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10巻試し読み

10-2

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肉まんを作った日から数えて、リアルの時間で一週間ほどが経過した。
この一週間は毎日エルフの森に入り、森の中における戦闘の感覚を掴む訓練を続けた。ルイさんはもちろんとして、自分もエルも森の浅い場所での戦いにはほぼ完璧に適応し、モンスターとの一対一でも落ち着いて戦えるようになった。自分のスキルLvはあまり上がっていないが、プレイヤーとしては大きく進歩しただろう。
「どうやら魔物のおかわりは来ないようっすね、おつかれさまでっす!」
そして大きく変わったことといえばもう一つ、ロイドという若い男性エルフがPTに参加したことが挙げられる。
なんでも、そろそろお前も訓練で得たことを生かして森の中でも戦えるようになれ、と親に言われたらしい。ちなみにもう立派な青年であり、一部の女子が望むようなショタっ子ではない。
といってもさすがに一人では不安だったため、村の中でも強いルイさんを頼ってきたそうだが、ルイさんはすでに自分のPTに参加していたので、同行してくれという彼の頼みを拒否。すると、それならば自分もそのPTに交ぜてもらえないか、と言ってきた。自分達も、そろそろもう少し森の深いところに行くか? と相談していたところだったので人手は多い方がよく、三人で話し合った結果、ロイド君のPT加入を認めることにした。
ロイド君は水魔法による攻撃と治癒ができ、しかも短弓、狩弓、長弓の全てを使いこなす。弓についてはプレイヤーには絶対不可能な、エルフの特権だ。
一方で、この一週間エルフの皆さんを観察した結果、エルフは弓に秀でる代わりに重量がある近接武器を持てないのではないだろうか? という結論にたどり着いていた。実際近接武器である剣を持つエルフは結構いたが、大半がショートソードで、両手剣どころかロングソード以上の重量武器はまったく見なかった。
おそらく妖精にも、龍にも、獣人にも、魔族にも、専用の特性があるんだろう。
「お疲れ様。森の浅い場所ならみんな問題なく動けるようになったわね」
このPTで最強のルイさんからのお墨付すみつきも頂けた。
ちなみに単純な強さで順位付けすれば、ぶっちぎりの一位がルイさん。そこからかなり差が開いて二位がエル、三位がロイド君、ビリが自分だ。ロイド君はここ数日森で戦ううちに見る見る実力を伸ばして、あっという間に自分を追い抜いたのだった。ただしこのランキングに色々な状況への対応力やからめ手のレベルを足すと、自分が二位に上がってくるのだけれど。
「しかし、今日はよくモンスターに出くわすな。森のどこかで大量発生でもしているのか?」
初日は一匹、二日目は一〇匹少々。しかし今日は五〇匹以上を超えていて、それ以上はもう数えていない……
自分と同じ感想を、ルイさんもロイド君も抱いていたようだ。
「確かに異様に多いわね。近いうちに、大規模な討伐指令がエルフ全員に出ると考えて間違いないいわ」
「皆さんのPTに入れてもらえて助かったっすよ……いきなり出たとこ勝負で臨時PTを組めるほどの実力は、僕にはないですし」
二人の発言を受けて、ルイさんが自分に補足してくれる。
エルフの長老からモンスター討伐指令が出たら、若過ぎたり年老いていたり大怪我で動けなかったりと幾つかの例外を除いて、村にいるエルフは絶対に参加しないといけない。
その際、普段ソロで活動しているエルフでも絶対にPTを組んで戦いにのぞむ。これは瀕死ひんしにまで追い込まれたときに蘇生薬を飲ませてもらうなど単純に助け合うためであり、義務となっている。そして普段から人付き合いが少ない(自分のようなタイプね)エルフは、そういった者同士で強制的に組まされるそうだ。
過去には、そんなことは面倒だと言ってソロで大規模討伐に向かった結果、そのまま二度と帰って来なかったエルフもかなりいたため、今はPTを組まされることに不満の声は出ないとのこと。いつもソロ活動中心のルイさんも大討伐の際は必ずPTを組んで挑んでいた、と本人からのお言葉もあった。
「なるほどね、その大討伐の指示が下されたら、このメンバーで挑むことになるわけか……確かに気心が知れている人と組んで戦う方がいいよな」
