トップ>小説>皇太子の愛妾は城を出る
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 スーザンの住んでいる街ガレーンは王都から馬車を乗り継いで最短で4日はかかる。切符売り場の親切なおばさんによると夜は宿に泊まる方が良いと言われた。そうすると7日はかかりそうだ。
 その上最近はガレーンに行く街道に山賊が出るのでみんな遠回りしているそうだ。その遠回りする乗合馬車も今日の便はもうないと言われた。どうしても今日出発したいから何か方法がないかとおばさんに尋ねるとしばらく考えた後、少しばかり危険だけどそれでもよければと隣街まで走る馬車を紹介してくれた。
 さらにおばさんはその街からガレーンまでの馬車の乗り継ぎの仕方から宿の泊まり方というかどの宿に泊まるのが良いかまで親切に教えてくれた。結局この切符売り場では何も買わなかったのに親切な人だ。

「普通はここまでおせっかいはしないんだよ。なんかお嬢さんは危なっかしくて見てられないよ」

 おばさんはわたしをジロジロと見てから最後に「良い旅を」と言って笑った。
 よく考えたら一人旅は初めてだ。生まれ育った街から王都へは家族と一緒の馬車に乗せられて来た。社交界デビューのためだった。まさかそこでユーリに見初められる事になるなんて夢にも思っていなかった。

「皇太子殿下が通られるぞ〜」

 遠くから声が聞こえると一気に騒がしくなった。まさかユーリに気づかれたのだろうか? キョロキョロと周りを見るけどユーリらしき姿はない。遠くから馬の歩く音が聞こえてくると歓声が湧き上がる。

「何があるのですか?」

 切符売り場のおばさんも立ち上がって背伸びまでしているので尋ねるとおばさんはわたしを見ることもなく教えてくれた。

「あんた知らないのかい。皇太子さまは時々城下を見回りしてくれるのさ。城壁の確認や結界が綻びてないかの確認もするからそのついでみたいだがね」

 そんな事をしてるなんてまるで知らなかった。
 わたしはさきほど買ったばかりのフード付きのマントのフードを被りユーリに気づかれないように群衆の中から彼の姿を見ることにした。見つかるかもしれないが最後にユーリを見たかった。

「「「ユーリ殿下〜!」」」

 若い女の子の集団が黄色い声で彼の名前を叫んでいる。彼は私には見せたことのない笑顔で手を振っている。

「「「キャ〜」」」

 わたしは今まで何も見ていなかったことに気づかされ愕然とした。よく考えたらこの二年間、彼が正装した姿すら見たことがないのだ。
 わたしはあそこで悲鳴を上げている彼女達よりも彼のことを知らないのかもしれない。
 ユーリはわたしに気づくこともなく去っていった。わたしが読んだことのある恋愛小説の中の運命の二人だったら、この群衆の中でもたった一人の女を見つけたりするけど、替えのきく身体だけの関係の愛妾に気づくはずがない。フードなんてか被ってバカみたい。きっとフードを被らなくてもわたしに気づかなかったわね。
 ユーリの顔を見たら離れる決心が鈍るかもと思っていたけどだめ押しされる形になった。

「お嬢さん、急がないと馬車が出てしまうよ」

 未練がましくユーリの後ろ姿を見ている私におばさんが声をかけてくれる。

「おばさん、親切にしてくれてありがとうございます」

 彼女にお礼を言ってから馬車のある方向に走った。ユーリがわたしを見つけてくれたらどうなっていたのだろう。優柔不断すぎる。この馬車に乗ればもう終わり。これで良かったのだ。



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