフを円花の先端部分で次々と突き刺して手から奪い取った。その後は円花で四人の周りを周回させて一気に縛り上げる。とりあえずこれで手は使えなくなった。そのまま自分は厨房から四人組に近寄りつつ言葉を続ける。

「どこかから頼まれたのか、もしくは欲に溺れたのか──それは分からんが、お前達は領主様の前に突き出させてもらう。自分勝手な理屈を一方的にしゃべった挙句にこんな大事まで引き起こすお前達はただの悪党だ、義賊を名乗るなど片腹痛いわ。それに奪った金を活動資金にする? はっ、笑わせるな。人様の金銭を自分達の懐に入れている時点で貴様らに『義』など無いわ」

 自分も義賊団を率いる親分だけに、こいつらが『義賊』を名乗ったこと自体が許せない。こういった連中はきっちりと領主様に裁いてもらわないとな。しかし、周囲からは何か妙な視線を受けている様な……

「おい、黒衣の料理人さんってあんな強いのか?」「まじか、あっという間に縛り上げちまったぞ」「料理もできて戦えるって素敵じゃない?」「顔が見たいわね、どんな顔をしてるのか非常に興味が湧くわぁ」

 やれやれ、さっさと片付けて厨房に引っ込まないと。とりあえず次男さんに領主様の館まで走ってもらうか? そう考えていると、お客さんの一人が「あ、俺食い終わったからひとっ走り領主様か近くにいる兵士さんに賊が入って来たって教えて来る! とりあえず勘定はこれで」と言うが早いか、御代を置いてあっという間にいなくなった。

 それから数分後に複数の兵士さんがやって来て、賊四人をがっちりと拘束して連れ去った。兵士の皆さんは自分を見た途端に最敬礼してたので、余計目立つ形になってしまったがお客さんの命には代えられない。ちなみに賊達はあれこれ自分に向かって罵詈雑言を浴びせてきたが、ちょっとイラッとしたぐらいだった。やっぱり一番頭に来たのは義賊を騙られたところだからな。

 そんな途中でトラブルもあったが、この日の料理も無事終了。しかし、少々調べないといけないな……仕方がないので義賊リーダーを呼び出し、今回の一件の裏を洗わせる事にした。アイツらが欲におぼれて流行ってる店を襲っただけならまあいい。そこで終わりだ。しかし、誰かから依頼を受けて動いていた場合は……以前に調べて貰った時にはこれと言った悪党はいないと言う報告を受けていたんだがな。どちらにしろ、リーダーからの報告を待つしかない。
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