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第4章

安眠・勧奨懲戒

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「ワイムス君、直ぐに結界(バリア)を起動させるんだ」
「えっ?で、でも、お前はどうするんだよ」

戸惑いながらもワイムスはガラスの小瓶を取り出し、素直に起動した。
男たちは獲物を構え、じりじりと間合いを詰める。
対人戦の対処の仕方はクレイに教わっていないんだよ。相手は生身の人間なんだから、加減しないとゴブリンの頭みたいに吹き飛ぶ。皮膚が硬いゴブリンでさえやわこいトマトのように弾け飛んだのだから、人間となると蒸発しかねない。それはおそろしい。

指名手配犯を即死させるなんてこと、してやらない。悪いことをしたのならそれ相応の罪を背負ってもらわねばならない。
生きるより辛い目にあわせて、それから絶望の中で最大級の苦しみとともに…

「くらええええ!」

ちゃんちゃんこの超馬鹿、いやチョバカが剣を突き刺してくる。
暢気に拷問方法なんて考えている場合ではなかった。恐怖耐性はこんなところでも俺の意思に関係なく発動してしまう。普通、盗賊に命を狙われるなんてちびるくらい恐ろしいことだろう。だが盗賊よりも恐ろしいモンスターをいくつも相手にしてきたし、なんせ最強で最恐のボルさんで耐性は出来ているから、恐さなど微塵も無かった。
流石にあんな切っ先鋭い剣で貫かれたら痛い。ここは防衛からはじめましょう。

「盾(シールド)展開」

ガキンッ!

魔法が発動するのと同時に剣が弾かれ、勢いのまま突っ込んできたチョバカごと地面に転げ落ちた。急勾配だから一度転ぶとけっこう下まで落ちてしまう。

「なんだと?!こいつ、魔法使いか!」
「マハル、エルヤ、気をつけろよ!自衛に長けた魔法使いは厄介だ!」

アホことアホルヌスが巨大斧を構え直し、先ほどよりも腰を深く落として警戒した。
アホルヌスのランクはB。そのランクの基準が元冒険者の時のものだったとしたら、一筋縄ではいかないだろう。ガレウス湖畔にあった砦で逃げ惑っていたチンピラとは格が違う。あと、ランクが隠されているトンマさん。今アホルヌスがエルヤ、と呼んだ細身の若い男。
名前すら偽名を名乗っているのか。正体がわからないっていうのが一番不気味だ。

体勢を立て直したチョバカとアホルヌスが連携して近寄ってくる。エルヤと呼ばれた男は離れたところから弓を構え、たと同時に矢を放った。早い!

「うわあああっ!」

バチッ

矢は真っ直ぐにワイムス目掛けて突き刺さった。いや、刺さってはいない。刺さる寸前のところで浮いたままになっている。ぼんやりとした光に包まれているワイムスは、目の前で空中浮遊する矢を見て更に叫んだ。うっさい。

「アイツも魔法使いなのか?!しかもエルヤの放った毒矢を防いだだと?」

毒矢とか!
毒矢で即死させようとしたのか?いや殺すのが目的なのはわかるが、まさかの毒矢ですよ。
可哀想なワイムス、白目むいて引っくり返ってしまった。結界(バリア)効果は発動者の意識が失われても効果が持続する、と。よしよし、これでワイムスは放置していても大丈夫。無駄に叫ばれるより静かなほうがマシだ。
さてはてどうするかな。彼らはかなり戦闘能力が高いようだし、なるべくなら血を見たくない。考えが甘かろうと、自分の手で人を殺すのは嫌だ。
ただし死なない程度に痛めつけることはできる。

彼らが俺を魔法使いだと思っているなら、今は魔法使いになってやろう。ローブをわざとはためかせ、胸を張って見栄を切る。

「やあやあ我こそは!えーと、ちょっと魔力が強い魔法使いというのは俺のことだあ!そこで伸びているのは魔法使いの弟子!」

ふふ。気分は芝居役者だ。かなり大根だけど。
旅の恥はかき捨て!

