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1巻ダイジェスト

1巻該当箇所「目覚め」〜「幽霊退治」

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 「最低限の生活以上のことを望むな」
 「私に迷惑をかけるな」
 思い出したくないのに、時々夢として現れる。
 中学一年……両親が亡くなった際に母方の祖父から言われた言葉だ。
 他に身寄りがない自分が生きていくために、この人の世話にならなければならないと知った時、初めて人生に絶望した。
 逃げ出すように高校は寮のあるところを選び、大学も貧乏な一人暮らしをしていたが、そばにいなくても祖父の精神的な束縛は感じていた。 
 こうやって夢に見るたびに、つい考えてしまう。
 管理された優等生…そういうものではなく、何か別の自分になれなかったのだろうかと。
 のんびりゆったり、しがらみなく。ペットを飼って、モフモフ手触りに癒されて。
 趣味の料理で美味しい物作って食べて。好きな人と温かい家庭築いて。
 平日にめいっぱい働いたら、そのぶん週末は好きな人や物に囲まれてダラダラごろごろ……。
 あぁ……思いっきりダラけたい。

 重い瞼をゆっくりと開ける。部屋に差し込む光は、ひどく眩しかった。
 こんなに明るいなんて、今、何時だ? 寝坊した?
 記憶があやふやでよく思い出せない。
 目だけ動かして辺りを見回す。自分が寝ているのは、天蓋付きベッドのようだった。
 白地に金糸の刺繍が入ったベッドカバー。ベッドの天蓋にある装飾は、美術館とかにありそうなアンティーク調。
 天蓋から垂れ下がるカーテンも、臙脂色のベルベットに金糸の刺繍がされて、高級感たっぷりである。
 ここ……どこだっけ。何でこんなところに寝てるんだ?
 視界に入る洋館の景色を眺めながら、まだとろりとした頭で考える。
 ……何かおかしいな。
 俺の家は、古い木造平屋のアパート。1DKで、広さ六畳の畳部屋だ。部屋の天井は杉板で、長年の間に付いたシミが不気味な柄になっている。ベッドはあったが友人から貰った中古のシングルベッドだし、もちろん天蓋なんか付いていない。
 それが、何でこんなところにいるんだろうか。
 寝ぼけているせいか頭が働かないなぁ。いや、ちょっとズキズキと痛む。どこかにぶつけたのか?
 考えてもわからないなぁ。寝ちゃおうかな。
 モゾモゾと布団をたぐり寄せ、瞼を閉じて、意識を手放すべく息を吐いた。
 だが、騒音が邪魔をする。耳元で誰かに話しかけられているのだ。
 気持ちのよかったまどろみから呼び起こされて、思わず眉根を寄せる。
 うるっさいなぁ……誰だよ。
 仕方なく目を開けて、騒音の原因を睨みつけた。
 「ああ!フィルが目を覚ました!」
 金髪碧眼のキラッキラな美少年がいた。中世の王子様のようなヒラヒラの服がまたよく似合う。 どうやら、死角になっていて気付かなかったようだ。
 ……コスプレイヤー?何でこんなところにコスプレイヤー。俺、まだ寝ぼけてるのかな?
 「フィル、何があったか覚えているかい?」
 フィル? 誰のことだ?俺?
 俺は生まれも育ちも日本だ。父母ともに日本人だし、四代遡っても全員日本人という、生粋の日本人である。
 そんな外国人みたいなあだ名、つけられたことがないぞ。
 小首を傾げて記憶を手繰り寄せ―――俺はハッとして勢いよく起き上がった。
 「っっ! いったぁぁーっ!」
 その瞬間、後頭部に割れるような痛みが襲う。頭を抱えてベッドに突っ伏した。
 痛みが収まっていくのと同時に頭が覚醒した。記憶の回路が、フラッシュバックとともに繋がっていく。
 そして、思い出したのだ。この金髪美少年が自分の兄アルフォンスであること、それから自分が何者であるのかを―――。

 俺は小さな王国グレスハートの、王国家三男。
 名前をフィル・グレスハートという。三歳半になった。
 家族構成は父さんのマティアス王と、母さんのフィリス王妃。兄弟は上から長男アルフォンス、長女ステラ、次男ヒューバート、次女レイラ。俺は末っ子になる。
 グレスハート王国は小さいながらも資源に恵まれ、人々も温厚な人間ばかり。この三年、幸せに育てられてきた。
 そんな俺が、ドジッ子メイド アリアのせいで階段から落ちて頭を打ち、もう一人の自分の存在に気づいた。
 ……イタい人じゃないぞ。打ちどころが悪くて、おかしくなったわけじゃないから。
 あれは前世だ。大学生の俺は、バイトに行くべく自転車で走行していた。そこに突然猫が飛び出してきて、避けた場所にトラックが突っ込んできたのだ。
 運が悪いとしか言いようがない。痛みを感じる間もなく意識がなくなったのはせめてもの救いだったが……なんてあっけないんだろうか。
 あれだけ一生懸命すがりついた人生が、こうもあっさり終えてしまうとは。
人生長い目で考えていたからこそ、あの祖父の嫌味に耐え、貧乏生活を我慢してきたというのに。
 だが、こうなってしまったら、嘆いても仕方がない。
 せっかく手に入れた新しい人生だ。気ままな末っ子王子として、のんびり暮らしてやる。

