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第5章

紫紺の慈愛

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*しこんのじあい*


突然泣き出したブロライト。
ぼろぼろと泣いたかと思えば立ち上がって喜び、側にいた俺に抱き着いた。よしよし、そうは見えないけど苦労をしてきたんだな、なんて慰めようとしたら。
―――ズビッ

「人の肩で鼻水拭うな!」
「なぜばれたのじゃ!」

机の上の小瓶が転がるのと当時に、周りに聞こえなかった音が溢れ出た。
この野郎、仲間としての抱擁を優しく受け止めてやったというのに、どさくさ紛れに俺の肩で鼻水かもうとしやがった。
一体なにが起こったのかとこちらを見ているエルフ達のなかに、リルとテールさんがいた。心配そうに俺たちを、いやブロライトを見ている。

「ほら、鼻ちーんしなさい」
「ううむ…ぶぃーっ」

使い捨てのティッシュがない世界がこれほど不便だとは思わなかった。道で配っていたポケットティッシュが懐かしい。
鼻をかむのも汚れを取るのも全て布。俺はぼろぼろの安い布をまとめて買い、ハンカチのサイズに切って使っている。
そのハンカチをブロライトの鼻に押し当て、鼻をかませた。幼児かこいつは。

「タケル、今の話が真実だとしよう。しかし、如何にして今までの風習を変えさせるのだ」

クレイに問われ、うーんと考える。
古代竜エンシェントドラゴンの子供を任された俺の言葉なら、エルフの女王様やアーさんは信じてくれるかもしれない。だがやはり、俺は人間だ。エルフではない。種族が違うから、その種族が大切に守らなくてはならないことに否やと簡単には言えない。もしも余計なお世話だと言われたらそれまでだ。

「変えさせることはできないかもしれない。人間である俺がハイエルフの掟や伝統についてあーだこーだ言って、素直に聞き入れると思うか?」

きっと何百年も守り続けてきた伝統。それが正しいことだと信じ、先祖の言うことを守った。その結果が呪われた子やら免疫力が低下した子孫。しかし、先祖だってまさかそんなことになるとは思っていなかったんだろう。
俺の知識だって過去に事例があり、それが良くないことなのだと学べたおかげで、今回のことに気付けた。先人の経験がなければわからなかったこと。

「兄上様や母上様はわたしの話を聞いてくれるじゃろう。しかし、他の者たちが何と言うてくるかが問題じゃ」
「一日や二日でなんとかなる問題だとは思えないからな。こうなったら気長に説得していくしかない」
「…………」

俺は原因かもしれないことの一つに気づいただけだ。
エルフの郷を滅亡から救うのは、エルフたち自身に他ならない。

「あの伝承を残したのはハイエルフの先祖なのか?」
「いや、リベルアリナと言われておる」

エルフ達が信仰する神様のことか。
ブロライトの話が本当だとしたら、神様はエルフ達が滅亡へと歩んでいることに気付いたのかもしれないな。

「プニさんみたいに具現化して、直接警告すりゃいいのに」

碑文にして警鐘を促すなんて。
思わず面倒だなとぼやいてしまうと、黙って木の実をむさぼっていたプニさんが反応した。

「ですからわたくしが言ったでしょう。リベルアリナは小さきもの。わたくしのような偉大な力は持ち合わせていないのです」
「神様って、皆プニさんみたいに人の形になれるのかと思った」
「人の前に現れ言葉を交わす神は多くはありません」

むんっと豊満な胸を張ったプニさんは、マデウスの神々について教えてくれた。
そもそもマデウスの神様は日本の八百万の神様のように、たくさんいる。世界を創造した神様は『古代』の冠をいただく。古代竜エンシェントドラゴンであるボルさんはその創造神の一人。古代竜エンシェントドラゴンの種は世界に四種だけ。
古代馬アルタトゥムエクルウスであるプニさんも『古代』の名前があるけれど、プニさんに創世記の記憶はないらしい。

神様の中にも優劣があり、魔力が大きいもの、より歳を重ねたもの、信仰が厚いものが上位に立つ。より上位にいるものが人の形を取れるのかといえばそうではなく、また人の形を取れるから魔力が強いというわけでもない。ここらへんややこしい。
神様のなかには人、つまりマデウスの地上で生きる文明を持った生命体を嫌悪するものさえいる。そういう神様は人の形を取るのが屈辱とさえ思うらしい。例え人の形を取るほどの力があったとしても。

どの世界でも、神様の世界ってのは面倒そうだな。ギリシャ神話の神様なんか、もういろいろと凄いからなあ。
そういったたくさんの神様を創り出した存在っていうのが、地球を管理していた『青年』の同僚。マデウスの管理者には会ったことがない。だけど、わざわざ他の世界から俺を連れてきたんだ。きっと、俺の行いはそいつに全部見られているはず。

「プニさんはどうして俺についてきたんだ?じゃがバタ醤油だけが理由じゃないだろ」
「それを聞くのは野暮というものです。神にも意思はあります。お前にこのトカゲがついてくるように、わたくしもただお前についていくだけです。理由などいりません」
「ピュイイイイ!!」

怒って顔をまるまるに膨らませているビーを抱き上げ、落ち着かせる。興奮しすぎると直ぐに炎吐くんだこいつ。
トカゲじゃないと抗議するビーと、もりもりと木の実を食べ続けるプニさんの静かなる攻防戦は置いておくとして。