「くっそ、やっぱりそうか!なんでこんなところにいやがる!」
「お前らが闇で売りさばこうとしていたガロノードバッファローは俺が全て退治した!お肉を美味しく食べるため!」
「はああああ???ふっざけんな!ありゃあ俺たちの獲物だ!」
「名前は書いてありませんでした残念!」

鞄の中からユグドラシルの枝を取り出す。こいつを杖に変化させると俺の魔力は扱いやすくなり、力を増してしまう。できるだけ手加減をしたいから、枝のままで使うとするか。魔女っ子のようだな。ピンプルパンプル…
魔法使いって呪文とか唱えるの?長い詠唱で…神々の力をお借りして我が命ずるとか言っちゃうの?コズミック…なんたらファイアーとかえらく長い呪文を叫ぶの?それはちょっと恥ずかしいな。

「魔法使いの生き血を飲むと長生きできると聞いた。だったらお前の血をすすってやるよ!」
「いやだレクター博士!!そんなおぞましいことされてたまるか!えーと、とりあえず眠って欲しいんだよな。あとは縛って…」
「おりゃあああ!!」

巨大な斧が振り下ろされた。盾(シールド)がしてあるとはいえ、避けないわけにはいかない。

「速度上昇(クイック)展開!とうぅっ!」

素早く動いて斧を回避。掛け声がヒーローっぽいのはご愛嬌。
ジャンプしながら避けるとき、ついついこんな掛け声が出てしまうのは、幼いころテーマパークで見た戦隊ヒーローショーのせい。気分はセンターレッド。

「毒にしかならない素材を採取させるわけにはいかないんだ!お天道様が許しても、この俺が」
「うおりゃああああ!!」
「最後まで聞けよ!炎(フレイム)展開ッ!」

掌から発した炎の塊をアホヌルスの顔面にくらわす。いやたまたま当たっただけ。センターレッドはキャッチボールさえ下手糞です。

「ギャアアッ!このやろうがっ!」
「氷(グラキ)!」
「ガッ!」

顔面火傷を冷やしてやろうと氷の塊をぶつけたら、もともと潰れていた低い鼻を更につぶしてしまったようだ。豪快に鼻血が散る。
それにしても手加減というのは難しいな。対モンスターだったら剛炎(フラン)をかまして焼肉にしてしまうのだが、流石に人間を焼肉にするわけにはいかない。いくら恐怖耐性があるとはいえ、生きたまま人を焼くなんてとんでもない。ゴブリンを殺戮しておいてなんだが、俺は猟奇殺人犯にはなりたくない。

冒険者には対盗賊相手に正当防衛が認められている。それが過剰防衛になったとしても国は黙認。ただ、遺体だけは何処にあるのか報告しなさいね、というだけ。

「ぐぞおおおっ!マハル、エルヤ、なにをぼんやりどじでいる!」
「だけどよアニキ!俺ぁ、魔法使いを相手にしたことなんかねぇぞ!」
「弓なんかもっと使えないじゃないか!妙な光に弾かれる!」

アホルヌスが痛むだろう鼻をおさえて二人に怒鳴り散らした。
魔法使い相手にここまで警戒するのには理由がある。魔法使いと言っても千差万別、自分に相手を凌ぐほどの魔力が無ければ相手の魔力を測ることが出来ない。魔力を測ることが出来なければ、自分との力の差を測ることも出来ない。うかつに手を出せばどうなるかわからない。ゆえに、戦う相手の力量を測ることは大切なのだ。
魔力を利用して放たれる攻撃魔法は予測がつきにくく、その威力も効果も千差万別。

特に俺は『思いついた』魔法を全て具現化することが出来る。
そのうえ誰かに師事していたわけではなく、前世の映画やゲームといったサブカルチャー知識のみ。そういう知識ってこの世界ではものすごく斬新らしい。

「捕縛するには眠らせるのが一番だよな。えーと、眠る、寝る、安眠…マクラ…?」
「なにほざいでるっ!」
「そうか、睡眠ソルシュ!」

心地よい眠りを貴方に!

徹夜した翌日に日干ししたふっかふかの布団で横になったが最後、睡魔の誘いに抗えるものは誰もいない。
そんなイメージを強く持ち、向かってきたチョバカに安らぎを提供した。

「ぐああっ!テメェツ!な・なにをっ…!ぐぅぅっ!」
「朝から夜まで外回りして、残業した上で急な飲み会の誘いで朝まで上司込みのきっついカラオケ!下手くそな演歌をさんざん聞かされもうだめ死んじゃう思いながら帰宅したら優しい奥さんがふっかふか布団を用意して待ってくれた!そんな優しさに抗えるヤツは誰もいない!」

奥さんいたことないけど!