自分が感想を言うと、ロイドくんが「その通りでっす! だから本当にPTに入れてくれて感謝してるっす!」と力説していた。かなり心細かったのかもしれないな……何せ自分のようなプレイヤーと違って、こちらの世界の人は死んだらそこまで。一度の負けが全ての終わりを告げるのだから、彼らが戦闘に挑む姿勢は真剣そのものだ。もちろん自分も真剣に戦っているが、間違いなくそれとはかけ離れたレベルにある。
そんな状況下では、少しでも信頼できるPTメンバーを得られるかどうかが生死に直結する。知らない人とのPTは連携の問題もあるが、何より不安なのは「いざというときに背中を預けられるか?」だろう。「死人に口なし」と言うし、故意に見捨てられたとしても死んだら糾弾も何もできない。本当にどうしても助けられない状況もある故に、その場にいなかった他人が後からどうこう言うのも難しい。
「アース君はあくまで善意の協力になるけど、私達には参加する義務がある。大討伐前に少しでも経験を積んでおいた方が、生き延びられる可能性は間違いなく上がるわ。今日はここら辺で引き揚げるとして、次からはもう少し深い場所で戦うことにしましょう」
ルイさんは自分のためにあえて口に出して教えてくれたのだろう。エルとロイド君はその言葉に頷いている。
「協力できるタイミングだった場合は必ず参加させてもらうよ。そのためにももう少し強くなっておかなきゃね……」
今日のモンスター遭遇数から考えれば、その日がやってくるのは決してそう遠くはないと分かる。しっかり準備しておこう。
「で、アース君」
そんなことを考えていた自分に、ルイさんが話しかけてきた。
「そろそろ軽く食事を取りたい。肉まん頂戴」
その極端な温度差に、自分はガクッと肩を落とす。シリアスな雰囲気が一瞬の内に微塵みじんですよ……
そんなこちらの心境などお構いなしに、ルイさんはかわいい手をひらひらさせて肉まんを要求してくる。その手に肉まんを載せると、彼女はすぐにクッキングシートもどきを剥がしてはむはむと食べ始めた。
「私ももらえるかしら? ルイ、お茶を出して」
「すみませんアースさん、僕にも一つ頂けると助かります」
と、エルやロイド君も要求してくるので、二人の手に肉まんを置いてあげた。いつ出しても作りたての熱々を食べられるアイテムボックスの性能は、ある意味最大のイカサマだろう。これなくしてこんな風に他人に料理を提供することは難しい。
この後も軽く探索を続けた後、村に帰ってモンスターの素材を売り払い、得たお金を均等に配分して今日の活動を終了した。


【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv16(←2UP) 〈剛蹴〉Lv27(←3UP) 〈百里眼〉Lv25(←1UP) 
〈技量の指〉Lv9(←1UP) 〈小盾〉Lv25(←2UP) 〈隠蔽・改〉Lv3
〈武術身体能力強化〉Lv42(←2UP) 〈スネークソード〉Lv46(←3UP) 
〈義賊頭〉Lv20(←1UP) 〈妖精招来〉Lv5(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv4
控えスキル
〈上級木工〉Lv32 〈上級薬剤〉Lv21 〈釣り〉Lv2 〈料理の経験者〉Lv10
〈鍛冶の経験者〉Lv21 〈人魚泳法〉Lv12
ExP30
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
   妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 
   託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
   人魚を釣った人 妖精国の隠れアイドル
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人




「では、今日からはより深い場所に行きましょう。大討伐の日時も発表されたので、それまでに少しでも強くなっておかないと。大討伐さえ終わればしばらくの間は魔物が大幅に減るから、のんびりできるはずよ」
ルイさんの言葉に、自分とエル、ロイド君が頷く。
今日からは大雑把に区切ってエルフの森の中層に入る。同時に複数のモンスターが襲ってくるのが当たり前になり、モンスター単体の強さも上がる。だが、その中層でも安定して戦えるようになれば、大討伐を乗り越えられる可能性はぐっと高くなる、とルイさんは言う。何度も大討伐に参加してきた経験者の意見だし、正しいと思っていいだろう。
