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1巻ダイジェスト

1巻該当箇所「はじめての森」〜「救い主」

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 便利な鉱石の存在を知って、俺は森へやって来た。
 鉱石の練習もしたかったし、道中鉱石を見つけたかった。ついでに毛玉猫をゲットできたらいいなと思っている。
 【フィル、そこにあるのは鉱石だな】
 コクヨウに言われて、道の脇に転がっている岩に目をやる。
 コクヨウは鉱石を見つけることができるみたいだ。コクヨウから降りて、ソフトボール大の岩を確認する。
 この森は、山にも川にも近い。親方の話じゃ、鉱石もよく落ちているという話だった。
 「この岩の……中に入ってるのかな」
 うーむ、と俺は唸る。外からだと見えない。割らないとダメだな。小さく割れば持って帰るのも楽になるだろう。
 「王子、どうしました?」
 二人に話しかけられて振り返る。
 マイク・スケルスと、カーク・キナス。
 まさか本当に名前がスケさんカクさんだとは思わなかった。
 元近衛兵、今は俺専用の護衛である。
 近衛兵は若手の中でエリートコースらしいのに……本当、お気の毒に。
 「この中に鉱石があるみたいだから、割って取り出して、持って帰ろうかなって」
 ソフトボール岩をペシペシ叩いて説明する。
 「鉱石……ですか」
 二人は微妙な顔をした。何でわざわざ……と言いたげだ。
 今のところあまり役に立たない物と判断されているみたいだからな。仕方ないか。
 「しかし、割るとおっしゃいましても、ここにはハンマーなどの道具がありませんが」
 困ったように眉を下げてカクさんは言った。
 俺はブツブツ呟いて唸り、それからポンと手を打った。
 「あ! 水カッターがいいか」
 「水かったぁ?」
 「そう」
 俺は鉱石を袋に戻しながら、スケさんに頷く。
 石は、高圧の水でスッパリ切れるはずだ。
 「離れててね」
 そう言うと、俺は指輪を岩に向けた。
 前世のテレビで見たウォーターカッターのイメージを、頭に思い浮かべる。
 「切断!」
 水の飛沫が、岩から立ち上った。それから何の変化もないので、首を傾げながら岩に触る。
 それを見ていたスケさんは、苦笑しつつ近寄ってきた。
 「フィル様、鉱石で切断しようなんて無理で……え、えええぇっ!!」
 俺が触ると、岩はバラバラとサイコロ大に崩れた。
 おお、これなら鉱石も探しやすい。
 崩れた中から、紫色の石が何個か出てきた。
 「紫は初めて見るなぁ」
 何の力があるんだろう。日の光に透かして見る。
 【あら、綺麗ですわね】
 【紫か……珍しい石が出たな】
 ヒスイが俺の横に来て透かしている石を一緒に覗く。コクヨウもやってきて、目を細める。
 「どういう力があるかわかる?」
 俺はコクヨウに聞いた。
 【霧と幻惑の力が含まれているようだ】
 霧と幻惑……また使いどころの難しそうな力だなぁ。とりあえず何個かあるから、一つだけもらって、残りは親方にあげよう。
 どういう事かと、聞きたそうにしているスケさん達を何とか誤魔化して、鉱石を拾いながら森の奥に向けて移動していく。
 かなりの時間をかけて拾い集めた鉱石は、紫・赤・緑・黄・水色。
 「今度は別の種類だといいけど」
 新たに見つけた岩を手際よく切断していく。バラバラに崩れた岩から鉱石を探す。
 だんだん作業が上手くなってきたな。あー、俺、これ職業にしようかなぁ。
 鼻歌交じりに鉱石を探していると、何やら視線を感じて振り返った。そして、ビクッと固まる。
 眉を寄せてジーッとこっちを見ているスケさんカクさんと、目が合ったからだ。どうやら俺が鉱石を使って切断する様子を観察しているらしい。
 どうしたものかと思いながら、鉱石解体を再開する。
 「ああ!」
 「王子どうしましたっ!?」
 俺が突然大きな声を出したので、スケさんカクさんが何事かと駆け寄ってきた。
 「見つけたっ!」
 「鉱石ですか、驚かさないでください」
 スケさんが大きなため息をつく。
 「ただの鉱石じゃないよ」
 崩したグレーの石の中、小さな光るものがあった。透明感のあるオレンジ色の鉱石だ。
 今まで何個か原石を見つけたが、この色は初めてだった。
 「確かに見たことない色ですね」
 カクさんが真面目な顔で頷く。
 「コクヨウ、これ見て」
 大豆くらいの大きさだ。崩した石の中にこれ一つしかなかったし、とても希少なのかもしれない。
 落とさないように、両手で持ってコクヨウに見せる。
 コクヨウはそれを覗き込んで、ピクリと目元を動かした。
 【これは、光の力を含んでいるな】
 「光?」
 つい、口元が緩む。
 やっと日常で使えそうな鉱石をゲットしたよー。
 光って、ライトとかになるじゃん! 嬉しいよー。めっちゃ嬉しい。
 あ、でも、鉱石だと持続性は微妙なのかな?