「くっそっ…!なんで…、眠くっ…!」
「おおおい!テメェ何をしやがった!マハル!マハル!!」
「ぐうううっ!こんな、気持ちいい…うぐぐぐ…ねっむ…ねっむぅ…」

最初からこの魔法をかけていれば良かったな。
悔いても過ぎたことだ。仕方が無い。アホルヌスが慌てふためく中、チョバカは必死で睡魔と戦う。だがこの急勾配の坂を登ってきただけでも肉体的な疲労は相当だったのだろう。柔らかく暖かな布団、そして優しい奥さんの愛に逆らえるものなどいない。

…なんかすんごい魔法思いついたな、俺。

「う…く…すぴーーーーー」
「マハルゥゥ!!」

頑張っていたチョバカが穏やかな顔をして沈んだ。彼は懸命に戦った。きっと今は幸せな夢を見ていることだろう。目覚めたら牢獄だろうけど。

「このやろおおおぅぅ!」

殺したわけじゃないんだからそんな怒らなくてもいいじゃないかと思いつつ、アホルヌスにユグドラシルの枝を向ける。
俺が思いつく魔法は実現することが出来る。だからもしも精神崩壊とか洗脳とか、そういう相手の精神に直接触れることすら可能なのだろう。心臓を握り潰しちゃったり、脳みそ吹き飛ばしちゃったり。
だけど、やらない。少なくとも今はやらなくていい。そこまでの相手ではない。

睡眠ソルシュ、展開っ!!」

意思が強そうなアホルヌスにはチョバカの倍強い魔力を込めて放った。
睡眠魔法は対象物の全身を優しく包み込み、これ以上ないほどの安らぎを容赦なく与える。ただ強制的に眠らせるのではなく、抗えなくなるのだ。
盗賊などという家業に従事しているものに安らぎなど無いだろう。その弱みにつけこむ。
人間誰しも安らぎが必要なのだ。ほっとする場所や人が絶対に必要なのだ。そうやって心の平穏を保つ。それが、人。

さあ、眠りなさい…

睡魔がいるとしたら、見た目だけならプニさんのような美女なのだろう。見た目だけなら。
暖かさと平穏。生まれたての赤ん坊が母親に抱きしめられたときに感じる暖かさ。
それを、貴方に。

「くっそ…!くそお!わけの、わからねぇ、まほう…つかい…が」

アホルヌスは懸命に戦った。抗った。
しかし勝てない。勝てるわけが無い。
金銀財宝よりも欲しいと思っていた、強い願望。

安らぎ。

「くそ…ちき、しょう………すやぁ」

顔面を地べたにめり込ませ、アホルヌスも続いて沈黙。
この呪文、便利だな。いちいち相手にするより眠らせてしまえばいいんだから。
あらぶっているモンスター相手には通用しないかもしれない。やつらにふかふか布団で眠るときのあの極上の瞬間なんて理解出来ないだろうから。
いちゃもんつけてくる冒険者には有効だな。

さて。

残りは躊躇いもせず毒矢を放った怪しい男。
鑑定(アバルス)されないように正体を隠しているから、盗賊なのか何なのかすらわからない。
弓を構えた瞬間に放って、それがワイムスの眉間を真っ直ぐ貫こうとしていた。弓の腕は相当いい。もしかしたらランクBのアホルヌスよりも腕の立つ盗賊。不気味すぎる。

ユグドラシルの枝を無詠唱で杖に変化させると、男の顔つきが変わった。

「………貴方は…ただの魔法使い、ではありませんね」

顔つきどころか態度すら変わった。悪かった人相がみるみると穏やかなものに。
猫背だった姿勢がしゃんとしたものになり、先ほどの盗賊は何処へやら。

「はい、コレ」

鞄の中から真鍮製の、何の飾りっけもないギルドリングを取り出した。

「冒険者ですか。ふふ、まさかとは思いましたが…Fランク、とは」
「まさかですよねー」

あははは、と合わせるように笑うと、男は背負っていた鞄をゆっくりと地面に下ろした。さてどんな手でくるのかと杖を両手に持って構える。
が、男は鞄の中から白い布を取り出した。

「いやー!吃驚だ!まさかこんな場所で貴方のような御方に出会えるとは!」

そして百八十度態度を変えると、破顔。ケラケラと笑い出した。
布で顔をがしがしと拭き、汚らしかったジャケットを脱ぎだす。鞄から別の緑色の服を取り出し、それを纏った。
何この状況。

「ぷはあ、助かりました。本当に、助かりました。こいつら臭くて臭くて…ああもう嫌だ!朝起きて顔を洗わないなんて信じられません!」

え。
なんなの?
どうしたの??

「あのー」
「はい!私は怪しいものではありません!」

怪しさ満点で何言ってんだろ。
男は布で汚らしかった顔や身体を拭き、櫛でもじゃくちゃだった髪を整える。そして弓に張った弦を外し、地面に置くと。

「私はアルトン・マル・モトーラ上等兵!マティアシュ領潜入調査竜騎士でありますっ!」

そう、輝かしい笑顔で堂々と名乗った。



トンマじゃなかった。






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諸事情ございまして、1日置き更新が出来なくなる可能性がが。
なるべくペースを崩さず更新し続けたいので頑張ります。

コメントの返事が出来ませんが、全て読ませていただいております。
いつもありがとうございます。

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