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連載

番外、魔王城でのやりとり

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「魔王様、アース様が先日魔王領を出たそうです」

 リビングアーマーからの報告に、魔王は「そうか……」と一言だけ呟いた。

「あれだけ多くの人々から質問をされ続けては疲れるだろうからな……仕方あるまい。かといって、魔王の強権で民にやめろと言うのは難しい。それでは恐怖政治になりかねん……民ももう少し自重してくれればよい物を……ピジャグ肉の新しい味を知ってしまった事で歯止めがかからなかったのかも知れぬが」

 魔王の所にも件の噂として、漆黒の料理人の話は届いていた。各地に散っている魔王の目の役割をはたしている者達から、料理人はアース本人であると言う報告ももちろん入ってはいるのだが……そこに魔王が民衆のの間に入って追及してはならぬとやってしまえば、ますます要らぬ憶測を呼ぶことになる。そのため、傍観に徹する形を取らざるを得なかったのである。

「それにしても、あの料理は非常に美味でしたね。あの硬くて食べずらかったピジャグ肉を、あそこまで食べやすく改良したのですから」

 エキドナの言葉に反論はない。実は、魔王と四天王全員はアースがまだ例のお店に勤めていた時にこっそりと例の料理を食べに行っていた。もちろん変装……ではなく完全な変身を行い、見た目からでは絶対に分からないように姿を変えてからではあるが。噂の確認と、アースの無事を直接確認する……というお題目の休息であったわけだが、とろピグの味にやられてしまって、全員が数回お代わりをしていたりする。そして城に帰ってきて食べ過ぎた、ちょっと苦しいと色気も何もあった物ではない姿を曝していたりする。

「──それでも、あの外套を脱がずにいてくれたのはこちらへの義理立ての意味合いもあったと考える。決して性能だけを買って脱がなかったのではないと思う」

 死神の言葉に、他の四天王三人と魔王が頷く。そう言う所がある人物であると言うデータもあるので、これにも異論は上がらない。

「しかし、惜しいな。婿入りして貰えば次代の魔王も産まれやすくなっただろうし、料理も美味い物が食えたかもしれん。むろんわが城の料理人の腕も素晴らしいが、かの者とは方向性が違う。おまけに私の趣味にも付き合える……同族であれば、何が何でも我が婿として愛情の拘束をした物を」

 この魔王の発言に、四天王の四人はちょっぴり恐怖を覚えていた。

「それはまた別の機会という事で……魔王様、その料理のある街に向けての移動者や移住者の要望が日々増えております。このままでは一つの街にばかり人が集まってしまい、経済や治安、行政に多大な問題が出ます。これを放置するわけにはいきません。何とかその料理を出している店と交渉し、ピジャグ肉を用いた何らかの料理を他の街に流すようにするしか」

 内心の冷や汗を隠しつつ、リビングアーマーが話の方向転換を行った。このアースが生み出したピジャグ肉の料理は、その存在と味が徐々に広まるにつれて影響が大きくなり過ぎている。このまま魔王が何もしなければ、大きな混乱が起きる事は必死という状況になりつつあった。

「その打開策としてな、新しい魔道具を作り上げた。特定の物のみを魔王領内に限って転移させるという特性がある。それが、これになる」

 見た目はただの木の箱にしか見えない。しかしそれは見た目だけであり、その箱の中から感じる力を感じ取れない者はこの場にいない。

「これが親で、こっちが子だ。で、この親の方にこうやって物を入れるとな、子の方に移動する。こういった転移させる道具は今までにもいくつかあったが、これは魔力の消費を極力抑えたおかげで周囲にある魔力の吸収だけで動かせるように仕上げた。これの親を店に置かせ、子の方を受け取り専門の店に置く。この子の店には、しばらく兵士を派遣して監視させよう。盗む者が現れないとも限らんからな……後は店員だが、仕事が見つからずに街をぶらぶらしているしかない奴らがそれなりに居たはずだな。そいつらを雇う事にする。雇用も増やせて、料理も行き渡る。まずはそれで様子を見よう」

 この魔王による指示はすぐさま実行に移される。それにより、街と住民はある程度の落ち着きを見せる事になるのだが……それは少し後のお話である。

「まあ、この料理の件は特別ではあるが……それ以外でも色々と魔族の皆に刺激を与える者が居るのは事実だな。我ら魔族の兵士に劣らぬ勇猛さと実力を兼ね備えた猛者も多々居ると聞いている。特に人族でもギルドを結成し、切磋琢磨している者達は強いな。その姿を見た兵達が進んで自主訓練により一層励むようにもなったのは嬉しい話だ」

 多かれ少なかれ、プレイヤー達の行動は魔王領に住む魔族の皆に多大な影響を与えていた。もちろん良い方面だけでなく悪い方面でも、だが。炭の一件などは、悪い方面の一つの例であろう。それでも大半のプレイヤー達は、今までの経験を踏まえて魔族の人々と友好的な関係を築くものが大半である。敵対したら損なだけ、という身もふたもない理由が無いわけではないが……わざわざ敵対してもしょうがないと言う考え方が主流である。

「こちらの治安維持に積極的に協力してくれる人もいますからね。兵士とその場で連携が取れるほどの練度を持つ弓兵部隊などもいるそうです。こちらとしても、そう言った協力的な人族とは友好的に接し、助け合った方が双方にとって得でしょう。ただ……中には私達サキュバスを血眼になってまで探している人もいるそうです。そう言った者達は共通して、サキュバスに変な夢を抱いているらしいと報告には有りますが」

 サキュバス・クィーンが苦笑を浮かべながらそう呟く。どういう人が捜しているかは敢えて言うまい。彼らの名誉のために。

「まあ仕方があるまい、それだけサキュバスという種族は他の種族にも有名だからな……美人という意味でも、他の意味でもな。他種族が一方的に変な幻想を抱いたがゆえに、とんでもない方向で描かれることもあるのは流石に同情するが」

 魔王の言葉に、サキュバス・クィーンも「ええ、困った物です」と返している。

「まあ探している者達には悪いが、見つかることはないのだがな。さて、他に何か気になる事はあるか?」

 魔王が四天王に確認を取るが、誰も挙手せずに首を振るだけに留まる。

「ならば、まずは例の料理を各街にある程度行き渡らせることを優先するか。使いを出し、あの店に協力をする形を整えるぞ。我が領民が予想以上に食い意地が張っていた事に、驚きを隠せぬと言うのが本音ではあるが、それでも王としては何とかせねばなるまい。なに、あの暴走魔力との戦いのために多数の領民を戦に出さねばならぬ地獄に比べれば可愛い物よ」

 ある程度の問題こそあれ、魔王領は穏やかであった。そしてその穏やかさを作った男が魔王領を去った。だが彼は冒険者、またいつかふらりと魔王領に戻ってくるだろう。それでも一抹の寂しさはある。しかし、その寂しさは誰も口にはしなかった。魔王として、四天王としての責務があるのだから。
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