「それにしても、戦いがかなり多いわね。嫌なことが起きなければいいけど」
エルがそう漏らすのも頷けるが、運営の公式サイトにはイベントとして提示されていないので、これも「ワンモア」の世界側が自主的に引き起こした状況なのだろう。大討伐が終わったら、しばらくエルフの村でのんびりしたい。
「エルさん、ここが踏ん張りどころっす! ルイさんが仰った通り、大討伐が終われば森は数十年は静かになるっす! 僕も大討伐が終わったら、家の畑に実った麦や野菜なんかを収穫する手伝いが待ってるっす。そのときに無事でよかったと笑い合えるように、今は頑張がんばるときっす!」
ロイド君の発言に、エルも「そうよね、そうなるようにしないとね」と言っている。
エルフの村に来たとき、自分の目は聖樹様に釘付けになってしまって周りをよく見ていなかったが、農作物の収穫の時期を迎えていたんだな。
「ロイド君の言う通りだな。しっかり気合を入れて頑張っておかないとな」
自分の言葉に他の三人が頷いたところで、森の中に分け入った。

今日は森の浅い所ではマジックパワーMPなどを温存し、中層に十分な余裕を持って進むという大討伐を見据えた訓練を行うことになっている。
もちろんMPポーションも持ってきているし、休息でMPを回復することも可能ではある。だが、ポーションは数に限りがある上に乱用すると中毒症状を引き起こすし、大討伐中は次々とモンスターが襲ってくるので休息する余裕がない可能性も否定できない。
ルイさんからの経験談を踏まえて、序盤はできるだけアーツに頼らず基本的な攻撃だけで倒すようにする。かといって、倒すのに時間が掛かり過ぎるのもダメだ。自分やエル、ロイド君三人の連携を磨く必要があった。
「せいっ!」
スネークソードを伸ばして、ハンティング・ホーンの角を側面から叩きつけるように切る。ルイさんから、ハンティング・ホーンの角は突くことには向いているが横からの衝撃にはやや弱い面があるとアドバイスをもらったので、早速試したのだ。
自分の攻撃を受けて、明らかに大きくよろけるハンティング・ホーン。確かに普通に攻撃するよりも効果があるようだ。
「伏せて!」
ハンティング・ホーンが見せた隙を突いて、エルが後ろから指示を飛ばす。自分が地面に伏せた直後、エルとロイド君の長弓から矢が放たれた。
条件がよければまさに一撃必殺といった感じで敵を倒せるのが長弓の魅力であり、エルフの長弓となれば特に威力が高い。体勢を崩したところに十分弦を引いたエルフの長弓から放たれた矢は、強靭なはずの甲殻を容赦なくぶち抜いて、ハンティング・ホーンに死を告げる使者となった。
ちなみに後で自分も撃たせてもらったところ、【双咆そうほう】を六割の強さで撃っても三〇%ぐらいの確率で跳ね返されてしまった。
「お疲れ様、これぐらいの時間で倒せるなら問題はなさそうね。そろそろ中層が近いわ。中層からは今まで通り、アーツも使って戦いましょう。それと、必ず四匹以上で行動しているランニング・ハンターには注意して。二足歩行の爬虫類のような外見の動物よ。そいつらに目をつけられたら絶対に逃げてはだめ。足が速いから追いつかれるし、木に上っても体当たりで折って落とそうとしてくるから」
なんか、その説明だと小型の恐竜をイメージするんですがね。そういうのが出る映画も結構あったっけ。そんなことをのんきに考えている自分とは違って、エルとロイド君は次々とルイさんに質問していく。横から聞いていて分かった特性はこんなところだ。

一、弱点は体の左前面にある心臓だが、黒くて硬い鱗で覆われており、十分な攻撃力を持った長弓でなければ貫いて即死させることは難しい。
二、そのため、基本的には顔面や鱗があまり頑丈ではない側面からの攻撃で倒すことになる。
三、ただし集団で行動していることが多いので、側面や背面に回り込むには数でまさっているか、高く跳躍できるか、姿を誤魔化ごま かせる能力があるか、いずれかでないと少し難しい。
四、比較的火に弱い。炎系統の魔法使いがいるのならば範囲魔法でなぎ払うべき。

こんな感じ。自分にできるのは〈隠蔽・改〉を用いた不意打ちと、《大跳躍》&《フライ》による跳躍コンボからの攻撃、【強化オイル】による火炎攻撃といったところになりそうだ。
「恐ろしい魔物っすね……ルイさん、中層にはそいつらがうようよいるっすか?」
モンスターの説明と質問への答えを聞いたロイド君が、再びルイさんに質問を投げ掛ける。