 いや、だけどそれでもいいっ! 俺はロウソク以外の光に飢えている!
 こっちの世界、夜中だと恐ろしく真っ暗になるもんなぁ。電気がないと、こんなにも闇が深くなるって初めて知ったよ。
 俺の部屋は、ロウソク何十本も使って比較的明るくしてもらっているが……。ロウソクは風に揺れてチラチラするし、どうしても光量足りなくて薄暗いんだよね。それで仕方なく早く寝る。
 あんなに夜型人間だった俺が、今や規則正しい生活送ってるよ。
 だけど、これがあったらかなり便利だ。
 俺は笑顔でオレンジ色の鉱石を掲げ、ひらがなをイメージして――。
 「ひかり」
 辺りが薄ぼんやりと明るくなったが、しばらくして消える。
 漢字をイメージしなきゃ、こんなものか。
 「灯り」
 今度は、明るい光がスポットライトみたいに差した。
 すごく明るいけど……何かこれ……舞台のストーリーテラーみたいだな。
 【フィルが光っていますね。神様降臨みたいです!】
 ヒスイは感嘆の声を上げて手を叩く。
 そっちっ!?
 マジか、精霊にそんなこと言われたら最後だよ。
 だがこの光も、しばらくしていると消えてしまった。
 「持続性がなぁ〜」
 俺は落胆の声を上げる。やっぱ、召喚獣には敵わないのか。灯りについてはもうちょい考えるしかないな。
 紐のついた小さな袋を取り出し、オレンジの鉱石を入れるべく袋の口を開けた。
 だが入れる直前、つまんだ鉱石に目を留める。
 光って、あと、何ができるっけ。
 明るくする以外、何かあったか? 他の組み合わせで使えることも考えてみなきゃ。
 あ、そうだ! 光って言ったら、あれがある。
 こういう山みたいな大岩をスパっとやっちゃう、レーザー……。
 「光線」
 そう呟いた途端、ビシィィッと音を立てて、目の前の大岩に亀裂が入った。
 「な……」
 なーーっ!! 無意識に声出てたっ!
 しかも、イメージもちゃんと浮かんでたもんだから発動しちゃったのかっ! 怖っ!! おちおち呟けないよっ。
 【あら、やっちゃいましたね】
 ヒスイは、のほほんと言って肩をすくめる。
 くそぅ、他人事かっ!
 「え、ええっ! 一体、何がどうなってっ!」
 スケさんがおそるおそる大岩に近寄る。切り口を確認してこちらに手を振る。
 「すごい……スパッと切れていますよ!」
 「す、すごいねぇ。何だろうねぇ。あははは。さっ! 先に行こうかっ!」
 明るく言って、そそくさと鉱石を小さい袋に入れ、首にかけた。
 「フィル様……。今、鉱石使いましたよね?」
 カクさんの言葉にギクリとして振り返る。何を考えているのか、カクさんは無表情だ。
 ニコッと可愛らしく微笑んだ俺に、カクさんは冷静な声で言う。
 「フィル王子、さすがに今度はごまかせませんよ」
 チッ! ダメかっ!
