トップ>小説>皇太子の愛妾は城を出る
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「朝早くにすまない。この時間しかとれなくてね」

 陛下が訪れた時私はまだベッドの中にいた。昼食を持ってきた侍女が私を起こそうとした時に現れた。
 陛下の訪れに戸惑ったのは私だけではないだろう。侍女は急いでお茶の支度をしに行ってしまった。いつものことなので自分で身支度をする事にした。

「お気になさらないでください。わたしの方こそこのような格好で申し訳ありません」

 服を整えてる時間などなく、手に取った服に着替え、髪も櫛を通しただけだ。わたし付きの侍女は一人だけ、それもあまり仕事に熱心ではないから仕方のないことだ。わたし付きになったのが不満だと初対面の時から不機嫌な態度だった。
 陛下はどう思っただろう。きっと堕落した生活を送ってると思われたに違いない。お昼に近い時間まで眠っているのだから。
 今日はたまたま朝から具合が悪かったと言っても信じてはくれないだろう。

「あれの結婚が決まった」

 ビクッと震えた。いつかは来ると思ってた。これは仕方のないこと。それよりも前向きに考えなければ。これでこの中途半端な関係を前に進める事が出来るのだから。
 アレというのは陛下の息子の事だ。
 わたしは田舎の男爵家の娘。元から皇太子様の正妃になれるような身分ではないから諦めていた。でも、過去に男爵家から王族に妃として嫁いだ人がいる。さすがに正妃ではなかったが側妃として嫁いだと聞いた。
 正妃を娶る前から側室がいるのは外聞が悪いからと愛妾として二年という月日をこの家で過ごした。愛妾というのはとても肩身が狭い。
 王宮は高い塀で守られているが、その塀は三段階ある。わたしに与えられた部屋は一番外側の塀の近く。いわゆる下級貴族や商人が出入るする区域。正妃は王宮に住めるし、側妃は王宮の近くに家を頂けるそうだ。扱いに雲泥の差がある。側室にさえなれない愛妾には似合いの場所なのかもしれない。

「わ、わかりました。でもわざわざ陛下がこられなくても、私は騒いだりしません」

 でしゃばりな女と思われているのだろうか? 一度だって何かをねだった事はないのに。

「うむ。それなら良いが、正妃になるのはオズバーン家のカテリーナ嬢だ。十六と若いがそなたがいても構わないと言ってくれた優しい姫だ。会う事はないと思うが諍いなどおこさぬようにな」

 陛下はわたしをジッと見てる。何か他に言いたい事があるようだ。
 側妃になれば会う事もあると思うけど、後宮では正妃と側妃は全く合わないのだろうか? わたしが疑問に思って問おうとした時に部屋のドアが大きく開いた。

「父上」

 わたしの大好きな彼が現れた。彼の名はユーリ・アルミナ・オムラーン。このオムラーン国の皇太子だ。陛下とユーリは一目で親子とわかる。ユーリが陛下くらいの歳になったらこうなるんだろうなって想像できる。太陽の光のような金髪に王家特有のサファイアの様な蒼く濃い瞳に整った顔立ち。背はユーリの方がいくぶん高く、騎士団を率い毎日のように訓練しているから日に焼けた健康的な肌。

「執務はどうした?」

 陛下は皇太子をジロリと睨んだ。

「父上がここに来たと聞いたので、私がいた方がいいでしょう。彼女には父上の相手は務まりません」

 どうやらわたしをかばっているようだが、わたしの教養の無さを気にしているようにも聞こえる。

「それほど彼女が大切か? ただの愛妾ではないか」

「カスリーンは私を癒してくれる人です」

 カスリーンというのはわたしの名前。殿下の愛妾になった時に縁を切られてはいるが、ヴィッツレーベン男爵家の娘だから一応貴族の端っこにいる。

「それは正妃 の仕事だ」

「わかってますよ。でもまだ正妃はいませんから」

 二人はよく似た顔で見つめ合っている。バチバチと音が聞こえそうなくらいだ。

「本当にこの話を進めていいんだな」

 ユーリはわたしをちらっと見ると

「皆が乗り気ですからね。カテリーナは可愛いし、構いませんよ」

と言った。

「正式に決まったら断ることは出来ない。だが二人がわかっているのなら何も言うまい」

 陛下が何を言いたいのかよく分からなかった。こういう所が教養がないと言われるのだろう。


 陛下が帰るとユーリはわたしに視線を合わせる。

「どういう事だ? そのような格好で陛下に合うとは。侍女に言って用意させる事も出来ないのか」

 侍女は一人しか居ないのに無理ですよ。いつも無理難題ばかり言うユーリにムッとする。

「結婚が決まったって聞いたわ。本当のことなの?」

「まだ正式に決まったわけではないが、数ヶ月後には婚約式があるだろう」

 そっか。うん、わかってる。でもこれで安心した。やっと前に進めるよね。

「君は彼女と直接会う事はないと思うが、万が一に会うことがあったらただただ頭を下げていれば良い」

 はい? ただただ頭を下げるって何なの? わたしだって敬語くらい使えるわよ。
 でもさっき陛下も言ってらっしゃったけど側妃と正妃ってあまり会う事がないのかしら。夜会にも一緒に出席する事もあるって聞いてたんだけど....。

「どうしてあまり会う事がないの? 夜会では会わないの?」

「夜会だって? 君は愛妾なんだから行かないだろう。今までだって一度も出席してないんだから分かるだろう? ドレスだって持ってないのにどうするつもりなんだ?」

 ユーリの呆れ果てたという顔に驚く。

「ド、ドレスくらい作ればいいでしょう。わたしだってたまにはユーリと踊りたいわ」

「愛妾は夜会には出れない。これは昔からの決まりごとだ。君には二年前に説明してるだろう」

「で、でも、側妃になれば出れるでしょう?」

 わたしが思い切って言うとユーリが息を呑んだ。驚きのあまり口が開いている。そんなに驚くようなことを言ってるつもりはないのに。





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