「中層ならまだそんなにはいないわ……と言ってあげたいのだけれど、大討伐直前のこの時期ではそうした考えは捨てておく方が無難ね。もう一度繰り返すけど、どんなに怖くても逃げちゃだめ。絶対に追いつかれて、無防備な背中から喰われるだけよ。恐怖心に負けて逃げて、結局追い付かれて……そういう結末を迎えてしまったエルフは多いわ」
ロイド君の顔がやや青くなっている。無理もないか……とはいえ、そういう事実もしっかり伝えておかないと、最終的に困るのはロイド君本人だ。
「ルイさん、そいつらの特性は分かった。で、そいつら単体の強さはどれぐらいなの?」
足の速さや集団で行動する厄介さなどは分かったが、肝心な強さがまだあんまり見えてこず、自分はそう問い掛けた。
「単体の強さならハンティング・ホーンにも劣るわ。前面の鱗は硬いけど、側面はそうでもない。足は速いし噛み付く力は強いけど、魔法やブレスは使えない。単体ではそう強くないからこそ、徒党を組むのだと言い換えられるわね」
なるほど、そういう部分は人間に似ているな。PTプレイはお互いの長所を生かし、短所を打ち消し合うものだから。
ランニング・ハンターは防御力の高い前面の鱗を生かしつつ側面をカバーするため、横一列になって襲ってくるんだそうな。そして目標に接近してがぶり、と。
「じゃあ、突っ込んでくるところに炎の魔法でも撃てば自滅するの?」
エルの質問に、ルイさんは「ええ、そうよ。最大の弱点は突進攻撃しかできない知能の低さね」とばっさり。こっちの一番の敵は、脅えてしまう自分自身の心なんだそうだ。
「いい? どんな魔物に出くわしても慌ててはダメ。冷静で居続けることが生き延びる最大のコツよ」
ルイさんはそう話を纏めて歩き始めた。いよいよエルフの森の中層へと、とらちゃんの案内を頼りに足を踏み入れる……

    ◆ ◆ ◆

エルフの森の中層に入ってから、しばらくの時間が経過している。例のランニング・ハンターとやらは、まだ出てきていない。
「《ポイズン・スネーク》!」
でかいカマキリの外見を持ち、体は黒くて目と前脚のかまの刃部分だけが不気味に赤く光るモンスター、ブラッドサイス・イーターのペアと遭遇してしまった。一匹をルイさんが、もう一匹を自分とエルとロイド君の三人がかりで対処中である。
先ほど自分が繰り出したアーツにより、スネークソードの先端がシュルシュルっと地面をって敵の腹部に到達し、毒蛇の牙のように思いっきり突き刺さる。
だが、そんな攻撃をもろに受けたにもかかわらず、ブラッドサイス・イーターはのけぞりもせず、右の鎌を自分に向けて振り下ろしてきた。
盾系アーツ《シールドパリィ》ではじくことによってダメージを大きく軽減したものの、その衝撃はかなり重く、自分は体勢を崩された。そこにもう一つの鎌が襲い掛かってくる。
(アーツの発動が間に合わない!)
仕方なく、今度はアーツなしのまま小盾で防御する。ドラゴンの骨から自作した頑丈な小盾をもってしても完全に受け止めることはできず、腕にまで衝撃を届かせてきた一撃によって、自分は空中に吹っ飛ばされる。
ただし、吹き飛ばされたのは半分わざとだ。あえて自分から飛ぶことで衝撃を逃がし、ふんばるよりもダメージを軽減するテクニックを利用したのだ。しっかり受身も取って、落下ダメージをなるべく減らす。
「だ、大丈夫っすか!?」
周りからは派手に吹き飛んだように見えただろう。牽制けんせい攻撃でモンスターの行動を妨害していたロイド君が、自分を心配して大声を出す。
「わざと飛んだだけだ……大したダメージは受けていない!」
不安そうなロイド君を安心させるため、自分の状況をロイド君へと伝える。受けたダメージは大体ヒットポイントHP最大値の二〇%ほど。直撃したら危険過ぎる一撃だったが、これぐらいで済んだのだからおんだ。ポーションを一本自分の体に振りかけて、すぐ戦闘に復帰する。
「《穿孔弓せんこう きゅう》の準備が完了したわ! 行くわよ!」
エルが〈長弓〉のアーツを放った。発射後に即着弾するという現時点における全ての弓アーツの中でも最速の矢速を持つ上に、攻撃力も非常に高いアーツだ。
何それチートじゃん、と思われがちだが、当然それなりの弱点がある。それは、放つまでに一切動けない状態で三〇秒ものチャージ時間が必要だということと、射程が〈長弓〉のアーツの中で最短なのだ。
