トップ>小説>皇太子の愛妾は城を出る
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 ユーリが出て行った後もしばらくは放心していたが、物音で我に返った。

「カスリーン様、昼食です」

 侍女がお昼を持ってきたようだ。お昼が来るということは夕飯はない。いつもこんな感じだ。愛妾という厄介なものにはこういう嫌がらせがある事も愛妾になって初めて知った。正妃が決まれば、こういう嫌がらせはもっと酷くなるのだろう。
 昼食はサンドイッチと冷めたスープ。ユーリが一緒に食事をするときは豪華な食事が出るが、彼が来ないときはいつも冷めたものばかり。冬はスープが凍っている時があった。暖炉のそばに持って行って溶かして飲んだ。ユーリに告げ口しないから酷くなるのかもしれないが、みじめすぎて彼には話すことが出来なかった。
 それも今日で終わり。やっと決心がついた。
 陛下の蔑んだような瞳。本来、陛下はとても優しい人だ。小さい頃『高い高い』をしてもらった事がある。
   陛下は身分を気にする方ではないから、愛妾となったわたしが気に入らないだけだ。
 愛妾とは働くこともせず寄生虫のような存在だと陛下の妃でありユーリの母に言われた事がある。あれはまだこの部屋を与えられて間がない時だった。まだわたしがユーリの愛を信じていた時だ。他にもいろいろ言われた気がするが覚えていない。あれ以来会っていないから。
 サンドイッチのパンはパサパサしているから何日か前のパンが使われているようだ。一度、カビが生えてるパンの時もあった。食べてから気づいて慌てて口から出すと、侍女のバニーがクスクスと笑っていた。彼女はカビが生えてる事を知ってるようで、きっとお皿を下げる時にみんなで笑うのだろうと思うと、知らないふりして飲み込めばよかったと思ったものだ。
 今日のサンドイッチは少なくともカビていない。美味しいかどうかは相変わらずわからないけれど残さず食べた。バニーは何も言わずに黙って下げる。そのまま部屋から出て行こうとしてたので声をかけた。彼女に声をかけるのは何日ぶりのことだろう。

「いろいろありがとう」

 バニーは「いえ」と言って出ていった。
 彼女の食器を下げる白い腕を見てあの日の事を思い出した。



 いつも音を立てずに皿を並べるバニーがガチャガチャ音を出していたのだ。新手の嫌がらせかと思って眺めていると、彼女の腕に包帯が巻かれていることに気付いた。

「ケガをしてるの? 今日は休めばよかったのに」

 あまりにも痛そうで声をかけた。彼女が休めば食事抜きになりそうだけどケガをしてる人を働かせたくはない。

「いえ、わたしは貴方様と違って働かないと仕送りにも困りますから」

 明らかに愛妾をしているわたしに対しての嫌味だった。側妃だったらこんな事を言われないのに同じような立場でも全然扱いが違う。初めの頃は気にしていた嫌味もその頃には聞き流すようになっていた。ただ、仕送りに困るというのを聞いてバニーを助けることにした。

「腕を見せて」

「えっ?」

 訝しそうな顔だ。でも気にしない。

「腕を見せなさい」

 わたしが命令口調に変えたので渋々と腕を出す。包帯を取ると火傷の跡が腕全体に広がっていた。包帯は腕を隠すためだけに巻いてあったようだ。
 
「これは酷いわ。お医者様に見せたの?」

「治療費なんて払えませんよ」

「このままでは跡が残るわよ。就業時間中の怪我だったらお金はかからないって聞いたわ」

「誰に見せてもわかるでしょう。これは侍女の仕事でできる火傷ではありません」

 嘘をついたら解雇させられるとバニーは怯えている。でもこのままではどんどん酷くなる。腕が使えなくなったらどうするの。
 わたしは数少ない人にしか見せたことのない治癒魔法を使う事にした。魔力の少ないわたしにできる唯一まともな魔法。他の魔法はあまり得意ではない。被害が甚大なのだ。
 バニーの腕に手をかざすと淡い緑の光が火傷を治していく。数秒で元の綺麗な肌に戻った。

「これなら休まなくてもいいわね」

 バニーは驚いたような瞳で自分の腕を見てる。

「あ、ありがとうございます」



 心のこもったお礼の言葉ではなかったけど、あの日からカビパンが食卓に並ぶことはなくなった気がする。バニーなりにわたしを気遣ってくれていたのだろうか?
 バニーは何故か治癒魔法の事を誰にも言わなかった。そのことにホッとした。わたしの曽祖母はこの魔法のせいで死んでしまった。わたしの住んでる街に災害が起きた時、みんなが曽祖母に助けを求めた。みんなを助けるために魔力切れで亡くなったそうだ。男爵になれたのは曽祖母のおかげらしいが、曽祖父は貴族になれなくて良いから妻に帰ってきてほしいと亡くなる時までずっと言ってたそうで、わたしが同じ魔法を使えるとわかった時にいつもは優しい祖父に「君が信用できると思った人以外には誰にも話してはいけない」と厳しい声で約束させられた。
 バニーの事を信用してるかと聞かれれば首を横に振るしかないが、見捨てることができなかったのだから仕方ない。彼女はわたしを蔑み嫌味をいう侍女だけど、この二年間で話をした数少ない人の中の一人なのだ。

「きっと人恋しかったのね」

 彼女は少なくともわたしの世話をしてくれた。誰もが嫌がっているわたしの世話を。








 

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