プニさんは人の形を取ることができる特別な神様。それならボルさんも人の形をとることができるのかな。恐怖の大魔王みたいな容姿になるのだろうか。ちょっと見てみたい。

古代馬アルタトゥムエクルウスとしてエルフの皆に警告するってのは」
「ぶるるっ、なにゆえわたくしがそのようなことをせねばならぬのですか。エルフ共が滅ぼうがわたくしは知りません」
「……冷たいな」
「一つの種族を救うてなんとするのです。神は生きとし生けるものに平等です。お前は苦しむものを全て救うのですか?救うたところでどうするのですか?何千何万とある魂を、その憂いが消え去る最期のときまで面倒を見るというのですか?」

できないでしょう?
言われ、言葉に詰まる。

「お前は優しすぎるのです。全てを救おう、救えるなどと思うてはなりません」

全てを救うなんて考えはなかった。せめて自分の周りくらいは、と。
その考えがプニさんにとっては傲慢だったのだろう。
だけど俺は神様じゃない。出来ることならやりたいと思うのは人として当たり前の感情だし、そうやってこの世界で生きてきた。

「全てを救う気なんてないよ。ただ仲間が助けてくれって言うなら、俺は全力を出して助けたいと思うだけだ」
「ひひん。お前の考えは甘いのです。面倒なことは放っておけばよいのです」

確かに面倒なんだけどさ。
じゃああとは好きにして、って言えないだろ。
涙と鼻水を拭いたブロライトしばらく何かを考え込み、意を決したかのように俺の前に来た。そして、跪いた。

「ブロライ…」
「頼む!い、いや、お、お願い致しまする!わたしの郷を、わたしの大切な家族を、どうかどうか、救ってくださいませ!」

突然頭を下げられ、怒鳴るような大声で必死の懇願。
え、なに、どうしちゃったの。

「ブロラ…」
「わたしにできることは僅かしかないかもしれぬが、タケルが望むものをなんでも手に入れよう!なんでもしよう!だから、どうか、どうか!」
「ブロ」
「お願いします!」
「ブ」
「お願いします!!」
「ピュ」

ガッと頭を下げてほぼ土下座状態のブロライトに、食堂は静まり返った。
エルフだけじゃない。ローブを着たハイエルフたちや、アンバールさんもこちらをはらはらしながら見ている。リルとテールさんは驚いていたが、次第に悔しげな顔になった。

ブロライトは郷の掟を破って外の世界に出て、エルフ達に忌むべき者と蔑まれ、陰口をたたかれ、それでも気丈に旅を続けた。
仕方がないと諦めず、先祖の言葉を裏切ったとしても、郷の未来を考えて。

ああもう駄目。ほんと駄目。こういうの駄目。
ブロライトのことを考えたら目の奥が熱くなる。日ごろ能天気に笑っているヤツが俺に頭を下げている。恥ずかしいとかみっともないとか、そんなこと一切考えず、ただ必死に。
これで無理とか駄目とか断れるか?断れるはずがない。
仲間が助けてって、叫んでいるんだ。

出来ることをしよう。
俺に今、出来ることを!

「わかりました」

えっ?
ブロライトの懇願に答えたのは、プニさんだった。
俺とクレイは顔を見合わせ、冷徹に思えた神様の次の言葉を待った。

「リベルアリナを探しましょう。わたくしが郷に来たというのに、あのものはわたくしに挨拶一つしない。なんたる無礼者だと思うていたところです。わたくしがあのものに命じればよいでしょう。エルフ共の愚行をなんとかなさいと」
「え?え?プニさんどうしたの?」
「なにがですか」
「だって、エルフ族が滅ぶのは気にしないみたいな言い方していたから」

神様は見守るだけ。
成り行きに任せるだけ。
そう言ったじゃないか。

「助けを求める声に応じるのも神の務めですよ?それに、お前が言うたのではないですか」
「な、なんて?」
「仲間が助けてくれと言うのなら、全力を出して助けるのでしょう?」

なに馬鹿なことを聞いているんだとばかりに、プニさんはキョトンと首をかしげる。
紫紺色の瞳を瞬かせ、ふんわりと微笑んだ。

「使えぬ神などとお前に思われるのもしゃくです。わたくしは、わたくしに出来ることを致しましょう」

プニさんはブロライトに白い手を指し伸ばし、ゆっくりと立ち上がらせた。ブロライトの膝についたホコリなどを払い、ついでに頭を撫で撫で。

「いつまでも涙を流しているものではありません。お前は笑っていればよいのです」

あくまでも無表情。
ただ、プニさんの言葉には確かな愛情があった。
いつも何にでも無関心で、自分以外のすべてのものを侮蔑したような発言を繰り返していたのに。

「ふえ…ふえぇぇ…」

更なる大粒の涙を溢れさせたブロライト。
その涙を指で拭いながら、プニさんは無表情のまま続ける。

「わたくしを動かすのです。古代の名を戴いたわたくしを。タケル、お前はわたくしを動かすだけの見返りを用意致しなさい」

口角を少しだけ緩め、ドヤァと俺を指さす。
クレイは笑い出さないように口元を抑えつつ、立ち上がって頷いた。

「ぷくくっ…、ふぶっ、タケルだけではない。俺も出来うるかぎりのことをしよう。ホーヴヴァルプニル神よ、何を所望なされるのだ」
「ひひん。ならば古代馬アルタトゥムエクルウスの名において命じましょう!」

腰に手を置いて仁王立ち、プニさんは声高々に言った。

「じゃがばたそうゆーを十個です!」



いや、五個までだからね?






++++++

タイトル副題
プニさん意外と優しかったでござる


特定の神様をモデルにしているわけではありません。宗教を否定しているわけでもありません。
神社の鳥居をみるとわくわくします。零ってゲームを思い出します。
神様にも出来ることと出来ないこと、やりたくないことがあるのです。
個人的な解釈です。

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