トップ>小説>皇太子の愛妾は城を出る
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 ノックの音と人が入ってくるのは同時だった。ユーリの母親でありこの国の王妃様だ。会うのは二年ぶりだろうか。相変わらずとても綺麗で26歳の息子がいるようには見えないほど若々しい。

「ごめんなさいね。昼食終わったみたいだし話をしたいの。座っても良いかしら?」

「どうぞ」

 今日はお客が多すぎる。それも肩が凝りそうな人ばかり。

「貴方の昼食ってあれだけなの? 使用人より少ないってどうなのかしら。それにスープも湯気が出てなかったわ。この時期に冷製スープっていうのも変でしょう」

 王妃様はいつから見ていたのだろう。それに昼ご飯の内容まで知ってるという事はを随分待たせてしまったようだ。

「すみませんでした。侍女が王妃様が来られたのに気づかなかったみたいです」

「いいのよ、あの昼食を本当にあなたが食べるのか確認したかったからわざと隠れてたの。あのお昼御飯を運んできた侍女以外の人は何処にいるの? いつも一人か二人は側に置いておいたほうが良くてよ」

「いえ、侍女は彼女しかいませんので、それは難しいです」

「えっ? 侍女が一人しかいないの? ドレスを着るときに困るでしょう」

 王妃様は目を丸くしているが、コルセットをしなければ一人でなんでも出来る。

「夜会に出るわけでもありませんから、このような形のドレスは侍女がいなくても一人で着られます」

 王妃の眉間にシワが寄った。これだから下級貴族の娘はとでも思われているのかもしれない。

「それにしてもここは前に来た時と全然変わってないのね。なんというか殺風景? 物が何もないわ。それにカーテンも変わってないみたいね」

 カーテンはさすがに洗ってはくれるけど、部屋の掃除は自分でしている。侍女が一人しかいないのだから仕方のない事だ。初めに侍女長という人が来て掃除までは出来ないので自分で侍女をもう一人雇うかしてくれと言われたが、働いてもいないわたしに人を雇うお金があるわけもないので自分でしている。どうせユーリを待つ以外にする事もないのだから暇潰しに丁度いいと思っていた。ベッドメーキングも見よう見まねでなんとか出来るようになった。洗濯は洗濯のカゴに入れるだけなので楽な方だと思う。
 二年も同じカーテンって変なのかしら? ユーリも何も言わないから気づかなかったけど、そういえば男爵家でも季節ごとにカーテンを変えてたような気がする。

「ああ、愛妾には予算がなかったわね。それにしてもユーリはもう少し甲斐性があると思ってたわ」

 私がカーテンについてどう言えば良いか考えていると、王妃様は勝手に納得してくれた。愛妾には国の予算がないというのも侍女長に教えられた。側室や正妃には国からの予算があるらしい。愛妾には予算がないからこの家の維持費やわたしの食事代、侍女の給料、その他諸々は殿下のお小遣いから引かれる事になると。あまり殿下のお金を使ってはいけない。我儘を言って殿下を困らせないことも約束させられた。だから夜会用のドレスを買わなくて良いと知った時初めはホッとしたのだ。宝石もドレスも側室や正妃と違って殿下が用意しなければならないのなら愛妾が夜会に出れないようにしているのも、お金を使わせないための策略なのだろう。別の特別にユーリがではなく昔から決まり事らしい。

「まあいいわ。今日は話があってきたの。ユーリの結婚が決まるわ」

「はい」

「あら驚かないのね」

「先ほど、陛下と殿下に説明されたので」

「そう。それでどうするの? 前にも言ったわよね。こんな娼婦のような扱いをされてていいの? こんな安っぽい家に囲われて、どうしてもっと良い家に替えてもらわないの。まあ、側妃になれば扱いも変わってくるだろうけど側妃だって辛いわよ。ねえ正妃になろうとは思わないの?」

 王妃様の言ってることは滅茶苦茶だった。側妃にさえなれないと言われたのに正妃になれだなんて。どうやら王妃様は私が思っていたような人ではないらしい。二年前に来た時に「貴方、まるで娼婦のようよ」なんて言われたから嫌われているのかと思っていた。でもおんなじ女としてわたしを心配してくれていたようだ。

「先ほど殿下に側妃にはできないと断られました。わたしには愛妾がお似合いだと。教養も気品も魔力もないと.....」

 思わず愚痴ってしまった。王都にある学校を卒業していないわたしは教養が無いと言われても仕方がない。

「でも貴方、何カ国か外国語が話せるのでしょう?」

「ええ、この周辺の外国語は話せます。でもどうして知ってらっしゃるのですか?」

「前に貴方のお父様が自慢されてたわ。私は外国語が苦手だったから羨ましくて覚えてるの。気品なんて気の持ちようよ。そうねえ、魔力がないのは確かに問題ね。でもそんなもの愛があればなんとでもなるわ」

 男爵であるお父様が王妃様とお話しするなんて驚きだけど、幼い頃に『高い高い』を陛下にしてもらった記憶があるので、陛下とお父様は仲が良かったのかも知れない。その関係も私が殿下の愛妾になってしまったから壊れてしまったのだろう。
 王妃様の『愛があれば』発言には驚いた。そんな簡単なことではないのに。それに愛はわたしにはあるけど殿下にはなかったのだ。こればっかりは仕方のないこと。

「どうしたの? 貴方はうちの息子を愛してないの?」

「愛してます。それだけは信じてください」

 王妃様はわたしの返事に安心したような笑みを浮かべた。

「それならわたしに任せなさい。悪いようにはしないわ。それにしてもここは良くないわね。お茶の一つも出てこないのだから」

「すみません。殿下が来られるときはお茶の用意もしてくれるのですが。急な対応はできないのです」

「まさか、ベルも持たされてないの?」

「ベルですか? ベルを鳴らしても遠すぎて聞こえませんわ」

「魔道具のベルよ。遠くにいる人も呼べるのよ。呆れて言葉も出ないわ」

 怒った王妃様の目は釣りあがってとても怖い。魔道具のベルがあったのね。男爵家にはなかったので知らなかった。

「す、すみません」

「あなたに怒ってるのではないわ。あまり長居しても悪いから今日はこれまでにしとくわ」

 来た時と違って王妃様が何かつぶやくと消えた。転移魔法を使ったようだ。殿下は私の前では魔法を使わないので驚いたけど、魔力の多い王族なら朝飯前の事なのだろう。
 転移魔法、わたしも使ってみたかったけど途中で魔力が切れたら危ないということで魔力量がはっきりわかるまで使ってはいけないと父に言われたのでいまだに使うことができない。二年前に殿下に会わなければ今頃、魔力量の測り直しをして、もしかしたら転移魔法だって使えてたかもしれない。
 さあ、今度こそ用意をしないと.....。久しぶりの来客の多さに疲れたけれど座っているわけにはいかない。





 



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