 俺の可愛らしい天使スマイル……アルフォンス兄さんならいちころなのに。
 真面目なカクさんには、もうごまかしは効かなかったようだ。
 「どういう仕組みか、説明してください」
 俺はげんなりしてため息をついた。

  ◇ ◇ ◇

 目的地である森の中の野原に到着するまで、鉱石の説明をさせられた俺は喉がカラカラだった。
 草原にある倒木の上に腰を下ろす。
 カクさんが出してくれた水筒の水を飲み、喉を潤して一息ついた。
 「つまり、あれができるのはフィル様だけなんですね……」
 スケさんは盛大にがっかりした様子で、首を垂れる。
 「まぁ……そうだね。今のところ僕だけだね。特別な異国の文字だから」
 「やっぱり俺には無理そうです。俺が近衛兵になれたのは、剣術の腕を買われてですもん。カークみたいに貴族出身で、文官でも武官でも選び放題のオールマイティじゃないんですよ……」
 スケさんがしゃがみ込んでイジイジする。
 【あら、いじけちゃいましたね】
 ヒスイがふわりと空を飛びながらスケさんを覗き込み、コクヨウがポツリと呟く。
 【軟派な感じなのに、意外と打たれ弱いんだな】
 やめなさい、二人とも。
 いや、確かに俺だって、彼がそんなこと気にするタイプだとは思わなかったけど。
 【普段明るい人が落ち込むと、面倒くさいですわね。放っておいたらよろしいのに】
 呆れ気味なヒスイに、コクヨウが至極真面目な声で提案する。
 【面倒だから、とことん落としてみたらどうだ】
 【あら、楽しそう】
 物騒な会話、聞こえてますよ。
 「それにしても、毛玉猫見当たらないなぁ。アルフォンス兄さまはすぐ見つかるって言ってたのに」
 草をかき分けて探していた俺は、背伸びして草から顔を出し、他のメンバーの様子を窺う。
 「フィル王子っ!! 毛玉猫がいましたっ!!」
 「本当っ?」
 スケさんの指差す方向を見ると、遠くで土埃が巻き起こっていた。
 「え、何あれ……」
 思わず口をポカンと開ける。視線の先では毛玉猫らしきものが一匹、ボールのように丸まって、すごい勢いで転がっている。
 えー……あれ、車より速くない? 時速何キロ出てんの?
 毛玉猫ってそんなに動かない動物じゃなかった? だから捕まえやすいって聞いてたんだけど。
 そんな毛玉猫は、俺達の目の前をあっという間にゴロゴロと通り過ぎていった。
 「何であんなに転がって……」
 毛玉猫が通ってきた道の先を見ると、黒い影の何かがいた。土埃が収まって、影が姿を現す。
 「うわーっっ!」
 大きな蜘蛛だ。ちょっとやそこらの大きさじゃない。人間の子供よりでかいかもしれない。
 こちらに向かってカサカサやってくるのが見える。
 「僕、虫の中でも蜘蛛一番嫌いなんだけどっ!」
 ゾワッとして身震いした。全身に鳥肌が立っている。
 大蜘蛛っ!30匹くらいの大所帯っ!
 俺達、超ピンチじゃない? 泣きそうなんですけどっ!
 そんな俺の元へ、今度はスケさんが息荒く駆け寄ってきた。
 「フィ、フィル王子っ! 大蜘蛛の親がこちらへやってきてますっ!」
 「親っ!? じゃ、あの大量のは?」
 「あれは子供です。親は子蜘蛛十匹相当の大きさです」
 カクさんがこちらにやってくる大蜘蛛を指差して言う。
 「マジかっ!」
 「我々が道を作ります。コクヨウ様の背に乗って、先にお逃げください」
 そう言って俺をコクヨウに乗せる。しかし、コクヨウはフンッと鼻で笑った。
 【逃げる? そんなことするか】
 コクヨウは毛を逆立て身を震わすと、みるみる体を変化させ、トラックほどに大きくなっていた。
 【鈍っていた体を動かすついでだ。相手になってやろうではないか】
 こちらを振り返り、ニヤリと笑って歯を見せる。楽しくて仕方ないといった様子だ。
 「なってやらなくていいよっ!」
 ツッコミを入れるがごとく叫ぶ。だが、コクヨウは聞いていない。準備運動の伸びをする。
 大蜘蛛はゆっくりとした動作でカサカサ近づいてきていた。
 もともと移動が遅いのか、それともこちらの様子を窺っているのか、じりじりと近づいてくるのが不気味でしょうがない。
 あぁ……マジで帰りたい。涙目になりながら、大蜘蛛を見据えた。
 和解は無理なんだろうな。むっちゃ怒ってるっぽいもんな。
 【しかし、魔獣化とは久しぶりだのぅ】
 コクヨウはクククと笑って、地面で爪をワキワキ動かしている。
 「魔獣?」
 嫌な響きだなぁ。大体予測はつくけど。あれだろ? ファンタジーとかで出てくる化け物だろ?
