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第1話 法廷のシーメール

04:蛸蜘蛛屋敷事件ことVシネマ元男優傷害致死事件の顛末

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   04: 蛸蜘蛛屋敷事件ことVシネマ元男優傷害致死事件の顛末

『「殴られた後のセックスは凄く快感」…元男優が鑑定医・指尻ゑ梨花に明かした赤裸々な性生活 !』
 上の扇情的な見出しは、この事件の裁判中に売り出された大衆週刊誌のものだ。
 この様に、彼らが置かれた状況は、非常にまれなものだったが、彼ら自身の姿も、すでに半陽性を思わせる異形であった。
 そしてこの裁判の証言台に立つ鑑定医が、シーメール・指尻ゑ梨花女史なのである。
 まさにニーチェのあの有名な言葉、「怪物と闘う者は、その過程で、自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しく、おまえを見返すのだ。 」を彷彿とさせるではないか。

 その日の指尻ゑ梨花女史のスタイルは、「バーニーズ ニューヨーク」のビジネススーツで、上品にその身をかためていた。
 レトロテイストなボタンが二つ付いた細身のシルエットのジャケットは、クラシックな雰囲気を放ち、いかにも裁判所の空気になじんでいる。
 それでもスカートは、ノーブルな膝丈に少しだけスリットが入っており、女らしさがプラスされていた。
 動いたときにビッチリしすぎないそのラインが、柔らかく女性的で、上品な印象を見る者に与えるのだ。
 そのくせ、指尻女史は、ことさらに付け睫毛とアイシャドウで目もとをこってりとメイクし、真っ赤なルージュの口唇の横にチャーミングなほくろを描くという過激な濃艶さを自分の顔に演出していた。
 そのアンバランスさは、常識外れというより、彼女なりの、社会に対する一種のカウンター的な「主張」のように思えた。

 法廷では、M被告の精神鑑定を行った鑑定医指尻女史に、男性検察官が質問を続けている。
 男性検察官の冷徹の象徴のような縁なし眼鏡に、指尻ゑ梨花女史の姿はどう映っているのだろう。
 Aを刺した当時のM被告の精神状態について、鑑定医ゑ梨花は、「Mは心身ともにフラフラだった」としながらも、「意識は鮮明だった」との判断をしめした。
 それはMの責任能力の有無をめぐる重要な証言となりそうだった。

検察官・・・「犯行当時、被告を『性嗜好障害』と判断した理由は何ですか?」 
鑑定医指尻・「彼女(彼)の供述からです。Aさんとお互いに苦しめたり痛めあったりして、性的喜びを得られることを反復して行っている、ということで判断しました。」

 鑑定医指尻は、2人をともに、性嗜好障害のサドマゾヒズム、つまりSM嗜好があると鑑定していた。

検察官・・・「その傾向は、責任能力への影響を持ちますか?」 
鑑定医指尻・「持ちません。」 
検察官・・・「もう一つ、『性嗜好障害』以外に『情緒不安定性パーソナリティー障害』と判断した理由は何ですか?」 
鑑定医指尻・「これも供述などから、彼(彼女)は非常に情緒不安定で、自尊心、恐怖心が大きいということからです。」 
検察官・・・「同じくそれは、責任能力への影響はありますか?」 
鑑定医指尻・「ありません。」 
検察官・・・「このほかに、心理検査も実施しましたね。どのような検査をしましたか?」 
鑑定医指尻・「ロールシャッハテストなど、人格を見るテストと知能検査をしました。」 
検察官・・・「心理検査は、どのような結果でしたか?」 
鑑定医指尻・「抽象的な問題では、問題解決能力がありますが、具体的な問題では問題解決能力はありません。」
 鑑定医指尻は専門的な説明に続けて、M被告の性格をわかりやすく解説した。
 私には、その説明の中に、元男優としてのMの経歴と、女性化した身体に影響されるものがあると思えたが、もちろん鑑定医指尻は、そういった憶測などを、話に混ぜ込む事はしなかった。

鑑定医指尻・「つまり、現実回避的で自己陶酔型。衝動を抑えられず、現実と空想の区別がつかない、というのが特徴的でした。」 
検察官・・・「精神病を疑わせるような所見はありましたか?」 
鑑定医指尻・「ええ、それはありませんでした。」 
検察官・・・「責任能力については、どう考えますか?」 
鑑定医指尻・「精神病的所見もなく、動機も了解できるのではないかと考えます。」 
検察官・・・「動機は何だったのでしょうか?」 
鑑定医指尻・「性嗜好障害のSMプレイの延長上の不測の事態です。」 
検察官・・・「そう判断した理由は、何ですか?」 
鑑定医指尻・「M被告本人が119番通報をしており、鑑定留置中の、ほかの患者さんや私やスタッフへの対応でも、責任能力がないのではないかと疑わせるところはみじんもありませんでした。」

 その時点で、Mは神室の呪縛から逃れる事を決心したのだ!と私は心の中で叫んだが、裁判は淡々と進んでいく。
 我々警察にすれば、検察側の冒頭陳述に沿う証言をした鑑定医指尻が、救いだった。
 証言台に、神室家の息の掛かった人間が立つことが、多いに考えられたからだ。
 世の中には、偽証罪よりも大きなモノや、又、「偽証すれすれの真実」などが沢山存在する。

 ここで、質問者が男性弁護人に交代した。
 神室家が雇った私選弁護人だった。
 弁護人の費用は、当該弁護士等との合意により選任した者が負担することとなる。
 選任者が異なるという点を除けば、国選弁護人と職務及び権限の内容に違いはない。
 私選の刑事事件は、着手金が起訴前(捜査段階)と起訴後と、それぞれでもらえ、保釈等をすると、また着手金と報酬が得られる。
 フルコースで行くと、その総額は相当なものになる。
 しかも、否認事件や裁判員裁判でなければ、ほとんどが2・3か月で、事件が終わる。
 故に、私選の刑事弁護は、弁護士にとって過払事件と同様に「おいしい事件」なのだが、今回問題なのは、この私選弁護人を立てたのが被告人Mの雇用者に過ぎない神室であると言うことだった。
 明らかに神室は、被告人Mに恩義を売っている。
 それは何故か?もちろん、自分たちの悪行を、この時点で隠蔽する為だ。
 小賢しい工作を、とは思うのだが、こういう成り行きになってしまったのは、彼らを最後まで追い詰めることが出来なかった、我々、6係の失点だった。
 今は、弁護側がどうやって検察側の主張を崩すのかが、注目される部分だった。
 弁護人は、鑑定医指尻の経歴などを確認した後、M被告への問診内容について尋ね始めた。



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