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第5章

天鵞絨の真実

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*びろうどのしんじつ*



ハイエルフ族という種族がいる。
エルフ族とは血脈けつみゃくが少し違うらしく、例えるならばリザードマンとドラゴニュートのような違い。
エルフの上位種とも呼べるハイエルフ族は魔力が高く、そして高潔。エルフ族よりも血脈や掟を重んじ、他種族を侮蔑し交流を禁じている。つまりが面倒なツンツン種族。

エルフの郷の中心に位置するあの巨大な樹。空を覆い隠すほど天高くそびえる母なる大樹。
その名も生命の大樹ゴワン。
世界を支える全能なる神とかではなく、あの樹はエルフ族の象徴として世界各地に点在しているらしい。この大樹がある場所にエルフ族が住むようになったのだと。
そんな大樹の中にハイエルフ族が住む王宮がある。ドワーフ王国のように無駄なきらびやかさは無く、樹の枝や葉をうまく利用した構造になっていた。
ツリーハウスに憧れていた俺としては、興奮を隠しきれない。きっと鼻穴ふくらみまくっている。

ボルさんの住処のようなドーム状の広い天井を見上げ、口をぱっかりと開く。樹齢何千年とか何万年とかなのだろうか。とてつもなく、恐ろしくでかい。
こんなでかい樹を見たのは初めてだ。

「タケル、こちらじゃ」
「はいはい」

ブロライトに先導された先は、大樹の上層へと続く螺旋状の枝。階段のように足場がしっかりとしているわけではないので、少しでも足を踏み外したら地上三十階ほどを真っ逆さまだろう。いつでも飛翔フライが唱えられるように心構えをしておく。
魔法をかけて楽に登ろうかと提案したのだが、初めて訪れたものは最上階まで己の足で登る掟なのだとか。また掟か。

「ゴワンに登ることが出来るのは……ハイエルフ族だけなのじゃ」
「へえ」

そりゃエルフ族の王宮ってくらいだから、王族であるハイエルフ族しか登ることは出来ないだろう。そんな場所に足を踏み入れている俺ってば、凄い経験をさせてもらっているんだな。駄目だどうしても顔がにやける。ああ、写メりたい。
ブロライトの言葉に適当に返答すると、ブロライトは振り返って勢いよく頭を下げた。

「すまない!」
「何!こんな狭いところで振り向くとか止めなさい!」
「すまない!わたしは、わたしはハイエルフ族なのじゃ!」
「わかったから前向け!ほら、落ちたら死ぬぞ?」

エルフなら死なないだろうけど。

「ブロライト…お前は」
「クレイストンにも秘密にしていた。すまなかった。じゃがおいそれと自らの種族のことを言うわけにはいかなかったのじゃ」

うん?
どうしたんだ。クレイもブロライトも真剣な顔しちゃって。

「お前にどのような理由があるにしろ、ハイエルフ族が外界を旅するなど」
「それにも理由があるのじゃ。物見遊山ではない」
「厳粛な郷の掟をなんと心得ておるのだ」
「わかっておる!いや、わかっておるのじゃが…譲れぬものがあったのじゃ」

いや、人のこと置いて話を進めないでください。大体予想はつくけど。
ブロライトがハイエルフ族だっただけだろ?そんなの聞いても驚かない。驚くことが出来ないと言ったほうが正解だろうか。エルフだろうがハイエルフだろうが見た目の違いはわからないし、だからどうしたんだと聞きたいほどだ。
ブロライトに出会ったときに彼女の武器を調査スキャンしたことがある。その時、確か選ばれたハイエルフ族にしか使うことが出来ないとかなんとかだったな。
あの時はさらっと流していたが、ハイエルフ族ってなんだろな、とは思っていた。それ以来すっかりと忘れていたが。

「タケルも…今まで黙っておってすまなかった」
「いやだからさ、頭を下げる必要はないんだよ」
「じゃが」
「ブロライトがエルフだろうとハイエルフだろうと、いっそのこと実はリザードマンだったとしても構わないって」
「さすがにリザードマンではないと思うのだが」

