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ちょっと息抜き

タケルと石鹸

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「………タケルさん、なんかいい匂いがする」

ベルカイムのギルド、エウロパで俺とクレイは依頼(クエスト)の報告をしていた。
いつものように指名依頼を5点こなし、クレイのAランクのモンスター討伐を1点こなした。ランクBの依頼にダークアネモネの部位採取が出たら即効で受けてやると意気込みながら次の依頼を確認していると、ウサミミ女子の受付嬢、アリアンナが俺の背中をくんくんと嗅ぎ出した。

「アリアンナちゃん、男の体臭は嗅がないでください」
「だってタケルさんいい匂いがするんだもん!甘くて、柔らかくて…なんて言うんだろう」

くんくんくんくん激しく鼻をひくつかせるアリアンナに、ギルド内にいたもっさい男達が嫉妬の目。いや待て俺は何もしていない。

「アリアンナ、それはタケルが使うておる石鹸の匂いではないか?」
「せっけん?タケルさん、石鹸なんて使っているんですか?!」

ざわっ…

アリアンナの大声でその場の空気が凍てついた。
うんわかる。風呂に入る習慣が無いベルカイム住民にとって、風呂に入って石鹸を使う男なんて貴族以外いないだろう。そもそも男が石鹸を使うこと自体が異常なことなのかもしれない。
クレイ、余計な事言いやがって。ほら凄い変な目で見られている!

「石鹸ってこんなに甘い匂いがするんですか?へぇ〜」
「だからアリアンナちゃん、そんな激しく嗅がないで」
「ねえエトラ、ナヴィ、ちょっと来てみて。タケルさんから甘い匂いがするの」

アリアンナが受付カウンターの奥に声をかけるとギルド職員の女性が顔を出した。しかもこれまた可愛らしいリス獣人のエトラとオオカミ獣人のナヴィ。エウロパギルド自慢の看板娘三人が出揃った。
むさくるしい男たちが低い声で唸りだす。アイドルのご降臨のようだ。

「甘い匂い?なに言っているのよアリアンナ、そんなわけ…。ん?んんん?」
「あっやめてっ」
「あらあらあら、本当に甘い匂いがしますね。やだやだ、タケルさんいい匂い」
「そんなとこ嗅がないで!」

三人娘に身体中ふんふん嗅がれ、平静を装える男が居たらマシンに違いない。気を付けろコナー。
ギルドの男たちの視線は俺を殺しそうだし、クレイはなんで困ってるの?って顔している。バカか。バカか。俺だっておとこのこなんだぞ。

「ああん、わたしもこんな甘い香りになりたい!ねえタケルくん、石鹸ってどこで買ったの?いくらくらい?」
「アタシも欲しいです!香水だとちょっとしつこいのよね。獣人にはきつい匂いなの」
「うんうん、上品な香りです…わたしもこんな香りをまといたいです」

うっとりとした目で三人娘に懇願され、邪険にする男が居たらそいつは世を達観した賢者に違いない。
石鹸の相場は正直わからない。領主から木箱いっぱいに詰められた石鹸を貰ったから、値段を調べていないままだ。一つ一つ包装された石鹸には一つ一つに何かの刻印が押され、見るからに高級。そりゃ宝石とか装飾品よりは安いんだろうけど。

「……」
「……」
「……」

女性から金銭をせびるような真似はしない。高級な品物だからといって、惜しんで売りつけたら俺の度量が疑われる。まあ俺の度量なんざたかが知れているが、ケチとは思われたくないな。これはいつもお世話になっている、っていうことであげてしまおう。
鞄から石鹸を取り出し一人一人に手渡すと、三人娘はそれをじっと見つめて沈黙。うやうやしく両手で石鹸を持ち、何故か震えていた。

「ねえアリアンナ…」
「うん。アタシこれ知っている。アルツェリオ王都で有名な…ダンバース高級雑貨店の印章…」
「まあまあまあ…貴族御用達ね。しかも高位貴族の方々の」

なるほどなー。
ブランド品の石鹸みたいなもんか?

