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第5章

藍御納戸の値遇

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*あいおなんどのちぐ*



まさかのまさか!
神秘のエルフ族の秘密の郷で、懐かしの故郷の味と出会うことが出来るなんて。
いや、正しくは玉露ではない。正直なところ、俺の舌では玉露と煎茶の違いはわからない。甘みがあるから玉露かな、程度の知識。

「はあ……落ち着く」

ほどよい暖かさの玉露ならぬハデ茶をゆっくりと飲み込む。
翡翠色の綺麗な液体に遠い遠い、もう二度と戻ることのできないあの国を思い出し、少しノスタルジックになってしまった。

「タケル、よもや貴殿はハデ茶を飲んだことがあるのか?」

陽だまりの縁側で膝で眠る猫を撫でながらばあちゃんが背中を丸めて玉露を…という妙な妄想世界に陥りそうだった俺に、ブロライトが信じられないと声をかけた。
そりゃそうだろう。ハイエルフ族の秘伝のお茶を飲んだことがある、などと。

「いや、このお茶に似た味の飲み物が俺の故郷にあってさ」
「ほう。それが、ギョクロ、というのか?」
「うーん、玉露なのか煎茶なのか正直わからないけど、このお茶はとても懐かしい気持ちにさせてくれるんだ」

ああ、まんじゅう食いたい。
だいふく食いたい。
ようかん食いたい。
もなか、落雁、ねりきり…
ともかく、やたら甘いものが食べたい。

そういうわけで鞄から取り出したのは、ベルカイムで大人気の大判焼き。
最近は味のバリエーションが増え、餡子状のようなものとクリーム、果実ジャムと塩タレひき肉味がある。そのうちクレープも伝授してやろうと密かに企んでいたり。
せっかくの緑茶なのだから、ここは餡子バージョンの大判焼きだろう。小豆のような豆、サツマイモのような甘いイモなどに砂糖をまぶして練った餡が入っている。甘すぎてもしつこくなるため、甘さは控えめ。おかげで大人にも大人気。
砂糖半分ハチミツ半分バージョンもあり、ベルカイム民には手軽かつとても美味しいと好評なのだ。

「タケル、わたくしは五つ食べます!」
「俺も五つほど…」
「うん?ならばわたしも五つ食うのじゃ!」
「ピュイッピー」

遠慮とかしないんだね君たち。
うんうん、いいんだよ。俺の鞄にはアツアツ出来立ての大判焼きが大量にストックされているからな。一度に食べてしまうと夕飯が入らなくなるため、一人最大五個までと制限している。制限しているが、毎度最大限度言ってくるから意味は成していない。

この大判焼きは全て無料で貰っている。
屋台村代表のヴェガは俺が伝授した料理なのだからと、使用料として毎日大判焼きを無料でくれるんだ。毎日毎朝きっちりと十個くれるもんだから、大判焼きのストックは膨大だ。
ちなみにスイートポテトもじゃがバタ醤油も鞄の中に入っている。これは大判焼きより割高になるので流石に貰うのを遠慮し、大人買い。特にじゃがバタ醤油を切らすと面倒なのがいるから。

「大判焼きを食ってから、お茶を飲んでみろ」
「ひひん?ただの飲み物ではありませんか」
「まあまあ」

いつもの大判焼きにかぶりついたプニさんは、俺のことを疑いながらハデ茶を一口飲む。瞬時に開眼、ハデ茶を一気に飲み干した。
クレイとブロライトもそれに続くと、目を見開いて無心で食い、茶を飲み干す。ビーは相変わらず僅かでも苦みを感じる飲み物が苦手らしく、こっそり魔素水をやった。

「ピュピュピュピュ…」
「そうかそうか美味いか」

警戒しながらもローブの下から大判焼きを食べる小さなドラゴンの姿を見、衛兵や侍女らしきエルフ達が目を皿のようにしていた。

「タケル、これはなんとも…美味いな」
「そうでしょう。甘いものによく合うんだよ」
「幾度となく口にしてきたハデ茶であるが、食すものによって味が変わるなどと!」
「そこなる侍女、茶をいれなさい」
「すいませんお代わりいただけますか!」

どうやら大好評のようだ。
神様の舌すらも唸らせたのだから、大判焼きとハデ茶の相性は抜群なのだろう。プニさんの失礼な命令はともかく、エルフ侍女たちは慌ててカップに茶を注いだ。

「よかったら食べます?まだまだたくさんあるので」

こちらを凝視していた衛兵と侍女たちに声をかけると、慌てて視線をそらす。
だが、興味というのは一度持つと気になって仕方がないもの。それに、俺が差し出した大判焼きは今まさに焼きたてほかほか。甘い匂いをこれでもかと漂わせ、僅かにでも感じる空腹を揺さぶる。

