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第5章

藍砥茶の樹海

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*あいとのちゃのじゅかい*


黒い渦に触れた瞬間、恐ろしく冷たい何かを感じた。
冷凍庫の氷に触れたような、体温を一気に奪われてしまうような嫌な感覚。故郷に帰るたびにこんな感覚に陥るなんて気持ち悪いなあと思いつつ、ゆっくりと目を開けた。
目の前に広がるのは一面緑の深い森。トバイロンの森のままじゃないかと思ったが、生息する木の種類が違う。木々にあたる光が違う。風の匂いすら違う。
深く息を吸い込み、肺に空気を入れる。濃い。空気が、とても濃い。

振り向くとそこは森。黒い渦は跡形もなく消えていた。ホタルのような虫のような何かがふわふわと飛んでいる。あれなんだろう。
大きな葉をかきわけて眩い光に向かって歩くと、

「ヒョッ」

断崖絶壁でした。
なんだここ。なんだここ!

大地がぱっくりと割れたような崖っぷち。垂直の崖の下に流れる川は水量が豊富な上、流れがとても早そうだ。高所恐怖症ではないが、ここに留まりたくないほどの高さ。あと一歩踏み出していたら真っ逆さまに落ちていただろう。崖の向こう側にもずっと続く大樹海。地平線ならぬ緑平線?聞いたことないか。
それにしても、なんてところに転移させたんだ。

「ピュイィ〜」

ご機嫌に歌うビーが飛んできた。器用にくるくる回っている。
ビーがこうやってウカレるのは、この場所の魔素が豊富な証拠。森の奥や谷の底など、人があまり近寄らない場所には魔素が豊富にある。そういった場所を見つけるとビーは元気になるのだ。
そうか、空気が濃いんじゃなくて魔素濃度が高いのか。

「ビー、皆は何処に行ったんだ」
「ピュ?ピュイー」

前足で方向を示した先は俺の真後ろ。
渦に触れることを躊躇っていた俺が悪いんだが、全員揃ってから行動とかそういうこと出来ないかね。なんて愚痴ってみたが、無詠唱で探査をかけて理由がわかった。

「なんだこれ。全員バラバラ」

探査で全員の位置を調べてみると、広大な森の中に点在するそれぞれの光。
茶色反応はクレイとブロライトだろう。この…紫の反応で妙に素早く動いているのが、たぶんプニさん。とんでもない方向に動いているな。

「ピュイ、ピュイィ、ピュピュ」
「そうだな。ありがとうな。お前は優秀だよ。流石うちの子」
「ピュイィィ〜ッ!」
「うん、うんわかった。顔舐めなくていいから」

ビーは渦から出た後その場を動かず、俺を待っていてくれたらしい。そして俺の匂いに気づき、辿って見つけてくれたと。ああもう可愛い。
渦から出た先は皆同じっていうわけではないのか?なんて危険な旅路。
さて、全身で喜びを表現してくれる生臭い子はともかく、好き勝手に動きまくっている仲間に招集をかけるとするか。
招集と言ってもこっちですよーと叫ぶわけではない。狼煙を上げるわけでもない。これだけ鬱蒼とした森なのだから、これと一発でわかる合図が必要になる。

照光リヒルート!」

眩いばかりの青い光を作り出し、天高く放り投げる。灯光ライトと違うところは、日差しのある場所でもその光がはっきりと見ることが出来る光量の多さ。灯光ライトが電灯の明かりなら、照光リヒルートはナイター照明。
この光を点灯させればあれは何だろうと気付いてくれるはずだ。まあ、モンスターもおびき寄せてしまうという難点はあるが。

「ピュイ」
「よしよし。全員気付いたようだ」

一番近い点滅が二つ、こっちに向かってくる。そして紫の点滅が直ぐそこに。

『ひひひーん!』
「ああ、プニさんこっちこっち」

藪の中から現れた純白の馬。鬣に枯れ葉を大量につけ、自慢の美しい肌に茶色い泥水をかぶっていた。何処をどう走ったらそんなになれるわけ。

「どこへ行っていたのですか!わたくしを残して隠れるなどと!」
「隠れていませんて」
「ピュイ、ピュイーイ」

変化を解いたズタボロの美女に抗議され、ついでだから一人と一匹まとめて清潔クリーンをかけてやるかとユグドラシルの枝を取り出すと。

「ここかタケル!何処へ行っておった!」
「タケル!勝手に動いてはならんぞ!すぐそこは崖じゃ!」

いやだからお前ら。
先に行って勝手に動き回って何をおっしゃるの。
それに、何処をどう走ればそんな蜘蛛の巣やら葉っぱやら小枝まみれになれるんだよ。藪から飛び出したクレイとブロライトは、これまた見事にばっちい。
命を優先する世界で汚れだのなんだの言っている俺が確実におかしいんだろうけど、蜘蛛の巣くらい避けてくれないかな。タランチュラみたいなでかい蜘蛛がクレイの肩にいいぃ。
それじゃあ三人と一匹をまとめて綺麗にしてやりますか、と再度ユグドラシルの枝を構えようとしたら。