 前世の記憶を取り戻して、はや一年。
 ただの転生かと思いきや……異世界に来ておりました!
 前世の常識通じないよ!言葉も文字も文化も!
 「小さな王国の王子となって、のんびりスローライフ!」……と思っていたのに、この世界の常識を詰め込むのに受験生並みに学習するはめに。おかしい。予定と違う。
 ま、とりあえず、勉強してわかったこと。
 この世界の言葉は四十六文字。文字はアルファベットに似た形だが、母音と子音に分かれているのではなく、ひらがなと同じく一文字ずつ発音するようだ。ただ漢字の類は存在しない。
 それから、この世界はデュアラント、ルワインド、グラントという三つの大陸に分かれており、その大陸の中で最も小さいデュアラント大陸にグレスハート王国はある。
 南方には海、北には山。海側には果樹園を主とした畑が広がり、山側には川と深い森。
 四季はなく、気候は年中温暖。果物や野菜、穀物などの農作物が多く作られている農耕の国だ。暖かさと海風のおかげか、作物もめちゃくちゃ美味しい。
 北に連なる山はこの国と他の国とを隔て、硬い岩肌は自然の防御壁のようになっていた。
 山の水が流れ込む川の下流では、川底を浚うと鉱石が採れるらしい。山には、鉱石が豊富に眠っているのかもしれない。
 でも食材は豊かな国だが、加工食品が少ない。魚や肉の塩漬けはあるけど、燻製や一夜干しはない。果物系のデザートもほとんどなく、そのまま食べるくらいだ。ここはそのうち、グルメ改革したいところだな。
 文明レベルは、この国だけじゃなく他の国も、だいたいヨーロッパでいう中世レベルかそれ以下のようだ。電化製品などあるわけもない。
 しかしこの世界には、それらに代わるものがあった。それが召喚獣だ。
 この世界の動物は属性に応じた様々な能力を持っており、主従関係を結ぶとその能力を使ってくれる。火をつけてくれたり、風を送ってくれたり、彼らと契約し従えることができれば、主人を手助けしてくれるのだ。
 契約すれば、好きな時に召喚できるというのも魅力的だった。
いいなぁ。ずっとそばにいてくれる動物かぁ。正直、前世でペット飼ってみたかったんだよなぁ。でもそんな環境じゃなくて、諦めていたけど……。
 よし!これはモフモフペットをゲットするチャンス! 
 俺は召喚獣と契約する為、兄さん姉さんに聞き込みをして計画を練るのであった。

 ◇ ◇ ◇

 今日は召喚獣にする動物を見つける予定だ。といってもまだ四歳児、移動距離なんかたかが知れている。だから城のすぐ近くの丘を探索しようと決めていた。
 ここから少し離れたところにある森に比べて、レベルが低く役に立つ能力も少ない動物ばかりらしい。
 本当は毛玉猫を、召喚獣にしたかった。ふわふわのクッションみたいなフォルムで、湯たんぽみたいに周りをあたたかくしてくれるのだ。アルフォンス兄さんも召喚獣にしている動物である。でも毛玉猫けだまねこは森に住んでいるそうだし、初めての召喚獣契約だから丘くらいがちょうどいいかもしれない。
 歩き出そうとして、そっと城を振り返る。騒ぎにはなっていないみたいだ。
 実は、裏の丘だしすぐ戻ってこられる距離だと思い、城の皆には内緒で一人で来ている。
 申し訳ないとは思うが仕方ない。一応王子の俺が城の外に出るとなると、護衛十人、メイド数人付けるって母さんが言うんだもん。いくらなんでも多すぎだって。
 四歳児の王子を城外に一人で出せない気持ちはわかる。俺だって立場が逆なら、心配で護衛どころか自分もついて行っちゃうかもしれない。だが、メイドだの護衛だのがゾロゾロついてきたら大変困るのだ。
 もし召喚獣にしたい動物と出会えても、大勢いたら警戒されて契約できない可能性もあるし……。
 いや、正直に言おう。問題はそこじゃない。周りに人がいると、契約時に心配なことがあるのだ。
 先日知ったのだが、こちらの動物は言葉を話すようだ。だから契約時、会話してフィーリングが合えば万々歳。だがしかし、歌ったり踊ったりしてなきゃいけない場合もあるらしい。
 歌には自信ないし、踊りだって、フォークダンスと盆踊りくらいしかできない。万が一やることになった場合。そんな姿……誰にも見られたくない。