 【理由は様々ですが、遊びで殺生したりする非道なものが落ちると言います。一度魔に落ちると、もう戻ることはありません。呼びかけた言葉も届きませんし、心を失くします。代わりに、何倍もの力を手に入れるんですわ】
 【そして性格も獰猛になる。あんな子蜘蛛なんぞ比べものにならぬくらいにな】
 「じゃあ、危険じゃんっ!」
 蜘蛛は嘲笑うかのようにシューと低く鳴いた。 
 そしてこちらに向かって糸を吐き出す。その糸はネットのように広がって襲いかかってきた。

 ◇ ◇ ◇

 あー……まだ体がバキバキしている。動かすと痛いな。
 俺は政務室にあるソファに腰掛けながら呻く。
 大蜘蛛の戦闘で体力消耗して、
 部屋に父さん、ダグラス宰相、グランドール将軍が入ってきた。
 俺の反対側のソファに父さんが座り、その後ろにダグラス宰相とグランドール将軍が控えるようにして立つ。
 「さて、医者からも大丈夫とのお墨付きを貰ったことだ。先日の大冒険の内容を詳しく聞かせてもらおうか?」
 父さんはにっこりと微笑んだ。だが、目は笑っていない。
 これは……お説教コースかなぁ。
 俺は息をつくと口を開いた。
 「森で毛玉猫を捕まえるのが目的だったんです。そしたら、思いがけず、大蜘蛛の一団に遭遇しまして……」
 「それはスケルス達から聞いておる。なぜ逃げなかった」
 落ち着いたトーンで、厳しい目を俺に向けてくる。
 言い訳に聞こえるだろうが、話すしかない。
 「だから、逃げようかと思ったんですけど……。コクヨウが久々に体を動かしたいって言って、あっという間に大蜘蛛の子供倒しちゃって」
 俺は深いため息を吐く。
 「コクヨウかぁ……」
 王はアチャーとでも言うように、額に手をやって天を見上げる。
 「命令して止められなかったのか? 召喚獣なのだから可能だろう?」
 困ったように眉を下げて言う父に、俺は口を尖らせる。
 「ちゃんと命令する前に、倒しちゃったんです。」
 父さんとダグラス宰相は呆気にとられている。グランドール将軍は活躍していないスケさんカクさんを不満そうな顔で睨んでいた。その視線に、二人はぶるりと体を震わせる。
 「それで、親の大蜘蛛が怒っちゃって……」
 「でしょうな」
 眉を寄せてグランドール将軍が頷く。
 「それで、僕も手伝ってコクヨウと一緒に退治することになりました」
 「は?フィルもか?」
 父さんに指を差されて、コックリと頷く。
 そこで俺は父さんに、その大蜘蛛が魔獣化していたこと、鉱石を使ってコクヨウと力を合わせて 退治したことを説明した。その説明時に口滑らせて、父さんたちにまで精霊や獣と言葉が話せることまでばれてしまったのは予定外だったが……。
 「鉱石で弱らせるのですか?」
 「あんなものはお守り程度でしかないと思うが」
 ダグラス宰相とグランドール将軍が訝しげに呟く。
 父さんは顎に手をやってしばらく考えていたのち、目の前で鉱石を最大限で使用してみろと言った。
 最大ってことは、漢字一文字ってことだ。どのくらいの威力かわからないので躊躇していると、父さんは安全なもので発動できないかと条件をつけた。
 漢字一文字で、危険ではないもので、最大だとわかるもの……。
 そこで俺は虹をつくることにした。これだったら最大がわかるし、安全だ。
 と思ったのだが、何とこの虹、この世界で神聖視されているらしい。何でも『神の橋』と言われ、古代の神話に、神が地上に降りてくる際、虹を使って降りると書かれているからしい。
 その話を聞いて「へぇ」と感心して頷いていると、父さんはガックリと肩を落とした。
 「へぇ……ではない。お前は今、とんでもないことをしたのだぞ」
 とんでもないこと? そんな覚えは、当然のことながらまったくない。
 「だって父さま、鉱石の最大限の力を見たいって言ったじゃないですか」
 やれっていうから、やったのに。
 「言った。言ってしまった。言わなきゃよかった。私はお前の規格外ぶりを甘く見ていた」
 顔を覆って、盛大に嘆く。
 えぇ、そこまで? あんまりな言いようだ。
 「虹を作っただけですよ?」
 何でそんなに騒ぐのかわからない。と思って聞いてみたら、この世界じゃ虹は自然の中で存在するもの。光と水で作り出すなんて知られていないらしい。ましてやあんな大きな虹だ。
 「神話のあるこの大陸で、あんな大きな虹を作ったらどうなるかわかるか?」
 そんな時、ヒューバートがバンと勢いよく部屋に入ってきた。
 「父上っ! 巨大な虹の橋が現れ、神が降臨しましたっ!!」
 「わかったか? このような者が現れる」
 「よくわかりました」
 父さんは神の降臨ではないと否定をするが、ヒューバート兄さんはまったく聞いていなかった。
 「あれは神の降臨です。その証拠に天変地異の前触れなのか、森から毛玉猫がゾロゾロとこちらに向かっておりまして」
 「毛玉……猫?」
 俺は目をパチクリとさせた。俺の会いたくて会いたくてたまらなかった毛玉猫っ!?
