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再建が成ったなら、もう居場所は無い

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 それからまた一週間後の営業終了後。

「──うん、この味ならばお客様からも文句はまず出ないはず。無論、お客さん全員が文句を言わないとは断言できないが……その文句は拳ではなく味で示す事を忘れなければ、いつかは黙らせることは出来るだろう」

 あれからさらに腕を上げた次男さんは、ついに製作評価で言うなら八ランクの生姜焼きととろビグを作り上げられるようになった。これなら、もうここを任せても良いだろう。この先は切磋琢磨し続けるだけのになるので、過去の自分との戦いである。その戦いをやめない限り、何時かは九、十の評価相当の料理を作り上げられるはずだ。彼らは自分たちプレイヤーのような成長制限はない。熱心に続ければ、きっとその領域にたどり着ける。

「分かった。今までに教わった事は一生の宝にさせて貰う居ます。ありがとうございました!」

 次男さんが自分に向かって頭を下げる。もうここはきっと大丈夫だ。自分が居なくなっても十分にやっていける。後はちょっとした情報を渡しておけば全部終わりかな……随分とここに長居することになってしまったけど、それもまたよし。それもまた楽しみの一つなのだろう。

「最後に……もこの先もっとお金に余裕が出来たら、龍の国で取り扱っている米と味噌を取り寄せてみると良い。パンも悪くはないが、この生姜焼きやとろビグの味をよりしっかりと受け止めてくれる定食が作れるようになるからな。あと、さらにもう一つ変わり種という形になるが、こんな物を今日は用意してみた」

 そうしてアイテムボックスから取り出したのは、中身に詰める為に調整したとろビグ入りの……リアルで言うならば肉まんだ。お店に出しているとろビグをそのまま詰めるとスープが皮に染みてしまって台無しになるので、その辺りをそれなりに調整している。

「中身はお店で出すには中途半端な切れ端となってしまって出せなかったとろビグが入っている。物は試しで食ってみてくれないか?」


 とろビグまん 

 トロリと柔らかいビジャグ肉を包んだ一品。手で持って気楽に口に入れられる食べやすさが便利。

 製作評価八 一定時間魔法耐性付与(弱) 一定時間耐寒能力付与(弱)


 差し出したとろビグまんを頬張る店主さんと次男さん。食べ進めるうちに目を見開いて行くのが面白い。

「こうすれば、中途半端なとろビグの端切れも有効活用できると思って作ってみた。それに端切れなのでお客さんに出すのも安めにできるし、気楽にお客さんが口にできる事でピジャグ肉の良さをさらに広める事も狙った。作り方はこっちに書いておいたから、後で確認してほしい」

 もったいない精神は日本人の心だと思うのです。それに端切れと言ったってきちんと仕込んだピジャグ肉なのだから、味の方は問題なくおいしい。きちんと試作品も口にして、行けると思ったからこうやってレシピを残していくんだし。ここでピジャグ肉という素材に出会えたのは幸運だったと言っても良い。長居をしただけの価値はあったと言う物だ。ただ、料理のスキルレベルはここ最近全く上がらなくなっちゃったけど。おそらくこれは同じ料理ばかり作り続けた事による制限が掛かったんだろうな。スキル系のゲームだと、同じ行動ばかりしていると適正な行動であったとしても一切スキルが上がらなくなると言うシステムがあったし。

「ここに来て更なる攻勢をかけられる一品を作ってきますか……商売をする上ではありがたいお話ですが。それに、余った肉の端切れはこのとろビグまんに使ってしまえば無駄にならない。素晴らしいです」

 使える物は何でも使う、は基本ですよね。不良品を売りつける訳じゃないのだから、この戦法も十分ありの範疇だろう。その分お値段はお手軽にできる訳なんだし。じっくり味わいたいときはお店の中に来て貰ってしっかりとした物を注文してもらえばいい。

「確かに、これなら金を大してかけずに新しい売り物にできるから、売る時の値段も安めで出せる……そうして味を知れば、その上も食べたくなる……流石は先生、容赦がないぜ」

 をいこらまて。それはどういう意味だ? そんな事を言うのであれば──

「そうか、ならさっき渡したレシピを返してもらっても良いのだが?」

 自分の言葉に、すぐさま土下座で返す次男さん。──彼の中で、自分はどういった人物扱いされてるんだ。ちょっと聞きだしたくなってきた。聞かぬが花という言葉もあるが、やっぱり気になるよなぁ。

「──ったく、お前は。ここまでお世話になったお方に対してそういう事を言うか? まだまだお前にはこの店の前に立って貰うのは難しそうだな。本当に申し訳ねえ、後でしっかり〆とくよ」

 まあ別に腹を立てたわけでもないし、いじわるするのは止めておくか。お仕置きは店主さんがやると言うのであれば、お任せしてしまおう。

「まあ、そっちはお願いします。そして、そろそろここからお暇させて頂こうかと考えています」

 そう切り出す。まあもうそろそろここからいなくなると言う事は匂わせていたから驚きもしないだろうと思っていたが、この言葉を聞いたとたんにこちらに向かって深く頭を下げる店主さんと次男さん。

「本当に貴方にはお世話になった。冒険者の行動をしばらく辞めてまで協力していただき、我々に明日を見せてくださった。貴方がここにやってこなければ、こんな忙しくも楽しい毎日を送る機会はきっとないままにビジャグ肉を諦めていた。私だけではない、この街に居る……いいや、魔王領にあるすべてのビジャグ肉を扱う店全てを救ってくれた。本当なら、もっと多くの給金を渡した上で……」

 店主さんの言葉を、自分はここで止めた。

「いい。あくまで半分以上自己満足でやった事。これから先をどうするから魔王領に住むビジャグ肉を扱う人たち次第。もっといろんな料理を生み出して栄えさせるか、はたまた一過性の者で終わらせてしまうか。それは自分ではどうにもできない。今までも、そしてこれからも頑張らなくてはならないのはここに住む貴方達だ。それに給金も十分に貰っているからその点でも気にする必要はない。所詮自分はここにほんの少し立ち寄っただけの存在。すぐに忘れてくれても構わないよ」

 店主さんは「しかし!」と言葉を続けようとしたが、自分がそれ以上の事を求めていないと言う事を察したのだろう。一言「ありがとうございました」とだけ言って来たので、自分も「また縁があれば、いずれ」と言い残してお店を後にした。次男さんはしっかり仕込んだし、手伝いに来る人も増えた。後は怠けたり愚かな真似さえしなければ十二分にやって行ける環境になったからな、自分も一介の冒険者に戻れる。

 さて、今日は宿屋に戻ってこのままログアウト。明日からはどこに行こうかな……とりあえず、中途半端になってしまっているあの薬草などが取れるダンジョンに戻ろうかな?
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