「ドラジェリタ、アンバール、そこなる衛兵らも来るのじゃ」
「ですが…」
「わたしが良いと言っておる。ヴェルヴァレータの名において命じよう」

三人の侍女と二人の衛兵に大判焼きを持たせる。彼女らは互いの顔を見合わせ、ブロライトに再度確認。ブロライトが深く頷くと、お上品に口に入れた。
そして誰もがカッと目を見開くと。

「!!なんとっ…、なんという甘味!」
「甘いっ…とても、甘うございます!」
「美味でございまする!」

うんうん、そうだろうそうだろう。
エルフって言ったって霞を食って生きているわけじゃないだろ?ブロライトが大食いなんだから。特に甘いものっていうのは疲れた時に身体が欲するものだ。
一度食べ始めてしまったら止まらない。彼女たちは嬉しそうに大判焼きを食べ続けた。

「なあブロライト、この郷はいつからこんなに魔素が濃いんだ」
「んぐんぐんぐんぐ、ごくん。気が付いたらこうなっておったのじゃ!」
「うん、聞く相手まちげーた。あのですね、そちらのお姉さん」

満足そうな顔で大判焼きを食べた侍女の一人を手招き、同じ質問をした。
侍女は戸惑いながらも他の侍女と顔を合わせ、頷く。

「わたくしはアンバールーセントイリュイアと申します。わたくしが知る限り、魔素が濃くなるにつれ我らエルフの力が薄れていったのは、もう半年以上前のことからでございます」

半年以上前…。
魔素が強くなるにつれ、エルフ達の力、魔力が薄れていると。
エルフの郷を取り巻く異常なほどの濃い魔素。魔素が溜まるってことで連想するのはボルさんの住処やプニさんの湖。原因は不明だが、どちらも俺が勝手にその魔素を吸い込んだらしい。
もしも魔素が滞ることでこの事態を招いているのだとしたら、俺の身体はすでに魔素を吸い込み始めているはず。

「ピュイ?」
「うん、まあ、俺には原因なんてわからないけどな」

ローブの下から出てきたビーの頭を撫でつつ考える。
エルフ達の魔力がダダ漏れていることによって、郷の魔素がこれほど濃くなったのだろうか。だとしたら何故ダダ漏れているのだろうか。
なんか変なもんでも食った?

「ピュ」

ビーが何かに反応した。
扉の右手側にある階下へと通じる階段から、少年が昇ってきた。金髪碧眼で大きな耳。あの特徴的な耳と綺麗な顔でエルフであることがわかるが、エルフにも子供っていたのか。郷に入ってから若くて綺麗な顔した連中しか見ていなかったから、そういう種族なのかと思っていた。
少年は長い髪と青いローブをずるずると引きずり、だけど躓くことなく歩いていた。
エルフの郷の王宮でのんびり大判焼き食っている光景は余程異様だったのか、少年は俺たちを見るとキョトンと目を見開いた。可愛い顔してる。

「兄上様!」

席を立ち、満面の笑みでブロライトが叫んだ。
あにうえさま。
兄?
弟じゃなくて?

「おひさしゅうございまする兄上様!」
「呑気に挨拶している場合では無かろう」

男に飛びつこうとしていたブロライトは見事に避けられ、両手はむなしく宙を切った。

「なにゆえ避けられるのじゃ!」
「ははは。おまえの馬鹿力で絞殺されては叶わぬからな」

だろうな。
長身のブロライトがあの男に突進すれば、きっと軽傷じゃ済まされないだろう。
それにしても仲のよさそうな兄?妹だ。ブロライトは郷の掟を破っているから、ここに住まう人たち全員から忌避されているのかと思った。
長身のブロライトが腰をかがめ、小柄な兄さんがブロライトの頭を撫でる姿なんて、仲が良い証拠じゃないか。

「ブロライト、お前の大切な仲間を紹介してくれぬか」
「おおお!兄上様、失礼致した」

二人のやり取りを呆然と見守っていたクレイストンが、慌てて立ち上がる。それに習って俺も席を立つと、ブロライトの兄上さんの背がとても小さいということが改めてわかる。ブロライトの兄ということは少年ではないだろうが、まるで子供のようだ。

「兄上様、わたしがこのたび所属致したチーム、蒼黒の団の皆じゃ」

とてもざっくりとした紹介の仕方だが、兄上さんは微笑みながら頷いた。

「そしてこちらが我が誉れ高き兄上、ヴィリオ・ラ・イ執政であらせられるオーケシュトアージェンシールじゃ!」

なんて?
また長ったらしい名前だな。オー…なんとか…アー…?
脳内では聞き取れているんだけど、言葉にしようとすると出てこない。長いカタカナ文字を音読しようとして躊躇う感覚。