 「ばれる前に戻ればいい」と気合いを入れ直し、城壁に向かって歩き出す。
 城壁には外に出られる穴がある。ヒューバート兄さんが勉強をサボる時に使う抜け穴だ。
 向こう側に誰もいないことを確認し、ヨイショと城壁を抜けた。服の埃を払い、周囲を見回すと、すぐ横に小高い丘があった。
 幼児体型では一苦労だったが、何とか登る。丘の頂上は野球グラウンドくらいの広さがあった。 俺のお腹辺りまで伸びた草が一面に広がっている。
 奥には背の低い木が密集し、茂みもあるみたいだ。
 そしてそこに、ちらほら動く何かがいる。しかし、俺が近づくとパッと隠れてしまった。
 「僕とお話ししませんかー!」
 呼びかけると、四方八方から動物の鳴き声が聞こえ出す。
 【あんな小さな子供がどうしてここにいるの?】
 【こんなとこ、普通一人で来ないわよね】
 めちゃくちゃ怪しまれている。
 これはあれか……踊れってことか。こちらに敵意がないということを示さなければならないのか。どうする。どうする俺。
 だが、正直ここまで来て成果もなしには戻れない。
 「踊ります!」
 仕方なしに盆踊りを始めた。
 最後に踊ってから何年も経つのに、不思議と忘れない盆踊り。
 パパンのパンと、自分の手拍子がやけに辺りに響く。
 ……一発芸やって、静まり返った宴会場みたい。
 しばらくすると、様子を見ていた動物達が少しずつ集まり出した。しかも、俺の後ろについて、真似するように踊り出す。
 「おおぉぉ」
 か、かかか可愛い!
 頭に角のあるウサギや、小型犬くらいあるリス、他にも見たことない動物がいっぱいいる。俺と小動物たちが輪になって盆踊り。踊りは渋いが、メルへンなことこの上ない。
 踊りの力はすごいものだ。一周り二周りと踊るほどに連帯感が生まれる。
 わはは、めっちゃ楽しいっ! あり得ない状況すぎる。
 だが、突然動物達が蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
 「え、あれ? どうしたの?」
 急にポツンと取り残され、俺は辺りを見回した。そして俺の瞳が、ゆっくりと近づく大きな影を捉える。
 【変わった毛並みの者がいるな……】
 笑いを含んだ言葉は、どこか値踏みするような響きがあった。
 大きな黒い狼だ。子供どころか、大人だって楽々背に乗れそうな大きさをしている。
 しかし、それより何より驚いたのは色と毛並みだった。烏の濡れ羽色とはこのことだろう。
 黒い艶やかな毛が全身を覆い、二つに分かれたフサフサの尻尾が優雅に揺れている。
 「わぁぁぁ、綺麗だ」
 思わず感嘆の声が漏れる。すると狼は楽しそうに目を細めた。
 【大方は、そこにいる奴らのような反応を見せるんだがな】
 改めて周りをよく見ると、一緒に踊っていた動物達がプルプルと震えて遠くで固まっている。明らかに怖がっていた。
 この狼はあの動物達より上位なのかな?
 そういえば、時々森から動物がやってくるとアリアが言ってたっけ。だから護衛が必要なんだと。
 だが、やはり怖い気持ちにはなれなかった。
 犬派か猫派かと言われれば、断然犬派だ。
 二つに分かれた尻尾と、巨体以外、この狼に犬との違いを見つけられなかったからだろうか。
 怖さよりも、ふわふわした綺麗な毛並みのほうが気になった。
 狼は興味ありげに俺の周りを回る。目の前を通りすぎるたび、尻尾がゆらゆらと揺れて俺を誘う。
 「お願いがあるんだけど……」
 【何だ?】
 「撫でてもいい?」
 勇気を出して聞いてみると、狼は触りやすいよう体を寄せてきた。近くで見ると、毛の一本一本が細いことがわかる。
 おずおずと触れる。まるで上質な毛布のような柔らかさだった。しかも、毛足が長いからボリュームたっぷり。
 我慢できず……思いきってポスンと顔を埋める。
 「ふぁぁぁ気持ちいい〜」
 叶うことならば、ずっとこうしていたい。そのくらいの心地よさだった。
 【やはり変わった子供だな】
 狼はくっくっくっと笑う。おかげで胴体に乗せていた俺の頭も、笑いとともに揺れた。
 動物に変だと言われるとは……。
 【お前の名前は?】
 「フィル」
 伏せをしてくれたので、狼の上にダイブしながら俺は答える。
 モフモフすぎてこのまま眠っちゃいそう。
 【子供が一人、なぜこのようなところに来た】
 「このようなところって……?」