 父さんたちが毛玉猫をどうするか迷っていた。毛玉猫は愛玩動物にも召喚獣にも人気な動物だ。
 大蜘蛛みたいに駆除も出来ない。
 俺は「はいっ!!」と手を挙げた。背が小さくてアピールが不足している分は、ぴょんぴょんとジャンプで補う。
 「父さまっ! 僕にっ! 僕に行かせてくださいっ!」
 毛玉猫が何でこっちに来るのかわからないが、何百匹もいるのなら召喚獣にできるかもしれない。この間は、あの大蜘蛛一家のせいで毛玉猫ゲットできなかったからなぁ。
 だが、父さんはそんな俺のジャンプを、手で頭を押さえて止めた。
 「却下っ!」
 キッパリと言い放つ。
 「えーーーっ!! 何でですかぁ?」
 盛大に不満を漏らした。
 「フィルが動くと騒ぎが起こる。ただでさえ巨大な虹を作って神降臨まがいなことをしているのに、許可できるわけないであろう」
 俺が唸っていると、ヒューバート兄さんは俺が虹を作ったことを驚きつつも、俺に加勢してくれた。
 「父上、私からもお願いします。フィルは毛玉猫をずっと召喚獣にしたがっていましたし。こんなに行きたがっているのですよ」
 たとえ他の皆が筋肉至上主義に対してウザいと思おうが、俺は応援するから! 遠くで!
 「しかしなぁ……」
 父さんは渋るような声を出して腕を組んだ。ギィッと音を立てて椅子に持たれると、その状態でダグラス宰相を見上げる。
 「ダグラス、お前はどう思う?」
 「そうですね。確かに心配ではありますが……。フィル王子が向かえば、毛玉猫がなぜこちらに来たのかわかるかもしれません」
 控えめな言葉に、父さんは小さく唸る。そして目を閉じると長いため息を吐いた。
彫りの深い美形は、そんなアンニュイな様子もカッコイイ。俺は父さんの決定を固唾を呑んで見守った。
 「では、フィルは毛玉猫のもとへ向かい、事のあらましを探れ」
 「やったー!」
 父さんは椅子から立ち上がり、俺の頭をくしゃりと撫でる。
 「ただし、決して規格外な行動はしないこと。相手は毛玉猫だ。危険も少ない。よって、鉱石や ディアロスでの事態収拾は禁止とする。わかったな」
 「はーい!」
 にっこり手を挙げて元気に返事する。
 毛玉猫に会うためだ。どんな条件だって呑もうではないか。
 「スケルスとキナスは引き続きフィルの護衛にあたってくれ。おそらくグランドールが小隊を率いて現場にいるだろう。万が一の場合はそちらに対処を任せ、フィルの安全を最優先に行動せよ」
 「かしこまりました!」
 「次こそは必ずご期待に応えます」
 スケさんカクさんは神妙な面持ちで敬礼する。前回のことがあるから、名誉挽回したいところなのだろう。
 「父上、私も行ってもいいですか?」
 顔をワクワクさせるヒューバート兄さんに、父さんは素気なく首を振った。
 「ダメだ」
 「えーーーっ!! なぜですっ!?」
 ヒューバート兄さんは俺を下ろすと、父さんに詰め寄った。だが、父さんに一睨みされて、元の位置に戻る。
 「なぜ、だと? ヒューバート……さきほど虹を見たと言ったな? 今の時間、図書館で地理学をやっているはずではなかったか?」
 「はぅあぁっ!」
 ヒューバート兄さんは明らかに「しまった、ばれたっ!」という表情で後ずさりする。
 あ、そうか。図書館は、本が傷まないよう足元に小さな窓があるのみだ。つまり外で巨大な虹が出ようが気づくはずはない。それを見たのであれば、その理由は容易く推察できた。
 俺は頭を押さえてため息を吐く。
 ヒューバート兄さん、またサボったのか。勉強嫌いだもんな。
 「本日は、一刻分であった学習を二刻やるように」
 「そ、そそそ、それだけはっ!」
