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第5章

月白の涙

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*げっぱくのなみだ*




「ピュー?ピュイィ、キュピュ、ピューピュピュピュ」
「うむうむ、そうかそうか、ほほほ、うふふうふふふ」

艶やかに輝く黒い肢体に黄金色の瞳。長い尻尾を左右にふりふり、大きな翼を使って全身で何かを表現している小さなドラゴン。
うん可愛い。
めっちゃ可愛い。
白いエルフの女王様に嬉しそうに話している内容が蟹の美味しさについてだとしても、なんていう御伽噺の挿絵。木々の枝から零れる太陽の光に照らされたこの空間は、美しく幻想的で現実味が一切ない。
ああ、俺いま不思議な世界にいるんだな……なんてぼんやりと思ってしまう。

「左様であったか。ふふふ。わたくしはカニなるモンスターを見たことはないのだが、そなたがそこまで言うのならば見てみたく思うぞ」
「ピュイ、ピューピュ」
「あのですね、その、それで、ボル…さんにビーを託されたわけでしてね」

魔素停滞のその原因となる古代竜エンシェントドラゴンとの出会いを話す。
女王様とアーさんは俺の話を黙って聞いてくれたが、ビーが『嘘なんてついてないよ』とフォローしてくれたおかげで場が一気に和んだ。古代竜エンシェントドラゴンの子供が言うのならばと、女王様は俺の言うことを信じてくれた。

「タケル殿は一体何者なのだ。古代竜エンシェントドラゴンに出会い、次世代の神となる子を任せられる人間などと」

ですよねー。
俺もなんでだったのか未だにわかっていない。
ボルさんの育児放棄につきあってやってるだけなんだけど、神様を育てているという感覚や意識は一切ありません。
可愛いパートナーと旅をしているだけだ。同行する仲間が増えたが、皆ビーのことを神様とかそういうことは度外視して、大切にしてくれている。プニさんはビーに厳しいけど、それでいい。ただ甘やかされて育つだけじゃ、ろくな大人にならない。

「アージェンシール、わたくしはわかります。タケルを取り巻く魔力は言葉で表すことができぬほど、不可思議な色なのです」

ああ、不可思議な色って言っていたのは俺の見た目のことじゃないのか。
オーラのようなものなのかな。

「ときどき光がはじけ飛ぶのです。得も言われぬ光…。わたくしはこのような魔力の色を持つ者を見たことがない。きっと古代竜エンシェントドラゴンもこの色を読み取っていたのでしょう」

女王様の灰色の瞳が虚ろを見るように俺を見つめる。照れる。
ボルさんの考えなんてわからないが、あの育児放棄の無責任神様に深い考えなんてないんだろう。まあ、大切な子供を任せてくれるほど信頼を得たっていうのは嬉しいが。

「ピュヒッ」
「そうだな。俺もビーに助けられているし、今ではビーがいない生活なんて考えられないよ」
「ピュィィン、ピュィ、ピュヒー」

翼で顔を隠してもじもじぐねぐねする子供はさておき。
停滞している魔素のせいで郷の魔素が濃くなってしまったのではないかと説明した。もちろん、たくさんある可能性の一つにしか過ぎないとも言っておく。

「うむ…。貴殿は大地が揺れたのが原因だと申すのだな?」
「いやいや、必ずしもそうだとは言えないんだよ。ただ、ドワーフの王国ではそれが原因だっただけで」
「ではモンスターか」
「可能性として考えておいたほうがいいかも」

それが原因だと限定するには情報が少ない。
アーさんは眉間に皺を寄せ、静かに考え込む。

「母上様、如何思われますか」
「わたくしはものを知らぬ。お前たちに任せることしかできぬ」

女王様は哀し気に、それでも優しく微笑んだ。全身真っ白だと、今にも光に溶けてしまいそうなほど儚く見える。

「ただ憂い嘆くことしかできぬ我が身を、どうぞ笑うてください」

笑うことなんかできるかよ。
がんじがらめの掟とかしがらみとか、そういう守らなければならないものを必死に守ってきただけだ。この場合、エルフの郷の誰が悪いとかっていう問題じゃない。きっと流れゆく時代によって、何かが悪いほうへいってしまっているんじゃないかな。
閉鎖的な環境でできることなんて限られているだろう。だったら、俺にしかできないことがきっとあるはずだ。

「女王様、アーさん、試してみたいことがあるんだけど」

仲間が困っているから助けよう。
理由はそれでじゅうぶんだ。


+++++


謁見を済ませた俺は朝食をいただくため宿屋に戻った。
食堂には俺以外のチームメンバーが勢ぞろいしており、料理長が作った巨大卵の半熟目玉焼き前に獲物を狩る目をしている。怖い。