 毛並みを堪能していた俺は、顔を上げて首を傾げた。
 【この丘には、ある獣がいる。城はその獣を封印するために造られたのだ】
 え、何それ。初耳ですよっ!
 ガシッと狼にすがりついて聞く。
 「ここ、可愛い小動物しかいないんじゃないの?」
 【小動物もいるがな。強い動物は、人が来ても姿を見せないだけのこと。弱すぎて相手にならぬからだ】
 狼は馬鹿にしたようにフンッと鼻で笑う。俺は驚愕した。
 【ちなみにそこらで踊っていたのも、姿形は可愛かろうが能力はそこそこある。大人ならまだしもお前のような子供など、襲われたらひとたまりもなかったろう】
 そう言われて、愕然とする。
 あんなにメルヘンチックだった踊りの輪。だが見方を変えれば、途端に俺という生け贄を捧げる儀式だ。
 あんなに連帯感があったのに。ま、まさか……。
 「も、もしかして食べる気だったー?」
 慌てて遠巻きに見ている動物達に叫ぶ。すると、動物達はとんでもないと言うようにブルブルと首を振った。
 「よかった」
 俺達のあの時間は幻じゃなかった。
 するとその様子を見て、狼がまた笑う。
 「じゃあ、この場所って、獣が封印されてるの?」
 【いや、封印などされていない。そもそも人間にどうこうできるものでもない】
 呆れたように息をつく狼に、再び首を傾げる。
 「え、どういうこと? 封印されてないのに大人しくしてるわけ?」
 狼はチラリとこちを振り返った。そしてニヤリと笑う。
 【だから言っただろう。人間など、弱すぎて相手にしていないだけだ】
 な、なるほど。その気になればどうとでもできると……。
 【それでフィル。お前はなぜここに来たのだ?】
 「それは……召喚獣にする動物と仲良くしようと思って」
 【ほぉ、召喚獣にな】
 狼の声のトーンが楽しげなものから、少し低いものに変わる。
 ん?なんか地雷踏んじゃった?
 何となくピリッとした空気を感じ取った。
 あからさまに俺を値踏みするような視線を向けてくる。
 【動物を召喚獣にしてどうする】
 正直に言うべきなんだろうな。この狼にごまかしは通用しないと思った。
 「いっぱい召喚獣と契約して、自分の生活を便利にしたいから」
 狼をまっすぐ見据え、しっかりとした口調で答える。
 【まぁ、そうだろうな。人が動物を従える理由は、それが大半であろう。だが、獣の立場から見て、お前の召喚獣になれば何かいいことがあるのか?】
 チロリと見られて、ハッとする。
 「あぁ、確かに。こちらが便利に使うだけ使うのもおかしいね」
 従うだけに値するメリットか……。それは他の人じゃなく、俺じゃなきゃいけない理由ってことだろう。俺ができることなんて、たかが知れているよなぁ。
 うーんと唸ってしばらく考える。
 「あ!僕の召喚獣になったら、家族になってあげられるかな」
 俺が胸を張って言うと、途端に狼は体を大きく震わせて笑い出した。
 【召喚獣とは従うもの。自分が犠牲となって主人を護る存在だ。それに小さなお前にはわからぬだろうが、主人と従者は対等ではない。隷属させるものに対して、家族、とは】
 そう言われて、俺は狼を見上げる。
 「うーん、確かにわからないかもしれないけど。僕にとって、やっぱり召喚獣は家族だよ。家族は絶対の存在だ。家族は護るべきだし、対等に扱いたい。僕には、大事にすることぐらいしかできないからね」
 何もない自分を、手を広げて表す。正直な気持ちを言ったからか、俺はスッキリして笑顔になる。
 【面白い。自分の力のなさを誇るか】
 グルルと喉を鳴らして、狼は立ち上がった。そしてゆっくりと俺に頭を垂れる。
 「……え」
 あまりの事態に、口を開けたまま固まってしまった。
 【さあ、我に名を付けよ】
 獣が頭を下げ、名前を付けることで動物と契約が交わされ、召喚獣になる。
 こ、これは、これは契約してくれるってこと?
 【さあ……】
 うながされてゴクリと喉を鳴らす。
 名前……名前、黒い狼だから……。
 見つめていると、艶めいた黒い毛並みが黒曜石のイメージと重なった。
 「コクヨウ」
 名を付けた途端、俺とコクヨウの間に突風が巻き起こる。細めた目の端で、コクヨウが光っているように見えた。
 風が止んで、目を開けると、コクヨウは俺の前に控えていた。
 【ではフィル、我が家族よ。我はお前のために力を使おう】
 コクヨウはニヤリと笑った。