 ヒューバート兄さんはすがるように手を前に差し出したが、残念ながらそれは空を掴むだけだった。
 「ならば外出禁止のうえ、教師付きで勉強時間を設けるか?」
 父さんは片眉をピクリと上げて、ヒューバート兄さんを見据えた。
 「わかりました。図書館に参ります」
 最後通告を受けてションボリ肩を落とし、とぼとぼと歩いていく。さきほどまでの快活さはどこにもない。
 ドアが閉まる直前、顔だけ振り返って呟いた。
 「フィル……お前はこうなるなよ」
 いや……ならないけど。何で死地に赴くみたいにカッコつけた? 父さん頭抱えちゃってるよ。
 「と、とりあえず、フィル王子。毛玉猫のところに行きましょうか」
 スケさんが仕切り直しとばかりに大きな声をかける。
 俺はそれに頷いて、父さんに一礼する。
 「許してくれてありがとう、父さま。じゃあ、行ってきます」

 裏門に到着して、毛玉猫の方を確認すると、何故か毛玉猫の群れの中央でグランドール将軍が腕を組み、ドォンと仁王立ちしていた。
 「どうしたのあれ……」
 指を差して兵達を振り返る。
 様子を窺うにしたって近づきすぎっていうか、ど真ん中にいるのはおかしい。何らかの対処をするための中央突破だとしても、これまたまったく動かないというのはおかしかった。
 何だって毛玉猫の真ん中で仁王立ちしてるんだ?
 俺が不思議に思っていると、小隊の兵が理由を耳打ちしてくれた。
 「我々グランドール将軍直属の小隊しか知らないことですが。実は……グランドール将軍は猫が嫌いなんです」
 「ええええっ!?」
 俺はビックリして、耳打ちした兵士の顔を見る。あまりにも驚いて若干声がひっくり返ってしまった。
 信じられない。あの武人グランドール将軍にも弱点があったのか。そう言われてみたら、向かう時に顔色が悪かった気がする。
 未だ仁王立ちしているグランドール将軍を見やる。
 兵曰く、様子を見てるうち動けなくなって囲まれたらしい。
 そうですか……そりゃ大変だ。
 とりあえず、毛玉猫と話をするにしてもグランドール将軍を回収するにしても、向こうに行かなきゃだな。
 俺とスケさんカクさんは、毛玉猫の群れをビックリさせないよう、ゆっくりと慎重に近づいていく。
 毛玉猫達は隙間なく密集していた。茶や灰のオーソドックスなのから、オレンジ色やアイスブルーみたいな変わった色の毛玉猫もいる。柄も縞々・ブチ・三毛以外に、トラ柄やヒョウ柄、水玉みたいなのもいた。
 色とりどり柄とりどりの毛玉猫の群れは、ふわふわもこもこの大きな絨毯のようだ。
 そこかしこから様々な毛玉猫の鳴き声が聞こえる。一心不乱に進んでいるせいで、俺達が近づいていることに気づいていないらしい。
 か、かか、可愛すぎるっ! テンション上がるっ! ヤバい、ダイブしたくなってきた。
 ほんわか癒されながら、俺は横の草むらから回り込み、グランドール将軍の様子を窺う。
 「グランドール将軍。大丈夫〜?」
 毛玉猫を驚かさないように、小声でそっと声をかける。だが、呼びかけてもグランドール将軍は彫像のように動かなかった。気絶しているのか?
 まさに弁慶の立ち往生。
 ふわふわな毛玉に囲まれて、ひどくファンシーな光景だ。もしかしたら毛玉猫のほうも、何かのオブジェみたいな認識でグランドール将軍のことを人間だと思っていないのかもしれない。
 いいな……羨ましい。むしろ俺がそこにはまりたいよ。
 俺はひとつ唸って頭を掻いた。
 「毛玉猫の皆さーん。こんにちはー!」
 そう呼びかける。すると、もこもこと動いていた毛玉猫が、ピタリと止まった。
 まさか、この間みたいに急に転がって来たりしないよな?