隙が大きいから仲間のフォローのない対人戦闘PvPじゃ自殺行為だし、モンスター相手でもかなりの工夫がいる。大半の使い道は、こうやって他の人が戦って作った時間を生かしてチャージを済ませる形になる。
ドシュン! とエルの弓から放たれた矢は、ブラッドサイス・イーターの胴体を一瞬で食い破り、貫通した。特性上痛覚がないとしても、胴体が消え去ってしまってはどうしようもあるまい。地面にぱらぱらと落ちたブラッドサイス・イーターの鎌や頭部などが光の粒子に変わり、綺麗に消え去っていく。
「そちらも終わったみたいね」
ルイさんはすでにもう一体のブラッドサイス・イーターを倒していたようだ。こちらは三人がかりでようやくだったのだが。
「いきなり手荒過ぎる歓迎よね、中層最強の魔物であるブラッドサイスにいきなり出遭うなんて」
エルがぼやく。そう、この手ごわい相手はエルフの森中層で最強のモンスターだったのだ。一緒に行動している数は最大でも二匹という特性があるのでまだマシな部分もあるのだが、ルイさんがいなければ非常に危なかったのも事実だ。
「し、死ぬかと思ったっす……アースさんが前に出てくれたので本当に助かったすよ……」
ロイド君は緊張の糸が切れたのか、そう言葉を漏らしながら何とか落ち着こうと必死で深呼吸を繰り返す。とらちゃんに確認して、付近にモンスターがいないことは分かっているから、ロイド君が落ち着きを取り戻すまで待つぐらいの時間はある。
「半分わざととはいえ、あそこまで見事に体を持っていかれるとは思わなかったな……鎌の切れ味だけでなく、腕力も相当なものだ」
自分も正直な感想を口にする。《フライ》を使ってコントロールしないと危険なほどの高さではなかったが、それでも軽鎧を着込んだ人一人をああまで大きく吹き飛ばすのは、尋常ではあるまい。サードの街近くの山道ダンジョンにいたオーガとも、パワー勝負で十分り合えそうである。
「かなり厳しいスタートになってしまったけど、単体でならあれ以上の強敵は存在しないわ。だからどんな魔物が出てきても脅える必要はないわよ」
ルイさんが発想の転換を勧めてくる。確かにいきなりながら最強のモンスターを打ち破れたのだから、中層のモンスターとでも十分に渡り合える自信になるか。
「そ、そうっすね! ルイさんの言う通りっす!」
どうやら平常心を取り戻してきたらしいロイド君が、両手を握り締めつつ自分自身に言い聞かせるように大きめの声を出した。そうすることで、半ば無理やりにでも自分の中に生まれた恐怖心を打ち消したいのだろう。
「気合を入れるのはいいけど、それで体を固くしては意味がないわよ。注意してね」
そんなロイド君の頬を軽くなでて、そう忠告するルイさん。おーおー、ロイド君の顔が赤くなってるね、実に微笑ましい光景だ。
「さて、ひと息つけたことだし、そろそろ進みましょうか」
くすくす笑いながらエルがそう切り出し、ロイド君をあたふたさせる。心なしか、とらちゃんも優しい目でロイド君を見ているようだ。
「ん、そうだな。とはいえ……あんな強敵がうろついている以上、まずは中層の中でも浅い場所で慣れるべきだと思うが、どうだろうか?」
この自分の意見への反対はなかった。
実際、この後でランニング・ハンターの六匹チームや、ハンティング・ホーン三匹&ツインブレイド・ホーン四匹という団体さんが襲ってきたりと、モンスターの大歓迎を受けた。
ルイさん無双が炸裂したり、自分の【強化オイル】をプレゼントしたりと何とかしのいだが……あまり無理に戦い続けても危険なだけなので、ほどほどのところで切り上げて村へと帰還。
ここから先に行くには四人でも不安が残ることを匂わせる一日になった。また新たな仲間を募る必要性が高まってきたな……


【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv16 〈剛蹴〉Lv27 〈百里眼〉Lv25 〈技量の指〉Lv10(←1UP)
〈小盾〉Lv26(←1UP) 〈隠蔽・改〉Lv3 〈武術身体能力強化〉Lv42
〈スネークソード〉Lv47(←1UP) 〈義賊頭〉Lv20
〈妖精招来〉Lv5(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv4
控えスキル
〈上級木工〉Lv32 〈上級薬剤〉Lv21 〈釣り〉Lv2 〈料理の経験者〉Lv10
〈鍛冶の経験者〉Lv21 〈人魚泳法〉Lv12
ExP31
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
   妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 
   託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
   人魚を釣った人 妖精国の隠れアイドル
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人




「おーい、ロイド君。こんな感じでいいのかー?」
「あ、大丈夫っす、そんな感じでお願いするっす!」
今自分とエルは、ロイド君の実家が所有している大きな小麦畑にて、収穫作業を行っている。知り合いに知られたら、大討伐を間近に控えているのに何をやってるんだ、もっとレベルを上げないといけないんじゃないか、と言われそうだが……実は昨日、中層への初挑戦を終えて村に帰ってきた後に、気が抜けたのか疲れ切ったのか、はたまた両方か、ロイド君がぶっ倒れたのだ。
ルイさんはそれを、初めて強敵を相手に命を懸けて戦ったストレスが原因だと判断。ロイド君の案内で両親の元へ直行し、彼が立派に戦ったことと、少し休息が必要であることを告げた。するとロイド君の両親も、ブラッドサイスと戦ったのなら無理もない、と理解を示して彼をそのまま休ませた。
しかし、一日経ってログインしても、ロイド君がまだ戦える状態にまで回復していないのは、彼の青い顔を見れば一目瞭然だった。
「しばらく戦いはお休みにしましょう。ここで無理をして潰れたら元も子もないし、ブラッドサイスを倒せたんだから実力は十分よ。しっかり体を回復させてから軽く調整して、大討伐を迎えることにしましょう」
ルイさんからの提案に、自分とエルも賛成した。若い芽を潰してしまうのが何よりの害悪であるのは、言うまでもないことだ。訓練と違って、森の中での戦いは殺し合いだ。出遭ったらどちらかが逃げるか、死ぬかしかない。倒されていくモンスターを見て、ロイド君が「死んだら、自分もあんな風に何事もなかったかのように消えるのか」と考えて苦しんでいるとしてもおかしくない。
そんなわけで、森に行く予定はなくなったのだが、自分としては時間を持て余すことになってしまう。
どうしたものかと考えていたところ、ロイド君から提案があった。「うちの畑って結構広いんすよ。よかったら収穫を少し手伝ってほしいっす。もちろん両親が報酬を払うっすから!」と。
本来ならば大討伐後に行うはずだった作業だが、日常生活に戻してやることでロイド君の精神の早期回復が見込めるのではないかと、予定を早めたそうだ。それならばと、自分とエルもそのお誘いに乗っかることにした。
左手で小麦の茎を掴んで束にして、根元を足で踏んで押さえながら、右手に持った草刈り鎌でばさっと切っていく。農業機械の発達したリアルではまずやらない、昔ながらの収穫方法である。
「こうしていると、昔を思い出すわねー」
エルの発言に、それは何百年前のことなんですか? なんて疑問が頭に浮かぶが、それを口にしないのが生き残る秘訣だ。下手な相槌もNGなので、自分は聞こえなかったふりをして作業を続ける。
五人がかりですでに一時間ほど続けているが、まだまだ終わる気配は見えない。風に揺られた金色に輝く小麦同士がこすれて、ザアアッ、ザアアッと陸の上に生まれたさざ波のような音を立てる。
「そろそろひと休みしましょうか、これをどうぞ」
ロイド君の母親がアップルパイを出してくれたので、遠慮なく頂く。
「あ、これは甘さがそんなに強くないんですね」
ひと口かじって味わうと、甘さが控えめになっていることに気がつく。
「ええ、男の人はあまり甘さが強過ぎるとつらい人もいるでしょう? だからあんまり甘くしないのが我が家の流儀なんですよ」
ロイド君の母親がそう教えてくれた。自分も、おしることか甘酒とかの甘さなら平気なんだが、どうにも洋菓子で甘過ぎるものは少々苦手だから、これはとても助かった。お陰で食べるのに苦労することもなく完食。
「ご馳走様ちそう さまでした」
空になった器に向かって両手を合わせる。そういえば一時期、こうして手を合わせるのに何の意味があるんだ、なんて論争が起きたことがあったっけか。かてとなった命、そして料理を作ってくれた人への感謝を込めてそうするものだと自分は考えているのだが、かなり違った意見もあって驚いた記憶がある。
「そういえば、あなたも料理をするとロイドから聞いているのですが、どのようなものを作るんですか?」