「お。半熟になっている。料理長、成功したのか」

燻製肉のスライスも美味そうだ。これはベーコンの代用品。
チームメンバーが揃ったところで一斉にいただきますを言い、食事開始。朝から胃袋が健康なやつらばかりだから、大量に並んだ料理もあっという間に消えていく。
食べることに夢中になっている場合では無い。でも目玉焼きうめぇ。

「もぐもぐもぐもぐ、エルフの女王様に会ってきたんだけどさ」
「もぐもぐもぐもぐ、うむ、俺も共に行くべきであったのだがなもぐもぐ、戦士長であるクウェンテールに声をかけられてな」
「誰それもぐもぐ」
「リルカアルベルクウェンテールじゃ!もぐもぐ」
「ああ、リルとテールさんのことかもぐもぐ。戦士団の朝稽古にもぐもぐつきあったとか」
「ピュムーィ」

エルフの郷を守る戦士団は主にエルフ族で構成されている。なかでも戦士長であるリルとテールさんが特に強いらしく、クレイがその戦闘能力の高さに感心していた。
エルフ戦士団は皆それぞれ冒険者登録をしており、ランクはB以上だというのだから驚いた。ブロライトも郷を出るまでは戦士団に所属していたらしく、ハイエルフ族唯一の戦士として重宝されていたらしい。

「それなのにあの態度?リルとテールさん、ブロライトに対して冷たかったじゃないか」
「クウェンテールはわたしの幼馴染じゃからな。わたしが相談もなく郷を出たことが今でも許せぬのじゃろう。相談したところであやつが反対するのはわかっていた。ふふ、今では顔すら合わせようとせん」

あやつは気が短いのじゃ、とブロライトは哀し気に笑った。
リルとテールさんが怒っているのは、ブロライトを心配していたからだろう。
箱入り引きこもりのハイエルフが外の世界に行くなんて、余程世間を知らないか、命知らずか、それともただのアホか。いや、ブロライトはただのアホではない。たぶん。
エルフ族はハイエルフを守るために存在する。自分の知らないところで勝手に外に出て、危険な目にあっているのだとわかったら、幼馴染はどれだけ悔しい思いをしただろうか。
でも忌むべきナントカっていうのは言い過ぎ。あの暴言は許したくない。

「反対されてもブロライトは外に行ったんだろ?」
「そうじゃ!」
「なら放っておけ。相談もなしに外に出たことを拗ねているだけだ。ハイエルフだって外の世界を知って変わらないとならない時代が来たんだから」
「タケル、それはどういうことだ」

これだ、という確証はないんだけどな。
ハイエルフ族に伝わる碑文と呪われた赤ん坊。女王様とアーさんに頼んで調べたこと。
そのどれもが俺の予想を裏付けていた。

「その前にこれを起動させてくれ」
「なんですかそれは」

鞄から取り出した小瓶。その中には例のミスリル魔鉱石の砂が入っている。このわずかな砂を利用して作った魔道具マジックアイテム

「これは音を完全に遮断する魔道具マジックアイテムだ。聞かれたくない話をする場合、これを使う。盗聴防止にもなる」

この世界に盗聴器があるかはわからないが、何事も用心するに越したことはないだろう。
実のところこれ、ビーのイビキ防止のために作ったんだよな。ビーは警戒する必要のない安全な場所で眠ると、その寝息がものすごい。うるさいというか、面白くて笑えるのだ。俺が先に寝てしまえばいいんだが、ビーは「おやすみ」と声をかけるのと同時に寝る。そしてプププピピピと寝息をたてるのだから、笑いをこらえるのに必死だ。
小瓶を机の中央に置き、起動させる。

「おお…」

この魔道具マジックアイテムの難点は、範囲が狭いってこと。ミスリル魔鉱砂の分量を多くすればいいんだろうが、ビーの寝息用だから作り直すつもりはない。
シャボン玉のような透明な膜が半円状に広がり、机をすっぽりと覆う。だが身体がでかい俺たちを全て覆うほどの範囲はなくて、机の中央に上半身を突き出す形で話をする。珍妙な話し合い風景に見えるが、その話す声はどれだけ耳がいい者でも決して聞き取ることができない。