 注意は怠らずに毛玉猫達を見張りながら口を開く。
 「城の三男王子フィルです。どうして城に向かっているのかなー?」
 するとザワリと毛玉猫が一斉に喋り出した。数百匹いるから、何を言っているのか聞き取れない。
 「ちょっ! まっ! 待ってっ!」
 俺、聖徳太子じゃないんだけどっ!!
 「待って待って! だ、代表者っ! あ、代表毛玉猫が話してくれる!?」
 両手で制止するポーズをとる。すると再度ピタリと静かになり、一匹の毛玉猫が中から進み出た。
 グレーの長毛種の毛玉猫だ。顎のあたりだけ、白ヒゲみたいになっている。
 まるで長老のようだったので、思わず指差して聞いてしまう。
 「長老?」
 すると、その毛玉猫は俺をゆっくり見上げて「ニャ」と鳴いた。
 【よくわかりましたな。さすが救い主様じゃ】
 「……はいぃ?」
 長老毛玉猫の言葉に眉を寄せた。
 「救い主様?」
 長老を差していた指を、今度は自分に向けて首を傾げる。その言葉に長老はコクリと頷いた。
 【さようです。森にいる大蜘蛛を倒したのは、救い主様でございましょう】
 長老は戸惑う俺に、フォッフォッと笑った。
 【あの土地は我ら毛玉猫にとって大切な棲処。大蜘蛛の手から我らを助けてくださってありがとうございますじゃ】
 長老がそう言うと、毛玉猫たちは一斉に様々な声で鳴き始めた。
 あちこちから「救い主さまー!」「ありがとーう!」と聞こえてくる。
 す、救い主って……。思わずヨロリとした俺を、カクさんがサッと支えてくれる。
 「どうなさいました? 毛玉猫は何と言っているのですか?」
 「な……何か、大蜘蛛を倒したことで、僕が毛玉猫の救い主になっちゃってるみたいで……」
 脱力して言うと、スケさんが納得したように大きく頷く。
 「それは当然と言えば当然でしょう。野原に棲んでいる毛玉猫にとって迷惑な、あの大蜘蛛一家を退治したのですから」
 カクさんも同意して頷き、俺は頭を掻いた。
 「確かに大蜘蛛は退治したよ、したけど。救い主なんてご大層なものでは……。自分の身を守るためってのも大いにあったし……」
 あの時は自分達のことでいっぱいいっぱいだった。結果的にそうなっただけだ。それを、そんな風に呼ばれるのには違和感があった。
 長老はちょこんと座って、俺を見上げる。
 【それでも我らは大変助かりました。あの大蜘蛛一家には、我らだけでなく他の獣にもかなりの犠牲が出ましたからのぅ……】
 しょんぼりと俯く長老を、俺はしゃがんで慰めるように優しく撫でた。長毛だからサラサラとして手触りがいい。何度か撫でていると、長老も気持ちよさそうに喉を鳴らし始めた。
 「じゃあ、この毛玉猫達皆で、お礼を言いに来てくれたのかな?」
 俺は場の雰囲気を変えようと明るい声を出す。長老を撫でながら、毛玉猫の群れを眺めた。
 しかし、大所帯だなぁ。毛玉猫の足の速さを考えると、相当大変だったろう。
 それにしても、お礼を言いに来るにしては多すぎないかな? おかげでちょっとした騒ぎになってしまった。
 すると、長老はゆっくり頭を横に振った。
 ……といっても、毛玉猫自体が丸いフォルムなので、頭を振っても動きは微妙だ。
 【いえ、群れで参りましたのは、妖精達からある噂を聞きましてのぅ】
 「妖精?」
 俺が首をちょっと傾げると、長老は頷いた。
 【その妖精達が話していたんじゃ。救い主様がフィル王子様と呼ばれていたことや、大蜘蛛を倒したことを】
 だから、俺が名乗った途端、救い主と言ってきたのか。俺が大蜘蛛倒したこと、何で知っているのか不思議だったんだよね。
 俺が納得して頷いていると、長老がフォッと噴き出した。
 【それから、毛玉猫をとても召喚獣にしたがっていることも聞きましてのぅ】
 「なっ!」
 予想もしていなかったことを言われて、俺はかぁっと顔が熱くなるのを感じた。
 「えっ! そんなこと聞いたの?」
 毛玉猫を召喚獣にしたいのは本当だけど、俺以外から毛玉猫本人達にそれを伝えられるのは何だか気恥ずかしかった。
 そう言われてみれば、道すがら毛玉猫のこと話していたもんな。
 両手で頬を押さえる俺を、スケさんカクさんが不思議そうに見ている。
 長老の言っていること、彼らはわからないもんな。当然だ。だけど、通訳は断固拒否する!