例えば、だろう。
話の腰を折るな。
冷静なクレイの突っ込みを無視し、続ける。

「ハイエルフ族だからって何かあるわけ?」
「……ハイエルフは俗世に赴いてはならぬ掟があるのじゃ」
「へえ。それで?」
「わたしは掟に背いて好き勝手なことばかりしてきた」
「うん。だから?」
「えっ?ええと、ええと、そ、そういう掟に背くような真似をするようなハイエルフは、さ、さげすまれることが多く……。よってわたしはこの郷で歓迎されてはおらず、それから、それから」

ブロライトは必死に言葉を探す。
きっと誰にも言いたくなかったことを言っているんだ。俺としては郷の掟の重さもハイエルフという種の貴重さも知らない。知らないから、「で?」という返答になる。
目の前に現れたおっさんが某王室関係の尊いお血筋のお方で、と紹介されても「へー。で?」ってなるだろう。そんな感じ。

「ブロライトはハイエルフだったんだろ?」
「そうじゃ」
「ハイエルフは郷を出たらいけない決まりなんだ」
「う、うむ」
「だけどブロライトは掟に背いた」
「左様!」
「それで誰か大変なことになったり、死んだりしたの?」
「へあっ?!いや、誰も死ぬような目にはおうておらぬが…?」

なんだ。

「クレイはハイエルフっていう種のなんたるかってのを知っているかもしれないが、俺はそういうことは何も知らない。だから、ブロライトがエルフだろうとハイエルフだろうと、俺にとってはどうでもいいことなんだよな」
「え?」

種が違ったところで何がいけないんだろうか。
掟を破るということがハイエルフにとってどれだけ重要なことかはわからないが、ブロライトには掟を破っても構わないほどの理由があったんだろう。
ブロライトが郷を出ることによって誰かが犠牲になったのだとしたら、オイタはいけないぞ、とか言えたんだろうけど、理由を知りもしないで説教なんかできるもんか。

「人には隠したいことがたくさんあるだろ?俺だって…まあ、ある。一応」

前世でコレクションしていたミニスカスーツのむっちり足美女の画像をフォルダ分けにしてファイルにランク付けして保存していたとか、誰にも言えない。
中学生の時に書いたぼくの考えたかっこういい呪文ノートを初恋のマイコちゃんに見られて恥ずかしくて円形脱毛症になったこととか、死んでも言えない。

「クレイだってプニさんだってあるだろ?」
「……そうだな」
「わたくしの歴史を語ったら一晩では済みません」
「うん、語らなくていいから。誰にだって秘密にしたいことはあるってことだ。ブロライトの秘密は一つわかったわけだけど、なんでもかんでも打ち明ければいいってもんじゃないんだ」

実はサイコパスで連続猟奇殺人鬼でした、という理由ならともかく。
俺の第六感的な何かはそういう嫌なものを感じない。トコルワナで人相の悪い盗賊に出くわしたときは、一目見ただけで関わりたくないと思ったものだ。

「俺は信じたいと思ったものを信じる。ブロライトにどんな理由があったとしても、今はチームメンバーなわけだし」

仲間を信じることに理由はいらない、なんてな。
ちょっと格好いいこと考えてしまって独り照れる。こういうキャラじゃないのに俺。

「それにさ、郷の外に出てはならない掟だっけ?俺だったら絶対に無理。ベルカイムから外に出るなって言われたら、穴掘ってでも外に出る。外に出て自分が死んだり誰かが犠牲になるなら大人しくしているけど、そうじゃないなら外に行く」

引きこもるのは性に合わないんだよ。
知らないことを知り、見たことのないものを見たい。
そういう当たり前の欲求がブロライトにあったってだけだろ。

「うむ。タケルの申すとおりであるな。俺も些かつまらぬ考えを抱いていたようだ」
「掟ってのが大切なんだろうけど、掟より大切にしたいものだってあってもいいよな」
「左様。俺も郷の掟など二の次に聞いておったわ。郷の掟を忠実に守っていたのであれば、今の俺はいなかったであろう」

