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第5章

榛摺の闘諍

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*はりずみのとうじょう*



照光リヒルートに照らされた洞の内部は真昼のように明るく、学校の体育館並みの広さがあった。
これでクレイとブロライトは本来の戦いができる。
巨大ナメクジは全身から毒の臭気を放っていた。きっと普通の人間ならこの匂いを嗅ぐだけでも死んでしまうのだろう。俺にとっては初夏のエアコン使い始めた電車内の匂いに似ているな、程度にしか感じられない。地味に臭い。
大きさはトランゴ・クラブ並み。こいつが極上の食材になるのなら嬉々として倒すんだが、ただのナメクジだからなあ。しかも毒。まさしく、毒にも薬にもならない。

真紫に赤ドットの気色悪いナメクジを見上げ、ブロライトが驚愕した。

「タケル、あの化け物の名はわかるか」
「えーと、巨大ナメクジ……じゃなくて、キエトのダーク、スラグ?」
「なんじゃと!!」

ブロライトがジャンビーヤを構えながら叫んだ。
その顔は恐怖におののいている。

「そんな、まさか!」
「どしたの」
「クレイストン、覚えはないか?アッロ・フェゼン大陸のガナフ王国のことを」
「ああ……まさか」
「そのまさかじゃ!」

アッロ・フェゼン大陸というのは、俺が今いるグラン・リオ大陸の南にある。
マデウスには地球と同じような大陸が東西南北にあり、それぞれの大陸を治める巨大国家によって平穏が保たれている。ガナフ王国っていうのは聞いたことがない。アッロ・フェゼン大陸最大の国は、獣人が統治するフェルス王国のはず。

「はい、俺、知らないんですけど」
「ピュイ」

ビーと揃って挙手すると、ブロライトは何故かこそこそと声を潜める。

「ガナフ王国は滅んだのじゃ」
「うん。うん?え?」
「私も話に聞いただけではあるが、なんとも恐ろしい……」
「ごめん、主語ほしい。えっと、どうして滅んだんですか」

強敵を前に随分と余裕だなと思ったが、その強敵の動きが恐ろしくノロいのだから仕方がない。こちらに到達するまでまだ距離がある。さすがナメクジ。
ブロライトの足らなさすぎる説明に質問をすると、クレイがやれやれと補足してくれた。

「ガナフ王国に迷い込んだスラグ種のSランクモンスターが、国軍や冒険者らの防衛をものともせず国を滅ぼしたと聞いておる」
「Sランクのモンスターってそんなに強いの?」
「ああ、強い。ガレウスのダークアネモネとは比べ物にならないであろう」
「へえー」

見た目は確かに気持ち悪いが、絶体絶命という気持ちにはどうしてもなれない。
最強のSS種古代竜エンシェントドラゴンと対峙した経験からか、俺に恐怖心は芽生えなかった。ただ、うねうねしているから粘液で汚れるのは嫌かな程度。
舐めているわけじゃないんだ。
俺のなかの本能が、なんとかなるさと言っている。

「駄目じゃ、我らだけではとうてい敵わぬ!逃げるぞ!」
「えっやだ」

来た道戻るの?それとも、転移門ゲートで戻るの?
目の前に大量のお宝があるのに、敵に恐れをなして逃げるなんて勿体ない。みっともないとは言わない。逃げることは負けることじゃないから。
でもさ、負けると決めつけているのは宜しくないな。

「ブロライト、逃げないでいい」
「なにゆえ!あやつは国をも亡ぼす悪魔じゃ!とても、とても今のわたしでは敵う相手ではない!」

ブロライトの経験上、ここまでのモンスターに遭遇したことがないのだろう。
そもそもSランクのモンスターというのは、魔素の濃い場所に行けば必ず生息しているというわけではない。出会えば死を覚悟しろと言われているモンスターがそこらにゴロゴロしていたら、冒険者人口はもっと少ないだろう。
Sランク種とは、同時に超レア種にもなるのだ。滅多に遭遇、撃退できるわけではないため、素材にならずとも希少価値が恐ろしく高い。
凄腕の経験豊富なランクA冒険者ですら、Sランクモンスターに遭遇出来る確率は無いに等しいと言える。わざわざ探しに行かなければの話だが。