「執政って…」
「畏まらずともよい。王の補佐官ではあるが、それがしはブロライトの兄にすぎぬゆえ」

再び席に座るよう促され、大人しく座る。
ツンツンした種族だと思っていたが、ブロライトの兄上さんは話が分かる人のようだ。少なくとも、頭ごなしに怒鳴ったりしなさそうな。
兄上さんは先ずプニさんに近寄り、膝を折った。

御方おんかたが尊き御身おんみであらせられる古代馬アルタトゥムエクルウスと」
「ひひん」
「かしこみ、かしこみ申す。ようこそ我が地においでくだされました。我が一族一同、御身の御降臨をお喜び申し上げます」

おお。
綺麗に頭を下げ、祈るように拝む姿は様になっている。まるでプニさんが神様のようだ。
兄上さんは続いて席に座ると、クレイに頭を下げた。

「貴殿が高名な栄誉の竜王殿であるか」
「高名などと恐れ多い。名ばかりが先んじておるのだ。吾輩などまだまだ若輩の身」
「はははっ、何を仰られる。身の内から溢れ出る歴戦の勇者の気迫は、とても隠せるものではござらん」

和やかな会話だが、巨大ラプトルと子供エルフが笑いあう光景は少々異様。武将同士なかなか気が合うようだ。
茶器ごと取りかえられた暖かなハデ茶を飲み、みたらし団子食べたいと思っていると。

「そして、貴殿が類稀たぐいまれな力を持つという…?」
「タケルって言います」
「先ほどはリルカアルベルクウェンテールが無礼な真似を致した。申し訳ござらん」
「いえいえお気になさらず」

いやいやどうもどうもと頭を下げて握手。
兄上さんと繋いだ手をじっと見てしまい、その大きさの違いに驚く。俺の中指くらいしかない小さな掌。

「ふふ。驚かれましたかな」
「失礼しました!」
「構いませぬ。某は我が身を恥じてはおりませぬゆえ」

見た目は子供、頭脳は立派な大人だ。少なくともブロライトの実兄とは思えないほどしっかりしているし、些細なことで苛立たない人格者。
人の上に立つものというのは傲慢になりがちだが、兄上さんはそういったつまらないやつらとは違う。初対面で穏やかに話が出来る人は少ないんだよ。ベルカイムですら初対面となるとまず疑われ、嫌味の一つでも言われ、悪い時は金よこせと言われる。
だから初対面で社交的に、それこそ相手を尊重して接してくれる人は貴重なのだ。

「ハイエルフなどと誇らしげに種を謳ってはおるが、その実態がこれぞ」
「兄上様!そのような言い方、わたしは嫌じゃ!」
「大きな声を出すでない。否定したところで我が一族が忌むべき血脈けつみゃくであることに変わりはない」

忌むべき、ってなんだっけ。えーと、確か昔読んだ漫画情報によると、嫌われているとか不吉なことって意味だったはず。
忌むべき血脈ってことは、えーと、誰か翻訳してくれ。つまりがなんかよくない血筋ってわけ?エルフの王族であるハイエルフ族が?よくない血筋?
種族のことに口を挟むわけにはいかないから黙っているけど、プニさんが危惧していたブロライトの闇っていうのが、これのことなのかな。

「兄上様はいつもそうじゃ!兄上様は誰よりも気高いエルフじゃ!ああもう!そうやって頬を膨らますのは卑怯じゃ!愛らしい!」
「うぷぷぷっ、やめにゅか!しゅかたぎゃないじょにゅるっ!」
「わたしは、わたしは郷を救いたいのじゃ!忌むべき血脈ごときに我ら種が失われるなど、絶対に嫌なのじゃ!」
「ええい、うるさい!嫌じゃ嫌じゃと駄々をこねるな!」

ブロライトが兄上さんのほっぺを両手で挟んであっちょんぶり…
見た目には姉と弟の喧嘩なんだけども、なんだろうこのどんどん募るフラグ。
郷や森に漂う濃い魔素だけでなく、エルフ族のなかにも何か事情がありそうな。

えっ、確かブロライトの依頼ってお姉さんを探すんだったよね?探すだけの単純依頼、わあい新しい土地に行けるぞお、エルフの郷ってどういうところお、なんて呑気にワクワクしていた俺の気持ちが儚く消え去ろうとしている気がする。

「客人の前でみっともないことを致すな」
「うううう…申し訳ない」
「すまなかった。我が愚弟が失礼な真似を」

揃って頭を下げる凸凹でこぼこエルフ。いやハイエルフ…。

えっ?

いま、なんて言った?

「ああああっ、あの、あの、ちょっといま…聞き捨てならないことががが」
「うん?如何した」
「ええと、えっと、アーさん!」
「う、うん?」


いま、ブロライトのことを、愚弟って?!





++++

さてさてどっちでしょ。

アーさんはアスト○ティアのどこかにいます。

本日は誕生日でした。うへっ
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