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第5章

猩々緋の喜悦

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*しょうじょうひのきえつ*



「ププププ…」
「ビー、温泉は飲まないでおけよ。美味くないから」

広い湯船を犬かきならぬドラゴンかきで泳ぐビーを眺めながら、エルフの巫女について詳しく聞いてみた。情報源がブロライトなのが不安だが、後でアーさんに裏を取ればいいだろう。
エルフの巫女とは、ハイエルフ族とエルフ族を総じてエルフの巫女と呼ばれている。ハイエルフの中でも特に魔力の強いものが選ばれ、その膨大な魔力を使って郷を守り、エルフ族を導いて行く存在となる。王様は象徴に過ぎず、内政には関与していない。
詳しい仕事の内容はわからないが、巫女には大切な役目がある。それが、次世代の巫女を生むという役目。
力の強い巫女からは新たなる巫女が生まれやすく、更なる強い力を秘めた巫女を望むことが出来るらしい。だが、ここ数代は魔力の強い巫女は生まれなかった。

「数代って……どのくらい?」
「三百年ほどじゃ」
「わあ」

エルフ族の時間の概念は人間と大いに違う。
不老長寿に不死の一族というイメージが強いが、マデウスのエルフは不死では無いらしい。風邪をこじらせて死ぬこともあれば、大怪我を負って死ぬこともある。ただ、人間より肉体は強いからなかなか死なないってだけ。

「年齢を聞くのは失礼かもしれないけど、ブロライトってお幾つ?」
「わたしは57歳じゃ!」

57歳でそれか!クレイより年上!
いや、人間の57歳と比べてはならない。エルフは長寿。とてつもない年月を生きる。それに引きこもり一族と言うのだから、世間知らずで偏った知識しか与えられない。となれば、精神年齢も人間のそれとは違うのだろう。
三百年ぶりの巫女がブロライトのお姉さん、リュティカラ。久しぶりの強い魔力にエルフ族一同大はしゃぎしてしまい、幼少期から誰が嫁にするか揉めていたらしい。巫女を嫁にした男はその恩恵もあって魔力が強くなるのだとか。

「それじゃあ巫女そのものを好きになって嫁にするんじゃなくて、強い魔力が欲しくて嫁にするってこと?」
「うむ」
「お姉さんが逃げ出したわけだよ……」

しかも自らの力で手に入れず、ブロライトの持ち帰った天馬を利用しようとした連中だ。それが郷の掟だったとしたら、とんでもない掟だよな。
貴族の娘が嫁入り先を選べないように、巫女も自分の意思で結婚相手を選ぶことは出来ない。それが当たり前だったのに、リュティカラは疑問を抱いた。

何故、相手を選べないのかと。



プニさんが腹が減ると言い出した為、大して長湯も出来ずに露天風呂を後にした。
やっぱりいいよな露天風呂。ドワーフ王国の突貫工事の露天風呂も素晴らしかったが、エルフの郷の温泉露天風呂に軍配が上がる。マデウスに温泉があったことが何より嬉しい。ベルカイムにも作れないかな。

俺たちに用意された部屋は個室で三つ。プニさんは眠るとき馬になるので、郷の中央にある祭壇で休んでもらうことにした。
アーさんの指示でリルとテールさんに案内された食堂は、それほど広くない。外界から閉ざされている郷だから、外から訪れる客人も少ない。ゆえに宿屋はふだん閉まっているそうだ。

明日になったらエルフの郷のギルド、ダイモスを訪れるつもりだ。エルフのギルドにはどんな依頼クエストがあるのか気になるし、その報酬の額がエウロパとどう違うのか調べてみたい。
手持ちの月夜草、幾らで引き取って貰えるかな。

「……これが、夕飯?」
「そうじゃ」

食堂で待ちに待った夕飯を迎えていたのだが、出てきたのは木の実と野菜のオンパレード。肉は干し肉や燻製肉がほとんどで、暖かな煮物とかは一切ない。
いや木の実って酒のつまみじゃないんだからさ。

「エルフ族って食に関してあまりこだわりはないとか」
「何を言う。招かれておらぬ貴様らに夕餉が出ただけでも有り難いと思え」

いや有り難いですよ。
リルとテールさんがおっしゃる通り、屋根のあるベッドを提供してくれただけでほんともうすごく有り難いんだよ。
だけどさ、食べることって大事じゃない?