ロイド君の母親が器を回収しながら話を振ってきた。
「そうですね、それではご馳走になったお返しにこちらをどうぞ」
百聞ひゃくぶんは一見にしかず。あれこれ説明するよりも一回食べてもらった方が分かるだろう。前に大量生産した肉まんを、ロイド君の母親に手渡した。
「お饅頭まんじゅうですか? それにしては随分と皮が柔らかいですし、熱いですね」
中にはお肉や野菜の具が詰まっていることなどを簡単に説明して、まずはひと口食べてもらう。
「これは……もぐもぐ……熱くて美味しいですね。この柔らかい皮も、中の具もいけますね」
嬉しそうに、でも熱いのでゆっくりと食べるロイド君の母親。当然そうなれば……
「すまん、私にも一つもらえないだろうか?」
と、今度はロイド君の父親も肉まんに興味を示した。もちろん渋らずに提供する。
「おお、確かに熱いな。だが……ふむ、こういう手軽な肉料理もあるのか。こいつはいいな」
どうやら好評なようだ。まあ、ロイド君にウケたから大丈夫だとは思っていたけど。だって味の好みは親に似るからね。
「さて、もう少し頑張りましょうか」
エルのひと言で皆が立ち上がり、刈り取った小麦を一箇所に集めていく。
「そういえば、ここまで魔法って一切使ってませんね?」
《ウィンドカッター》などで一気に刈り取ったりしないのだろうか。
「何でもかんでも魔法に頼るのは危険だから。それに魔法で一気に済ませると変な傷がついたりして、食べ物に失礼なのよ」
と、ロイド君の母親が教えてくれた。どうもエルフの子供も必ず一度は、魔法でやればもっと早く終わるのに、と考えて親に聞くものらしい。
収穫した小麦はしばらく干して、後日脱穀作業を行う。そのときに使うのは……やはり昔ながらの千歯扱せんば こきだそうだ。
こうして、のんびりとした日常が大討伐の前日まで続くのだった。




 ――その頃のグラッド達――

「さて、いよいよ大討伐が間近に迫ってきたが」
グラッド達のギルドエリアにて。重戦士のザッドのひと言から、大討伐に向けたPT内の話し合いが始まった。
「基本的には最奥まで行って、大物をガンガン張り倒す、それだけだろ? 俺達はもうすでに森の奥まで行くのが日課だし、この大討伐が終わったらいよいよダークエルフの谷ってわけだ」
レンジャーであるジャグドが自分の意見を述べる。
「まあ、アタシもジャグドと似た意見かしら。実際エルフの森の最奥でも、余裕とまではいかなくても十分に渡り合えているし、これといった変更は考えなくていいと思うわ」
ジャグドの意見に格闘家のゼラァが乗っかる。
「ま、大討伐っていうぐらいなんだし、普段よりも敵の数は大幅に増えるだろーから油断だけは禁物だけどね〜。それでもこのPTなら、平常心で戦えばそれで済むんじゃないのかな? 唯一気がかりがあるとすれば……」
攻守兼任魔法使いのガルの言葉を受けて、グラッドPTの視線が一人に注がれる。
「だから、そこでこっちを見んなよ!! 確かに俺には熱くなって突っ込み過ぎた前科があるからしょうがねえと言えばしょうがねえんだが、ちゃんと反省はしてるんだからよぅ……」
槍使いの戦士ゼッドが言い返す。ちなみにこのゼッドは、以前アースがグラッド達と協力したときは不在だった人物である。
それからしばらく話し合いが続き、大体話が出揃ったところでグラッドがパンパンと手を叩いて場を静まらせた。彼も長期PTのリーダーとして、貫禄というべきものが少しずつ出てきたようである。
「纏めるぞ。大討伐のとき、俺達は最前線に赴く。もしボスクラスがいればそいつを遠慮せずに討ち取る。それでいいな?」
グラッドの言葉に、グラッドPTのメンバー達全員が首を縦に振る。
「まあ、やることはいつもと変わらんか。この世界で最強の二文字を得るためにも、こんなところで苦戦はしていられない。いつも通り戦って大物を倒し、次への踏み台とするぞ。前にあった戦争のときと同じ感じでな」
PTメンバーは「「「おう!」」」と声を上げてグラッドの宣言に応える。これをもって話し合いは終了し、解散となった。

「グラッド、お疲れ様」
皆が消耗品などの買い出しに向かった後、ゼラァがグラッドに声をかけた。
「ああ、ありがとよゼラァ。こういう話し合いによる意思の疎通はとても大事だからな。おろそかにはできん」
以前シルバーと同じPTにいたときのグラッドは、強くなることだけを考えるあまりに他者と話し合う時間をあまり持たなかった。彼はそれで失敗したことをいましめとしているようだ。
