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第1話 法廷のシーメール

01:シーメール

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    01:シーメール

 6係に割り当てられた資料倉庫のような部屋の壁には、壁裏の配管のせいか、他では見られない窪み、まさに「壁龕・ニッチ」があり、そこには下手なアリバイ作りを思わせる花瓶と、指しぱなしの造花がある。
 その造花を見ていたら、なにげに、第6特殊犯捜査管理官、亀虎眞魚警視の言葉を思い出した。
「こっちをニッチ産業みたいな、扱いにしておきながら、今では6係に頼りぱなし、特に3係なんてザマは無いわ。でも真澄、私はこれを足掛かりに、もっと上を目指す。私だけじやなく、6係も引き上げて見せる。だから頑張って。他がもって来る事案をこなすだけじゃ駄目よ。他じゃ手が出せない何か大きなのを引っ張って来なさい。でも、今抱えてる事案にも全力で当たる事。難しい事があったら、なんでも私に言って、私が身体を張ってでも、なんとかするから。」
 亀虎眞魚は、キトラマナと読む。
 最初の頃は、亀虎をカメトラと読み、カメトラをもじって良からぬ渾名が横行したそうだが、それは直ぐに消えてなくなった。
 なにせ、当の本人がカメトラという怪物じみたイメージから、かけ離れた美女だからだ。
 その美女ぶりも、ただ化粧が上手くて、美人に見えるというレベルではないのだ。
 普段の彼女は、制服姿でポニーテール、化粧気はほとんどない。
 私の知り合いに、科学警察研究所に努めている復顔術に詳しい男がいて、彼に「美人は頭蓋骨だけでも見分けがつくのか?」と聞いたら、当たり前だと言っていた。
 亀虎眞魚警視は、そんな頭蓋骨の持ち主だった。
 ただ、その本性は、定着しない渾名であるカメトラの如く、怪物的だったが。
 そうそう、美人と言えば、これから紹介する指尻ゑ梨花氏も相当なものだ。

 私の愛読書である秋田昌美氏の著書の中に、『スルカは一つのルールのもとに人体を完全な性的オブジェに変身させられている。まるでポリエステルとファイバーグラスで型を取って固め、その上に精巧な塗料で多彩色をほどこしたようなゴムでできた女の顔をしたマスクをつけ、ブロンドのかつらをぶり、皮膚に似たラバー・スーツを頭からすっぽり身につけているような、、。』 というシーメール・スルカに関する文章があり、私はいたくその一節が気に入っている。
 なぜなら、その描写が、私の所属する特殊犯捜査第6係の外部コンサルタントである指尻ゑ梨花氏の雰囲気を良く言い表しているからだ。
 もちろん、スルカはアメリカの有名なポルノスターであって、日本人の指尻ゑ梨花氏の外見が、そのスルカにそっくりという事ではない。
 その容貌も、よく見ればヨーロッパ系の血がクォーター程度混じっているのかという東洋系の美女だ。
 ただ、彼女の肉体の存在感は、スルカのそれと同等という話なのである。
 シーメールとは、英語のshe(彼女)、male(男性)の合成語であるshemaleから判るように、乳房を持った女性の外見を持ちながらも、外性器を全て残した男性のことを示すアメリカの俗語である。
 我が国でいう「ニューハーフ」と同じと言っても良いが、シーメールはあくまでも、「女性の乳房と男性器を併せ持つ男性」であるという限定的な呼称であり、例えば、手術による人工的な女性器を持つと、もうその人間はシーメールの範疇には入らないのである。
 つまりシーメールと呼ばれる人間の「性別」は、あくまで「男性」であり、俗に言う「ふたなり」的な存在ではないのだ。
 だが、シーメールが放つ色気は、間違いなく女性特有のものが濃縮されている。
 例えば指尻氏は、事件現場で捜査協力してくれる事も多いのだが、氏が激しく動き回った後のあの姿。
 氏のアップにまとめあげている髪の毛が崩れ、頬や首筋に房束がほつれかかり、汗にまみれて肌にまとわりついている、その風情。
 多くの男性が、その姿に欲情するだろう。
 ちなみに特殊犯捜査第6係がなぜ、そのような女性、いや男性を外部コンサルタントとして契約を結んでいるのかと、いう事だが、あなた方は1936年(昭和11年)に起こった「阿部定」事件というものをご存じだろうか?

 当時は、この加害者女性が、愛人を殺害後、愛人の男性器を切断して持ち去るという猟奇性故に、非常に騒がれた事件であったが、現在は、この程度のアブノーマルさなどでは、さほどセンセーショナルな事件とは呼べない程の状況が、ごまんと存在する。
 現在の性の多様化、人々の心理の荒廃が、こういった犯罪を更に複雑怪奇なものにしていくのだ。
 そしてその怪奇性故に、事件解明が不能に陥る事さえある。
 そういった混迷を極める事件対応の為に、我々の特殊犯捜査第6係が存在する。
 そして、その捜査が、性の混迷や人の意識の倒錯故に、我々の手に余る時、シーメール精神鑑定医・指尻ゑ梨花氏への協力要請が発生するのだ。

 我がコンサルタント指尻ゑ梨花氏は、言葉遊びが好きな一面もあり、時折、我々の住む都市を「ビザランティス」と呼ぶ事がある。
 複合元となるビザールbizarreは、「奇怪な、異様な、信じられない」という意味だ。
 ビザンチウムByzantiumはヨーロッパの南東、バルカン半島のトラキアの東端に位置する小さな半島の先端部分にあった東ローマ帝国の首都都市である。
 そして言わずもがなの、伝説の超古代文明「アトランティス」。
 指尻ゑ梨花氏が、口にするビザランティスとは、滅び去る巨大首都、あるいはそこに住む人々の事をさす。
 このビザランティスでは、人の姿をした亡霊が、超絶的な快楽を求め、いつも彷徨っているらしい。

 さてここでは、我々特殊犯捜査第6係が、このシーメール・指尻ゑ梨花氏と最初に出会う事となった、ある一つの事件とその裁判について話しておきたいと思う。
 そうそう、これからここでは、指尻ゑ梨花氏と呼ばずに、指尻ゑ梨花女史と呼ぶことにする。
 どう考えても「氏」よりも、「女性の学者・芸術家・評論家・政治家などを尊敬して呼ぶ言葉」としての「女史」が指尻氏には似合うと思うからだ。
 わざわざ女性であるということを、殊更にとりあげて言っているように受け止められる「女史」は、「性差別用語」だと、とらえる向きもあるようだが、それなら尚更の事である。
 指尻ゑ梨花女史は、この社会の、ありとあらゆる「思い込み」に、自らトリックスターとして挑戦している人物でもあるからだ。

             特殊犯捜査第6係 警部 真澄雄悟




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