  ◇ ◇ ◇

 『――グレスハート王国が建国され、三百余年。この伝承は、それより遥か昔のことである。
 この大陸には古来、ある獣がいた。
 他の獣とは異なり、時の理に縛られない不死の獣。
 誰が付けたのか、その名を闇の王。
 唯一無二の存在である。
 ディアロスは夜より深い闇の毛並みを持つ狼。
 刃のごとき鋭い爪、尖った獰猛な牙。その動きは疾風そのもので、人くらいの大きさから小山ほどの大きさにまで変身する恐ろしき獣である。
 今日、全世界でディアロス以外黒き獣がいないのは、ディアロスがその種を根絶やしにしたからだと言われている。
 また古代史において、ディアロスは幾つかの王国を壊滅させたとの記録も残されている。
人々は策を巡らせた。これ以上奪われぬために。子孫を守るために。
 ある夜、人々はディアロスに酒を飲ませ、丘の上で眠りついたところで強力な結界を張った。
その丘より出てこぬように願いを込めて。
 その後、グレスハート王国は建国とともに巨大な結界石を据え、それを要石として城を築いた。
ディアロスは封印された。
 だが、完全に滅されたわけではない。
 黒き獣は――まだそこにいる』

 俺は『グレスハート王国 伝承の獣』という本をバンッと閉じて呟いた。
 「ディアロスやばいじゃん」
 初めて契約したコクヨウは、伝承の獣ディアロスでした。
 「初耳なんですけどっ!!」
 本の表紙をパシパシ叩いて、コクヨウに詰め寄る。不老不死で、さらに体の大きさ自由自在なんて、ほぼ怪物じゃないか。
 これならコクヨウを連れて帰った時、城の皆ビビったり、パニクったりしたのわかるよ。封印したと思っていたのに、普通に出てきちゃってるんだもん。世界の終末かと思うわ。
 「契約の時、何で言わなかったわけ?」
 幼児がプンッと口を尖らせても可愛いだけだろうが、やらずにはいられなかった。
しかし、やはり迫力不足は否めないらしい。
 【そういえば、話すのを忘れていたな】
 シレッとした態度で返答された。
 わざと言わなかったな……。直感で悟る。
 契約書をよく読まないで判子を押してはいけない。契約内容が詐欺まがいで、気づいた時にはもう遅いって状況はよくあることだ。
 前世では常識だったのに!! うっかりしていた。
 コクヨウに前もって伝承の獣だと教えられていたら、あっさり契約していたかどうかはわからないけどさ。
 まぁ、契約終了しちゃった今では、あれこれ考えても仕方ないけど。
 【フィル、それでこれからどうするのだ?】
 「城の探索かな」
 コクヨウがつまらなそうに息を吐いたが、仕方ない。
 コクヨウと帰ってひと段落ついたあと、勝手に一人で外出したことについて父さんにお説教され、外出禁止になってしまった。それで、今までやっていなかった城探索をすることにしたのだ。
 だが、城を探索するうえで、困ったことがある。コクヨウの大きさだ。
 俺がひょいひょい入れる場所も、コクヨウだとそうはいかない。
 それでも、召喚獣としてしまい込むのもかわいそうな気がするし……。
 「コクヨウ、それ以上は小さくなれない? もっと小さく」
 大きくなれるならば、小さくだって可能じゃないのかな。
 【やったことはないが……】
 そう言って、くるりと体を回転させる。
 そして、ボフンッという煙とともに現れたのは……小さい子犬だった。いや、子狼か。
 シ、シベリアンハスキーのぬいぐるみーっ!
 「わぁ〜っ!!」
 思わず抱き上げてナデナデする。短い手足がふにふにしていて、何とも愛らしかった。
 子狼を胸に抱くことがあるとはっ!可愛すぎる!
 「コクヨウ、城内を移動する時はこの形態でいこうよ。皆ビックリしないし、小回り利くし、探索には僕が抱っこしてくから。ね!」
 興奮気味にまくし立てる。
 【フィル、必死だな】
 だって可愛いんだもんさ。

  ◇ ◇ ◇

 数ヶ月が経ったある日――家族みんな揃っての夕食どき。
 俺はここ最近行っていた、グルメ計画の成果を披露することにした。
 前世の料理知識がプチプロ並みだったので、城の厨房に入り込み、白身魚を天日で乾燥させた一夜干し作りと、蒸しプリンを料理長に伝授したのだ。
 ついでに今出した一夜干し料理は、食べやすいよう西洋風にアレンジしている。
 「魚の種類は変わらないのに、いつもと違って深みがあると言うか、何とも言えない美味しさですね」
 アルフォンス兄さんが素晴らしい食リポ能力を発揮し、家族が一様に同意する。
 一夜干しを初めて食べて、その美味しさに驚く家族に、今度はプリンが出された。
 「デザートでございます」
 アルフォンス兄さんが一口食べて、目を瞬いた。
 「口当たりが滑らかで、すぐとろけてしまう。甘くて、それでいてこの苦味のある液体が、美味さをより引き出している」
 それを聞いて安心したのか、皆おそるおそる食べ始めた。
 「美味しい〜っ!!」
 家族の顔に笑みが浮かぶ。意外にも一番気に入ったのは父さんのようだ。ヒューバート兄さんに負けない勢いであっという間に平らげ、なくなったプリンを残念そうに見つめている。
 「と、父さま、まだありますから」
 プリン、多めに作ってもらっといてよかった。
 足元で容器に顔を突っ込みながら食べているコクヨウも、プリンが好物なようだ。
 試作品を作った時にも、コクヨウは五個も食べてお腹ぽんぽんになっていた。
 【体が小さいと、こんな小さい菓子でも腹いっぱい食せる利点があるな】
 大の字で転がりながら、そんなことを言っていたっけ。
 あの時のコクヨウ、めっちゃ可愛かったなぁ。
 あのお腹ぽんぽん具合の愛らしさを思い出してほっこりする。
 「料理長、私もいただけるかしら?」
 「あー! ズルイ、私も欲しいわ!」
 「俺もあと三個欲しい」
 気づくとステラ姉さんにレイラ姉さんにヒューバート兄さんが、料理長に向かって手を上げていた。その注文を受け、プリンを運ぶメイドがせわしなく動いている。
 皆、気に入ってくれたみたいで嬉しいなぁ。
 【筋肉め。三個とは欲張りおって……】
 机の下から不満げな声が聞こえたので覗くと、顔中プリンまみれにしながら、コクヨウがヒューバート兄さんを睨んでいた。
 愛らしい姿なので、怒っていてもまったく迫力がない。俺は思わず苦笑した。
 「部屋に五個とってあるから」
 【ならよし】
 顔についたプリンをペロペロなめ取りながら偉そうに言うと、また、容器に顔を突っ込む。
 プリン……恐るべし。