「ピュイ!」
「む」
「この気配は」
「ひひん」

ビーの警戒警報を合図に、三人そろって警戒態勢。
やっぱりモンスターを引き寄せたか。あれだけどでかい光だ。新鮮なお肉がここにいますよと主張しているのと変わりがない。
さて、エルフの郷にはどんなモンスターがいるのか。

探査サーチ……あれ?」

黒点滅の反応が一切ない。そのかわり、無数の茶色点滅が四方八方からこちらを目がけてやってくる。

「タケル!構えよ!」
「いや、この反応はモンスターじゃなくて」

茶色斑点は人反応。
俺たちを囲うように点在し、そして。
慌ててユグドラシルの枝を杖に変え、魔力を練る。

シールド展開!」

と、同時に大量の矢が打ち込まれた。
銀色の矢じりに黄色の矢柄、白の矢羽がついた矢がシールドに弾き飛ばされる。数え切れないほど。
普通は警告とか、お前ら何しにここにきたずら、的な威嚇とかあるだろう!いきなり矢をぶっぱなすって、どういう種族なわけ?

「この矢は…!皆、待ってくれ!この矢じりは我が郷の」
「ヴェルヴァレータブロライト!」

ブロライトが何かを言おうとすると、目の前に出た、というより風もなく現れたのは大勢のエルフ族。
警戒心むき出しに全員が矢を構え、それぞれの標的を狙っている。うわーお。こんなたくさんのエルフ族見たのは初めてだ。

「郷の聖域を侵す気配を感じたと思うたらば…貴様か」

先頭で矢を構える金髪碧眼の美青年。北欧系か欧米系か、なんて呑気に考えている場合ではない。なんで憎々しげにブロライトを睨みつけているわけ?

「皆に害をもたらすものではないのじゃ!わたしはただ、リュティカラの行方を知りたいが為に」
「ええい黙れ忌むべき者が!よそ者に力を借りるなど、貴様は郷の掟を何と心得ておる!」

美形は怒ると怖い。もともと怖い顔した盗賊なんかに怒鳴られてもへの河童だが、大人しそうな美形にかぎって怒るとはんぱなく怖いんだよなあ。きっとルセウヴァッハのイケメン領主も怒ったらめちゃくちゃ怖いんだろうな。

「わたしは…わたしは…」

苦しげに言葉を必死に続けようとするブロライトがとても不憫だ。彼女のこんな顔は初めて見た。どんな事情があってもブロライトの言い分を聞かず怒鳴り散らすってのは、仲間として許せない。

「そのような禍々まがまがしき者どもを引き入れおって」

あっ
それ言っちゃ駄目。
絶対に言っちゃいけない言葉なのに。

「……なんですって」

ほらほらプッツンきちゃった。
プニさん怒ってますよ。これすごい怒ってますよ。
他人事みたいな顔して光るチョウチョを見ていたプニさんが、きりりと真剣な顔になる。

「今、このわたくしに向かって何と言ったのですか……?」

美男が怒ると怖い。
だが、美女が怒るともっと怖い。
ガレウス湖を守っていた聖なる神様に向かって、まさかの「禍々しい」発言。
そりゃ頭もじゃもじゃで純白のドレスは泥で汚れまくっているけど、その中身は立派な神様なのだ。

「アルタトゥムエクルウスである、我が身を…禍々しいと?」

古代馬アルタトゥムエクルウスであるプニさんは古代竜エンシェントドラゴンと並ぶ創世記からの神様。戦闘能力は皆無だが、そのプライドはトコルワナ山より高い。ものすごく高い。
何処からか現れた白い煙と何処からか現れた真っ黒い雲に辺りは包まれ、不穏な空気が立ち込める。
いやこれ完全に禍々しいって。

「まさか…!」
古代馬アルタトゥムエクルウス?!そんな!」
「なにゆえ尊き御身がこの地に足を運ばれた!」

矢を構えていたエルフたちは一気に戦意を喪失。それぞれ信じられないと顔を見合わせ、恐怖におののいている。
そりゃ怖いよな。銀髪白肌葉っぱまみれの美女が、暗雲背に怒気を露わにしているのだから。

『我が名はホーヴヴァルプニル!我が身を嘲るものに我が裁きを!!』

怒髪天のプニさんは純白の馬に変化し、エルフ達に雷を落っことした。




立派に戦えましたね、プニさん。






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舌噛みそう
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