 【このたび、我が一族が群れでやってきましたのは、召喚獣をフィル様に選んでいただきたかったからですじゃ】
 「え、いいの!?」
 両手を外して体勢を戻し、パァッと笑顔になる。長老はフォッフォッフォッと笑った。
 【無論。救い主様の召喚獣になれるとあらば、我が一族最高の誉れですじゃ】
 俺は小さくガッツポーズする。
 よっしゃー! やった! 大蜘蛛倒してみるもんだな。
 「ありがとう!」
 長老の小さな手を掴んで握手する。
 【さて、どの者がよろしいですじゃ?】
 長老に促されて立ち上がった。
 どうしよう。どれにすると聞かれても、これだけいると迷うなぁ。
 近くから遠くまで毛玉猫を見渡す。相当な数がいるから、どこをどう見ていいのかもわからない。
 わかるのは……可愛いってことだけっ!
 だってさ、自分を選んでほしいからか、体を振ってもこもこをアピールするんだよ。毛繕いしてきたのか、毛並みがツヤツヤしているのもいるし。
 その様子が何とも可愛くて、思わず顔がにやけてしまう。
 すると、中に薄汚れた毛玉猫が一匹いた。ツヤツヤした毛玉猫ばかりだから、変に目立つ。
 「そこの子……汚れちゃってない? こっちおいで」
 指差して手招きすると、テコテコと中から出てきた。
 き、汚い。元の色は何だろう。
 土や草の汁で染まっている上に、枯葉とか草とか小石とかが毛に絡まっている。
 他の毛玉猫は綺麗なのに、何でこんな汚いんだ?
 俺の前までくると、ちょこんとお辞儀した。
 【この前、助けてくれてありがとです】
 「ん? この前?」
 【大蜘蛛に追われていた時、救い主様助けてくれたです】
 首を傾げていた俺は、それを聞いてポンと手を打った。
 「この間、転がってったのは君か!」
 俺は、草や枯葉を取ってあげながら微笑んだ。コクリと頷く姿が可愛くて、撫でながら小石も取ってあげる。
 そうか。転がっているからこんなに汚れちゃっているわけね。
 「この間すれ違ったけど、ずいぶん速くてビックリしたよ。あっという間だったよね。毛玉猫が あんなに速く転がるなんて知らなかったからさ」
 俺が笑って言うと、長老もフォッフォッと笑った。
 【他の毛玉猫は転がらないのですがなぁ。この子は、なぜかよく転がるんじゃ】
 「へぇ、皆、転がるのかと思った」
 感心してその毛玉猫をマジマジ見ると、照れたようにナゥと鳴く。
 【歩くより、転がるほうが速いです。転がるの好きです】
 その理由に思わず噴き出してしまう。なるほど、効率を考えたのか。面白い毛玉猫だな。
 俺は長老を振り返った。
 「長老、この子にするよ」
 「えええぇっ!!」
 俺が言うが早いか、スケさんが盛大に声を上げる。
 「他にもたくさんいるのに、よりによってこの毛玉猫を選ぶのですか? 汚れていますよ?」
 俺は苦笑して肩をすくめる。
 「まぁ確かに。でも転がるのこの子しかいないらしいし。おもしろ可愛いかなーと。汚れたら洗えばいいじゃない」
 【本当にボクでいいです?】
 毛玉猫も不安に思ったのか、首を傾げて見上げてくる。そんな毛玉猫に俺はしっかり頷いた。
 「うん」
 毛玉猫は俺にちょこりと頭を下げる。獣との契約方法だ。あとは名前を付ければいいんだな。
 名前……名前……。この子、色んな色に染まっているからなぁ。蛍石から取るか。
 「ホタル」
 名前を付けた途端、俺と毛玉猫の間に風が起こった。コクヨウの時よりは優しい風だ。レア度によって違うんだろうか?
 その風の中、うっすらと毛玉猫が光る。
 風が止むと、ホタルは再びちょこりと頭を下げた。
 【これから、よろしくお願いしますです】
 そう言って、顔を上げる。
 「こちらこそ。よろしくね、ホタル」
 俺は地面に片膝をつく。そしてつぶらな瞳で見上げてくるホタルの頭を、微笑みながらそっと撫でた。

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