  ◇ ◇ ◇

 今日も朝から古武術の一つである、柔術を取り入れた体操をしてひと汗かいた。体さばきは昔とった杵柄で様にはなってきた。手足の短さとバランスの悪さはどうにもできないが、少し筋力がついてきた気もしないではない。……希望的観測で。
 そんな日課を終えて部屋に戻ると、コクヨウがお腹を仰向けにして寝ていた。コーコーと可愛い寝息まで立てている。
 「危機感ないな……」
 コクヨウが来てから半年。俺も五歳になっていた。
 ここには危険がないと思ったか。もしくは取るに足らない場所と判断したか。とりあえず、コクヨウはリラックスするくらいこの生活に慣れてきたようだ。
 それを横目に、俺は自室にある大きな机に城の見取り図を広げる。
 城には、本館である中央部分。東館と西館。それから塔のような別館がある。
 少しずつやっていた探索だったが、厨房に入り浸ってのグルメ改革に勤しみすぎた。全然探索が進んでいない。
 俺はうーんと唸って、机の端にあったべっこう飴に手を伸ばし口に放り込んだ。じんわり甘みが広がっていく。
 一夜干しとプリン以外にも、燻製とべっこう飴を作ってみた。
 燻製は一夜干しを燻すとできるし、べっこう飴は砂糖と水で作れるからお手軽だ。
 これには召喚獣も大変役立った。
 小さいが常に煙を出す火蜂と、動かないが辺りを冷やす氷亀という獣がいる。数も多くて、契約しやすいので、厨房の人にさっそく契約してもらった。
 どちらも、今では燻製器と冷蔵庫代わりとして重宝されている。
 火蜂と氷亀はがんばってくれているから、今度何か差し入れしてやらないとなー。何がいいんだろう?後で聞いておこう。
 そういえば、父さんから名産の件で話があったなぁ。
 一夜干しやプリン、燻製などを、グレスハート王国の名産として広めたいのだそうだ。
 何と見返りもあるらしい。売り上げの一割を俺にくれるとのこと。アイデア料と作り方伝授だけで一割じゃ、もらいすぎじゃないかな〜とも思ったが、それほどに革新的な食べ物らしく、売り上げもかなり見込めるようだ。
 国内なら観光向けの料理で、国外に出すなら干物や燻製みたいな日持ちするものがいいかもな。なんだか考えるのが楽しくなってきたぞ。
 一割でも貰えたら、成人するまでにはある程度たまっていると思うし。妄想は膨らむ。
 将来を考えれば、貯蓄はあるに越したことはない。このあたりはけっこう切実だ。
 アルフォンス兄さんは将来グレスハート王国の王様になるはずだし、ヒューバート兄さんはこの国の将軍。ステラ姉さんやレイラ姉さんは他の王国にお嫁入りか、この国の重臣に嫁ぐことだろう。
 問題は俺だ。今のところポストがない。どっかの王国のお婿になるならまだいいが、三男だといずれ城から出される可能性もあるからな。今のうちに稼いでおいて損はない。
 【帰っていたのか、遅かったな。暇で二度寝してしまったわ】
 その声に、俺が見取り図から顔を上げると、ちょうどコクヨウが大きな欠伸と伸びをするところだった。
 「全然護衛してないじゃないか」
 コクヨウに何言っても無駄だろうが、ちょっと拗ねて口を尖らせる。
 朝練に誘ったら「行かん」と一蹴されたのだ。ただの体操を見ていてもつまらないらしい。
 【何もなかったのだろう? ここが平和すぎるのだ。第一、城内に殺気でもあればすぐに気づく】
 再び欠伸をして、顔をこすった。
 くそぅ、可愛いなっ!
 まぁなぁ、確かに平和だからな。いいことではあるけど。
 【今日はこれからどこを探索するつもりだ?】
 見上げられて、肩をすくめる。
 「東館に行くつもり。帰りに厨房寄ってプリン貰って来ようね」
 コクヨウの頭を撫でてそう言うと、コクヨウはスクッと立ち上がった。
 さっさとドアの前に行って、早く来いとばかりに振り返る。
 【フィル、何をしている】
 いや、さっきまで寝ていたのコクヨウなんだけどね。今度の朝練、プリンで釣るか。