「ねえアリアンナ、エトラ、わたし知っているのだけどね」
「なにを?ナヴィ」
「以前にね、領主様のご息女様にお伺いしたことがあったの。とても甘い匂いをされていたから、どんな香水をつけていらっしゃるのか」
「ああ、ティアリス様!あの方最近とっても美しくなったわよね」
「そうそう。それでね?ご息女様はお答えくださったの。これは石鹸の匂いだって」
「ご息女様も石鹸の匂いを纏っているのね?うわうわ、なんだか恐れ多いわ」

あー…そういえばあの石鹸、お嬢さんが勧めてくれたんだっけ。
領主の屋敷で使わせてもらった石鹸よりも匂いが品よく、滑りもよく…ぶっちゃけお高いのだと。自分で稼いだ金で買ったわけじゃないんだから自慢すんじゃないよと思いながらも有難くいただいた。

「うんうん、それでね?その石鹸はお幾らで買えるのかお伺いしたの。そうしたらね?」
「うん」
「一つ……一万レイブ…する…って…」
「……」
「……」
「……」

なんですと。
石鹸一つにいちまんレイブ?!一日の俺の生活費が2,500レイブとして、四日分。しかも俺は大分余裕のある金の使い方をしているから、節約をすれば一万レイブでもっと長いこと生活できるはずだ。
量産品じゃないからそこそこ高いだろうとは思っていたが、まさかそこまでの値打ちものだったとは。
うわー、お高いー、冗談じゃないー。でも使う。

「これ一つで……アタシの数ヶ月分のご飯…」
「欲しかった首飾りが三つ買えちゃう…」
「エウロパの女性用更衣室が修繕出来ますね」

三人娘の目が怪しく光り、俺を睨み上げる。怖い。

「こんな石鹸を…一万レイブを三つもホイホイあげるってどんな感覚しているのよ!」
「そうですそうです。タケルさんの日給をお伺いしたいです」
「グリットさん、絶対に教えてくれないんだもの!…当たり前だけど」

知っていますか。
女性は一人だと可愛らしいものだが、徒党を組むと何よりも恐ろしい。蝋燭の炎が火炎放射器になった様を想像してもらいたい。わかるかな。この恐怖。
可愛い獣人に迫られてやっだー困っちゃうー、といった余裕は一切ない。彼女たちの目は獲物を見つけた野獣のそれにしか見えない。

「タケルさん彼女いないんでしょアタシ知ってるんだから!可愛いウサギ獣人の奥さんは如何ですか!」
「リス獣人のほうがずっとずっと可愛いわよ!ほらこの立派な尻尾!」
「あらあらあら、オオカミ獣人に獲物を狙わせたら食い殺すまで追い詰めるのよ。ご存知?」

中身二十八歳の俺です。
今までこんなに女性から責められ…迫られることはありませんでした。
しかも自分の財産狙い。いっそのこと清々しくもあるが、彼女たちは完全に俺のお財布を狙っていますアハハむなしい。

俺を殺さんばかりの視線を送っていた男連中は一気に同情の目。その目もやめて。
マデウスに住まう人は生きることに貪欲だ。死が身近な環境において、誰しも今ある命が危ういものだと理解している。だから精一杯毎日を生きるのだ。そうして求めるのは安定した生活。…そこんところは日本と同じだよな。

三人娘はウェイドの怒声を浴びせられるまで隅っこで小さくなって震えるでかい男―――俺に迫り続けた。どう考えても三人娘は血に飢えたケモノ。元気で可愛いと思っていた女性が恐怖の対象になった。きっかけは石鹸。

「ピュイ」
「怖いおんなのこ怖いほんとまじこわいなにあれなにあれ…」

こうして俺は女性の逞しさと恐ろしさを学んだ。


うかつに高価なものをホイホイ出さないことと。
高価だなと思うものの価値を、予め知っておくこと。
野獣に迫られている俺を見て穏やかに微笑んでいたクレイには当分じゃがバタ醤油禁止令を発令してやるあのやろう。
ともかく色々と学べました。


数日後、高位冒険者の中に石鹸の匂いをさせたものがちらほら出始めたとか。
汗臭い汚らしい男より甘い香りをした清潔な男がいいと三人娘が叫んだため、ギルドエウロパの男性冒険者は比較的こざっぱりしたと評判だ。
湯屋は忙しいと嬉しい悲鳴を上げ、石鹸を扱う商人たちもウハウハらしい。庶民でも気軽に買える安価な石鹸を仕入れるそうだ。



ベルカイムの経済を活性化させたのが一つの石鹸だとは。




「どうでもいい…」








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次回、もう一本幕間を入れるか
そのまま第4章開始するか
ちょっと未定です。

ニヴェルスの追跡記が見事にどんづまり。

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