「んー、こっちはクルミっぽいな。それで、こっちは…マカダミアナッツ。カシューナッツもあるのか。うん、美味しい」

だけど主食が欲しい。
暖かいご飯を腹いっぱい食べたいよな。
干し肉を見つめるプニさんが口をへの字に曲げて至極残念そうな顔をしている。美人がそんな顔するなって。

「リルとテールさん、台所を貸してもらえますか?」
「は?何を言っておる」
「この材料…夕飯を使って、ちょっと料理をしたいんです」

リルとテールさんは渋い顔をしたが、プニさんのそれはそれは綺麗な笑顔を見、台所に案内してもらった。何故かクレイとブロライトもついてくる。
数人のエルフ女性と料理長っぽい男性に見守られながら、毎度お馴染みの料理のお時間。

魔素が豊富なエルフの郷には様々な魔道具マジックアイテムがあった。
水道も魔道具マジックアイテムでいつでも綺麗な水が飲めるし、コンロのようなものもあった。だが、火力調整が難しいらしく最大火力しか出ない。これは魔素の影響もあるだろうから使わないでおく。
手製の魔石を幾つか取り出し、調理開始。

鞄の中には食材が豊富に保管されている。肉好きのクレイが率先して食用モンスターを狩ってくれるため、肉の塊がそれこそ大量。肉の種類もそれぞれにある。
いろいろな木の実があるからそれを利用させてもらおう。

「クレイ、ロックバードの肉をこのくらいの大きさに切ってくれ」
「任されよう」

クレイは肉の扱いが上手い。解体も素早いし、手先も器用。俺が指示をすればその通りにしてくれる。

「ブロライト、ここに木の実を剥いて入れてくれ」
「了解じゃ!」
「ヴェルヴァレータ様、わたくしもお手伝い致します」
「わたくしも」

興味津々な目で身を乗り出していたエルフ達が、一人また一人と手伝い始めた。働かざる者なんとやら。木の実をつまみ食いしているプニさんを放置し、料理を続ける。
ボウル状の深い皿にクレイが処理した肉の細切れと、木の実と数種類のキノコをあえる。醤油の実で汁を絞り出し、ショウガに似た味の木の根を摩り下ろして更にスクランブル。最後に塩と胡椒で味を整えフライパンで一気に炒める。
そう、ナッツと鶏肉の辛味炒めを作っているのだ。本来ならオイスターソースが欲しいところだが、ここはあるもので誤魔化す。醤油の実、ほんと見つけてよかった。

食欲をそそる香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がる。醤油とショウガって相性抜群だよな。塩胡椒だけでもじゅうぶん美味しいのだが、せっかく見つけたショウガだ。ちなみにこのショウガはベルカイムで普通に売られている。薬草として売られていたため、しばらく存在を知らなかった。見つけて即行で買ったらクレイが嫌な顔をしたが、特別にからあげを作ってやったら涙を流して俺を拝んだ。

「この匂いは…」
「おかあさん、いいにおいがするよ」
「あら本当ね。何を作っているのかしら」

気が付けば宿の食堂にエルフ達が集まっていた。窓という窓からたくさんのエルフ達がこちらを凝視している。子供のエルフもいるのか。さっきは見なかったから、隠されていたのかもしれない。
全員分作るにはちょっとしんどいが、こういう場合は専門家に任せればいいのだ。
俺の作る様を逐一見ていた料理長に作ってくれと頼むと、料理長は嬉しそうに調理をはじめた。新しい調理法を知ることが出来て嬉しいらしい。

閉鎖的な国の弊害がこれだよな。
伝統や秩序は保たれるかもしれないが、進化が無い。進化というのは突然の閃きだけではなく、外部からの刺激も必要になる。交易などをして新たなる文化を知ることが発展に繋がるのだ。