  ◇ ◇ ◇

 「はぁ……」
 厨房の片隅で、氷亀達に菜っ葉をちぎってあげながらため息をつく。
 冷蔵庫代わりとして日々がんばっているので、たまには食べたいという新鮮な菜っ葉を差し入れに来たのだ。
 コクヨウはもうすでにプリンを五個食べて、部屋でお腹ぽんぽんにして寝ている。未だ護衛の仕事はこなしていない。
 しっかしこの間は、東館でひどい目に遭ったなぁ。
 ただ見学しに行っただけなのに、グランドール将軍の息子トマスに勝負を挑まれて試合することになっちゃって。
 柔術を活用して勝てたのはよかったけど、あれから兵達の俺を見る目が、何か前と違うんだよなぁ。
 今まですれ違う時はコクヨウばかり見ていたのに、今や俺のこともめっちゃ見てくる。
 たぶん、グランドール将軍のせいだ。
 グランドール将軍は平和ボケしているうちの国の中で、唯一の武人であり猛者。うちの国で武道を志す人間は皆彼を尊敬しているし、他国の将軍からも一目置かれている。
 そのグランドール将軍が、何が気に入ったのか俺を褒めるものだから、兵や街の武人達に噂が広まってしまったのだ。
 あの親子のせいですっかり大事だよ。
 それに加え、ヒューバート兄さんが……。
 俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
 【どうかなすったんですかい? 旦那】
 モシャモシャと食べるのをやめて、氷亀のガアちゃんが顔を上げる。氷亀達のリーダー格であるガアちゃんは、料理長の召喚獣。口調が時代劇の岡っ引きみたいである理由は、謎だ。
 「ヒューバート兄さんが暴走気味で……」
 ガックリと肩を落としてそう言うと、ガアちゃんは不思議そうにする。
 【いつもどおりじゃないですかぃ。それで何か困ってるんで?】
 ヒューバート兄さんの一直線気質は、召喚獣の間じゃ常識になっているんだな。
 そんなことを思いながら、再び口を開いた。
 「ヒューバート兄さんが、こないだの試合を僕の武勇伝みたいに語るんだよ。いろんなところで、何度も何度も……」
 うぅぅと唸って膝を抱える。
 【よろしいじゃありませんか。名前が知れ渡るってことでしょう?】
 首を傾げるガアちゃんを、ジトッと据わった目で見る。
 「僕は目立ちたくないんだよ」
 毒にも薬にもならない三男坊の位置づけが、俺にはちょうどいいのだ。
 はぁ〜、とため息をつく。その時、後方の扉が開いた。
 城に来ている行商人のおばちゃんだ。
 俺はそっと物陰に隠れる。ガアちゃんもなぜか一緒になって隠れた。
 あの行商人のおばちゃんは噂好きだって、厨房の人達も言っていたからなー。
 厨房に入り浸る王子……なんて広められたら嫌だし。
 「あ、いつもご苦労様。リストあるかい?」
 厨房の奥から料理長が顔を出した。
 おばちゃんがハイハイとにこやかに返事をして、ふところから出した紙を渡す。
 料理長はそれを受け取ると、指差しながら品物とリストを確認する。その横顔を見ながら、おばちゃんはもじもじして、彼と話したそうにしていた。
 【お! 主に恋の予感かねぇ】
 ガアちゃんが首を伸ばして覗いている。
 「え、どうだろう」
 確かに料理長は四十代半ばにして独身らしいけれども。おばちゃんは五十代後半じゃないか? 結婚してそうだし。
 「あの〜、お聞きしてもいいですかねぇ」
 料理長がチェックを終えた頃、おばちゃんは控えめに声をかけた。手もみしながら、料理長に近寄っていく。その様子に、料理長は一歩下がった。
 【女が近寄っているのに引き下がるなんて。何やってんでい、主っ!】
 鼻息荒く、首をブンブン振り回すガアちゃん。
 「いや、ガアちゃん。相手はおばちゃんだから」
 小声でガアちゃんの首にストップをかける。
 【止めるな旦那っ! 主にはこんくらい押しの強い女のがいいんでいっ!】
 「いやいや、手もみして近づいてくる人だよ? いいの?」
 マジで聞くと、ガアちゃんはチラリとこちらを見てポツリと呟く。
 【実は……主に浮いた話がないんで、オイラつまんねぇんです】
 本音が出たな。ガアちゃんの頭文字の「G」は、ゴシップ好きのGか。
 俺達が陰から好き勝手話していると、おばちゃんの声がふと耳に入ってきた。
 「フィル王子の噂のことなんですが……」
 はい? 何か今、俺の名前が出なかったか?
 「フィル王子が何か?」
 料理長が聞くと、おばちゃんはひとつ咳払いして身を乗り出した。
 「フィル王子はまだ五歳なのに、集団になってかかっていった兵達を一撃でなぎ倒したって……本当なんですか?」
 は? 何だって?
 「街じゃ、『グランドール将軍もついに膝をついた』って噂になってるんですよ!」
 目をギラギラさせて、かぶりつくように料理長に迫るおばちゃん。
 そんなわけあるかーっ! あえて言うなら、膝をついたのはトマス・グランドール、息子のほうだよっ!
 そうか、このおばちゃんは、噂の真偽を確かめに来たんだな?
 何てことだ。トマスを転がしただけなのに、話に尾ひれどころか背びれまでついている。
 ちゃんと否定してくれよ、料理長。
 拝むように彼に手を合わせながら、俺はジッと様子を窺う。
 「詳しくはわからないが、フィル王子はこの厨房では『神』と呼ばれている。だからそうであっても驚きはしないな」
 料理長は深く頷きながら、どこか誇らしげに言った。
 なーっ! 料理長何言ってんのっ! 否定してよっ!!
 それ、「料理考案の神」って、前に冗談で言ってたやつじゃないの? そんな言い方したら、誤解されちゃうじゃないか。
 「きゃーーっ!! やっぱりフィル王子は神がかり的に強いのねっ!」
 おばちゃんは興奮して叫ぶが早いか、風のように立ち去った。
 あぁぁぁぁ……変な誤解をされてしまった。
 あれでは噂がさらに広まってしまう。
 ひっそり目立たず暮らしたいのに……。
 うぅぅと顔を覆って座り込んでいると、ガアちゃんは同情したのか、ポムと俺に前足を添えた。
 【すまねぇ旦那。オイラの主がよ。せめてものお詫びだ。オイラ達が慰めてやるよ】
 ガアちゃんの号令で、氷亀達が輪になって俺を取り囲んだ。何かの儀式みたいだ。
 「ありがと」
 気持ちはありがたい。
 ありがたいけど……めっちゃ冷える。