そんなもんだよな。
そりゃ掟を忠実に守れるやつが正しいんだろうけど。

「人の子はつまらぬことに拘るのが好きなのですね」
「ハイエルフすら人の子って認識なんだ」
「当たり前でしょう。小さき世界がすべてなどと考える小さき種族にすぎません。ですからリベルアリナなどに願うなと申したのです。あのような小さきもの」

ふんっ、と胸を張るプニさんの態度にブロライトは泣きそうに微笑んだ。
きっと不安だったんだろうな。その不安の深さや重さっていうのは俺にはわからないが、やってはいけないことをしてきたと告白するには余程の勇気が必要だってことはわかる。
命すら預ける仲間だ。信頼出来なければ、そもそも仲間になる意味がない。ギルドで一時的なチームを結成すればいいだけだ。

「ベルカイムでプニさんに口止めしていた秘密みたいなのって、このこと?」
「左様。じゃが、わたしはいらぬ心配を抱いていたようじゃな」

いつもの笑顔。
悩みなんて一つも無さそうなブロライトだったが、人に言えない闇を持っていた。
それは驚くことではない。人は誰にも大なり小なり悩みがあり、それは第三者がとやかくいうことではない。

悩みにつまらないことなんてないんだからさ。


*****


衛兵に守られた美しい装飾の扉が静かに開くと、濃い魔素の瘴気が溢れ出てきた。
またクレイは妙な咳をはじめ、ビーは慌てて俺のローブの下に。場所を選ばず魔素がそこかしこにあるとなれば、気になって仕方がないだろう。梅雨の時期にイライラしてしまうような。
俺たちに矢を放ったエルフ族がピリピリしていたのは、もしかしたら魔素の影響なのかもしれない。わかんないけど。

扉の中に入ると大きな空間になっており、更に大きな扉があった。その前にも衛兵。そして侍従っぽい女性が一人。
ブロライトは軽く頭を下げ、右手で印のようなものを結ぶ。ほら、陰陽師の九字護身法みたいなやつ。あれの片手版。あれが挨拶なんだろうな。道すがら出会うエルフ達が皆その挨拶をしていた。ちょっと真似したくなるのは黒歴史持ちのさが。ジークなんとかって叫びたくなる。

「兄上に目通りを賜りたい」
「戦士長リルカアルベルクウェンテール殿より話は聞いております。暫くお待ちくだされ」

女性がそう答えると、両手をぱんぱんと軽く叩いた。
扉の左奥にある部屋から更なる侍女エルフが現れ、広く丸いテーブルの上にカップを並べていく。木製の武骨なカップだ。マグカップサイズ。それに木製のポットから緑の液体が注がれる。緑茶みたい。

「旅のお方々、こちらでお待ちくださいまし」
「これはこれはご丁寧にどうも」

ちょうど喉が渇いていたんだ。
エルフ族で飲まれている飲み物ってどんなものなのか気になる。カップに注がれている緑色の液体は、水ではない。湯気がたっているから暖かい飲み物。
それぞれの席についてカップを手にする。

「これはなんていう飲み物だ?」
「ハデという」
「派手?」
「ハデ茶、と言えばわかるか?」

なるほど派手茶。色は緑で地味だが。

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ハデ茶 ランクC

ハイエルフ族に伝わる秘伝の葉より作られる茶。朝霧のなか若芽をつみ、乾燥させてから粉末状になるまですり潰す。

補足:疲労回復・肩こり腰痛などを和らげる効果がある

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おお。
ハイエルフ族秘伝のお茶とな。簡易回復薬ポーション効能つき。
ランクCのお茶なんて領主の屋敷でも飲めなかったぞ。
手に伝わる暖かさに少しだけ緊張を解き、口に運ぶ。

「いただきます…」
「ピュ」

匂いは…葉っぱの匂い?青臭くなく、いい匂い。
ゆっくりと口に含み、ゆっくりと嚥下する。

「ん??」
「ピュイ?」

まろやかな舌触り。そして口の中に広がる独特の甘みと旨味。
これは。
これはまさか。
味わったことのある、このお茶はまさか!

「玉露!!」


まさかの出会いに立ち上がって叫んでしまった。



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