大皿に野菜を敷き、その上に鶏肉炒めを乗せる。果物などで彩を添えたら出来上がりだ。

「なんて美しいのかしら!」
「それに、このいい匂い…」

ざわつくエルフ達は狭い食堂にひしめき、俺たちの夕飯をジト見。
流石の料理長は慣れた手つきで俺とまったく同じ鶏肉炒めを作っている。材料はまだまだ山のようにあるから、ここに来たエルフ全員が食べられるくらいは作れるだろう。
その前に俺たちの胃袋を満たさねば。
大皿に盛られた大量の肉炒め。匂いだけで美味いことが決定している料理を前に、チームが勢ぞろいして手を合わせる。

「はい、それでは皆さんご一緒に」
「「「いただきます!」」」
「ピュイ!」
「召し上がれ」

糧に感謝することを忘れてはいけない。これがチーム蒼黒の団の数少ない掟。

「うむ、うむ、ほふっ、美味いっ!」
「ぬおおおっ!美味じゃ!これは、とても、はふっ、ううう、美味い!」
「もぐもぐもぐもぐ、ひひん、いつもと同じですね。もむもむ、もっと寄越しなさい」
「ピュイーイィ!ピュイ、ピュムムム」

柔らかい肉を噛むと大量の肉汁が口の中で弾ける。それが少し甘くて、醤油とショウガと胡椒の辛さと相成って食が進むこと進むこと。
ここに白米が欲しいが我慢して、肉すいとんスープで我慢してもらう。このスープは大鍋に調理して保管しておいた。本当は調理出来ない場所で食べる用の非常食だったんだけど、まあせっかくだから食べてしまおう。
しゃきしゃきとした新鮮な野菜も美味い。レタスに似ている。果物はパプリカのような味。

「よかったらリルとテールさんも、皆も食べなよ」
「人間の作りしものなど!」
「馬鹿言ってんなよ。飯に種族は関係ないだろうが」

ほーれほれほれ食ってみ、と肉を無理やり口に運ぶと、案外素直に口を開けた。なんだよ結局食いたかったんじゃないか。

「……なんだこれは」
「木の実と鶏肉の辛味炒め」
「木の実と…肉?まさかそれだけではなかろう」
「キノコと調味料もあるけど、基本はその二つ」

リルとテールさんは訝しみながらも二つ目を食べる。そして三つ目。更に四つ目、五つ目。
食いすぎじゃね。

「戦士長さま、如何でございましょう」

調理長が恐る恐る伺うと、リルとテールさんは頬を膨らましながら黙って頷く。
それを合図に固唾を飲んで見守っていたエルフ達が一斉に肉炒めを食べ始めた。

「これはっ!」
「なんたる美味…っ!わたくし、このように珍しき食べ物、はじめて口に致しました!」
「美味い!美味いっ!」

好評なようだ。
やっぱり食い物を食う生き物。味の違いや食材の違いはあれど、味覚ってのは同じらしい。ショウガが辛くて食べられないといったエルフはいない。子供からお年寄りまで喜んで食べている。
ていうかお年寄りエルフもいるのか!おいおい、エルフは若くて美男美女しか存在しないと思っていたら、子供からお年寄りまでいるんじゃないか。
いやまあ、美子供に美年寄りであることに変わりないけど。

「タケル、このスープはいつもと味が違うようだが」
「さすがクレイ。よく気がついたな」

非常食の肉すいとんスープは蒼黒の団で消費している。流石にこれを大量に作るとなると困る理由がありましてね。

「以前に食べしスープとは確かに違う。わたしはこちらが好きじゃ」
「ピュイ!ピュイィ!」

ふふふ。ビーは直ぐわかったようだ。これの隠し味。
いつもいつも同じ味だと、流石に飽きる。それに固形スープの素がなくなった時にも美味いスープが食べたいから、研究をしていたんだ。地道に。

「美味いだろ」
「ああ。新たなる食材を入れたのか?」
「ふふふふふふふ……。よくぞ聞いてくれた。実はな、そのスープの出汁は」

真っ赤に茹で上がったトランゴ・クラブの巨大な甲羅の一部を取り出し、声高々に言った。

「蟹の甲羅なのだ!!」



暫くの沈黙後、郷を揺るがすほどの大絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。




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ご飯を食べさせるときには
相手のアレルギーを配慮して
ひと言食べられるか聞いてください…

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