  ◇ ◇ ◇

 色とりどりのシャーベットが揃えられた試食会。
 広間にはテーブルがいくつか置かれ、各テーブルに数種類ずつシャーベットが並べられている。 その様子は鮮やかで、まるで花が咲いているようだ。
 参加者も感想を言い合いながら、楽しそうにしている。
 立食形式での試食パーティーにしてよかったな。
 グレスハート王国はフルーツが豊富なので、次の名産に選んだのがフルーツシャーベットだった。これなら氷亀がいれば保存が利くから、レストランや露店でも出しやすい。
 林檎がカルシュ、桃がプル、蜜柑がネラール……などなど、名前や姿かたちは違うのだが前世の地球のものと味のそっくりな果物が多い。そのため、でき上がりを想定してシャーベットを作りやすかった。
 氷亀のガアちゃん達もフル稼働である。
 あーでも、さすがに体冷えてきたなぁ。アンケート用紙配って、部屋に戻ろうかな。
 そう思った時、ヒラリヒラリと人波を避けながらレイラ姉さんがやってきた。俺の目の前に来てにっこりと微笑む。
 「フィル、別館の幽霊って知ってる?」
 突然「幽霊」とは……。
 シャーベットで冷えた俺に、さらに冷えるような話題が降ってきた。俺は素直に首を振る。
 「知らないです。別館の幽霊ですか?」
 「そうなの。別館の塔の上に幽霊が住んでるんですって」
 レイラ姉さんはニヤニヤしながら俺を覗き込む。可愛い顔が、すっかり意地の悪いものになっている。
 「へぇ〜、幽霊」
 やはり歴史ある城には幽霊がいるのか。いくら平和な国でも、何百年も経っていれば幽霊くらいいてもおかしくないものな。
 「あれ。怖くないの? つまんない」
 レイラ姉さんは拍子抜けしたように口を尖らせた。俺はうーんと唸る。
 前世でも霊感とかはまったくなかったんだが。転生している身としては、魂の存在を信じないわけにいかない。
 「まだ見たことないので。見て怖かったら、次から怖がることにします」
 探索で別館に行く予定もあるから、ついでに見に行ってもいいかもしれない。
 「見に行くの!?」
 ひぃぃっ!! とレイラ姉さんはムンクの叫びみたいな格好になった。
 「レイラ、うるさいですよ」
 ステラ姉さんがため息をついて近寄ってきた。
 だがレイラ姉さんは注意もなんのその、劇でもしているかのようにステラ姉さんにすがりつく。
 「だってお姉さま、フィルが幽霊見に行くって言うんですもの」
 「えぇ?」
 ステラ姉さんも少し顔が引きつって、信じられないといった顔で俺を見る。彼女のこんな表情、 初めて見た。意外だ。もしかして幽霊怖いのか?
 「ステラ姉さまは、どんな幽霊なのか知っているんですか?」
 首を傾げると、ステラ姉さんは青い顔で唇をグッと引き絞って、それからゆっくりと口を開いた。
 「この城ができて三百年ほどですが、別館の塔は、今から約百年前に造られました」
 レイラ姉さんはステラ姉さんが話し出した途端、今度は俺に抱きついてきた。怖さしのぎのぬいぐるみ扱いである。
 「塔は後からできたのですか?」
 「えぇ。山の近くの森で大きな真っ白い石が見つかったらしく、それを記念して造られたそうです」
 大きな真っ白い石……。何の石だろう?
 「しかし、塔が立ってしばらくすると、『塔の上に幽霊が現れる』と噂になりました。真っ白い服を着た少女の霊です。彼女が現れると、外は急に風が吹き荒れ、雨が降り、雷が轟くのです」
 ゴクリ……とレイラ姉さんが息を呑む音がする。ステラ姉さんの青い顔が、よりいっそう百物語のような雰囲気を醸し出す。
 「ずいぶんすごいですね。心残りがあるのでしょうか?」
 「わかりません。言葉が通じないのか、彼女はジッと目撃者を見ているだけなのです。そしてしばらくすると……消えてしまうのです」
 「いやぁーーーっ!!」
 レイラ姉さんは頭を抱えて座り込んだ。その声のほうにビックリしたよ。
 しかし、別館の幽霊か。
 【面白そうだな……】
 足元でシャーベットを食べていたコクヨウは、口の周りをペロリと舐め、俺に向かって言った。
 【フィル、幽霊退治といこうか】


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