トップ>小説>皇太子の愛妾は城を出る
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「カスリーン、君は何を考えてる。側妃になどと誰に入れ知恵された?」

 わたしはユーリの怒った顔にみぞおちを打たれたかのように声もあげられない。何故彼が怒るのか分からない。
 男爵家から側室になった女性がいると聞いたのはわたしが愛妾になるずっと前の事だった。そうユーリ会うより前のこと。誰に聞いたかも忘れてしまった。あれは本当のことではなかったの?

「わたしはもしかしてずっと愛妾のままなの?」

 わたしが小さな声で尋ねると、ユーリは苛々した声を隠そうともせずに

「私が一度でも側室にすると言ったか? 君に期待させた事はない。それでも君は愛妾になる事に同意した。違うか?」

と言った。私の目から涙が溢れる。
 そう。ユーリは一度だってわたしに言わなかった。勝手にわたしが思っていただけ。
 彼がくれた言葉は「君がたまらなく欲しい」「ずっとそばにいて」「君の身体は私を興奮させる」「君のそばにいると何もかも忘れられる」とどれも抽象的な言葉ばかり。何故気づくことができなかったのだろう。これはわたしをベッドに誘うだけの中身のない台詞だってことに。
 私の家族や友人たちはみんな反対したのに、わたしわたしのみんなから縁を切られてもユーリに従ってしまった。

「返事は?」

 ユーリは怒ったままだ。横柄な態度。出会った頃は彼に反抗したこともある。けれど二年という愛妾だった月日で彼に従う人形のようになっていた。

「ユーリは....言ってないわ。わたしが勝手に思っていただけ」

「そうだろう。このさいだ。はっきり言っておこう。君には愛妾がお似合いだ。側妃にするつもりなら初めから愛妾になんてしてない。君にはわたしの隣に立てる教養も気品も魔力もない」

 頭を何かで殴られたような気がした。ユーリはわたしの事をそんな風に思っていたのか。男爵令嬢という一応貴族だからと考えていたけどベッドに入れるくらいしか役に立たないと思われていたのか。
 でもここで挫けるわけにはいかない。今までは黙って従っていたけど、どうしても確認しなければ。

「でも、いつか子供が出来たらどうなるの? 愛妾の子供はどうなるの?」

 ずっと不安だった。でも恋に目が眩んでいたから子供が出来たら側妃にしてくれると....ユーリはわたしの事を考えてくれてると勘違いしていた。

「子供だって? 避妊してくれって言ったのは君だろう? それに子供は出来ないよ。愛妾に子供は出来ないって決まってるんだ。もし君に子供が出来たらそれは私の子供ではないという事だ。そんな子供は必要無いし、君とはそれまでだ」

 ユーリの呆れたような言葉に自分の顔から血の気が引いたのがわかった。
 わたしはユーリを分かっていなかったらしい。彼は子供が出来ても自分の子供だと認めない。そして自分の子供ではないから堕胎させると言ってる。堕胎させられた後は用済みとばかりに捨てられるのだろう。こんなに恐ろしい人だったなんて。

「今日はいったいどうしたんだい? 陛下に何か言われたのか?」

「貴方の結婚が決まったと言われたわ」

「ああ、そうだったな。それで側妃になりたいとか言い出したのか。心配しなくても結婚してからも君の事はこれまで通り大切にするよ。もし別れる事になっても相応の事は考えてる。君は大事な人だからね」

 わたしの顔色に気付いたのかユーリが急に優しくなる。でもどんな優しい言葉をかけられても、もう心に響かない。
 涙が次から次へと流れていくが拭く事も出来ず、彼に返事も返せない。

「ああ、もう行かなければ。君が陛下にいじめられてないか気になって仕事を抜けてきたんだ。今日はもう来れないが、明日の夜に来るよ。君の侍女に言っておいてくれ」

 ユーリはわたしの涙を指でそっと撫でて瞼にキスをしてから出て行った。
 さっきまではとても無慈悲な酷い人だったのに急に優しくされても信じられるわけがない。








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