「アタシ達もある程度は名が売れてきたけど、まだ最強の一角の一つってところだからね。他の人達と大きく差をつけるには、実にうってつけのイベントだ」
ゼラァの言葉に、グラッドは静かに頷く。
最強。この二文字を手に入れたいがために集まったのが、グラッドPTのメンバー達だ。世間でも、VRMMOとしての「ワンモア」の話はリアルの色々なところで取り上げられているので、たかがゲームと見下す人はかなり少なくなってきている。
そもそも、格闘ゲームをはじめとしてゲームの大会はこれまでにも多数行われてきた。そうした大会の優勝者に支払われる相応の賞金も確かに魅力かもしれないが、最強の存在という名誉こそが、グラッド達が最も欲するものだった。
強くなりたいという願望は、程度の差こそあれ大抵の人が持っているものだ。だが、その願望を実際に叶えようと努力する人は少ない。皆、捨てゼリフを吐いて途中で諦めるのだ……グラッドにとって、それは我慢ならないことだった。
「強くなりたいと真剣に考えたのなら、ハンパにやるんじゃねえ! 目一杯やれよ!」
それがグラッドの持論だ。
だから、コントローラーやキーボードで操作するのではなく、自分の体を動かすように行動できる「ワンモア」の世界で最強になろうと最初に決心してから、その意志をここまで貫いてきた。そしてこれから先も貫き続ける。この世界に来られなくなるその日まで、グラッドの意志はおそらく変わらないだろう。
「そうだな、この大討伐で圧倒的な差をつけ、俺達の強さを周りに見せつける。そして今後も今回のような戦闘関連のイベントでトップを取り続ければ、誰もが俺達こそがこの世界の『最強』PTであると認めざるを得ないだろう」
そこまでひと息に言ったグラッドは、コップに注がれていた水を口に含む。やや熱くなってきている体を冷ましてくれるレモン水が、妙に美味く感じられた。
ゼラァはそんなグラッドの言葉を聞いて、ふふっと悪女のような笑みを浮かべる。
「そうね、女だからって理由で一方的に見下してくる時代錯誤の連中を黙らせることもできる。PvPで負けたら『女相手に本気になれるか!』なんて言葉を吐いてきた男共でも、最前線での戦闘は誰か一人が足を引っ張るだけで崩壊するってことは、さすがに知ってるでしょ」
ゼラァが自分の過去を少し振り返りながら、自分のコップを手に取り中身を飲み干す。
スッと体の余計な熱を冷ますレモン水は、彼女もお気に入りの飲み物だ。実はゼッド並みに熱くなりやすいことを自覚しているゼラァは、そんなときにレモン水を飲むことで過剰に熱くなり過ぎないよう心がけている。もちろんゼッドにも勧めたのだが……彼の熱は、レモン水を飲んだ程度では収まらなかった。
「ああ、男だとか女だとか関係なく、強い奴は強い、でいい。性別でああだこうだ言う連中は俺も嫌いだ」
グラッドはそう斬って捨てる。
リアルでも、男だから、女だから、という言葉を振り回すやからを見かけることがままある。実にくだらない考えだと、グラッドは思っている。女が必ずおしとやかにする必要はないし、男が絶対にたくましくなければいけないこともない。男女関係なく、そういう発言をする者とは距離を置くことにしていた。ぶん殴って考えを訂正させてはこちらが悪になるし、そういう連中には言葉を尽くしても無意味だからだ。
「まったく、性別だけで人を判断する奴はこの時代になっても全然減らないわよね。あ、もちろん男側だけでなく女側もよ? 男に対して男だからなんだって言う女も、アタシは大嫌い」
ふう、とため息をつくゼラァ。彼女もリアルでは色々とありそうだ。
「なあ、大討伐の前座ってことで軽く体でも動かすか? どうだ?」
グラッドがゼラァにPvPを申し込む。
「いいわね。こんなときは体を動かしてすっきりするべきよね」
ゼラァは嬉々ききとして、グラッドの申し込みを受け入れる。
「それじゃ、いくぞ。いつも通り、お互いに手加減はなしで」
「あったりまえじゃない。本気でやらなきゃ、それこそアンタをぶっ飛ばすわよ?」
そうして、他のPTメンバーが帰ってきたときには、グラッドとゼラァによる壮絶なPvPが行われていたという……
「ふむ、仲がいいほどなんとやら、に近いのかも知れんな、あの二人は」
ザッドの呟きに、ガル、ジャグド、ゼッドが三人揃ってうんうんと同意していたことは、まったくの余談である。
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