「あーあー、テステス、ビー、そっちで声は聞こえるか?」
「ピュイー」
「よし、それじゃあ話すな。これは全部俺の憶測だってことを前提に聞いてもらいたい」

エルフの女王様とアーさんを調査スキャンした結果、両者ともに『遺伝性免疫不全症候群』と出た。
これは家庭の医学の範疇を越えているなと思いつつも、遺伝・免疫不全、という言葉から想像することはできる。遺伝性ってことは代々続いているっていうこと。女王様にも遺伝しているということは、女王様の親から受け継いでいるということだ。
そして免疫不全。免疫力が少ないってことじゃないかな。免疫力っていうのは風邪になりにくいとか、怪我をしてもある程度のバイキンなら耐えられる力のことだ。そういう免疫力が遺伝的に少ない、免疫力を正しく発揮できない症状。
ルセウヴァッハ領主の奥さん、ミュリテリアさんはイヴェル中毒症になって免疫力が低下した。そういう低下してしまった免疫力を高めることはポーションで可能だが、遺伝性、先天性となると魔法や薬の力で治せるかわからない。

「それから呪われた赤ん坊が生まれることについてだが」
「なっ、何かわかったのか?我らが何十年も苦しんできた、あの恐ろしい病魔のことを」
「引きこもり種族に出来ることや考えられることには限界があるだろ?これは、外の世界にいた俺だからわかったんだ」

前のめりになって俺の顔面近くに寄ってくるブロライトの顔を掌で押し返し、疑問に思っていたことを先に聞いておく。

「ハイエルフの侍女さん…アンバールさん、いるだろ?」
「ああ」
「あの人も呪われた赤ん坊を産んだって言っていた。アンバールさんの旦那さんて、誰?」
「アルニメーデルフフィフカじゃ」
「ええと、その人は、アンバールさんにとって…兄弟とか?」
「双子の兄じゃな」

ああやっぱり。
呪われてなんかいないんだ。病気でもない。これは、濃すぎた遺伝子同士による弊害だ。
血を尊ぶあまり近親間で婚姻を続け、遺伝子がおかしくなってしまったんだ。遺伝子のことについては詳しくないし、だからどうしてそうなるのと聞かれても的確に答えることはできない。俺にはそれがいけないことだ、ということしか言えない。
近親交配がタブーとされている理由は、親が持つ病気や障害が、産まれた子供にも現れてしまうからだ。
エジプト王朝とかスペインのハプスブルグ王朝なんかでも近親婚が繰り返されていた。一族の血を守るためだ。それによって奇形児が生まれてしまい、大切にしてきた血が途絶えてしまったこともあるらしい。

「俺は専門家じゃないから詳しく説明することができないんだけど、ハイエルフが呪われているんじゃないんだよ。あまりにも濃い血っていうのは、よくないってだけ」

伝承にある『尊き源枯れるまで 嘆きを止めぬ愚か者』っていうのは、ハイエルフ族が滅亡するまで近親婚を繰り返す愚か者、って意味じゃないかな。
『異なる血を抱きしもの 輝き放ちて大地を潤す』は、この郷のハイエルフ以外のハイエルフとの交流を持てってことなんだよ。人間が人間としか結ばれないように、エルフもエルフとしか結ばれない。だったら、他の大陸にいるエルフの血を入れればいい。

「まさか……たった、それだけのことで」
「いやいや、それだけっていうけどさ、先祖代々大切に守ってきたことなんだろ?ブロライトのように外の世界に憧れていても、実際に行動に移すのとではわけが違う」

濃すぎた遺伝子に濃すぎる魔素も、多少なりとも影響しているのかもしれない。
魔素は濃すぎると人体に影響を及ぼす。魔力が豊富なエルフ族でも、許容することができなくなっていた。

「クレイの一族ではこういうことってないの?」
「うむ。リザードマンは強い血を好む。よって、女はより強いものの血を求めて郷を出ることがある」
「血脈に拘っていたわけじゃないんだな」
「左様」

白い顔を青くさせたブロライトが気の毒に思い、その肩に手を乗せる。ビーもブロライトを案じて鳴いた。ブロライトは両手で顔を隠しながらも小さく震えていた。

「わたしが、わたしが男でも女でもないのは、種族の血脈を尊んだせいか」

現王であるエルフの女王様と、女王様の父親でもあるブロライトの祖父。その二人の子供がブロライト。
まさかの両親に叫びそうなほど驚いたが、必死に平静を装う。今更慌てたところで何も変えることなどできないんだから。
ブロライトは新緑色の瞳から大粒の涙をぼろぼろと流し、そして。

「我らは呪われてなどなかった。タケルの言葉が正しいのならば、もう呪われた子供は産まれぬのじゃろう?」
「俺の考えが正しければな」
「そうか!もうわたしのような子供は産まれぬのじゃな!なんという喜ばしいことか!」


泣きながら、晴れ晴れしく笑ったんだ。






++++++

エジプトの歴史を調べた時にちょろっと知ったにわか知識なので、専門的なことは書けません。
劣性遺伝子については素人が知っている範囲で書きました。
とにかく、親や兄弟姉妹間での交配はよくないことなんだよ、ってことです。

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