しかし、勝機はある。
俺の隣にいるのは誰だ?頭で威嚇している生き物は何だ?その生き物の背に乗っているのは現役の神様だぞ。
負ける気がしないだろうが。

「お前独りで戦うわけじゃないだろ?なあ、クレイストン」
「おおよ。ブロライト、ずうっと黙っておったがな、俺は、種を変えたのだ」

クレイの身体がむちっと大きくなる。
筋肉がぼこりと蠢き、背の角が巨大化。
謎の湯気を全身から放ち、顔はより凶悪に。

「なっ?!なにがおこるのじゃ!如何したのじゃクレイストン!」
「大丈夫、ちょっと魔王が降臨するだけだから」
「はああ?!」

ナメクジの動きが止まった。さすがにクレイの恐ろしいほどの殺気を感じたのだろう。隣にいる俺だってちょっと怖いもの。
ぐいぐい大きくなるクレイは、目に炎を宿し獲物を捕らえる。この姿になってから戦いはじめるとめちゃくちゃ暴走しまくるからな、あのオッサン。
巨大なシメジを破壊しないよう、今のうちに天井や壁に結界バリアを展開し、作戦会議。

「弱点は炎。魔法が効かないからどこまで弱らせられるかわからんが、お前らに傷ひとつつかないよう、精一杯防御力を上げる。クレイはとにかく好きに暴れなさい」
「うおおおおお!」
「はいはいうるさい。ブロライトは毒攻撃に気を付けること。あと、むやみやたらと全身汚さないように。あいつ臭いから」
「よ、よし!お前が逃げぬと申すなら、わたしはそれに従うまで!」
「ビーもはっちゃけろ」
「ピュイッ!」
「プニさんは!」
「おうえんします!」
「はい!」
「ピュイイイーーー!」

ビーの鳴き声と共に、ナメクジの腹部分から触手らしきものが勢いよく飛び出た。
触手はクレイの腕に巻き付き、一気に引き寄せる。

「クレイッ!」
「舐めるなああああーーーっ!」

触手を引きちぎり、大槍をぶん投げて応戦するクレイに更なる速度上昇クイック軽量リダクションを重ねがけする。クレイの巨体がより素早くなった。

「洞の王者であろうとも、我の命は奪えぬ!この青き鋼の衣にかけ、立ちふさがりし我が宿敵を倒さん!」

余計なこと言ってる間にさっさと倒せよとは言えない。
きっとクレイの世界があるんだ。悦に入っているだけとも言うが、流儀ってものがあるんだろう。

「うおおおおーっ!」
「ジュジョ、ジュジョジョ!!」

全身から飛び出た触手がクレイを襲う。あの触手も全て毒なんだろうな。クレイの皮膚がどす黒く変色していく。
シールド浄化パージをしていても意味を成さないほど毒が強いってことか?それなら重ねがけしまくりゃいい。
次に狙うのは目だが、目は…どこにあるのかわからない。
光もささない洞の奥では、目は退化してしまうだろう。だとしたら、他の感覚を研ぎ澄まして生きているはずだ。怪しいのは、あの頭の上に生えている触覚。

シールド浄化パージ展開っ!ブロライト、頭の上の触角を狙え!」
「頭から生えておるあのつんつんか!」
「そのつんつんだ!」
「承知したあああっ!」

もともと風のように素早いブロライトが、速度上昇クイックの効果で瞬時にナメクジの背後を取る。ナメクジが気付いた時にはもう遅く、頭上の触角を見事に切り落とした。

「ジョギャアアア!」
「どうじゃああっ!」

凄い凄い!
気付いたらブロライトの身体が消えていて、それと同時に触角がぽとりと落ちた。エルフって瞬間移動できる種族だっけ?と思ってしまうほど、早い。
触角を失ったナメクジはあらぬほうへ触手を放つ。よしよし、あれはセンサーのようなものだったんだな。

「ピュピュ!」

呑気に拍手している俺の頭上で、妙な熱気が溢れ出る。
そして。

「ピュイッ!ピューーーイーーーッ!!」
「離れろバカタレェェェッ!」

ビーの特大火炎が口から放射される。俺の前髪焦がして。
魔素の影響で弱っていたはずなのに、炎の威力は今まで見たことがないほど強かった。
身体が小さくても、吐き出す息吹は古代竜エンシェントドラゴンが生み出す特殊な炎。ナメクジが大仰に驚き、巨体を暴れさせた。

「つぎのこうげきです!やきつくしなさい!」
「ピュイイイイーーーッ!」

なんだか調子に乗っちゃっているミニマムプニさんに言われるまま、ビーが中空を飛びながら炎を吐き出す。風精霊の支援もあって、炎は渦を巻いてナメクジの表皮を焼く。いやだなにこれ磯の香り。

「ジョジュッ、ジョジュ!」
「でりゃあああ!」
「てえええい!」

次から次へと生えてくる触手の攻撃をかわし、口らしきところから吐き出される毒息や毒粘液を避るが、流石のランクS、弱っている気配がしない。俺たちも必死だが、ナメクジも必死だ。

「タケル!このままでは無駄に体力を消費するだけじゃ!なんとかならんか!」

一撃必殺の超すごい技とかあればいいが、思いつくのが俺だからな。

「ゲームをやっていたときはどうしてたんだ?ええと、ええと、ラスボスに対して防御力を上げる、上げた。素早さ上げた。それから、それから……攻撃、攻撃?そうか!」

脳内にイメージ出来る魔法は、そのまま放つことができる。

攻撃上昇エピスグリフ!」

ユグドラシルの杖によって凝縮された魔法は、周りの魔素を吸い込み神々しい光となって放たれた。
魔法の調整ほんと難しいなと思いつつ、各々の攻撃力が格段に上昇。攻撃に鋭さと重さが増し、戦闘能力が倍増。したと思う。

「グオオオオオ!」

魔王クレイの雄叫びが洞内に轟く。あの迫力はナメクジよりもずっと強烈。どっちがラスボスかわからんな。
だがクレイが繰り出す強烈な拳の打撃は、ナメクジを確実に追い込んでいる。全身から飛び出ていた触手は数を減らし、その素早さも半減。
気付けばあれだけ濃厚だった魔素が薄れていた。俺が魔法を遠慮なく使いまくっているせいだろうか。どちらにしろ、ビーに元気が戻ったのは良いことだ。

「タケル!ダークスラグが怯んでおるぞ!」

ブロライトが指さす先、洞の奥へと続くくぼみに入ろうとしているナメクジ。
まだ奥があったのか。このまま逃がすわけにはいかない。そもそもここはブロライトやエルフ達が気軽に訪れることができた洞。魔素の濃さにより来られなくなっただけ。こんな危険なモンスターが郷の近くで巣食っているままじゃ危険だ。

ここで出会ったが冒険者の宿命。危険なモンスターは討伐しなければならない。
確実に息の根を止めなければ。

調査スキャン!脳みそは……触覚の根元!クレイ!」
「ゴアアアアアアアッ!」


聞いてんのかよあの魔王。








++++++

ナメクジ嫌いな方には地獄のような回になりました。
書くために軽く生態を調べたのですが、見れば見るほどじゃばざはっとに似ている。
じゃばざはっとに触覚はありませんが、ナメクジの化け物だなアレ、と。
気が付いたらじゃばざはっとの生態を調べていました。おかしいね。

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